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以下『究極の旅−−体外離脱者モンロー氏の最後の冒険』(ロバート・A・モンロー著、塩崎麻彩子訳、日本教文社)より。
私個人は、三十年以上の体脱活動を経て、満足すべき静穏な状態に至った。ひとつの周期が完結した、あるいは完結したらしい。私自身の「異なる世界観」は完成し、素晴らしい実りをもたらした−−そう、もたらしたに違いない。
私は、自分がどこから来たのか、どのようにここへ来て人間となったのか、なぜここにいて、最終的にはどのようなスケジュールで、どこへ去って行くのかを「知る」ことができた。この他に重要なことなどあるだろうか。あとは細かいことばかりだ。
そう、そして私にはインスペックの友人がいた。
実験のセッションで、よく知っている人の肉声を通してそういう精神‐意識と会話することもある。だが、その存在と面と向かいあうというのは全く別種の体験だ。このエネルギー体の呼び名として、私たちはふざけ半分に Intelligent Species(知的な生命体)を縮めたINSPEC=インスペックという呼び方を採用した。そこには、人間精神は彼らより劣ったものであるという意味あいがこめられている。
しかしこのインスペックは、私がそれまでに出会った者たちとは違っていた。私は長年にわたって、肉体によらない出会いや交流やふれあいを数多く経験してきたが、その相手は、肉体をまだ持っているにせよ、既に失っているにせよ、明らかにとても人間的だった。ところが、このインスペックは違った。
私たちがいつも会合場所にしていたのは、Hバンド騒音をちょうど通り過ぎたあたりだった。Hバンド騒音とは、地球のあらゆる生物、特に人間から発するコントロールされていない思念波のピークである。現在通用している枠組の中でも、本当に充分な考察を加えさえすれば、この無秩序で不協和なエネルギーの塊の大きさが少しはわかるはずだ。このバンドの各部分の振幅は、思念に含まれる感情によって決定される。しかし私たちの文明は、このHバンドの存在を認めようともしないのだ。(p18-19)
この存在は、自分の放っている光がどんなに強いか、わかっているのだろうか? 要するに、これはET(地球外生物)なのか?
〈光には、そのうち慣れるだろうよ。君も、私たちから見ると、同じ放射をしているんだから……それと、私たちは、君の言うような意味での地球外生物ではないよ〉
私の考えを読めるのかい?
〈その通り。君が、私の考えを読めるのと同じだよ〉
私が?
〈今だって、ある程度、読んでいるんだよ。ほんの表面だけでもね〉
うん、あなたの言う通りだ。確かに、これは言葉や音じゃない……振動する空気もない……ただ心の中に……間違いない。
〈君の言葉でいえば、「核自我」が、ちゃんと覚えているんだよ〉
そう、確かに覚えている……あなたを覚えている……あなたの、この感じ……
〈怖がっていないのはいいことだ。恐怖の障壁が取り除かれれば、たくさんのことができるようになるから〉
ああ、恐怖は少し残っているけれど……
〈でも、恐怖に知覚を歪められてはいないだろう? たとえば、今この瞬間に、あまり恐怖を感じていないのはなぜだい?〉
わからない。だけど、怖くはないな。本当だ。今この瞬間、私はここにいて、理性的にあなたと話している……とても親しみを感じる……このまばゆく光り輝く姿を、人はきっと神とか天使とか、あるいは最低でも宇宙人だとか考えるだろうな。それなのに私たちは、普通の人間同士みたいに、ここで話し合っているんだ……ただ、言葉を使ってはいないけれど!
〈以前と違って、恐怖がなくなったということさ〉
途方もない可能性があるんだな……あなたは実際、誰なんだ? それとも、こう訊いた方がいいかもしれないな、あなたは何なんだ? やっと、訊く勇気がでてきたよ。
〈今はまだ、経験が足りないから理解できないだろうね。でも、わかる時がくるよ、それもすぐにね〉
また会えるのかい?
〈私たちの助けを求めさえすればいいんだよ〉
それはつまり、瞑想するってこと? お祈りをすることかい?
〈言葉や儀式は無意味だ。思念……感情……そういったものが、信号なんだよ。正しい信号さえ出してくれれば、私たちは手助けできるんだ〉
確かめておきたいんだが。あなたは神では……神々のひとりではなくて……もしかすると、他の惑星から来たんじゃないか?
〈いや、他の惑星から来たわけではない〉
あなたは、我々を……この地球を……創造した存在、あるいはそういう存在のひとりなのか。
〈いや。がっかりさせて申し訳ない。でも、創造のプロセスに関しては、私たちの知っていることを教えてあげられるよ。どうしても知りたいかい?〉
それはもう。頼むよ!
〈こういうことさ……〉
私は、おしよせる莫大なエネルギー、極めて強力な高い周波数の振動に満たされ、ほとんど圧倒されそうになった。これは私がロート(ROTE=Related Organized Thought Energy−−関連づけられ秩序を与えられた思考エネルギー)と呼んできたもので、思考や概念を凝縮した玉のようなものだった。
凄いな! とても一度には理解できないよ……
〈理解できるさ、時間をかけて吟味していけばね〉
ありがとう。
少し間があってから、またインスペックはコミュニケートしてきた。
〈自分の進歩、成長に、自信を持っていないんだな〉
その通りだ、自信はないよ。自分の目指す目標、目的はわかっているつもりだけれど。自信が持てないのは、そこに辿り着けるかということなんだ。
〈何が、自分の目的だと思うんだい?〉
そうだな……多分……人類に奉仕することかな。
〈それは、実に崇高な目的だね。完璧になりたいという願いは、君たち人間に常につきまとっている。でも、人間ではなくなるとき、願いは別の方向に向かうんだよ。もっと別の目的もあるんだ〉
もっと重要な願いが? いや、そうじゃなくて……人間の経験とは別の願いがあるということか?
