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以下『世界の奇書 総解説』(自由国民社、1990年改訂版)より。
フリーメーソン黒書
地球上に点在するあらゆる聖地をたずねて修行を重ね、精神の階梯を昇りつめた知られざる巨人が、フリーメーソンの秘儀の本質と壮大な歴史的潮流について語る。通常、フリーメーソンという場合には近代メーソンを指し、その沈黙の歴史は一七一七年のイギリスに始まるとされている。だがフェリエールは、その前史をこそ重視する。一七一七年からメーソン史がスタートを切るということは、当然のことながらそれ以前に精神の準備が完了していることを意味しているからである。この決して振り返られることのない時間にフェリエールは光を照射して、その源流をはるかな太古にまで遡ってみせる。
『黒書』の第一章「有史前のメーソン」では、まず人類の誕生から近代メーソン形成までのドラマが語られていて、メーソン史研究の上でも重要なテキストとなっている。
第二章「メーソンの歴史」では、近代メーソンの発達と展開が描かれる。フェリエール自身、薔薇十字会やメーソンを通過しヨーロッパのあるロッジのグランド・マスターにまで累進しているのだが、内部における人間のメーソン理解の誤謬を指摘し、その誤解が招くであろう危機に対して警鐘を鳴らしている点が注目される。
また彼はメーソンがユダヤ人の手による陰謀結社であるとする説を否定し、むしろメーソンは、時代や人種を超えて全世界に普遍的な共通意識ともなりうることを強調する。
圧巻は第三章「象徴と秘蹟」である。ここでは自然の万象に潜むシンボルこそがエソテリズムの源泉であることが、さまざまな角度から考察されている。とりわけてソロモン王の秘蹟・叡知をめぐる幻視とその解明には瞠目すべきものがある。ソロモン(SOLOMON)という語はソル(SOL)・オム(OM)・モン(MON)の三つのコードに分解される。「北の学院」を表わすソル(太陽)は科学を司どり、「南の学院」を表わすモン(月)は哲学を司どっている。
そして科学と哲学は一切真言の王であるオムによって結ばれるのだ、とフェリエールは説く。
太陽と月は天体のドラマワルギーにおいても重要なコードであるが、フェリエールはさらに占星術における十二宮の秘匿された霊的役割について洞察している。それはGUBの主要メンバーに授けられるペンダントに結晶化している。
以上が『黒書』の主要部分である。続いて、@堕落に向かうメーソンについての批判と警句、A十八世紀のメーソン出発時における考察、そしてB聖堂騎士のメーソンに与えた影響に関する研究−−が収められている。
聖堂騎士団最後の総長ジャック・ド・モレーの血脈を受け継いでいることも手伝ってか、フェリエールは聖堂騎士団に高い関心を示し、そこに秘教的結社の一種の理想像をすら求めている。聖堂騎士団はいわば東西文化交流の媒介者でもあったわけだが、フェリエールのメーソン観も同様にオリエンタルとオクシデンタルを結ぶものとしてあったようだ。
さてフェリエールは、現代メーソンが本来の在り方を失いつつあることに絶望し、南米に渡って秘教的結社GUB(グレート・ユニバーサル・ブラザーフッド=大いなる宇宙の連帯、別名を宝瓶宮の理法教団ともいう)を設立して新時代の教義の確立と伝導を開始した。当時の南米は上流階級層の大半がメーソン団員で、メーソン批判を展開するGUBとは多くの暗闘が繰り広げられた。
そのようななかにあって「メーソンとは何か」を真摯に問うたのが『黒書』である。
セルジュ・レイナード・デ・ラ・フェリエール(Serge Raynaud De La Ferriere 1916〜1962)はパリの名門貴族の家系に生まれた。幼少時から神秘体験が多く天才の名をほしいままにし、十四歳で博士号を取得している。
