目の前に死者の姿が甦った(『ムー』83年10月号)

 
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投稿者 SP' 日時 2000 年 2 月 26 日 10:12:52:

文=山河宏

 証明可能な物理的心霊現象

死後霊の物質化

 心霊現象は、大まかにいって、テレパシーや千里眼、自動書記、霊視、霊聴などの主観的なもの(精神的心霊現象)と、サイコキネシスやポルターガイスト、アポーツ(物品引き寄せ)、念写、物質化などの客観的なもの(物理的心霊現象)に分かれる。
 このうち“精神的心霊現象”については、その真実性を科学的に証明することが非常に困難だ。超心理学者たちがテレパシー(あるいはESP)の真実性を実験で証明したといっても、それは真実である確率がきわめて高いという結論であるのがふつうで、この種の現象の存在を疑問の余地なく証明したというわけではないのである。要するに、精神的心霊現象については、それが主観的な現象であるゆえに、万人を説得できる確実な証明法は、事実上ないとさえいえそうなのだ。
 これに対して、“物理的心霊現象”は確実な科学的証明が十分に可能と考えられる。それは写真そのほか物的な証拠が得られるからで、トリックの可能性を否定できさえすれば、心霊現象が実際に起きていることを、だれにも納得できる形で証明することができる。したがって、この種の現象の実験的な研究は、現代において特に大きな意義を持つといえる。
 アメリカのプリンストン大学では、実際に、理工学部長のロバート・ヤーンがみずからリーダーとなって、心霊現象全般に肯定的な目を向けながら、サイコキネシスに主眼を置いた実験が進められている。
 さて、さまざまな物理的心霊現象のなかで最も見る人の目を驚かせるのは、“死後霊の物質化”と呼ばれる現象である。これは、死者の霊が霊媒の肉体の一部を使って、自分の姿を目に見える形に物質化するというもので、欧米では19世紀の半ばから今世紀の前半にかけて各地で盛んに観察された。

リシェーの証言

 この物質化現象については、一部の霊媒のトリックがあばかれたことなどもあって、その信憑性を疑う人は当時も多かった。しかし、どう見ても真実としか思えない事例が相当にあることは確かで、とくに物質化の過程が最初の段階から連続して観察された例では、トリックの可能性はまったくないといっていいだろう。その一例を、ノーベル賞を受けたフランスの生理学者シャルル・リシェー(1850〜1935)の著書『心霊研究三十年』の中に見ることができる。これはリシェーみずからの証言である。
「……私はただ事実を述べるにとどめよう。私たちは確かに目撃したのだ−−温い血の通った生きた肉体が目の前で形成され、個性を備えたひとりの人間の姿になるのを! これこそ驚異の中の驚異である!
 私は、ジュレー博士やシュレンク=ノッチング博士あるいはビッソン夫人たちと同じように、物質化現象を最初の段階からつぶさに観察する機会を持った。マルテの口や乳房から、液体ともゼリー状の粘体ともつかない物質が出てくると、それがひとりでに人間の顔や手を形作っていくのである。私は、この物質が自分のひざの上で人体を形作っていくのを、十分な照明の下で目撃した経験もある。そうした際には、手や腕の骨がだんだんと形を成していくのを、ひざの上にはっきり感じ取ることさえできた……」
 リシェーが故意に嘘を書いているのでない限り、これが真実の物質化現象であることに、ほとんど疑問の余地はないといっていいだろう。
 ここでリシェーがマルテと呼んでいるのは、エバ・Cの名で心霊研究者たちに広く知られた、フランス人の女性物理霊媒である。彼女の現す物質化現象は、ドイツ人の精神病理学者で、途中から心霊現象の研究に身を転じたアルベルト・フォン・シュレンク=ノッチングと、後で紹介するフランスの心霊研究家ジュレーが、多数の写真に記録しており、物的証拠の最も豊富な事例のひとつとされている。
 このエバ・Cの場合、とくに連続した写真にとらえられた現象については、トリックの可能性をほぼ完全に否定することができる。以下、フランスの高名な心霊研究家ギュスターブ・ジュレーの著書、『透視と物質化』および『無意識から意識へ』を主に参照しながら、この驚くべき霊現象の実際を読者にご紹介していこうと思う。
 なお、エバ・Cによる物質化現象については、シュレンク=ノッチングの大著『物質化現象』が最も有名だが、その内容の詳しい紹介は、別の機会にゆずることにしたい。

