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桃園書房
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問題実話4月号
報道現場からの懺悔 テレビ取材記者の秘密手帳
京都小2殺害事件「容疑者自殺」という結果に残る疑問符
岡村容疑者はなぜ自殺という手段を取ったのか。現役テレビ取材ディレクターが
事件の裏側に鋭く迫る!
京都府警よ!岡村は誰が殺したんだ?
昨年12月、京都・日野小学校で起きた小学2年生殺害事件は、2月5日、容疑
者の岡村浩昌(21才)が、投身して幕を閉じた。「覚悟の自殺」「あっけない
幕切れ」……新聞・テレビ共に容疑者死亡で真相が解明されなくなることを一応
残念がって見せた。
しかし、その2日後には話の中心は岡村容疑者の生い立ちに移り、揃いも揃っ
て、岡村容疑者の友人めぐり、そして、小中高のアルバム・文集集めに記者たち
は走った。
まあそれも必要な取材ではあるだろう。しかし、いくら生前に書いた文章を集め
たり、友人の声を拾ったところで「死人に口なし」。そんな作業と、当局情報集
めばかりに精力を尽くすほかに、やることがあったのではないか。
そんな中、私もご多分に漏れず、民放テレビのニュースディレクターとして、つ
まらない取材を重ね、つまらないニュースを放送した。この文章はそんな自分の
反省の意味もこめた、テレビでは言えなかった裏側の告白記である。
テレビの仕事というのは、普通の人が想像するより多くの制約にがんじがらめに
なっていて、いつも放送が終わるたびに、いろいろなもやもやが心の中に残って
しまう。そんなわだかまりを、この連載で発散させてもらえるのは、私にとって
も気分がいいし、読者の方々が、テレビニュースの裏側を少しでも解る手助けに
なれば、うれしい……話が横道にそれた。
ようは、私が言いたいことは、この事件の捜査には、特に最後の岡村容疑者身柄
確保の手順に、あまりにも多くのミスが発生しているということだ。その割に、
京都府警への責任追及の声は少なすぎる。各社することはしているが、それでも
あえて言おう。
「ぜんぜんお話にならないほど少なすぎる」
これから、京都府警が起こした失態の数々を、私の取材を元にポイントことに追
及していきたいのだが、その前に岡村容疑者が住んでいた街について少し触れた
い。報道されないその街の雰囲気を皆さんに伝えることで、事件の起こった背景
を感じてもらいたいからだ。
京都市伏見区、向島団地。公団のその団地は、京都で最も古い高層団地のひとつ
である。
タクシーの運転手にその行き先を告げたとき、返ってきた反応が忘れられない。
「事件の取材でんな。あそこは、ややこしいとこでっさかいな」
その言葉の意味は、現場についてすぐに解った。現場には、大量の野次馬が集
まってきていた。金髪に近い髪、排気音のうるさいバイク、派手な服装。事件現
場に似つかわしくない少年たちは、岡村容疑者の中学時代のアルバムを手にしな
がら口々に怒鳴っていた。
「テレビカメラにしかインタビュー答えへんで!ワシャあいつのことよう知って
んネン」
インタビューを取ろうとすると、その少年の仲間がサルのような声をあげながら
集まってきて仕事にならない。手にしているアルバムを見せてくれと頼むと、少
年は自慢げにこういった。
「これは見せられんな、ある会社に買うてもろとんねや」
あきらめて、団地の階段を上り始めると、アンモニア臭が鼻にツーンとくる。そ
してそこには「ここはトイレではありません。ウンコ・小便はしないでくださ
い」という貼り紙がしてあった。
住民に話を聞いてみると、女性に対する付きまとい、痴漢未遂事件などはザラに
起きているという。エレベーター内に監禁された女性もいるという。そして何よ
り、自殺の名所だと言うのだ……。
その1 なぜ令状を持っていけなかったのか
今回の京都府警最大の失態は、言われているように警察が捜索令状を持たずに岡
村容疑者宅を訪問してしまったことにある。
もし、捜索令状さえ持っていたなら、強制的に自宅に入って、そこで、岡村容疑
者を立ち合わせてガサ入れを行う事ができる。証拠が出たら、緊急逮捕も出来る
し、室内で半強制的に待たせておいて、逮捕令状をとってから通常逮捕すること
も出来る。20名近い体制で行っているのだから、岡村容疑者が簡単に自殺を図
る隙などない。
通常、警察がガサ入れをするときは、早朝から行う場合が多い。その方が、容疑
者が家にいる可能性が多いからだ。これを「朝駆け」と言う。ただ、朝駆けを行
う場合には、前日までに令状を取っておくのが大前提である。
しかし今回のケースでは、京都府警は令状請求したまさにその日の朝、打ち込み
をかけている。なぜ、前日令状請求できなかったのか?もしくは、翌日まで待て
なかったのか?何が京都府警をそこまであせらせてしまったのだろうか?
