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日本が描いていたシナリオは、ことごとくひっくり返った。十五日に閉幕した先進七カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)。声明にあるはずの「円高懸念」が姿を消し、早期の解除をもくろんだゼロ金利政策が、再び“国際公約”となった。日本経済にも衝撃を与えかねない米株価急落も声明では触れずじまい。予想外の幕切れで、政府と日銀は、市場という“怪物”に振り回される恐れもでてきた。
(ワシントン 吉田憲司、土井達士)
《消えた円高懸念》
「(為替問題は)前回と同じ(文言)になるだろう」
G7開催前、こう話したのは宮沢喜一蔵相。だれもが、前回と同じように「円高懸念の共有」が盛り込まれるとみていた。
ところが、フタを開けてみたら「円」という単語は声明にはない。「通貨全体の安定」という抽象的な記述が並んだ。
G7後の記者会見で宮沢蔵相は「円高懸念」が消えた理由について、「ユーロのこと(急落)が正月以来ありますから。通貨全体でとらえよう、そういうことです」と説明。欧州がユーロ安に触れてほしくないことから、円も触れなかったとの舞台裏を明かした。
欧州各国はユーロ安を足がかりに輸出が増大、ユーロ安は最近の景気回復のけん引役になっている。ユーロ安の是正につながる円高懸念で協調する必要はない。
アイヒェル独蔵相がG7直前の記者団との朝食会で「ユーロや円など個別の通貨が声明に言及されることはない」と語ったことは、欧州の根回しが成功したとのシグナルとも読み取れる。円に対しては弱含みのドルも他の通貨には強く、あえて円高懸念で足並みをそろえる理由はない。「円高の危険性は全くないとはいえない」との不満が大蔵省関係者からもれた。「円高懸念」が消え、市場が見透かし、円高が日本を襲う恐れが高まる。
《ゼロ金利、公約に》
G7後の記者会見で、宮沢蔵相の隣に座った速水優日銀総裁。十二日の総裁会見でゼロ金利政策の解除に積極姿勢を示したときとは別人のようだった。
ゼロ金利政策継続が声明に明記されたことを問われると「デフレ懸念が払しょくできるまでという事実を述べただけです」と、マイクを通しても聞こえないほどの声で繰り返した。
日銀の“ゼロ金利解除”にクギを刺したトップバッターは、宮沢蔵相だった。「G7にいかなきゃならん人間にとって、(解除は)頭の痛い問題だ」と、G7出発前、こう不快感をあらわにした。ゼロ金利政策継続と引き換えに「円高懸念の共有」を各国からとりつけたい大蔵省の思惑が、そこにはあった。財政悪化を招く追加的な財政出動は避けたい。円高懸念の協調を引き出すためには、ゼロ金利政策の継続しか道は残されていなかったからだ。
さらに、国際通貨基金(IMF)のフィッシャー副専務理事も「(解除は)理解し難い」と批判。ゼロ金利政策解除による資金の流出を恐れる米国サイドからも圧力がかかる。これで日銀の外堀は埋まった。
ゼロ金利政策の継続は“国際公約”となり、速水総裁はゼロ金利政策という“呪縛”から逃れられない立場に追い込まれた。
《NY株言及なし》
「(米株安は)非常に関心がある。議論になるでしょう」
宮沢蔵相はワシントンに到着した十四日、こんな“予告”をしてみせた。が、実際は、声明にはひと言も盛り込まれなかった。
「株式市場の変動を悪化させる恐れのある、いかなる言及も差し控える必要がG7当局者にあった」(ウェルテケ独連銀総裁)との思惑が強く働いた。さらに、サマーズ財務長官が「米国経済は非常に強い状態にある」と強調したように、株価下落は大きな問題でないとする米国の主張を各国が追認し、市場の動揺回避に努めたことがある。
為替問題や「ゼロ金利政策」をめぐって守勢に回り続けた日本側が、株急落を材料に“反撃”するともみられたが、結局は米国に突っぱねられた。
今回のG7でここまで日本が押し切られたのは、欧米との間で日本経済に対する認識の溝が予想以上に深かったからだ。
「経済が弱いのは、米国よりも日本」−日本を取り巻く各国の目は一段と厳しいことが浮かび上がり、目に見える景気回復シナリオを実現する責務が突きつけられている。