その後の臼杵氏の原稿(現代思想)

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投稿者 YM 日時 2001 年 11 月 08 日 00:25:51:

回答先: ナベツネにボツにされた臼杵氏の原稿(『Flash』) 投稿者 YM 日時 2001 年 10 月 20 日 22:07:57:

『現代思想』10月臨時増刊号「これは戦争か」より
世界はムスリムを見殺しにするのか?
臼杵陽

(前略,没原稿を引用紹介した後で)
私が拙文のなかで強調したかったことは、たとえ欺隔に満ちたテロを正当化する
ための卑劣な言い訳にすぎないものであったとしても、仮にビンラーディンが犯
人であるならば、彼自身の主張を何よりもまず正確に知らなければならないとい
うことであった。もちろん、正確に知ることが卑劣なテロ行為を擁護することと
等しいはずがない。讀売新聞という公器がテロ擁護論を垂れ流しにしてはならな
いことはもちろんである。しかし、私の上記の文章がテロ擁護とみなされるので
あれば、それはまったく別の次元の問題に属する。
現時点から振り返れば、他のマスメディアではその後、私の書いた文章よりも
もっと詳細にビンラーディンの主張が何であるのかを報道し始めた。日本で最大
部数を誇る讀売新聞としては事件発生から一週間経過した時点では拙論などは掲
載できない代物であったということなのであろう。
ところで、ビンラーディンがアメリカのアフガニスタン空爆を予想して、今回、
「アラブのCNN」と呼ばれるようになったカタルのアラビア語衛星放送局「ア
ル・ジャジーラ(半島)」に対して予め収録したと思われるアラビア語の声明が
一〇月七日に放送された。さらに翌々日にはビンラーディンの指揮下にあるとい
われるアル・力ーイダのスポークスマン、スレイマーン・アブー・ガイスが「航
空機で急襲し、米国を破壊した若者たち」に関して「よい行いをした」と賛美す
る声明を出した。これを受けて、ブッシュ米大統領は九日、アル.力ーイダの対
米闘争声明を放送し続ける「アル・ジャジーラ」を公然と非難し、バウチャー米
国務省報道官も「放映される扇動的な話やまったく虚偽の話などに懸念を表明す
る」と非難して中止を求めた。
もちろん、アメリカはアル・力ーイダをテロ組織と断じているので、テロリスト
の言い分を撒き散らす「アル・ジャジーラ」に苛立ちを隠さないのは十分に納得
できる。しかし、今回、「アル.ジャジーラ」のアフガニスタン報道がなけれ
ば、われわれのアフガニスタン情報はもっと限られたものとなったことであろ
う。むしろ、問題は情報の偏重によって起きているアメリカ一極支配である。情
報の隠蔽が事態そのものを歪曲化することは今に始まったことではない。情報に
おける戦争も同時に起こっていると考えるべきであろう。そこでわれわれが今回
の事態を考えるときに重要な問題点は、ビンラーディンは大量虐殺の先例として
ビンラーディンが何度も広島・長崎への原爆投下を問題にしていることである。
何度も、というのは、前述の讀売新聞の拙文でも触れた一九九八年のファトワ
(宗教裁定)においても、また、「アル・ジャジーラ」に対して送りつけた映像
による声明の中でも繰り返し主張されているからである。アメリカの原爆投下が
戦争状態の中であるがゆえに正当化されるのであれば、ビンラーディンが指令し
たと目される自爆テロ行為も正当性をもつという根拠である。
さらに、ビンラーディンの怒りの根源になって、もっとも強調するのがムスリム
虐殺に対する世界の沈黙である。「アメリカのもっとも偉大なる建物が破壊され
たのだ。アッラーに感謝を。北から南まで、西から東まで恐怖に覆われたアメリ
カがある。アッラーに感謝を。アメリカが今、味わっていることはわれわれが数
十年間にわたって味わってきたことに比べれば大したことではない。ウンマ(ム
スリム共同体)は(オスマン帝国崩壊以来)八〇年以上にわたってこのような屈
辱と不名誉を味わってきたのだ。息子たちは殺され、血が流され、その聖域が攻
撃されたが、誰も耳を貸さず、誰も注目しなかった」と叫ぶ。ビンラーディンは
さらに畳み掛けるように「数百万の無実の子供たちが殺されている。何の罪も犯
していない子供たちがイラクで殺されているが、われわれは支配者から非難の声
もファトワも聞いていない。このところ、イスラエルの戦車が大挙してパレスチ
ナを襲っている。ジェニーン、ラーマツラー、ラファハ、ベイト・シャラーなど
のイスラムの地においてである。誰かが声をあげ、行動にでたということも聞か
ない」(衛生放送「アル・ジャジーラ」でのビンラーディンの声明)。
ビンラーディンが執拗にパレスチナに拘っている事実はもう一度考えてみる必要
があろう。彼の発想の中には欧米とイスラムという「文明の衝突」などというハ
ンチントン流の考え方はとっていないということをいうことができるかもしれな
い。彼の言説構造は単純そのものである。ウンマ(ムスリム共同体)からアメリ