府警から発表のない今、理由は推測するしかないのだが、地元記者の間ではこん
な噂が流れている。府警が打ち込みを行った2月5日の翌日は、京都市長選・大
阪府知事選の投票日。警察としても忙しい日である。2月6日・7日にもし着手
すれば、当日のニュースでの扱いはダブル選挙の裏に隠れて小さくならざるを得
ない。そして8日は殺された小学2年生、中村俊希君の四十九日法要の日であ
る。
東の神奈川県警と同様、数々の不祥事にゆれている京都府警としては、四十九日
の前には何とか事件解決をして体面を保ちたいところだ。そして、その後には人
事異動の季節が待っている……。
「今日中に何とかしろ」という上層部の突然の決定を受けて、慌てた現場が5日
に無理矢理着手したとしたら……京都府警の幹部の勝手な事情で、一人の容疑者
を殺してしまったことになる。
必死の捜査でここまでホシを追い詰めた現場捜査員の無念が、痛いほど伝わって
くるではないか。
そして何より可哀想なのは、俊希君の家族・友人たち、そして岡村容疑者の家
族・友人たちである。
「なぜ俊希君は殺されなければならなかったのか?」
「なぜ浩昌はあんなことをしてしまったのか?」
容疑者の口から、その答えを聞くことができぬまま、一生その疑問を抱えて生き
ていかなければならないのか?
悲しみのどん底にいる人たちに、警察幹部は、新たな苦しみをまたひとつ背負わ
せる権利があるのか?
その2 本当に見失ったのか?「四十分間」の謎
当日警察が、岡村容疑者を、公園で任意聴取した愚かさについてはもう何も言う
まい。
360度逃げ放題の公園に連れて行って、その周りをわずか6人
で囲めば、「逃
げるな」と言うほうが無理だ。
残りの13人の捜査官は自宅で母親の聴取、そして、やっと下りた令状に基づい
て捜索をしていたとされるが、問題は、その後の「逃走を追跡する経緯」にあ
る。
岡村容疑者が、公園から逃走を始めたのが午前11時50分。彼は、途中、国道
24号線の高架下の地下道をとおってスーパー店内へ逃げ込んでいる。京都府警
の発表では、国道24号線下の地下道で岡村容疑者を見失い、次に発見したとき
には岡村容疑者はすでに飛び降りて死んでいたことになっている。
「捜査員を50名増員したが、発見できなかった」
というのだ。私は声を大にして言いたい。
「こんな馬鹿な発表があるか!てめえら国民を、そしておれら記者をコケにする
のもたいがいにしやがれ!」
岡村容疑者が飛び降り自殺したのは、警察発表では午後0時40分ということに
なっている。われわれの取材によれば、スーパーに逃げ込んだのが、逃走開始の
午前11時50分からわずか5分後の午前11時55分前後。スーパー店内を必
死に逃げ回った後、そのスーパーを出たのがほぽ午後0時のことだ。
しかも……しかもだ。スーパーに逃げ込んだときから出て行くまでの間、岡村容
疑者の後るには、一人の男性が至近距離で追跡しているのが目撃されている。こ
れはどう考えればいいのか?くどいようだが警察発表ではこのスーパーに行く前
の地下道で岡村容疑者を見失ったことになっているのではないか?