〈かなりいい線をついているよ〉
そういうことは、よく考えることがあるんだ。
〈答えは見つかるよ……さて、もう肉体に戻る必要があるようだね〉
本当に私の心を読めるんだな! 何だかわからないが、戻らなくちゃならない。どうしたら、また会えるんだい?
〈この瞬間を、意識に刻んでおきさえすればいい。そうしたら、また、ここで会えるよ〉
ありがとう。
何事もなく肉体に戻ることができた。帰還信号が発せられたのは、いつものように膀胱がいっぱいになったからではなく、お気に入りの猫が枕元に寝ていたせいだった。部屋は点検しておいたはずだが、なぜか入りこんできたらしい。興奮していたので、少しも腹は立たなかった。(p20-25)
〈君の願いは「故郷」に帰ることだね。ああ、確かにそれは
別の目的だとも〉
この人生を終えたら、私は「故郷」に滞在してから、最後にもう一度だけ人間として生きるために戻ってくる。今から何千年か先にね。その後は「故郷」に戻ってとどまることになるんだ。
〈「故郷」を訪ねることと人間になって戻ってくることの違いを、よく理解できたね。君の言う通りだ〉
ああ。でも、まだよくわからないんだ。つまり、人間でない状態ということがね。
〈記憶を辿れば、はっきりしてくるはずだ。基本的なものの見方が人間としての意識の概念にとらわれているうちは、人間なんだ。その基本が変わってしまえば、人間ではなくなるということさ〉
そうか……起きていようと寝ていようと、身体の中にいようと外に出ていようと、肉体的に生きていようと死んでいようと、ものの判断基準が人間的である限り、私は人間なんだな。
〈その通り〉
しかし、人間としての記憶や経験は、どんな状態で存在するようになっても残るんだね。
〈そうとも。君は、ずいぶん学んだね。こうした経験は、人間でなくなったときに大きな価値を持つんだよ。それが、この世で人生を送ることの基本的な目的のひとつさ。人間でなくなったら、その経験がいろいろと役に立つだろう。ただし、興味は別の方向に向かう。人間としての経験を卒業してきた者は、他の場所で、非常に敬われるんだよ〉
ということは、私が「故郷」として覚えている場所に帰ったら、もう人間ではなくなるということかな?
〈以前の状態に戻るということさ。ただ、人間としての経験がつけ加わるけれど〉
私が本当に属している、暖かく懐かしい場所に戻るってことだな。
〈とても強い願いを持っているね〉
ああ。
〈また、そこへ行きたいかい?〉
それを思うと、時々、感情をおさえきれなくなる。でも今はまだ、この生のサイクルが終わっていないことはわかっている。時がくるのを待たなくちゃならないな。
〈今この状態では、時は存在しないのと同じだよ〉
今、「故郷」に帰れるっていうことかい? ちょっと行ってこられるってこと? ずっと前に、やったことがあるけれど。
〈君が望むならね。そうしたいかい?〉
ああ。行ってみたいよ、ぜひ!
〈結果として、いろいろなことが学べるはずだ。用意はいいかい?〉
いいとも!
〈心をそこに向かって伸ばすんだ。君の知っている「故郷」に向かって。そしてここを離れれば、向こうへ行ける。私は見ていて、必要なら手助けするよ〉
私は「故郷」のことを精いっぱい思い浮かべ、インスペックが言ったように、その場を離れた。移動の感覚があり……周りに風の流れるような音がした。前方に……周りじゅうに……その風景が見えてきた……
……色とりどりの雲の塔、記憶にある通りだ、ただあれは雲ではない……輝く色彩の影のように漂い流れていく……かつて思い描いたありとあらゆる色彩、記憶にはあるけれど言いあらわせない色もある……雲の中でちょっと止まって、観察し、感じよう……目で見るのではなく、感じとるんだ……
……それに、音楽も響いている……千の楽器、何千もの歌声……旋律の上に旋律が折り重なって紡がれていく……完璧な対位法、私のよく知っている和声の形式だ。ちょっと先へ進んで、雲に包まれてみよう……音楽が私を取り巻き、私の中にあふれる……千年なんて、ほんの一瞬に過ぎない……ほんの一瞬だ……この安らぎと陶酔……記憶にあった通りだ。何と素晴らしいことだろう、ここに戻ってきて永遠にとどまるなんて……永遠に……そうとも……
……小さな虫のような陰りが、私の恍惚のうちに侵入してきた……何かまずいことがあるのか? いや、肉体に戻れという信号ではない。じゃあ、何だ? この雲のどこがいけないんだ? よく見るんだ……明るい青の大きなやつ、続いて、ちょっと小さい黄色いのが二つ……見たような気がするぞ! 他のも見たことがある! ……どういうことだ? あれは、全く同じ雲の塊じゃないか……それに他のもみんな同じだ! ずっと同じ繰り返しだ、何度も何度もループみたいに同じパターンを繰り返しているんだ!(中略)
……あそこで、渦が、エネルギーの渦たちがゲームをしている。そうそう、こんな感じだ! 私もかつて、あんな渦の一つだったんだ……私もゲームに入れてくれよ! ぐるぐる廻って……上がって下がって……中へ外へ……ぐるぐる廻って……上がって下がって……中へ外へ……このゲームも終わりのないループみたいだ……ぐるぐる廻って……上がって下がって……やめてくれ、もういい、たくさんだ。
……新しいゲームをやってみたらどうだい? ねえ……? え、今ので充分だって? 変わりたくないって? そうかい、だったら今やってるのを続ければいいさ……
じゃあ、どこへ行こうか? どこへ……? これで全部なんだ! これ以上は何もないんだ。だけど、永遠に同じ雲の中で、同じ繰り返しの音楽を聴きながら、ぶらぶらしていたくなんかない……同じ繰り返しばかりのゲームもやりたくない……どうして、夢見たりしたんだろう……?