 エクトプラズムの発生

ジュレー博士の試み

 ギュスターブ・ジュレー(1868〜1924)は、もともとは内科の医師だったが、若くして生命界を支配する“魂の力”とでもいうべき未知の原動力の存在を確信し、生物の発生や進化の現象は、すべてこの神秘的な力のなせるわざにほかならないと主張した(すでに31歳のときに、このテーマについて著書を発表している)。
 ジュレーはやがて自説を裏づける心霊現象の研究に没頭するようになり、1910年代にエバ・Cによる物質化現象を目のあたりにすると、医者の道にキッパリ別れを告げて、心霊研究の道一筋にうちこむようになった。そして1918年にパリで公の設立をみた「国際心霊科学研究所」の初代所長に迎えられてからは、深い学識に裏打ちされた思想性豊かな心霊研究家として、国際的にエネルギッシュな活動を続けたが、1924年に惜しくも飛行機事故で急逝した。
 ジュレーは、1917年の12月から翌年の3月にかけて、エバ・Cによる物質化現象の実験を何回もくりかえした。場所はパリにある彼の研究室で、毎回エバの養母ビッソン夫人のほか、数人の第三者(大学教授や国立病院長)が立ち会った。
 実験は、いずれもトリックの可能性を徹底的に排除した条件の下で行われた。まず、実験に使われる部屋はふだん厳重に鍵がかけられ、実験の最中は内側から錠がおろされた。さらに、実験の前と後で、部屋のすみずみまで異常の有無が調べられた。
 霊媒のエバ・C(当時33歳)は、部屋のすみを黒いカーテンで仕切って作った小暗室(これをキャビネットという)に入り、ヤナギの枝で編んだ椅子(物を隠すことはできない)にすわった。物質化現象は明るい光の下では起こりにくいので、こうして光の直射を防ぐ工夫が必要なのである。これがあれば、部屋の中はかなり明るいままにしておける。
 暗室とはいっても、キャビネットの前のカーテンはいつも半ば開けてあるので、実験者は好きなときに中を観察することができた。それに、エバの両手はいつも実験者が握っているので、彼女がキャビネットの中で何かトリックを行うことは不可能といっていい。実験の前と後でキャビネットの中が徹底的に調べられたことはいうまでもない。
 エバは実験の前に着ているものをすべて脱ぎ、実験用の黒い服に着かえさせられた。このとき髪の毛や口の中(ときには性器まで)も調べられた。
 部屋の照明には白色電燈の反射光が使われ、大きめの活字や腕時計の針の位置を十分に見分けられる明るさだった。写真を撮る計画のときには、30〜60燭光の赤色光を照明に使い、撮影にはマグネシウムのフラッシュバルブが使われた。

