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「海亀日記」より 宮内勝典
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12月20日
スーザン・ソンタグのインタビュー「わたしは『裏切り者』か」を読んだ。9月11日のテロの直後、文字通り48時間後に「ニューヨーカー」誌に書いた勇気あるエッセイに比べると、やや歯切れがわるく、簡単に要約されることを拒むような内容だが、それは無理もないことだと思う。あのエッセイが発表されてから、さまざまな中傷や脅迫にさらされているのだから。
あのような発言は、簡単にできることではない。『善悪の彼岸へ』を連載している二年数か月、ぼくもさまざま嫌がらせや、脅迫を受けつづけていた。ひんぱんに電話がかかってきて、いくら名前を訊いても、決して名乗ろうとせず、
「○○君、元気ですか? いま早稲田のアパートのほうですか?」
と、息子の名前も住所も知っているぞ、と言わんばかりの陰湿な脅しが延々とつづいた。差出人不明の嫌がらせの手紙もかなりあった。むろん、脅しも含まれていた。妻はおびえきっていた。妻子を実家に預かってもらおうかと、本気で考えたりした。
神経をすり減らす二年数か月だった。その間、ぼくの髪はぼろぼろに抜け
て、白くなってしまった。だがそれでも、論旨を曲げたり、言葉を引っ込めたりするようなことはしなかった。
ぼくは言葉によって立つ者だから。
それだけに、ノーム・チョムスキーやスーザン・ソンタグの勇気に畏敬の念を抱いている。心強く思っている。ブッシュ大統領がハイジャカーたちを「臆病者」と罵(ののし)ったことに対して、スーザン・ソンタグは、
──安全な離れた場所から敵を攻撃するアメリカ軍の連中よりも、ハイジャッカーたちのほうが臆病であるということは決してない。
という意味のことを書いた。それに対して「売国奴」「裏切り者」といった非難が浴びせられたのだ。
それを受けてのインタビューだが、意外なことが一つあった。スーザン・ソンタグがそのような発言をした背景にはコソボ戦争があったらしいのだ。コソボへのアメリカの空爆が始まったとき、ソンタグはイタリア西端の町にいた。攻撃型ヘリコプターが頭上を飛んでいった。だが、低空を飛ぶヘリコプターの出撃は認められなかった。撃墜されて負傷するか、殺される危険があったからだ。アメリカはそういう犠牲は出したくなかったのだ。
ソンタグも、そのとき「殺戮率」ということを直観したのかもしれない。
アメリカが、アフガンに食料を投下した欺瞞についても、ソンタグは嫌悪感を隠さない。人道的援助とやらが戦争を正当化すること、隠蔽することに使われているからだ。またタリバンも、北部同盟にも女性差別があると糾弾している。女性たちが働けないこと、教育も受けられないことに、むろんぼくも反対だ。これはだれがどう見ても、女性差別そのものだ。
だが、スーザン・ソンタグの意見にも納得できない点がいくつかある。イスラエルがヨルダン川西岸とガザ地区から撤退することを大歓迎するが、という前置きをしてから、ソンタグはこう述べている。
「パレスチナ国家の建国宣言がおこなわれたとしても、ビン・ラディンのアルカイダを支えている勢力が身を引くことはないということです。かれらにはイスラエルは口実にすぎないからです。(中略)問題はそういうことではない。ジハード(聖戦)ですよ。それなのだと思います。イスラムの怒りにはいろんなレベルがあります。でも、いま相手にしているのは、アメリカは無宗教の罪深い国だからやっつけろという考え方です。アメリカの特定の政策とは関係ありません。わたしに言わせれば、こういう考え方に妥協点はないんです。これはわたしたちの自業自得ではありません」(「すばる」1月号 青山南 訳)
たしかに、アルカイダの狙いは、パレスチナを支援することではなく、イスラエル・パレスチナは口実に使われただけで、本当の狙いは別にあったかもしれない。だが中東における <火種> は、やはりイスラエル問題であり、そこからイスラムの憤怒や憎悪が噴き出していることは否定できないと思う。イスラエル問題とは別だと切り離すことは、むしろブッシュ政権の願うところではないだろうか。
パレスチナ国家が成立したら、即座にテロがなくなるとは、ぼくも思っていない。かれらの憤怒は、その程度ではおさまらないほど、歴史の淵に長くよどむ、底知れぬものだから、そう簡単には消滅しないだろう。
だが、パレスチナ国家が成立し、サウジアラビアからアメリカが兵を引いたらどうなるだろうか? 少なくとも、テロの口実はなくなる。と言うか、アルカイダに身を投じる人びとの憤怒や、義憤、テロの源泉はいくらか水位がさがっていくはずだ。中東の <火種> も発火点が低くなるはずだ。
そうした地道な努力以外に、テロをなくすることはできないはずだ。だから切り離して論じるべきではないと、ぼくは判断する。
その他のことに関しては、スーザン・ソンタグは納得できることを語っている。とてもいい言葉だから、インタビューの最後を引用しよう。
「世界は修羅場です、まちがいなく。わたしは大量殺人には反対です……これはそれほどむずかしい立場ではないんですよ。いまはふたつの側があります。そして、両者はいろいろあるけれど、等価なものはないんです。道義的にも、その他どんな点から見ても。アフガニスタンにはそんなに軍事目標はないでしょう。世界一貧しい国のひとつですから。北部同盟が、アメリカの爆弾とアメリカの金で権力を握ったとしても、アフガニスタンのひとたちには、なにかがとくによくなるということはあまりないでしょうね。アフガニスタンは、いまも、いままでも、そしてたぶんこれからも苦しみの海でしょう。アフガニスタンが敵なのではありません」(同)