もうここには、求めるものなどない……全く何も。やっと思い出したぞ……前にもこんなことがあった。それで、ここを離れたんだ……それで、もう来なかったんだ! 来る気になれなかったんだ!
帰った方がいい……やり方はわかる……どうしたらいいか、わかっている……
移動の感覚があって、また周囲を風が吹き抜けた。それから、静寂があり……そして、たやすく肉体に溶け込む。目を開くと、視界は涙で曇っていた。月光に照らされた寝室はどこも変わってはいない。しかし、私は変わってしまっていた。(p27-32)
この邂逅の後、ものの見方が大きく変わった。以前と違う、もっと大きな目的に気づいたのだ−−何とか成長し進化をとげて、畏怖を感じさせるけれど暖かい、私がインスペックと呼ぶ存在になりたい。そう心に決めると、私は自分に向けられた優しい励ましを受け入れた。すると私の中に、安らぎと興奮のいりまじった不思議な感覚、単純であると同時に複雑な、言葉にできない親近感と一体感のようなものが生まれてきたのだった。
頼みこんで、インスペックの世界の周縁部に少しだけ連れて行ってもらったとき、この感覚は急激に高まった。私を突き抜けていく豊かな共感と愛の放射以外は、ほとんど何も感じとることができなかったのだが、それでも、大勢の者が幸せに暮らしているという印象を強く受けた。さらに、この共同体に流れ込んでくる新参者たちもいて、その流れはライフ(LIFE=Layered Intelligence-Forming Energy−−知性を形成するエネルギー層)として感じられた。奇妙なのは、そこが新しい故郷のように思われたことだ。まるで、その住人たちを既に知っているかのようだった。いや、知っているというだけではない。私が彼らの一員であり、彼らが私の一部であるかのように感じられたのだ。
活気と穏やかさが一体となったその世界を知って、私
は考え込んでしまった。どうして地球に暮らす人類も、あのような調和のうちに存在することができないのだろう? 次に会ったとき、私はインスペックの友人にそう質問してみた。それは、私が後に「信念体系領域」だと気づくことになる環体世界の外縁を越えて漂っていたときのことだった。その領域は、Mフィールドのスペクトルのうち、地球の生命系と隣接する部分で、肉体の生を終えた人間精神の多くが住むことになる場所だ。中心に地球があって、光芒を放つ半透明の球体がそれを幾重にもとりまいているのがわかった。球体は、中心から離れるほど大きく薄くなっていく。私たちが「見て」いるのは、構造に内在する非物質的なエネルギーであって、電子や分子ではないのだと認識するのは、いささか難しかった。
〈君の言う通り、君たちの文明が構造のこの側面について何も知らないなんて面白いね〉
実際、それを知る時が来るのかね。
〈君の望むような完全なかたちでは、無理だろうな〉
もしこれを知っていたら、混乱も収まるだろうになあ。何もかも、無意味に思えることばかりだよ。痛み、苦しみ、残酷な感情。あんな大混乱が、何かの目的で引き起こされているとはとても思えないね。
〈機会が来れば、君の言う「異なる世界観」が得られるかもしれないよ〉
機会? そのことで、私が何かをするチャンスが来るっていうのかい?
〈そうさ……君と君の友人たちが、ね。どうだろう、君の世界とは全く異なるありかたも存在するってことを確かめに行ったらいいんじゃないかな。たとえば、今とは違って、君が考えている理想に近い人間社会がある時代を訪ねるんだ〉
そんなことができるのかい?
〈君が望むならね〉
一緒に来てくれる?
〈いいとも。用意はいいかい?〉
ゆっくり行ってくれれば、やり方を覚えられるかもしれない。
〈もうわかっているはずだよ。君が「故郷」と呼ぶところへ行ったときのやり方と同じだからね。知らないのは目的地だけだ〉
その通りだな。先に行ってくれ。ついて行くから。
光り輝く姿は動き始めた。私は間をあけずに続いたが、その姿は突然小さくなり始めた。私は自動的に反応していた。地球のエネルギー・パターンが闇に溶けてゆき……そして、暗闇の中から景色が浮かび上がってきた。すぐ前に、光を放つインスペックがじっと止まって待っていた。
私たちは、幅広い谷の上方三百メートルほどのところにいた。その谷は長さが十五キロ前後、幅が八キロくらいに見えた。雪に覆われた峰々が谷の三方を取り囲んでおり、開けた一方の側には、森や野原が地平線まで広がっている。明るい太陽が、白い積雲をいくつも浮かべた青い空にかかっていた。
私たちのすぐ下には大きな集落らしきものがあって、それが山の麓まで続いていた。形も大きさも様々な木々がかたまって生えていたが、ありとあらゆる色あいの緑の葉でまだらになって見えた。木々の間を縫って走る狭い小道が、入り組んだ大規模なネットワークを形づくっている。しかし家や建物はなく、煙やスモッグもなかった。空気は完全に澄み切っていた。
私はインスペックの方を向いた。
家はないのかい? 建物も?
〈眠る場所は地下にあるんだよ。職人たちの働く場所もね〉
みんなどこにいるんだ?
〈木々の間さ。それぞれ、与えられた働きをしているんだ〉
何人くらいいるんだい?
〈二百万を超えたくらいだね、私たちの知る限りでは〉
二百万だって!
〈そうさ〉
ここみたいな集落はどれくらいあるんだ? これは、我々の惑星、地球なんだろう?
〈確かにそうだ。でも、このような場所はここだけだよ。人間が住んでいるのはここだけさ)
地球上で、ここだけ?