建築学、哲学、心理学、言語学、生物学とあらゆる学を修めたのち、世界を放浪。チベットで修行後、南米に渡る。一九四七年、グァテマラにGUBを設立。現在GUBの本部はベネズエラのカラカスに置かれ、中南米最大の結社に成長している。GUB結成に参加した人々のなかには、後にUNESCO初代事務局長となったジュリアン・ハックスレイ卿や、NASAのオズマ計画など地球外知的生命体探査プロジェクトの影のリーダーと目される宇宙生物学の権威ダビッド・フェリスらがいた。また、ペルー出身の現国連事務総長デクエヤルもGUBコネクションの一人とされる。
フェリエールは百冊の著書を遺し、多くはUNESCO認定図書となった(この項・中島渉)。(p299-300)
魔術師の朝
現代は未来の逆浪が押し寄せる時の蝶番にあたる。未来の逆浪は、しかし未来からではなく過去から、一番遠い、歴史学の光を受け付けぬ数万年の過去から押し寄せて来る。
エジプトのピラミッドの十トン余という石をいったいどうやって切り出し運び出したのだろう。またどうやって四方を正確に東西南北に合わせる技術が得られたのだろう。過去の遺物の中には、人類の発生以前に滅びたとされている動物が、どうして生き生きと描写されているのだろう。(中略)
最も古い過去はそのまま未来に通じるのだ。失われたものへのノスタルジア、これこそが人類を永年にわたって導き続けて来たものだ。
未知の九人の崇高者の伝説。これは失われたるものへのノスタルジアと秘密結社の性格を最もよく現わしている。(中略)一人死ねば忽ち仲間内で後任者を選び、永久に跡絶える事のない九人の聖者、それはガンジーもその存在を信じていたといわれる。
知の悪用を禁じて封印を施すため、アショカ王自ら創ったというこの結社は、古代から伝わる知を俗人の悪用から護る、こよなき手段であった。
十七世紀頃目立った薔薇十字結社もそんな秘密結社の代表的なものであった。ニュートンもその一人で、彼は世に発表したことよりずっと多く知っており、物質の変質の秘密も握っていたが、悪用を恐れて世に出さなかったという。
錬金術の秘密は今日失われてしまったが、彼らの真の目標は金製造ではなかった。それは金の製造を通じ自らを後天性のミュータント(突然変異体)化することだった。大いなる作業と彼らが呼んだところのものこそかかる自己変革であった。しかしそのような知識を持った時、錬金術師は身を隠す。世の権力者に悪用されるのを嫌うのである。
錬金術師の持っていた知識は、実は魔術同様に古代の驚異的に進んでいた文明の名残りなのである。
このような知識は全て古代から伝わる。古代の文明の達し得たところは我々の理解を遥かに越えるが、それは実は外から、地球外から持たらされたものなのだ。もう過去に何度となく地球を訪れていた、高度に知的な存在がいるのだ。これこそ秘教が大いなる未知の人と呼んでいたものの正体なのである。
神話を象徴的に読むのは間違いだ。神話を素直な気持でそのまま読めば太古に飛行体が飛来したことも原爆に依ってソドムとゴモラが滅びたこともすべて納得がいくに違いない。
また古代の祭祀
用遺物として片付けられているものも、見方を変えれば、科学機械かも知れない。かつては熱の出ない光源体もあったのだ。何事も現代の思い上った一人よがりの目で見るから、問題が出て来るのだ。
以上の様な主張の点では、ソヴィエトのアグレスト教授をはじめとした一部の正統派学者群とナチスの理論家ヘルビガーの間に奇妙な一致が見られる。
人類は我々が考えてもいなかった昔から地球に住みついていたのだ。
第三紀即ち今をさる数十万年の昔、巨人族と呼ばれる人々は、壮大なアトランティス文明を築いていた。当時の巨獣の形がそのまま彫像として残っているのはその証拠であるし、また巨大な人像もこれら支配者を模したものなのだ。
そもそも地球に四地質世代があるのは、かつて四つの月が次々と落下したために他ならない。月は長い間には氷の環となって落ちる運命にあるのだ。