不可思議な生体成分

 霊媒の体から出て物 質化現象の材料になる物質は、エクトプラズム(リシェーの命名)と呼ばれる。シュレンク=ノッチングは標本を採取して化学分析と顕微鏡検査を行ったが、白血球や上皮細胞を含む生体成分だということ以外、見るべき結果は得られていない。このとき調べられたのが、はたして本当にエクトプラズムそのものだったのか、疑問視する意見もある。
 ジュレーによると、エクトプラズムは霊媒の体のいろいろな部分から、いろいろな形で出てくる。たとえば口からゼリー状の物質として出てきたり、どこからともなくガスのような形で出てきたりする。後者の場合には、霊媒の体の近くで蒸気のかたまりのように凝結し、見るまに密度を増していって、やがて人の顔などを形作るという。
 エバ・Cの場合、物質化現象はごく単純なパターンにしたがって起こった。キャビネットの中で彼女が催眠をかけられ、トランス状態(霊媒に特有の無意識状態)におちいると、やがて実験者たちの目の前で現象が始まるのである。
 現象は、常に、エバがまるで子供を産むときのようなうめき声を上げることから始まった。そして、たいていは、その苦しそうなうめき声が最高潮に達したとき、エクトプラズムが出現しはじめた。
 ふつうは、まず白く光る液状の小さなエクトプラズム片が、エバの黒い服の上に現れる。大きさは豆つぶ大から大型硬貨ぐらいまでいろいろあり、場所もさまざまである。そしてある場合には、それがそのまま大きくなって人間の顔や手を形作り、ある場合にはそれ以上なにも起こらずに終わり、またある場合には、この先駆現象に続いて、エバの体のいろいろな部分からエクトプラズムの流出してくるのが見えるのである。
 エクトプラズムの流出は、口や鼻など人体の開口部から起こることが多いが、指先や乳首、頭のてっぺんなどからも起こった。最も多いのは口からの流出で、これはほとんどが無定形のゼリー状物質として現れた。
 流出するエクトプラズムの量はさまざまで、多いときにはエクトプラズムがまるでマントのようにエバの体をおおった。色は白がほとんどだが、黒い色の部分もあった。
 流出したエクトプラズムは、ひとりでに動きまわった。たとえば、あるときにはエバの肩や胸、ひざの上をはうようにゆっくり動きまわり、あるときには、一瞬のうちに姿を消したり現れたりしながら、あちこち瞬間的に位置を変えるのである。
 エクトプラズムは、まるで一個の生き物のように、刺激にきわめて敏感に反応する。そして刺激はただちに霊媒の体に伝わって、苦痛をひき起こす。
 また、エクトプラズムは光にも敏感で、一般に強い光には耐えられない。しかし、霊媒を訓練することによって、光に対する抵抗力を高めることはできる。現に、エバは訓練によって写真撮影のフラッシュライトにも耐えられるようになっていた。

目の前に霊の姿が!

 エバの体から出たエクトプラズムは、すぐに人体を形作りはじめた。この作用はときには非常に速く現れ、最初の無定形の状態をほとんど観察できないぐらいだった。また、初めの無定形の状態がまったく観察されずに、顔や手が不意に出現することもあった。しかしその一方では、無定形のエクトプラズムの中に、人間の顔や手が出現しかけてストップしている状態も、ときどき観察された。
 そして、ジュレーは目の前でエクトプラズムから形成された顔や手に触れてみて、それが生きた人間のものと変わらない皮膚、爪、髪の毛、頭蓋骨などを備えていることまで確かめたのである。ガス状のエクトプラズムなどはエバの体の表面に接して、小さな白い雲のような形で出現した。この“雲”が密度を増しながらどんどん大きくなって、人間の顔や手を形作っていくのである。
 こうしてエクトプラズムから形成された顔や手は、よくジュレーの目の前で、瞬間的に消えたり、現れたりをくりかえした。また、いつもエバの体に接触しているわけではなく、ときにはかなり離れたところに姿を現すこともあった。次に、その典型例をジュレーの手記から引用してみよう。
「……エバの頭の右上方70センチほどの空中に、不意に人間の顔が現れた。それは男性の頭部だけの物質化像で、大きさも立体感もまさに人間の頭だった。物質化は頭のてっぺんから額までは完全だった。額は広く高く、髪は短いがふさふさとしていて、黒あるいは栗色に見えた。眉から下は物質化が不完全で、輪郭がぼやけていた。
 この顔はちょっとの間カーテンの後ろに隠れたかと思うと、また同じところに姿を現した。このときには完全な物質化はごく一部になっていて、顔は白いベールのような物質におおわれていた。私は手を伸ばして、髪の中を指でさぐった。頭蓋骨が触れた−−そのとたん、すべてが消え失せた……」
 ジュレーによると、エクトプラズムで物質化した顔や手の消え方は、右のように一瞬のうちに消え失せてしまうこともあるし、もとの無定形のエクトプラズムにもどってから、あるいは物質化像のまま、霊媒の体の中に吸い込まれるように姿を消してしまうこともある。
 また、場合によっては、物質化した顔や手の輪郭がだんだんとぼやけていって、やがて姿を消してしまうこともあったという。