〈その通り〉
何が起こって、何十億という人口がこんなに減ってしまったのかは、訊かないことにするよ……つまり、これが我々の将来に待ち受けているものなんだね?
〈君、間違った方に考えているよ〉
どういうことだい?
〈これは、過去の世界なんだよ、君たちの時間の表し方でいえばね〉
過去だって! 我々の歴史には、これに少しでも似たようなものは、何も残っていないよ! 凄く遠い過去に違いないね。
〈ああ。君たちの数え方で、百万年近い昔だよ〉
住人たちは……人間なのかい? 私のような?
〈若干の違いはあるけれど、確かに人間だよ〉
降りて行けるかな?
〈もちろんさ。そのために来たんだから〉
あっちの人たちに、私たちは見えるのかい? コミュニケートできるのかな?
〈ああ、問題ないよ〉
私たちが入って行って、怒らないかな?
〈その逆だとも。歓迎してくれるさ〉
私たちは木々の方へ舞い降りて行き、フットボール競技場くらいの大きさの開けた場所に降り立った。それは公園か、さもなければ花園のようで、手入れの行き届いた不規則な形の花壇に花や植物が植わっていたが、どれも知らない種類のものばかりだった。草の生い茂った広い歩道が、花壇の間を緩やかなカーブを描いてのびている。足の裏に草の感触が感じられるような気さえした。
〈確かに感じるはずだよ。目に見えるのと同じことさ、肉体にいるときと同じようにね。ただ、今は肉体にいるわけではないけれど〉
私が振り向くと、インスペックの輝く姿が傍らにあった。そして、足早にこっちに向かって歩いてくる人が四人。背丈は百五十センチくらいで、おのおの髪と肌の色あいが異なっている。髪の長さは皆一様で、耳のすぐ下まであった。顔と身体は、活動的でたくましい三十歳くらいを思わせたが、筋肉隆々というわけではない。二人は男性で二人は女性だった。これは簡単にわかった。皆、服を身につけていなかったから。
〈服の必要がないのさ〉
身体の保温はどうするんだい? 気候の変化からどうやって身を守るんだろう?
〈そのためのコントロール・システムを、各自が持っているんだよ〉
何も見あたらないけれど。
〈みんな心の中にあるのさ、君の言い方でいえば〉
あなたは、前にここに来たことがあるんだね。
〈ああ、そうさ……ある意味ではね〉
四人は近づいてきて、晴れやかな笑顔で私たちの前に立ち止まった。完璧な状態に保たれた美しい身体をしている。どうやってコミュニケートしたらいいのだろう−−この人たちは何語を話すのだろう、と思った。だいたい、私たちが見えるのだろうか?
男性のひとりが、一歩踏み出して頷いた。
「ああ、見えるとも、ロバート。それに、コミュニケーションは簡単さ。君の話す英語を使おう。OK?」
この「OK」にはギョッとした。何だかおかしい。この人は、どうして未来のアメリカのスラングなど知っているのだろう?
「君の心から吸収したのさ。造作もないことだよ」
そのとき私は、相手の唇が動いていないのに気づいた。その瞳がきらりと光った。私たちはお互いに笑いあった−−心の中
で。私の見出したこの新しい友人は、心が読めて、こっちが考えたり感じたりすることの端々まで全部わかってしまうらしい。この時点から、会話はすべて心でなされた−−テレパシーと言ってもいいが。
「ここは美しい所だね」と私は切りだした。
「気候はとても快適だよ。木の葉をきれいにしたり、植物に水をやったりするために、毎日午後には雷雨を起こすことにしているけれどね」
「雷を?」
「そうさ、でも、強さと落ちる場所は制御している。有機的な生命には、充電が不可欠なんだよ」
「じゃあ、風は……風もコントロールできるのかい?」
「風? もっと強くした方がいいかい?」
「いや、大丈夫……このままでいいんだ……」
彼はにっこり笑った。「何を食べているんだろう、って考えてるね」
「君たちはみんな、栄養が足りて健康そうだから」
「健康?」
「病気や怪我や、そういったものがないってことだよ」
「奇妙な世界から来たんだな! 君たちのところでは、そんなに肉体を維持するのが大変なの?」
「それこそ、我々の抱える大問題でね」
「気の毒に。私たちの歴史にも、何千年か前にはそういう問題があったという記録が残っているけれど」
「虫もいないのかい? ウイルスも? 死んだり怪我したりっていうことはないのかい?」
「言いたいことはわかる。でも、虫もウイルスも我々と協調しているんだよ、ロバート。対立はないんだ。死ぬということについては……君の言う『死ぬ』ということを、我々は遠い昔にやめてしまったよ」
様々な考えや疑問が、頭の中にあふれかえった。その内の一つが、表面に浮かび上がってきた。
「それじゃ、コントロールしなくちゃならないね、その……生殖を」
「ああ、そうだよ。それと、君の頭にあることに答えれば−−我々だって、その儀式を楽しんだりするさ!」
「でも、子供はいないんだね……」
「子供はたくさんいるよ。会ってみたいかい?」
「できれば」
「じゃあ呼ぼう」
様々な口笛の音が、次々と頭の中に響きわたった。それは鳥の歌声のようで、ほとんど音楽といってもいいほどだった。木立の中から、大小様々な何種類かの動物たちが現れ、四人のところへ跳ねてきた。四人はその身体を撫でたり、たたいたりしてやった。猫に似ているものがいたし、小さなワニや大きなヘビのような爬虫類もいた。さらに猿のようなもの、他に、鹿のようだけれど長い尾とたてがみを持つものもいた。巨大な蜂が群れをなして一本の木から飛び出してきて急降下し、ふざけて攻撃するまねをしながら私たちの脇をすり抜けた。頭上では、色鮮やかな緑の大きな鳥が二羽、こちらを見下ろしながら輪を描いて飛びまわっている。小さな青い鳥が私の友人の肩に舞い降りてきて、耳にさえずりかけた。彼は私の方を向いて言った。
「我々の子供たちさ」