京都府警は、スーパー店内で岡村容疑者を必死で追いかけていたこの「男」は、
近所のランニング好きのオッサンだとでも言うつもりなのか?
ちなみにこのスーパーは、たいして大きくもない普通のスーパーである。出入り
口は2カ所しかない。そして、屋上の駐車場の出入り口が1力所。
もし岡村容疑者がこのスーパーに入った時点で、この3力所の入り口を3人の捜
査員で封鎖してしまえば、岡村容疑者はもうどこにも逃げることはできなかった
はずだ。
まさか警察が、超重要事件の容疑者確保に向かう前に、近所にあるスーパーの下
見をしていなかったとは私は考えたくない。打ち込む前に近所の実地調査をする
ことぐらい、警察官なら誰でも知っている初歩の初歩だ。まあ、その「初歩の初
歩しをちゃんとしていれば、そもそも逃げられたりしないはずではあるが。
さて、午後0時にスーパーを出た岡村容疑者は、すぐさま隣に立つ14階建ての
団地に逃げ込んでいる。この団地が、岡村容疑者が投身自殺した建物である。
岡村容疑者が飛び降りた団地の13階に住む住民は、午後0時ごろ、青い顔をし
て息を切らした捜査員らしき男が何かを探すようにあたりを見回した後、14階
に上がっていったのを目撃している。
岡村容疑者が投身したのは午後0時40分のことであるのは前にも書いた。つま
り岡村容疑者と捜査員はこの団地の中を40分間にわたり追いかけっこをしてい
たことになる。
捜査員は無線を持っている。当然応援を呼んだだろう。50人近い増援がきたは
ずである。捜査員50人が、ひとりの男を40分かかって捕まえられなかったの
であろうか?
私が見た感じでは、この団地もさほど逃げ隠れの出来る建物ではない。どうもそ
んなはずは無いとしか思えない。
そしてこの団地の中での様子については、警察発表も次々に変わっている。ま
ず、飛び降りた場所が13階から屋上に変更された。そんな大事なポイントを、
後で訂正したとはいえ一度でも間違って発表する杜撰さもあきれたものである。
それにもまして、何よりも情けないのが、2月18日になってようやく府警が、
「実は、岡村容疑者が飛び降りる10分前に、彼が屋上にいる事に気づいてい
た」と認めたことである。
私にしてみれば、それ見たことかということだが、実はこの発表にも三つの点で
納得のできないことがある。
まず第一点。警察がこの事実を認めたきっかけは、テレビ朝日の報道である。テ
レ朝が疑問点を指摘する放送をしたのを受けて、初めて京都府警は、最後の10
分間に岡村容疑者の姿を見つけていながら屋上に入ることができずに飛び降りら
れてしまったことをシブシブ認めたのである。もし、この指摘がなければ誤魔化
し通す気であったとしか思えない。
やはり、京都府警が事態発生後すぐさま記者会見を行って、岡村容疑者を見失っ
た事にしなければいけなかった理由は、「身内の失態を少しでも隠そう」という
ことに他ならなかったのだ。
今まさに世間から批判を浴びている悪しき警察体質丸出しの対応である。自分の
失点を恐れたキャリアが指示したのでは、と推論されても文句は言えまい。
第二に、警察はまだウソをついている可能性が高い。最後の10分間の事実を発
表したとはいってもその前の空白の30分間はまだ何も明らかにされていない。
きっと警察は一度として岡村容疑者を見失っていないに違いない。そしてそれが
言えないのは、まだ世間にばれていないさらなる失態があるためではないか。
第三に、関西の新聞社・テレビ局は京都府警に気をつかってこの問題を追及する
のをやめてしまっているのだ。まさに腐りきっている。