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EU域内で“電子刑務所”導入広がる
受刑者を監獄から出し、その生活ぶりをモニターで監視する“電子刑務所”の導入が、欧州連合(EU)域内で急激に広がっている。収監コストを削減できるという利点に加え、受刑者の社会復帰を促す効果があると注目されているためだ。EUの支援もあって、域内ではすでに四か国が実用化、今年はフランス、ドイツなど五か国が試験導入する。電子監視システムの本格導入をめざすベルギーを取材した。(ブリュッセル 三井 美奈)
「ごめん、今日も先に帰るよ」
ブリュッセル市内の区役所に勤めるジャンさん(49)は、終業後、まっすぐ帰宅するのを日課としている。ジャンさんは、実は横領などで禁固三年の判決を受け現在“服役中”の身。だが、昨年春、禁固を解かれ、電子監視下で限りなく普通に近い生活が送れるようになった。職場でこのことを知るのは、区長と直属の上司だけだ。ただし、当局が定めた門限が午後八時のため、残業や、同僚の誘いは、断らざるを得ない。
ジャンさんの足首には腕時計状の発信器が取り付けられている。自宅のモニターが帰宅、外出時間を感知し、電話線を通じて刑務所のコンピューターに即時送信する仕組みだ。刑務所職員は、画面で随時、行動をチェックしている。発信器には防水加工もほどこされており、一時なりとも取り外すことは許されない。
それぞれの勤務に合わせ日程が組まれており、門限を数分でも遅れて帰宅することは許されない。三度、門限を破れば刑務所に逆戻り。発信器を壊せば「脱獄行為」と見なされる。電子機器を駆使した仕組みだが、それでも受刑者一人、一日当たりの経費は千二百ベルギー・フラン(約三千二百円)で、刑務所に収監している場合の半分以下で済む。
ベルギー政府は昨年一月、ジャンさんを含め、禁固三年以内の受刑者で早期出所が見込まれる模範囚約六十人に“電子刑務所”の試用を開始、来年にも刑法を改正して本格実施に踏み切る。
最大の理由は、パンク状態の刑務所を改善することと経費削減だが、導入計画責任者のラフ・バス・サンジル刑務所長は「受刑中から社会復帰を促せば、出所後に社会に適応できず再犯に走るという悪循環を断ち切れる」と強調する。司法面での統合を進めるEUも電子監視システムに着目、専門家会議を開いたり研究を支援したりしている。
EU域内で導入済みの四か国とも成果は順調で、欧州保護観察常設会議(本部オランダ)によると、“電子刑務所”で受刑者が無事刑期を終える確率はスウェーデンで92%、オランダでは90%にのぼった。
社会的理解をどう得るかなどの課題も残る。英国では、子供への性犯罪者が自宅で電子監視されていると知った隣人が、受刑者に襲いかかる事件が起きた。ベルギーは近隣者の不安を配慮し性犯罪者、麻薬犯罪者を電子監視の適用から外した。受刑者の心理的負担も大きい。ジャンさんも、「社会復帰が順調に進むほど、社交や残業も増え、時間順守の苦痛も増す」と話す。受刑者の身請け人となる家族の心理的負担、家庭内暴力への配慮も必要だ。
電子監視装置の輸出国の米国やイスラエルでは、皮膚に埋め込むチップ式発信器や、広域監視システムなどの技術開発も進むが、ダン・カミンスキ・ルーバン大教授(犯罪学)は、「受刑者や家族を支援する人材の育成こそ急務」と指摘する。
http://www.yomiuri.co.jp/05/20000426i213.htm
(4月26日23:33)