投稿者 付箋 日時 2001 年 11 月 20 日 21:43:42:
ISP法案 今国会で成立へ 表現の自由への影響を検証 [毎日新聞11月19日]
名誉を棄損するインターネット上の書き込みなどをめぐるトラブルについて、接続プロバイダー(ISP)の責任などを定めた「プロバイダー責任法案」(ISP法案)が今国会で成立の見通しとなった。一定の条件を満たせば、プロバイダーが書き込みを削除しても損害賠償を免れる仕組みだが、紛争に巻き込まれることを嫌がって安易に書き込みを削除する傾向が強まるのではないか、との懸念も強い。ネット上の表現の自由はどう影響するのか、法案を検証した。 【臺宏士】
警察庁のまとめによると、ネットの悪用による相談件数は昨年1884件にも及んだ。「ネットオークションで落札したのに商品が届かない」といった詐欺まがいの被害や「出会い系サイトで知り合った男から脅迫メールが送られた」などの相談のほか、「インターネット掲示板に自分の住所、名前と中傷文を載せられ、多数の迷惑電話を受けている」など深刻なケースもある。このうち事件として扱われるのは、ほんの一部に過ぎないが、それでも名誉棄損・著作権法違反事件として扱われたのは99年は33件、2000年は54件と増加し、今年上半期だけで28件を数えている。
こうしたトラブルを抱えたプロバイダーは、紛争解決のためとは言え、不用意に問題を起こした会員の情報を開示すれば電気通信事業法で課されている守秘義務違反となりかねないし、書き込みを削除すれば「表現の自由を侵害された」として会員から損害賠償を求められる恐れもある。また、放置すれば、被害者側から訴えられる可能性もあるなど“板挟み”の状態になっていた。
こうした事態を受け、総務省(旧郵政省)の研究会が昨年12月、迅速な対応を図るための法整備を求める報告書を提出し、同法案が今通常国会に提出された。
法案の正式名称は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律案」。
法案が示す「特定電気通信役務提供者」は、プロバイダーなどの電気通信事業者に限定せず、同じようなサービスを提供している大学や企業、個人も含まれている。対象となるのは、プロバイダーが会員に提供する電子掲示板サービスやウェブサイト開設サービスで、他人を誹謗(ひぼう)・中傷したりする書き込みや、音楽データ・ビジネスソフトなどの著作物を無許可で配布するといった権利侵害。プロバイダーは、「他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき」や被害者からの書き込みの削除要請を受けて発信元の会員に照会し、7日たっても申し出がなかった場合は損害賠償を求められても免責される。
また、被害者が損害賠償を求めて訴訟を起こす際、被告を特定するために必要な発信者情報の開示を求める権利を創設した。ただし、プロバイダーは仮に発信者情報を不開示にする場合でも「故意又は重大な過失」がない限り免責されることにしている。
しかし、法案に対してはネット上の表現の自由を制約する恐れがあるとして懸念する声も小さくない。
例えば、99年に注目を集めた東芝のサポートサービスの対応を批判したウェブサイト。市民が大企業などを相手に告発する手段としてインターネットの影響力の大きさが初めて一般的に認識された。また、ウェブサイトで内部告発するサイトも現れているが、こうしたケースは「他人の権利を侵害」することになるのだろうか。また、国政選挙を前に公開されるようになった「落選運動」サイトや汚職の疑いのある議員に辞職を求めるサイトはどうなのか。
正当な批判と、中傷は紙一重の関係に近い。このため、果たして大小あるプロバイダーが、そこまで判断しうるのかどうか疑問の声も大きい。
実際、大手プロバイダーのある法務担当者は「面倒な訴訟に巻き込まれたくないプロバイダーにすれば削除する方向に走りやすくなるだろう」と予測する。また、別の大手プロバイダーのケースでは、現在もトラブルが発生して発信元の会員に通知すればほとんどが削除に応じているといい、当事者同士が了解すれば双方を直接合わせて話し合いをさせるといった“仲裁”まで行うこともあるという。
研究会委員の一人、牧野二郎弁護士は「現状でも発信者情報の開示請求訴訟は起こせるので、この法案を緊急に成立さなければ行けない理由はない。しかも法案は表現の自由を制約することにもなり得る。必要なのは削除の判断をプロバイダーに任せるのではなく、研究会報告でも求めたように第三者による準司法的な救済制度の整備だ」と指摘する。
インターネットの名誉棄損事件に詳しい関西大の園田寿教授(刑法)も「法案に『他人の権利が不当に侵害されている』とあるが、基準は非常にあいまいで専門家でも判断に迷う。“問題のある情報”はこの法律が成立すればなくなるかも知れないが、同時に適法な情報もつみ取ってしまう。非常に効果の大きい抗生物質のような法案だ」と懸念を隠さない。
* * *
法案は今月9日に参院を通過し、20日の衆院総務委員会で質疑の後、採決の見通し。参院総務委員会では、表現の自由や通信の秘密を守るため「(プロバイダーによる)削除や発信者情報が濫用(らんよう)されることのないよう配慮」することを求める付帯決議をした。