カは出て行け、ということに尽きる。そして、アメリカを追い出すためには手段
を選ばない、ということである。
パレスチナの具体的な地名がビンラーディンの声明には出てくる。ほとんどの日
本のマスコミはこの地名を省略して紹介した。しかし、この事実は看過できな
い。この事実自体にビンラーディンが世界のムスリムのあいだで人気を博する秘
密が隠されている。そう、世界がパレスチナの現実に目を向けておらず、そして
それに反対する声を上げていないことに彼は怒っているのだから。湾岸戦争の時
はサッダーム・フセインが同じレトリックを使った。今度はビンラーディンであ
る。何故同じように歴史は繰り返されるのか?
世界の構造的不正が是正されていないからだ。パレスチナがその象徴である。そ
もそも自爆テロをパレスチナ解放の手段として行使してきたのはパレスチナ人で
あった。そのパレスチナ人が最初に犯人として槍玉にあげられたのも不思議では
ない。今回の事件の背景にパレスチナ問題があったというのは多くの識者の指摘
するところである。悲劇の始まりは二〇〇〇年九月二八日に勃発したアル・アク
サー・インティファーダであり、そしてこのパレスチナ人蜂起の直接的原因を
作ったアリエル・シャロン政権の誕生であった。以後、パレスチナは事実上の戦
争状態になった。シャロンがパレスチナ自治区に平然とミサイルを打ち込み、テ
ロリストとしてパレスチナ人要人暗殺を連続して実施した。
もちろん、多発テロ事件をイスラエル/パレスチナの要因にのみ還元するのはい
ささか拙速にすぎる。しかし、ビンラーディンらの脳裏からパレスチナの悲劇は
離れないことだけはたしかである。前述の論考のなかで、アメリカを新十字軍、
そしてイスラエルをその同盟者として位置づけていることにもその一端はあらわ
れているからだ。正当化のためだけの屍理屈ではない。
欧米社会が解決できなかったユダヤ人問題の解決のために犠牲になったパレスチ
ナ人という言説は中東イスラム世界ではごく当然の前提として受け入れられるか
らである。さらに、イスラエルは世俗的なシオニスト国家として出発したが、イ
スラム主義者の目からは、イスラエルはユダヤ教国家として受け止められる点も
無視できない。というのも、イスラム主義者は、イスラエルのナショナル・アイ
デンティティは宗教的概念に基礎を置いていると考えるがゆえに、イスラエルが
その信仰のゆえに成功したのあれば、ムスリムも正しいイスラムに導かれて勝利
するはずだという考え方ももっている。そこにはユダヤ教とイスラムの急進的な
宗教思想をもつイデオローグの奇妙なくらいの相似性を発見することができる。
もちろん、この相似性はオリエンタリズムの罠に由来するのはいうまでもない。
オクシテントが作り出したオリエントにオリエントの人々がその姿を自らのもの
だとして「オリエント」を受容するとき、理想化されたイスラムはオリエントの
人々に体現されるという屈折したメカニズムによるのである。
エルサレムが、ユダヤ教にしろ、イスラムにしろ、それぞれのイデオロギーの中
心的な位置を獲得している。聖地エルサレムがイスラム主義者にとって中核的イ
デオロギーを構成する。イスラエルが一九六七年にエルサレムを占領して以来、
エルサレムは常にイスラム主義者の解放のためのレトリックの中心を占めてきた
からである。エルサレム解放のためには防衛ジハードが適用され、たとえ自爆テ
ロであっても、殉教者としてのシャヒードになるための要件を満たす。つまり、
対イスラエル闘争において死亡したならば、その人間は殉教者として天国に行く
ことができるのである。したがって、エルサレムは世界のムスリムの象徴であ
り、犯された聖地として動員されていくのである。
今回の事件はアメリカがアフガニスタンヘの空爆をはじめたことですでにイスラ
ム世界全体の問題になってしまった。パレスチナでは再び衝突が起きている。こ
のままでは防衛ジハードのスローガンがムスリムの心を捉えることになってしま
う。あってはならない「文明の衝突」が筋金入りのキリスト教ファンダメンタリ
ストであるブッシュ・ジュニアによって現実のものになりつつある。「イスラム
原理主義」者たちの挑戦に真っ向から立ち向かったからである。
二一世紀のアメリカおよびイスラム世界にとっては悪夢のような未来像である。
「イスラム対アメリカ」という陳腐な図式がムスリムの対米憎悪をよりいっそう
掻き立てる。同時多発テロに対して米国民感情を考えればやむをえない側面もあ
るものの、ブッシュ米大統領が軍事報復によって自ら作り出した対立構造は大統
領自身をも呑み込むかたちでこれから不安定化していく世界の動向に影響を与
え、解決の糸口の見えない泥沼に入り込んでいくことになる。湾岸戦争から11
年目の世界は出口のない迷路に迷い込んでしまった。「イスラム原理主義」とい
う怪物がキリスト教原理主義という怪物と衝突してしまっているからである。
(うすきあきら・パレスチナ研究)


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