投稿者 山幸彦 日時 2001 年 8 月 09 日 23:08:44:
回答先: 大地震は、何故、起きるか? 投稿者 山幸彦 日時 2001 年 8 月 07 日 23:18:08:
小生、真如苑にご縁を頂き、歩み始めた頃、
浅草 聖観音様、上野寛永寺清水堂 十一面千手観音様等、自分の信仰していた観音様が
真如苑に現れたり、全く関係ない、PL教の神様までが知らせてくるのかが、不思議にも思えました。
しかし、大般涅槃経名字功徳品第六の中に、
『諸の菩薩摩訶薩、是の中に安住し、復能く処々に涅槃を示現す。』
と、書かれてあり、仏典どおりだと、解ったのです。
ここで、日蓮系新興宗教団体では、法華経が、かなり、湾曲してしまった教えになっているように思えるのです
が、
日蓮曼荼羅に関して、まとめてみました。
1.日蓮曼荼羅の魔性
『日本古神道霊能者の間では、
『日蓮上人は、おかしな曼荼羅を作ったので、地獄で釜焚きをさせられてい
る。
『反省し、申し訳なかったとしきりに、詫びている』
と言われているそうですが、どこの部分がおかしいかと言いますと、
天照大神の上に、 鬼子母神、
八幡大菩薩(応神天皇)の上に、十羅刹女、
と言うように、日本の神様の上に、インドの鬼神が描かれている為、
黒魔術的な祈りをされると、インドの鬼神が、暴れて、不浄を撒き散らす。
この不浄で、神様が苦しみ、日本の神通力が弱まるのだそうです。
〜真言密教僧 大倉隆浄著『弘法大師の法華経』より、
何度も、何度も、天照大神様から、不浄祓いの依頼を受けて、真如の護摩をお願
いしていたのですが、
日蓮曼荼羅が、原因でした。
何故、そんな嫌がらせ曼荼羅を作ったのかを考えて見たのですが、恐らく、
日蓮上人は、佐渡流刑を解かれ、帰りに、越中富山の皇祖皇太宮に寄ったそう
なのですが、
そこで、叱られた為、気性の激しい日蓮上人は、頭に来たのじゃないかと思い
ます。
2.妙法蓮華経=涅槃経 を意味すると思われます。
賛否両論が、ありますが。。。。
1).ノストラダムスの予言書の解釈に、
世紀末には、暗黒時代を迎えるが、アジアの東の耳の形をした国の
白髪の片目の老人が、望みの種!!
2). 聖徳太子の10000年の預言書『先代旧辞』の中に、
世紀末は、暗黒時代を迎えるが、一人の天女が現れて、世界を救う!!
この先代旧辞が、古事記の原本とも言われています。
1).は、真如苑開祖 教主様。2).は、後を継がれた、継主様。
天台密教僧 田山座主は、
『教主様の一番の業績は、継主様、あなただ!世界をお願いします!』
と、涙ながらに、継主様を励まされた!と、聞きます。
世界300・500人委員会の総裁は、
『私の片腕の一人、タイの密教僧グルは、世界は、仏教で救われる!
キリスト教でも、イスラム教でもない、仏教だと、言っています。』
と、おっしゃっていました。
先代旧辞 の所有者は、雅子様だと思うと、言っているようですが、世界を救う
には、霊的な救いが必要です。
世界統一の話は、1988年のバブル化仕手戦で、消し飛んでいますから、ルシファー信仰の協力がないと、
2006年までの、世界統一が不可能です。
下記の様に、三沢鈔にも、後世の聖人が、大法を世に現す!と、書かれているよう
ですが、
大般涅槃経名字功徳品第六の中に、
『八大河悉く大海に帰するが如し。』〜 涅槃経は大海の教えで、他は、河の教
え。と言う意味。
『所説の種々の妙法、秘密深奥蔵門、悉く皆此の大涅槃に入る。』
と、書かれているのです。
つまり、日蓮上人自身は、
後世の聖人が、世に現す、大法を、南無・妙法蓮華経と崇めなさい!
と、伝えたのじゃないかと、思います。
蓮華の上に乗るべく、妙法、つまり、大法が何かを教えてもらえなかったから、そ
う書いたのだと
思います。
日蓮上人に、直接、伺えば、解る話ですが・・・・・
*********************** 日蓮は其の御使いにはあらざれども、其の時尅(じこん)に当たる上、存外に此の
●三沢鈔(みさわみょう)に観る、日蓮上人の本音と後世の大法
下記の様に、日蓮上人は、三沢鈔に、法華経がお釈迦様の本懐でなかったことの落胆
と
後世に大法が現れることを記述しているようです。
お釈迦様の時代より、その大法の出現は、知っていても、公言されず、引き継がれて
きたようです。
日蓮上人は、佐渡流刑を解かれ、帰りに、越中富山の皇祖皇太宮に寄ったそうなので
すが、
この三沢鈔は、その時、頂いた神勅を元に書いたのだろうと思われます。
「不便なり我に付きたりし者共に、実の事を言はざりけりと思ひて、佐渡国より弟子
共に内内申す法門あり。
此は仏より後、迦葉、阿南、龍樹、天親、天台、妙楽、伝教、義真等の大論師大人
師は、知りて而も
御心の中に秘せさせ給ひし、口より外には出し給わず。其の故は仏制して云く、
"我が滅後末法に入らずば、この大法云うべからず"とありし故なり。
訪問を解り(さとり)
むれば、聖人の出させ給ふまでみな日出でて後の星の光、巧匠(たくみ)の後に拙き
を知るなるべし。
此の時には正像の寺搭の仏像・僧等の霊験は皆消えうせて、
但(ただ)此の大法のみ一閻浮堤(えんぶだい)に流布すべしと見えて候。」
(『三沢鈔(抄)』
建治四年二月 日蓮57歳作