 ジュレー博士による実験記録

 次に書かれた記録は、ジュレー博士の実験によるものである。本誌4〜7ページの写真を見ながら読み進めてもらいたい。
●1918年1月15日 午後8時30分 出席者=ビッソン夫人、ルクール氏(おそらくソルボンヌ大学の生理心理学教授ジュール・コーティエの変名)、シャロー博士、X博士および私(ジュレーのこと)。
 実験の準備と方法はいつものとおりで、キャビネットのカーテンは半ば開けたままである。赤色光の照明。
 エバのうめき声は15分後にいつもの段階に達した。そのとたん、エバの左肩に縦15センチ、横10センチぐらいの大きさの、白いエクトプラズム片が現れた。それは初めぼんやりとしか見えなかったが、だんだんとはっきりしてきた。それからまたぼやけてしまい、その後、再びはっきりしてきて、今度はどんどん大きくなった。そしてその中に、私は人の顔が浮かび出てくるのを見た。それは無定形の母物質にかこまれたオレンジ大の顔で、平たく、形も歪んでいた。はっきりわかるのは顔と目と鼻だけで、顔の下半分はほとんど母物質と見分けがつかなかった。
 このエクトプラズムの母物質に埋まった顔は、やがてエバの左肩から、頭のてっぺんの少し右よりのところへ位置を変えた。写真は2枚撮られたが、残念なことにフラッシュライトの明るさが不十分で、どちらも失敗だった。
●1918年2月12日 午後5時 出席者=ビッソン夫人、ド・ベスム夫人、ルクール氏および私。実験の準備と方法はいつものとおり。
 今日のエバは非常に意欲的だった。エバは研究室に着いたとき、私に向かってこう言った。
「もうまる1日ずっと感じているんですけれど、ひとりの女の人が姿を現したがって私のそばを離れないんです」
 エバは催眠をかけられると、すぐにトランス状態におちいった。そしていつもの出産時のような、 うめき声を上げはじめたが、やがて少しずつ静かになっていった。その間は何事も起こらなかった。私は、今日の実験は失敗だな、と思った。そのときビッソン夫人が不意に叫んだ。
「あ、カーテンのところに!」
 私もそれを見た。開いたカーテンの間から、ほぼふつうの人間の頭の高さのところを、ひとりの女性の頭部だけが空中を漂って姿を現したのだ。それはエバの頭上を右方向から動いてきた。物質化は完全だった。大ききもふつうの人間の頭部と変わらず、顔色は生き生きと美しい顔で、私たちは小声で賛美の言葉をもらしながら、その空中の顔を見つめた。私は眼前の驚くべき光景に夢中になって、フラッシュライトのボタンを押すのを忘れてしまった。“彼女”が、カーテンの陰にひっこんでしまった後で、私はやっとフラッシュライトのボタンを押さなかったことに気がついた。この間、印象はきわめて鮮明だったが、現象の持続時間はほんの数秒にすぎなかった。
 それから40〜50分の間、首から上だけの“彼女”は、あるときはふつうの人間と変わりない大きさで、またあるときはそれよりずっと小さな姿で、出現と消失をくりかえした。その間“彼女”は常に鮮明な姿で現れたが、フラッシュライトで撮影するチャンスは一度もつかめなかった。
 しかし最後に、“彼女”はふつうの3分の2ほどの大きさの頭部を、エバの胸の上に落ち着けた。私は斜め横を向いたその顔にカメラを向けて、フラッシュライトのボタンを押した(写真1および2を参照)。フラッシュが消えた後で、私はやはり首から上だけの“彼女”の姿をエバのひざの上にちらりと見た。その一瞬後、すべてが消え失せた。
●1918年2月26日 午後5時 出席者=前回と同じ。準備と方法もいつものとおり。
 エバはきわめてすみやかにいつものトランス状態におちいった。すると、前回(2月12日)の実験で写真に撮られたのとよく似た女性の顔が、カーテンの開いたところに不意に現れた。それはふつうの人間と変わりない大きさの顔だったが、一瞬の後には姿を消してしまったので、写真を撮るひまはなかった。
 それから、今度はエバの体のまわりに現れた霧のような物質から、同じ女性の顔が形成された。このときの物質化像はあまり鮮明なものではなく、比較的よく見えたり、またぼやけてしまったりをくりかえしながら、エバの胸、頭、あるいは肩と落着き場所を変えているうちに、フッと姿を消した。
 その後で、今度はエバの口からエクトプラズムが流出してきた。それは指2本分ほどの太さのひも状をなして、あごから少し左よりにたれ下がると、先端が丸くふくらんで、そこにさっきとは別の顔が現れた。あまり鮮明な物質化像ではなかったが、私はフラッシュライトのボタンを押した。エバは体をビクッと動かしたが、物質化像は消えなかった。
 やがて、この顔はエクトプラズムの母物質とともにエバの頭の左側へ上がっていき、耳よりちょっと高いところで、エバの頭から20センチほど離れた空中に浮かんだ。そして、その位置で急速に顔立ちがはっきりしてきた。ここで私は2枚目の写真を撮った(写真3)……(後略)。
●1918年3月1日 出席者=前回と同じ。準備と方法もいつものとおり。
 エバは研究室に着くと、私に向かってこう言った。
「今日は今までと違ったポーズをとりたいって、彼女が言っていますよ」
 この実験で生じた現象の種類は、前回のときとほとんど同じだった。すなわち、顔の物質化像が、ときにはカーテンの開いているところへ不意に出現し、ときには霧のような物質の集合体から形成され、またときには、エバの口から流れ出たエクトプラズムの先端に生じたのである。
 全部で4枚の写真が撮られたが、このうちの1枚からは、2月12日の実験で写真に撮られたのと同じ顔を識別することができ、“彼女”が前と違って左向きのポーズをとっていることがわかる。
 成功したあと2枚の写真には、今までとは別の女性の顔が写っている(写真4および5)。この女性も顔を左のほうへ振り向けている。

