Tweet |
回答先: 元首相 中曽根康弘の優雅な海軍士官生活。 投稿者 こんところ痔がいたかったりする通行人。 日時 1999 年 4 月 03 日 12:33:58:
> 中曽根こいつは海軍兵学校出身のほんまもんの海軍将校やない。
> こいつは「予備士官」といって・・・
予備士官には確か2つの種類があった筈だ。
一つはフォローアップにあった「短期現役」で、これは中央省庁・一流企業の将来の幹部職員となる優秀な大学生を、学生のうちから「将来有事の際(士官として)採用する」ことを条件に、軍事学の単位を取らせ、卒業後航海訓練を経て一旦召集解除、予備少尉に任官させ、民間企業・中央官庁に就職させる。そしてすわ有事の際、予備中尉として再召集し、戦死しりして人数が減った正規士官の穴埋めをさせるという制度です。
もう一つは、高等商船学校卒業者の民間船舶乗組員(特に船長)を、有事の際の船舶徴用に備えて、強制的に「予備役少佐など」に任命し、軍部が商船を有事の際強制的にその命令系統(戦闘序列)に組み込むことができるようにしたものだ。
無論中曽根は前者出身だ。
中曽根は確か海軍の戦闘行動に1回だけ参加したことがある。確かレイテ沖海戦で長門か武蔵か大和(だったと思う。いずれにせよ一番防御力がある戦艦)に乗り組んで、
実戦に参加している。
で、その時の中曽根の仕事ってなんだったと思う?
「主計科」は言わば今でいう物流・人事・総務・経理部の仕事がメインだから、フネが入港し、補給品のつみ込み・補充兵が乗り込んでくる時が一番忙しい。実際、戦闘に入るとする仕事がない。
中曽根は「戦記作成係」だったのよ。
つまり、何時何分、敵機の空襲が始まる・・・
何時何分本艦主砲発射、命中弾1・・・
なんて具合にね。それも、戦艦の中でも最も装甲が厚い部分の一つ「安全な司令艦橋」の中でね。確かに優雅な海軍生活だこと。