今の我々の月も例外ではあり得ない。宇宙のすべては氷の塊と炎との、永遠の闘いなのだ。そもそも宇宙の始りには炎と燃える塊があり、それに氷の塊がぶつかり、木っ端微塵に砕け散ったのが現在の天体なのだ。(中略)
ヒトラーは火の期待をになって登場する運命だった。それ故彼は超自然力の加護を信じ、ロシアの氷原が火の前には退くであろうと確信して敗北しさったのだ。
だが彼の夢見たものは単なる、永遠のドイツといった簡単なものではなかった。それは人種改良(つまりミュータント誕生)による新人類の創生であった。
それ故第二次大戦は民主主義対ファシズムの闘いなどというケチなものではなく、魔術的なるものと合理主義精神の闘いだったのである。
だがヒトラーは思想史的にも突然現われたものでは決してない。キリスト教文明の裏にあってヨーロッパの底流をなす流れがあったのだ。
それはいってみれば異教徒的な秘密結社の流れであり、二十世紀初頭には黄金の曙なる優れた知脳を集めた結社があった。
ノーベル賞受賞者、イエーツを主導者とするこのグループは未知なる崇高者の存在を信じていた。それは宇宙人と考えられ、そして元来霊媒の気のあるヒトラーもしばしば彼等と交信していた。そして彼等に導かれ、彼はひたすらミュータントの誕生を願っていた。
さらに彼の考えに基づいて創立されたSSは何処かに存在するアリアン民族の故郷トゥーレへの回帰を願っていたのだ。大量殺人はそのための供儀であった。
その他にもヒトラーは地球空洞説(我々は空洞なる地球の裏側にあり空と思っているのは地球の裏側にすぎない)を信じレーダーを天に向け、ちょうど地球の反対側にいた英艦隊の捕捉を試みるのだった。このようなヘルビガー理論と明らかに矛盾する宇宙観に対して、ヒトラーは「我々はなにも首尾一貫した合理的な世界観を持つ必要はない。」と平然と答えた。
マインカンプ(わが闘争)はかかる風土の内に書かれた。それはハウスホーファー将軍による神秘的アリアン至上主義とナチズムの理論家ローゼンベルクの理論をまぜこぜにしたものにすぎなかった。
やがて真のヒトラーともいえるハウスホーファー将軍を頭とするトゥーレ教の魔術的運動は国家社会主義を覆してしまい、大戦末期にはドイツを指導したのは魔術師の集団だった。
大いなるエネルギーの結集を狙った魔術師は、実際の自然エネルギーを結集させた別の魔術ともいえる合理主義の仮面を被った人々に破れ去った。彼等こそシンボルの操作によって知を独占せんとする魔術師だった。
我々の脳は能力の千分の一も使われていない。意識出来ない能力であるテレパシー等のオカルト的事象に今、各大国は争って光を当てている。
また単にインプットされたものを計算するだけでなく、いわば意志を持ったコンピューターの開発も進んでいる。
だが一番大切なのは真に目覚めることなのだ。真に目覚め、完全に自己の能力を発輝出来るものはコンピューターなみの頭脳を有し虫同様のテレパシーを所有するであろうし、つまらぬことに煩わされぬ強靱な神経の持主であろう。
真に目覚めるのは一人では出来ない。人間何事も一人では出来ない、とフリーメーソンの伝統を汲む著者はいう。
さらに公害が現在マイナス方向の突然変異を引き起こしているのだからプラス方向の変異を起こしていてもいい訳だ。
今やミュータントの出現は可能事となった。ミュータントはこれまでと全く異なった可能性を持った新人間だろう。個は新たな可能性を得、より高度な個別化がなされよう。最高段階に達した人間は社会という生きた持続性の一細胞となろう。かくして真の普遍意識が生まれよう。
人間の最終目的、真の目覚めに個はもはや個であることさえ主張する必要を感じないであろう。
かくして十九世紀流の古いヒューマニズムは否定される。
ヒトラー云々だけではなく、ここに本書が元来ファシズムの書であるという批判が生じるのであろう。