活発に動く物質化像

●1918年3月8日 午後5時 出席者=カルメット博士(国立パリ病院院長)、ビッソン夫人、ド・ベスム夫人、ルクール氏および私。実験の準備と方法はいつものとおり。
 催眠をかけられてから1時間ほどたって、エバはいつものうめき声を上げはじめ、それが大きくなったところで、彼女の左肩の上に白いエクトプラズム片が現れた。それはどんどん大きくなり、やがてその中に小さな人の顔が現れた。この物質化像はやがてエバの胸の上に移り、自分の口の右側から出ている無定形のエクトプラズムで支えているような形で、そこへ身を落ち着けた(写真6)。
 この頭部だけの女性の物質化像は、それから消えたり現れたりをくりかえしながら、エバの胸から頭の横、あごの下、ひざの上、あるいは両手の間というふうに、めまぐるしく位置を変えた(写真7)……(後略)。
●1918年3月11日 午後5時 出席者=カルメット博士、ビッソン夫人、ド・ベスム夫人、ルクール氏および私。準備と方法はいつものとおり。
 この実験でも、キャビネットのカーテンは初めから終りまで半ば開いたままだったので、私は物質化現象の全過程を自分の目で観察することができた。
 現象は40〜50分待った後に始まった。まずオレンジ大の小さな霧の塊が、エバの体の左側に接して空中に出現し、やがて彼女の右胸の上のほうに位置を変えた。それは、初めはあまりはっきりしない蒸気の塊のように見えたが、そのうちに密度を増しながら、ゆっくりと大きくなった。そしてだんだんはっきり見えてきたかと思うと、またぼやけてしまい、その後で再びはっきりしてきた。
 そのとき、私たちは、そのエクトプラズムの塊の中に小さな人間の顔が浮かび上がってくるのを、文字どおり目のあたりに見た。間もなく、それはエクトプラズムの白いスカーフをかぶった女性の顔になった。首から上だけがきれいに物質化していた。
 この物質化像は、エバの体に接した空中を、胸からひざ、手、そして頭の上あるいは横と、めまぐるしく動きまわった。そして何度か不意に姿を消したり現したりをくりかえし、最後にエバの口の中へ吸い込まれるように姿を消した。そのときエバがこう叫んだ。
「変わっていく……これは力だわ!」
 そのとたん、キャビネットのカーテンが風に吹かれたように揺れた(このとき、エバは両手をひざの上に置き、それを私たちに押さえられていた)。
 この実験では何枚も写真が撮られ、いずれも成功だった(写真8〜12)。

