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「暴力の前に言葉・音楽は無力か」(1月7日 朝日新聞朝刊より抜粋)
坂本龍一さん(音楽家)と長田弘さん(詩人)の対談
長田:
「歴史には2つあると思う。「ファスト・ヒストリー」(手っ取り早い歴史)と「スロー・ヒストリー」(ゆっくりと見えてくる歴史)です。今は「ファスト・ヒストリー」が世を席巻しているように見えるけど、「ファスト・ヒストリー」がもたらすのは結局、成りゆき。人々の生きる日々をつくるのは「スロー・ヒストリー」です。今、切実に問われているのは、一番大切なのは何だという問いただしだと思う。
坂本:
「ファスト・ヒストリー」「スロー・ヒストリー」というのはいい言葉ですね。たぶんその事と関係があるんでしょうが、今回、あらゆるメディアの質がいろいろな面で問われていると思います。事件の翌日から、どういう背景があるんだろう、今後世界はどうなっていくんだろうと、頭の中で一生懸命、自分の生き死にの問題として知ろうとするわけですが、テレビや新聞からはそういう重要な情報があまり得られない。こういう事があると、我々がいかに真実というものにアクセスするのが難しいかを感じて愕然としました。一方、インターネットにはいろんな情報屋説が飛び交っているけれど、どれが真実でどれが誤報なのかがわからない。
長田:
テロというのは、象徴を破壊するんです。では今度のテロが破壊したのは、どんな象徴だったのか。崩壊したWTCは「アメリカ経済の象徴」みたいに語られた。しかし、WTCに託された象徴は本来は違うものでした。WTCの建物はどこか柔らかな印象をそなえていましたが、設計家が、あのツインタワーのモデルとしたのは実は、イスラム文明の非情に巧緻を極めた美しさを持つアルハンブラ宮殿の見張り塔のツインタワーでした。19世紀アメリカの作家ワシントン・ア−ヴィングガ、「アルハンブラ物語」問いう本で、サラセン的なものとゴート的なものの著しい混在がいかに美しさと物語を生むかを書いて、アルハンブラ宮殿は、有名になっタ。宗教は信仰です。信仰は純粋を求める。でも文明を活かすのは純粋ではなくて、混在であり交流です。美しさを活かすのも。
坂本:
手あかのついた言葉かもしれないけれど、共存、あるいは共生。それが真の平和でしょう。宗教が違えば考え方も違う人たちが一緒に住む。それが本当の平和で、考え方の違う人間を皆殺しにしても平和は訪れない。
___坂本さんは「事件から最初の3日間で唯一聞こえてきたのは、ワシントンで議員達が合唱した『ゴッド・ブレス・アメリカ』だけだった」と指摘されました。(9月22日付「私の視点」)
坂本:
今回僕が感じているのは、あれほどダイアローグ(対話)好きだったアメリカ人がこの件に関しては議論しない。静かになっているのがとても怖い。60年代、僕は反権力とか、ジャズやロックも全部アメリカから吸収したんです。僕にそういう事を教えてくれたアメリカが今見えない。黙っているうちにたくさんの人が命をかけて築き上げてきたアメリカの人権と自由が葬り去られている。これをもう一度元に戻すのは大変な作業になる。
長田:
「考える」ことが求められている。「考える」とは、理屈をつけることでなく「深く感じる」ということ。「深く感じる」力を自分の中に育てられないと、何も見えてこないんじゃないだろうか。今静かなのは、めいめいが自分にとって大切なものをたずねて、自分自身と対話をしている、そのためだと思う。
___昨夏のエリ・ヴィーゼルは事件後 、「一丁の機関銃を持ったテロリストは100人の詩人や哲学者より強い」と言ってます。暴力の前に言葉は無力なのでしょうか?
坂本:
世界の宗教も、どの哲学も、どの言葉も、音楽も戦争を止められなかったでしょう。ブッシュさんにはだれの言葉も届かない。そこだけ見るとまけですね。大変な事ですが、これはこれでいいチャンスだから鍛え直さなければならない。
長田:
ヴィーゼルの言葉は反語だと思う。なぜなら機関銃は、殺せても蘇らせる力を持たず、言葉はつねに蘇る力、蘇らせる力を持ちつづけるから。私は、複数によってかたちづくられていくのが本来のアイデンティティーなのだと考えたい。21世紀のアイデンティティーにとって最も重要なのは純粋な一つのものではなくて、混在と複合というプルーラル(他者のいる)アイデンティティーの持ち方だと思う。
坂本:
そのお話はとても示唆的です。AかBかという原理主義、拝中律(中間を認めない原理)に陥らない。種に水をあげるように、このことを大事に育てていきたいですね。