『魔術師の朝』(原題 Le Matin des Magiciens)はジャック・ベルジェ(Jacques Bergier)、ルイ・ポーウェル(Louis Pauwels)によって一九六〇年フランスのガニマール社から出版された。この主著者は最後の魔術師グルジェフの高弟であり、フリーメーソン高級会員。元「コンバ」誌の編集長。他に主な著作として『永久人間』『地衣の城』などがある。(中略)
およそ、あらゆるまがまがしいもの、今まではオカルトの名前で正統派の人々から反発されてきたものこそ、これからの人類を救う唯一の道であると著者は主張する。
オカルト関係の本が政治的スキャンダルとなり、発売禁止にすべきだという声まで上がったのは、おそらく本書ぐらいのものと思われる。それはナチズムを魔術的社会主義として思想史上の再評価を提唱したためである。
ナチスは孤立したものではない。それはヨーロッパ精神史においてこれまで無視されてきた潮流が一挙に噴き出してきたものにすぎない。ヨーロッパを合理的な透き通ったものと見ることは一面的であり、すこぶる危険だと知るべきであり、今後もまた違った型で十分ありうるのだという主張は、一九六〇年、いまだヒトラーに対する恨みが根強いフランスで物議をかもしたのは、もっともなことであった。
本書は二千枚にも及ぶ大著であり、相当首尾一貫しないところもあり、読みづらく、理解しがたいところもあるが、日本人には考えられないベラボウな博識であり、面白いことも事実である。ナチズムの思想史上における再評価には欠かせない著作である(この項・伊東守男)。
邦訳『神秘学大全』(縮冊版)・伊東守男訳・サイマル出版会。(p178-181)
アルフレート・ローゼンベルク(Alfred Rosenberg 1893〜1946)はバルト海沿岸の小国エストニアの首都レベルに生まれた。ドイツの狂信的愛国者が外国で生まれ育った好例だろう。
ローゼンベルクの『二十世紀の神話』は一九三〇年に書かれたナチスの存在理由の証明書のような一冊だが、そのヒトラーに与え
た影響は計り知れないものがある。ヒトラーの『わが闘争』の東方への膨張を述べた一節はローゼンベルクとハウスホーファーの説の引き写しである。地政学者ハウスホーファーをヒトラーに紹介したのはローゼンベルクとヘス。
また今世紀最大の偽書として名高い『シオンの議定書』(邦訳は『ユダヤ人と世界革命』永淵一郎訳・新人物往来社)も、ローゼンベルク作と言われる(この項・中島渉)。(p302)
カール・ハウスホーファー(Karl Haushofer 1869〜1946)はミュンヘン出身のドイツ陸軍将校。ドイツ参謀部の命により、インド、中国、日本、朝鮮を歴訪してアジアの政治的状況を探った。その途上でソ連の諜報員で神秘家のグルジェフや日本の宗教的秘密結社、中国の地相術などに接したといわれる。しかし第一次大戦における故国ドイツの敗北にあたり帰国し、アジア地域でつちかった地政学による故国再建を決意、ミュンヘン大学教授として教壇に立つ身となった。彼の講座にはやがてルドルフ・ヘスが出席することになり、一九二三年にはヘスの仲介によりアドルフ・ヒトラーと対面。以降はナチズムの伸長を通じて地政学の発展をはかるようになった。一説によればハウスホーファーはオカルティズムにも多大な関心を有し、ミュンヘン周辺の神智学系オカルト結社に参加してアーリア人優位を説く神秘的人種論にも興味を示したという。日本人ならびに日本軍部とはかなり後年まで文通をつづけ、種々の影響力を保持したらしい。彼の地政学はある意味で侵略学であったが、世界の動きを空間的条件と歴史的条件とがせめぎあう生物学的プロセスと見る方法は今日も一定の評価を得ており、それを研究する人もいる。
ハウスホーファーは終始ナチズムと同調したが、敗戦を知るや一九四六年三月に妻とともに自決した。著書に本書『太平洋地政学』(Geopolitik des Pazifischen Ozeans, 1938)ほか、『大日本』(Dai Nihon, 1913)などがある(この項・荒俣宏)。
邦訳・佐藤荘一郎訳・岩波書店。(p304)