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『解放』1547号(1998年12月7日号)7面
“大江健三郎が決定的言辞
「脅迫状と『懲役13年』はすっかり性質の違う文章」
「A少年が犯人かどうか分からない」”
より
読売新聞社とNHKが共催する「ノーベル賞受賞者フォーラム」が、十一月十
九日に約七〇〇名の聴衆を集めて札幌グランドホテルで開催された。
この「フォーラム札幌セッシヨン」は、「フォーラム十回記念」と銘打って、
立花隆をコーディネーターとしてノーベル賞受賞者の大江健三郎と利根川進が
「新しい人間、新しい科学」をテーマにかかげた〃特別対談〃をおこなう、と
いうことを大々的におしだしておこなわれたものであった。にもかかわらずこ
の「特別対談」は、「仮説・実験・確認の自然科学の方法にこそリアリティが
ある」と言う利根川にのっかったつもりで大江が、「マルクスは自然科学に無
知だったからソ連も崩壊したんでしょう」などとあらぬことをわめいてオダを
あげ、立花が「千年のタームでものごとを語れてるのは自分と埴谷雄高しかい
ない」などととんでもないドウーフーミーで一人悦に入るという調子であり、
およそデタラメで知性のひとカケラも感じられないものに終始した。
そもそも会場から「質問用紙」を集めておきながらそれを完全に握りつぶし、
しかも「神戸市で起きた中学生による小学生惨殺事件・暴力・いじめ…、こう
したなかで、子育て・教育という関心の高い問題をテーマに」という読売新聞
の触れ込みともまったく無関係なことを三人が終始だらだらと喋り続けること
にたいして、後半にいたってついに会場から声があがった。
「会場からとった質問状をとりあげないのはどういうことですか。大江さんの
好きなサルトル的精神で聴衆と議論をすぺきではないですか!」と。
とっさに大江は目を伏せる。そして、コーディネーターの立花はブツブツと弁
解しながらしぶしぶ質問状を紹介し始める。けれどもなお「神戸事件」はおろ
か、それにつながりそうな、「教育・子育て」などのテーマにはともかくふれ
ないように〃対談〃をすすめる。
だが、北大農学部生の質問に答えて大江が「私の次男は東大農学部を卒業し
た。自分は、その子は自由にさせた。散育は子供に自由な環境をつくってあげ
ることが必要だ」と発言した瞬間に、再び会場から声があがった。
「いま、大江さんは子供に自由な環境をと言ったけれど、いまの日本社会は一
人の子供も救えない社会だ」会場係がもってきたマイクをもって発言者は続け
る。
「神戸事件でA少年はいま関東医療少年院に閉じこめられている。大江さん、あ
なたはこのA少年を、読売新聞『人生の細部』で犯人だ、と言いましたよね…
…。しかし、『懲役13年』は、この少年に書けるのか」と。ざわついていた
会場は水を打ったように静まりかえる。
あわてた大江が咳き込むように口を動かす。
大江 それについては今でも答えられますから。革マル派の新聞で同じような
批判が私にありました。それについて革マル派が正確であなたが正確でない点
がひとつある。それはね、私が文章に書いたのは少年の脅迫状とされているも
のについて、この文章は子供でも書きうると私は分析しました。あなたがいっ
たダンテの引用の文章は私が論じたものではない。
発言者 そうですよ。それ(『懲役13年』)について、大江さん、あなたは
ずっと語っていない。そこを問うているんですよ。
大江 いや、違う違う。
別の男性の発言者も立ち上がる。
「『挑戦状』は書けるというが、何をもってそう言うのか。根拠を明らかにし
てほしい。警察の情報を鵜呑みにして言っているのですか」
渋い顔をして沈黙していた立花が演壇から身をのりだして喋りはじめる。
立花 会場の人に言いたい。いま、立ち上がっている三人と同じ意見の質問状
が数枚あった。組織的にやっている。
学生が立ち上がる。「立花さん。内容で答えるべきだ」
女子学生も声をあげる。「『懲役13年』に沈黙しないで、答えるきだ」
主催のの読売新聞支社長らが発言者を抑えようとして走り回り、会場が再び騒
然となり始めたことにあわてて、大江が再びマイクを握る。〔この間、大江は
右手の人さし指で机をコツコツと叩きつつけていた。〕
大江 答えますから!僕への問いかけに答えますから。
……私が書いた文章はですね、誰かが言われた警察のリークとかとは無関係
に、脅迫状とされているものが少年によって書きうるのかどうかについて分析
して、これを書きうると私は考えて、書きました。それは、この少年が事件全
体とどうかとか、次の文章(『懲役13年』)を書いた人聞だということにつ
いて論じたわけではない。脅迫状と『懲役13年』とは、文集がすっかり性質
が違ったものだったと私は考えていますが、それほまあ、文章の上で。あの、
最初の文章の分析との関係が、直接に文体論としてあるわけではないので……
……第二番目に少年が犯人であるかどうか、僕にはわかリません。
さらに別の参加者が、大江が書いた「人生の細部」が載っている読売新聞をか
ざして言う。
「いま、犯人かどうかわからない、と言ったが、ここに『(A少年は)自他を
破壊する犯罪の主体となった』と書いているじゃないですか!」
大江 犯人とは言っていない!
最初の脅迫状は少年に書きうるものであると書いた。それが僕の結論でね。文
学の問題として。それから、あと、少年が犯人であるかどうかをいうことは、
これから裁判で……あるいは将来にわたつて判断していくことで。
私に答えうることは最初の文章が一般の一人の子供が書きうると言ったまで
で。
会場のあちこちから「ごまかした!」の声。
「『懲役13年』はA君が書いたものではないと認めるのか!?
「A看が犯人だと言ったことを撤回するのか?」
つぎつき声があがる。
大江 ……、……。
かくして大江は完全に沈黙。席にへたり込み、眉間にタテ皴をよせ、うつろな
視線を宙に標わせながら、イライラと右手の指で机を叩きつづける。他方の立
花は、なすすぺもなくただ苦虫を噛みつぶすのみ。さしあたり蚊帳の外だった
利根川だけが、顔をあげ、愉快そうに、会場と大江、立花の顔をくりかえし交
互に見回しつづける。
気をとり直した立花が、「時間、時間」と言いながら用意された大江への最後
の質問を読みあげ、意気消沈した大江がそれにそそくさと答えて「札幌セッ
ション」は打ちきり。「特別対談」の演者たちが脱兎のことく演壇から飛び出
して、しらけきった「ノーベル賞受賞者フォーラム」はお開きとなったので
あった。
わが同胞のイデオロギー的弾丸を浴びながら、この一年聞沈黙を守りつづけて
きた大江健三郎は、ついに決定的な言辞をはいた。「脅迫状と『懲役13年』
とは、文章がすっかり性質が違ったもの」「A君が犯人かどうかわからない。
犯人かどうかは、裁判が、あるいは将来にわたって決めること」というよう
に。だがしかし、一片の反省の言もなく。また、過去の己れの言動はなおも正
当化しつつ。
「ノーベル貨作家」大江は、かくもハレンチなのだ。