 質・量ともに低下した現代の心霊現象

トリックは不可能

 以上の記録と写真を、先入観なしに冷静に検討するならば、エバ・Cによる物質化現象はトリックではありえない。エバが人形の頭のような小道具をキャビネットの中に持ち込むことも厳重なチェックのため不可能である。仮にだれかの手を借りて持ち込むことができたとしても、エバは実験の間両手を押さえられていたうえ、間近からジュレーら実験者に観察 されていたのだから、目撃されたような複雑な現象を、トリックで生じさせることはできるはずがない。だいいち、ゼリー状あるいは霧状のエクトプラズムから人間の顔が形成されてくる現象を、いったいどうやってトリックで作り出すことができるだろうか?
 なによりも、すでに紹介した12枚の写真が、現象の真実性を雄弁に物語っている。これらの写真は、ソルボンヌ大学の生理心理学教授ジュール・コーティエ(ジュレーの本でルクール氏とされているのは、おそらくこのコーティエ教授のことだろう)や、国立パリ病院院長のM・カルメット博士の立会いのもとで写されたもので、本物であることに疑いの余地はない。ここに写っている不思議な眼差しの女性たちこそ、真実を語る“生き証人”とはいえないだろうか? 人間の顔をこれだけリアルに生き生きと表情豊かに再現することは、どんなトリックをもってしても不可能だと筆者には思えるのである。
 しかし、物質化現象のトリック説が、事例によっては強い説得力を持つことも確かである。とくに全身物質化については、少なくとも部分的トリック説に軍配の上がりそうな例が多いといえそうだ。有名なフローレンス・クックによるケティー・キング霊の全身物質化にしても、長期間にわたってふつうと変わらない姿を見せ続けたとなると、当時から主張されているかえ玉説(あるいは部分的かえ玉説)に説得力のあることは否めない。
 エクトプラズムが霊媒の体の成分の一部から作られるとすれば、その放出は霊媒の肉体に相当の負担をかけるはずである。現に、全身物質化のように大量のエクトプラズムが使われるときには、霊媒の体重が著しく(ときには半分にまで)減少したり、体が目に見えて縮んだりするのが目撃されている。となれば、全身物質化現象を長い間持続させることは、どんな霊媒でも不可能だと考えるのが自然であろう。霊媒自身の生命が保たれがたい条件下で、霊媒に依存する物質化現象が持続するはずはないからである。もっとも、物質化現象に使われるエクトプラズムは、霊媒以外の人の体からも引き出される場合があるといわれるから、絶対に不可能だとはいえないかもしれない。