「私も動物の子らを、そんなふうに簡単に呼びよせられたらいいのになあ」
「音を覚えておけるだろう。練習すれば君にもできるよ」
「地球全体がこんな感じなのかい? つまり、動物たちのことだけど」
「この谷の中だけさ。他の場所は、君が本で読んで想像するのと変わらない。食物連鎖のことは知ってるだろう?」
「知ってる。それじゃ、動物は死ぬんだね」
「ああ、自然の秩序だからね。この我々の子供たちもそうさ。バランスがとれているから、私たちもそれを妨げたりはしないんだ」
「それじゃ、君たちは何を食べているんだ? 野菜かい?」
「食べるもの? 見せようか」
友人が女性のひとりの方を見ると、その女性は花壇の区画に歩いていって、ただの黒い土としか見えないものをすくい上げた。そのひとすくいを持って戻ってくると、私たちの傍らに立った。突然、何が起ころうとしているのかわかった。
「あなたのお好きなトウモロコシはいかが。あなたがたがシルバークイーンと呼んでらっしゃるものですけど」
私は頷いた。女性は私をじっと見つめてから、片手に盛った土の上に、もう片方の掌をかぶせたが、その間も私を見つめ続けていた。心を読んでいるのだとわかった。少しして、掌を持ち上げると、そこには青白い完璧なミニチュア版のトウモロコシがあった。それを私にさし出した。
「この人には食べられないよ」と、友人が言った。「今は、肉体を持っていないんだから」
女性は向きを変えて、それを小さな茶色の子鹿にほうってやったが、笑っているのが私の心に感じられた。子鹿は胡散くさそうにその食べ物をくんくんかいだ。それじゃ、この人たちも笑うんだ。ということは、感情があるんだな。
我々も、君が思いつく限りのあらゆる感情を味わったことがあるよ、ロバート。感情は我々にとっても大切なものだけれど、その気にならない限り感情には支配されないようにしているんだ」
感謝の念があふれてきた。「私たちを受け入れ、暖かく迎えてくれてありがとう。とても有益だった。争いも、怒りも、競争もなくて……」
「競争はあるよ。ただ、それがゲームであることを忘れるほど没頭はしないだけさ」
私は、愛については尋ねなかった。その必要はなかった。四人から放射されているものが、充分その存在を証明していたからだ。しかし、興奮のいりまじった、かすかな悲しみのようなものも感じられた。
友人はまた微笑んだ。「君の訪問はちょうどいいタイミングだった。我々は、間もなく出発することになっているからね。この谷や子供たちと離れてやっていくのに、慣れなくてはならないんだ」
「出発? どうして?」
「百年近く前に『信号』を受け取ったんだ。何千年も待ち受けていたんだけれど、ついにその時が来たというわけさ」
「わからないな」
「思い出せない、と言った方が近いね。きっと思い出せるさ、君たちの時が来ればね。私たちは、自分の住むこの物質的世界の変化のパターンをすべて経験し、知りつくした。星々にも行ってきたよ、君が今しているのと同じ方法でね。だけど、ここにないものは何ひとつ見つからなかった。真に新しいものは何も、ね」
「わかるような気がするよ。君たちは、それ以上の何かがあることを知って……」
「そういう言い方もできるね。別の言い方をすれば……好奇心……そう、好奇心だよ」
「そうか! それなら私にも起こったことだよ。でも、君たちは全員で去って行くの?」
「誰かをおいて行きたいなんて思うはずがあるかい? 自分の手や、指一本でも、おいて行きたいなんて?」
「しかし、どこへ行くんだい?」
「『信号』が導いてくれるさ」
「その『信号』っていうのは何なんだ? 説明してもらえるかい?」
「あらかじめ取り決めてあった信号なんだよ」
「誰との取り決めだい? それとも、何と?」
「先に行った仲間と、さ。先に行った者は皆、我々が後を追っていくべき時がきたら、特別な『信号』を送ってくることになっていたんだ。長くかかったけれど、そのうちのひと
りが、とうとう送ってきたというわけさ」
「その人は……君たちは……探検家みたいに、征服すべき新世界を探し求めているんだね」
「征服するためじゃないよ、ロバート。そこへ行って理解するためだよ」
「どこへ行ったらいいのか、どうしてわかるんだい」質問が次から次へ湧いてくる。
「ただ『信号』を追っていくだけだよ」
「今も、それを受けているのかい?」
「ああ、そうさ。初めて受けた時から今まで、途切れずに続いているよ」
「どうして私には感じられないんだろう?」
「わからないね。恐らく君たちは、違うふうに調整されているんだろう」
「出発まで、ずいぶんかかっているんだね。なぜなんだい?」
「動物の子らを訓練して、私たちがいなくてもやっていけるように訓練しなくてはならなかったからね。今やそれも終わって、それぞれに別れを告げる段階にきている。子供たちを連れて行くことはできないし、実際連れては行かないからね」
私はいとまを告げるべき時が来たことを知った。
「ここに来られてよかった。なぜかわからないけど、また会えるような気がするよ」
「また会えるとも。もっと話してあげることもできるけれど……でもそれでは、君たちのよく言うように『楽しみがぶちこわし』ってことになるからね」
私が手を振って別れを告げ、草地から舞い上がると、四人も手を振ってくれた。付き添いのインスペックは見あたらなかったが、少なくとも帰りの道はわかっていた。徐々にフェーズを移動して、闇の中に溶け込んでいく。すると、傍らにインスペックの輝く姿があった。
〈彼らは興味深かっただろう?〉
以前に会った未来の人間に似ていたな。あの人たちは、地下じゃなくて地上に住んでいたけれど。
〈君は動物好きだから、親近感を覚えるんじゃないかと思ったんだ〉
その通りだったよ。ところで、他に訪ねられるところはあるかな?
〈君の希望は?〉
人類でないもののいるところがいいな。ただし知的な存在でね。それに、非肉体的な存在がいい。
〈選択の余地はたくさんあるよ。向こうが許してくれればだけど〉
許す? あまりいい気はしないな……
〈君を、その……迷惑な害虫のように見なす者たちもいるんだよ。そう、害虫のようにね〉
でも、私は安全だって言ったじゃないか! 危害を受けることはないって!
〈その通りだよ〉
それほど穏やかじゃなくて、もうちょっと刺激的なものが欲しい気がするんだ。馬鹿げているかな?
〈いや。それが望みなら〉
今度も一緒にいてくれるかい?
〈私はいつも一緒だよ。すぐ後をついておいで〉
明るく輝く姿は急速に小さくなっていったが、私は、前に覚えた方法を使ってすぐ後に続き、彼のエネルギー場を追った。永遠とも思える時間−−それとも、ほんの一瞬だったかもしれないが−−前方を行く光の点を頼りに暗闇の中を進んだ。それから、鮮やかな色彩の爆発が起こった。色の粒子が、いくつかの不規則な形をつくっているようだ……まずは明るい緑……それに黄色……それから私は、明るいオレンジ色のものに引き込まれた。そのオレンジ色が私をおし包み、ギュッとしめつける間、じっとしていた。もがこうとはしなかったし、恐れる気持ちもなかった。既に多くのことを学んでいたからだ。
突然、連続する電気ショックのような拍動が意識に伝わってきた。耐え難いものではなかったが、苛立たしく有無をいわせぬ感じだった。私には、一種のコンピュータ言語のような二進数コードとしか受け取れなかった。しかし、コミュニケートしているのは生命体だ。そういう確信があった。
拍動は続き、私の頭の中に響いていた。意味を読みとることができなかったので、こちらから貧弱な非言語コミュニケーションを試みた。我々の太陽系のモデルを思い浮かべ、第三惑星から出てここに至る矢印を心で描いた。これに対して、長く連続した拍動で返事があった−−それは原始的なモールス信号を思わせたが、言葉に訳すことはできなかった。しかし私の心が慣れてくると、映像が浮かび始めた……燃える太陽があり、矢印がそこから出ているのではなく、その中を指している。そこが私たちのいるところなのだろうか?
拍動が止まった。ついで短いパターンが始まり、繰り返された。これは肯定−−イエスということか?
同じパターンが繰り返された。どうやら、そう考えてもよさそうだ。私の肉体の映像を形づくって相手に送り、上がり調子の抑揚をつけ加えた。今度は違ったパターンが返ってきた−−否定だな、と私は考えた。
「ノーということかい? 私と同じ種族に会ったことはないのかい? こういう者たちに」私は、一団の男女の映像を精いっぱい伝えてみた。
答えは否定だった。
「私が誰で何者なのか、興味はあるかい?」
これも否定。
「でも、私の言うことはわかる?」
今度は肯定。私の解釈が正しければだが。
「だけど、私は君の言うことがわからない。イエスとノーしか」
否定。
「私にわかってほしいかい?」
否定。
「それじゃ、放しておくれよ、君のエネルギー場から出ていくから」
拍動は速度と大きさを増し、それから消えていった。急激な移動らしきものを感じ−−私は深い暗闇の中、光を放つインスペックの友人と共にいた。
〈君がコミュニケートしたのは、全体のごく一部に過ぎないんだよ〉
つまり、指の一本みたいなものかい?
〈いい喩えだ〉
指一本じゃ、たいした人格はないな。
〈しかし、そういう存在と実際にコミュニケートする者もいるんだよ〉
私にそんなことができるのかなあ。
〈できるはずだよ、望みさえすればね〉(p36-53)
私の好奇心は、なおも飽くことを知らなかった。新しい経験が待ち遠しくてうずうずした。しかし願うことが何でもかなえられるわけではないこともわかった。その頃、近所に住む男性が心臓発作で死んで−−この世を去って、という表現の方が好みだが−−その人の家族から、彼を探して接触できないかと尋ねられた。次にインスペックの友人と会ったとき、助力を頼んだのだが、今回はそのような面会は不可能だといわれた。ロートの形でレポートをもらえただけだったが、この状況ではそれで満足することにした。
続いて、すぐにまた新たな疑問が心に湧いてきた。私自身が「ここ」で肉体として送っている生に関わる疑問だった。私はインスペックに、人類ではない非肉体的な知性体で、たやすく話ができる者に会わせてもらえないかと訊いてみた。いささか驚いたことに、友人は案内を申し出てくれて、私たちは闇を抜けて出発した。あっと思う間に、私たちは星をいっぱいに散りばめた宇宙空間に来ていた。すぐ下には我々の月と思われるものがあり、さほど離れていないところに、巨大な青と白のマーブル模様の球体、地球が浮かんでいた。
私はあたりを見回した。非人類の超知性体はどこにい
るんだ? 質問を読みとったインスペックは、振り向いて上を見てごらんと言った。
私は唖然とした。ほんの五、六メートル上に、何キロもの長さに見える巨大な丸い円盤型の物体が浮かんでいるではないか。よくいう典型的な「空飛ぶ円盤」だが、その千倍も大きい。信じ難いほど大きい−−しかし、そう思っているうちに、それはたちまち直径六十メートルほどに縮んだ。
底部にあるドアがスライドして開き、ひとりの……男……極めて人間らしい外見の男が現れ、歩いて−−そう、歩いて、私の浮いているところに近づいてきた。近くに来ると、その男が誰なのかわかった。小柄でまるまると太った落ちぶれ紳士という風情で、赤い団子鼻、口元には含み笑いを浮かべ、グレーのシルクハットを被っている。若い頃に好んで観た喜劇映画によく出ていたスター−−W・C・フィールズに生き写しだった!