エバ・Cの再来はあるか

 なお、エバ・Cのような強力な物理霊媒が最近はいっこうに姿を現さないことも、トリック説の有力な論拠にされているが、これについてひとつ私見をつけ加えておこう。
 それは、物質化現象に限らず、心霊現象が全体として最近になるほど質・量ともに低下してしまったことには、現代人における意識の変化とともに、ある種の電磁波公害が、原因のひとつとして関係しているのではないか、ということである。
 ノーベル賞を受けた脳研究者ジョン・C・エクルスは、明確な二元論の立場から、私たちの脳は心と肉体の間の密接な相互作用の場になっているといっている。これが事実だとすれば、心に働きかける脳の神経活動は電気現象が中心だから、私たちの環境中の電磁波(テレビやラジオなどの強力な電波や、さまざまな電気器具から出る電磁波)が、心の働きに、ひいては心霊現象に重大な影響をおよぼすことは大いに考えられる。
 また、物理的心霊現象のなかで、最も複雑、かつ微妙なプロセスを要すると考えられる死後霊の物質化は、明るい光の下では起こりにくいとされているが、光も物理学的には広義の電磁波の一種であるから、これも電磁波の影響によるものだということができる。つまり心霊現象は、主観的なものも客観的なものも、すべて電磁波の影響を強く受けると考えられるわけである。
 したがって、最近ようやく科学者の関心を集めつつある電磁波公害が、少なくともある種の心霊現象を起こりにくくしていることは十分にありうる、と筆者には思えるのである。

癌も物質化現象か?

 物質化現象がどのようなメカニズムによって生じるのかについては、ジュレーもシュレンク=ノッチングも、人間の潜在意識に秘められた、心の未知の創造力が関係しているに違いないといっている。つまり、人間の無意識の領域には、生体を思うように形作る心の力が隠されており、この力が、エバ・Cの現したような物質化現象の、直接の原動力になっているというのである(たとえばジュレーは、死者の霊がトランス状態の霊媒の潜在意識に働きかけて、物質化現象を起こさせるのだというふうに受け取れる自説を、婉曲的な表現を使いながら著書の中で展開しており、シュレンク=ノッチングも彼の説を積極的に肯定しているのである)。
 ジュレーは、この心の創造力こそ、生命界をあまねく支配する根本要素だといっている。驚くべき生物進化のプロセスも、ただ1個の受精した卵細胞から、何十兆もの違った細胞が複雑、精妙に組み合わされ、統合された人体が形成される発生の過程も、すべて物質化現象の原動力である、この心の創造力のなせるわざだというのである。
 ジュレーの説は、ベルグソンの創造的進化説や、ドリーシュの生気論と明らかに通じるところがあるが、最近、バイオフィードバック研究のパイオニアとして世界的に有名なバーバラ・B・ブラウン(アメリカ)が、同様の立場を明らかにしているのは注目に値する。
 ブラウン女史は最近の著書『スーパーマインド』(邦訳が近く紀伊國屋書店から刊行の予定)の中で、心が肉体に働きかけて、その機能や形態を変化させうることは、今や確証されていると指摘した後、生命現象を根底で支えているのは、心の無意識の領域に秘められた未知の神秘的な“知性”(インテリジェンス)であって、これが物質から独立した根本要素として働きながら、進化から発生に至るあらゆる生命現象を支配しているのだ、と主張しているのである。
 心の無意識の領域には、肉体を自由に変形させうる未知の力が秘められている−−。考えてみると、これは一面では恐ろしいことでもある。私たちが日ごろ心の中に抱いている想念が、無意識のうちに肉体を変形させている可能性があるのだ。たとえば、抑圧された暗い想念が、癌という形で物質化されることも考えられるのである。現に、心の中に描かれた何かのイメージが、エクトプラズムなどによって物質化される現象はエバ・Cをはじめ何人もの霊能者で観察されている。念写もその変形のひとつといえるだろう。
 このように、心霊現象の研究は決して死後の世界にのみ関係を持つわけではない。それどころか、心霊研究の未来の目的は、私たちの魂の謎を明らかにすることによって、私たちにどうすればこの世をよりよく、より幸福にすごすことができるかをさし示すことにある、と欧米では一貫して信じられているのである。
 物質化現象のみを取り上げても、ご紹介したいことはまだたくさんあるが、今はここでペンを置かせていただこう。なお、トリックの可能性を最初から排除できるために重視される、自然発生的な心霊現象(幽霊とかポルターガイスト、あるいは死んだ肉親が夢枕に立つなどの現象)についても、欧米では信頼度の高い事例が研究者の手で数多く集められ、一般に公開されている。そのアンソロジーとして、著名人の体験談を集めた拙著『私は心霊を見た』(潮文社)の一読をおすすめしたい。




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