この複製、投影、ホログラム−−何でもいいが−−それは、やはりフィールズとそっくりのイントネーション、話し方で口をきいた。そして私を船内に招待してくれ、大きなドーム型の部屋らしきところに案内してくれた。壁には、私の知っているありとあらゆるコメディアンの写真が貼ってあった。知らないコメディアンのものは、さらにたくさんあった。何千というジョークの落書きや風刺マンガもあった。彼は、こういったものを皆「積み荷」と呼んだ。
私は心の中で質問を組み立てた。
「積み荷? 積み荷っていうのは、どういうことなんだい。それに」と、私は続けた、「その扮装はやめてもいいよ。私は、あるがままの君を受けとめるから」
「本気で言ってくださるんですね……でも、あなたさえよけりゃ、このままでいますよ。人間らしい考え方をするのに都合がいいもんで。それとも、他の誰かの方がお好みですかな。グルーチョ・マルクスとか?」
「いや、いや。そのままでいいよ。教えてくれないか、一体何をしてるんだい、こんな地球くんだりで」
「そりゃあなた、私は輸出業者ですから」
「ふうん。地球の私たちに入り用なものっていうのは、何なんだい−−この宇宙船は別にしても」
「言い方を間違えましたかな。地球から輸出しているんですよ、地球へじゃなくてね」
「一体全体、地球にあるどんなものが、君たちにとって価値があるっていうんだい。君たちの方が、明らかにずっと技術が進んでるじゃないか。思念でコミュニケーションもできるし。私たちのところには、君たちが欲しがったり必要としたりするようなものは、何もないよ」
彼は鼻を掻いた。「ええ、旦那、そりゃあ手に入れるのは簡単じゃないんです。でも、ちゃんと手に入りますとも、旦那、ちゃんとね。私たちにはないものなんです、それがどんなに価値のあるものか想像もつかないでしょうな。それを持っていなけりゃね」
「何を持っていなければ、だい?」
「そいつを、長年集めてるんですよ。一時は稀になってましたがね、このところ盛り返してきましたよ」
「わからないなあ」
「それを解するためには、文明について知らなくちゃならないってこともあるんでね。そこが、悩みのタネですよ」
「やっぱり、わからないよ……」
「あなたがた人類が持ってるんですよ。あなたがたが物質界と呼んでらっしゃる場所で−−他のどこでもですが−−人類以外のものにとって、たいそう貴重で価値のあるものなんです。凄く貴重で価値があるんですよ、旦那。私は、それを集めるスペシャリストなんです。おや、まだわからないんですね! それじゃ、説明しましょう」
「頼むよ」
「百万に一つというくらいの、貴重なものなんです。それをあなたがた人間が持ってるんですよ−−ユーモアのセンス! ジョーク! 楽しみ! 重荷にあえぐ精神システムにとって、最高の強壮剤なんですよ。それを使えば、必ずといっていいほど、緊張やプレッシャーが自然と消えちまうんです」
「それじゃ……君は、私たちのところをまわって、探しているっていうのかい、最新の……?」
「ご名答! あなたがた人間は、私らの収集船をたまに見かけると、間違った考えを抱くみたいですがね。私らのことで、UFOのジョークなんてのまで作ってるんですからね! こっちは、見聞きしたいだけなんだ−−ただそれだけですよ。おかしな悪ふざけなんてとんでもない−−ただ学んでるだけでね。さてと、失礼させていただけますか、旦那。もう行かなくちゃ」
突然、私は宇宙船の外に出ており、船ははるか彼方へ、急速に小さくなっていくところだった。私はインスペックの友人のもとを目指した。友人は深い暗闇の中で私を待っていた。さて、これで少なくとも一つ、人類がユニークな特質を持っていることがわかった。
〈うまくやれたね。だけど、まだ別のことが気にかかっているんだな。心の奥に隠れていた願いを、今、形にしようとしているだろう〉
うん……会ってみたいものがあるんだ。わかると思うけれど。
〈物質的な地球で、君と同じ時系列に存在する、最も成熟し進化した人間だね〉
そうなんだ。可能かな。
〈ああ。でも、期待通りの結果にはならないかもしれないよ〉
試してみたいんだ、それでも。
〈案内しよう〉
私は闇の中を、小さくなっていく光の渦を追って進んだ。どれほど経ったのかはわからない。突然、私はとある部屋の中にいた。家具は、椅子と安楽椅子が何脚かとテーブルが一つといった程度の、ごく普通の部屋だ。二つの大きな窓から陽光が射しこんでいる。外には背の高い木立があるようだ。地球のどこであってもおかしくない光景だ。
部屋の片側に机があって、ひとりの人が座っていた。男性か女性かはわからない。顔も身体つきも、どちらともつかない。顔に皺はほとんど見あたらず、髪は明るい褐色で、耳のあたりまでの長さ。年齢は、私の見る限りでは、三十から五十の間。着ているものは簡素で、白いシャツに黒っぽいスラックスだった。
しかし私が圧倒されたのは、その人物の放射している何かだった。ありとあらゆる人間的な感情のこもった、明るい春の陽射しを浴びているかのような気がした。それは、ほとんど抗い難い力で迫ってきたが−−それでいて、なじみ深い感じもあった。全くバランスがとれていた。一瞬、男性だと思っても、次の瞬間には女性だと思われる。真に均整のとれた存在−−彼であり彼女である者。「ヒシー」だ!
放射が途絶えた。ヒシー−−何にせよ、呼び名は必要だ−−は、顔を上げた。双眸は底知れない深さをたたえており、何の表情も見出せなかった。完璧な抑制だが、なぜそのような自制が必要なのか、私には理解できなかった。
唇は動かなかったが、私には聞こえた。期待していたものだった。私にもわかる、暖かなクスクス笑いが聞こえたのだ。
「ヒシー? そんな呼び名は初めてですよ」
「馬鹿にするつもりはなかったんです。どう呼んだらいいか、わからなくて」
「どんな名前でも構いませんよ。ところで、私が本当にお力になれると思いますか?」
「ずっと、助けていただきたかっ
たんですよ」
「どんなことで、ですか」
「二、三の質問に答えてもらいたくて……」
「私の答えがどんな役に立つというんです」
「いや……わかりません……」
「あなたは、他の人には自分で自分の答えを探せといってるじゃありませんか。どうしてご自分だけ、他人に答えをもらおうとするんですか」
これは、グサッときた。手の内を見透かされた感じだった。
「おっしゃる通りですよ。私が本当に興味があるのは、実はあなた自身の方なんです。質問に答えてもらうことではなくてね」
「私は統計上、たったひとりの存在です。百万に一つという珍しいタイプなんです。私を見つけ出すなんて、あなたのお友達はたいしたものですね」
「あなたは西洋人のように思えるけれど、地球上の誰も、あなたの存在を本当には信じないでしょうね。でも……私たちは前に会ったことがある……一度だけ……そうじゃないですか」
「ほら。あなたは、ご自分で質問に答えていますよ」
「しかし……あなたは、肉体の生を一度しか生きていませんね。他の者のように転生してはいない。でも……どうしてこんなことがわかるんだろう」
「あなたは、私の心を読んでいるんですよ」
「ほんの一部、あなたの許すところだけ、ですね。一回の人生で、千八百年も生き続けるなんて! どうやって保つんですか……若さを」
「始終、仕事を変えているんです。そうすれば、誰でも若くいられますよ。こんな答えでいいですか」
「素晴らしい。こんなふうにお会いできて、じつに幸せですよ! 今は何の仕事をしてらっしゃるんですか、そういう言い方でよければだけど」
「世話役とか、助力者とかいうような者ですよ。どちらでも好きな方で呼んでください」
「あなたほどの能力があれば、今この瞬間にもできることが山ほどあるでしょうね」
「いつも忙しくしていますよ」
「どんな……? いや、自分で読みとれる……救急車を運転したり、深夜にバーテンダーをしたり、精神科のカウンセラーをしたり……今は、大学に歴史を教えに行くところですね。他にもまだあるな」
「人が好きなんですよ」
「待てよ……ハリス・ヒルでグライダーを飛ばしたことがあるんですね……思い出したぞ。あそこで会ったんだ!」
「ちょっと気晴らしをしていたんですよ」
「あなたは、どこで食べたり寝たりしているんです?」
「そういったことは、ずっと前にやめてしまいました」
「あなたの歴史の講義は素晴らしいだろうなあ」
「楽しませようとしたり、混乱させたりですよ、矛盾しているんです」
「次の仕事……次はどんな仕事をするんですか」
「世話をする仕事ですよ、当然ながら。『異変』を起こすんです、あなたがなさっているようにね。この本や、あなたが普及させている精神変革プログラムのように−−人々の人生に異変をもたらすんですよ。さあ、そんな質問ばかりしていないで、そういう世話に必要なものや目指すべきことについて、私から読みとったらいかがです。あなたがロートと呼ぶものをさしあげられますよ。共産主義でも社会主義でもなく、資本主義でもない将来像についてね」
「そんなものは実現不可能だといわれていますよ」
「だからこそ、努力の甲斐があるんじゃないですか。世界中の人類が力を合わせなくてはなりません。様々な宗教や民族や政治信条や武力にはよらずとも、皆が必要性を認識しさえすれば実現していくことです」
「必要性といっても、難しいですね。世界の形が変わらなきゃ駄目なんじゃないかな」
「だから時間がかかるのです。その時は来ますよ」
「しかし世界中どこでも、人間は、どんなことについても意見の一致を見たためしがないからなあ」
突然、以前感じたことのあるものに似たエネルギーの波が、私を襲った。それが薄れていったとき、私には、そのロートが納まるべきところに納まり、時がくればひもとくことができるのだとわかった。ヒシーにもう一つ訊いておきたいことがあった。
「時間のあるときに、私たちの仕事のエネルギーを調整してもらえませんか。必要なんです」
「あなたが本当に必要としていることではありませんね。でも、できる限りのことはしましょう」
「肉体の姿で?」
「もちろん。でも、私だとはわからないでしょう」
「見抜くように努力しますよ」
「でしょうね、アシャニーン。いつでも、力になります。でも私がその気にならなければ、あなたは二度と私を見つけることはできないでしょう。さあ、もう大学に行かなくてはならない時間です」
「本当にどうもありがとう。またすぐ会えますか?」
「いや。当分の間はね」
世話役のヒシーは向きを変え、後も見ずに出て行った。仕方なく、私はインスペックの友人を探したが、放射は見あたらず、位置を定めることができなかった。肉体へ戻るべき時が来たことを知り、無事に帰還を果たした。戻ってきた私は、身体を起こして両腕を伸ばし−−と、そこで突然、手がかりをもらったことに気づいた。ヒシーは、私を「アシャニーン」と呼んだのだ(訳註・前作『魂の体外旅行』で、インスペックたちがモンローにこの名を与えている)。それともあれは、単なるおふざけで、私をうまく惑わすための言葉だったのか?
今や私は、訪ねて来る見知らぬ人たちに、いちいち注意を払うようになった。このことで賭けでもしておけばよかった!(p55-64)