投稿者 YM 日時 2001 年 4 月 22 日 19:32:21:
週刊ポスト2001/5/4・11
仙台「筋弛緩剤殺人事件」冤罪疑惑第2弾
「白衣の恋人」が語る「急変の守」の真相
さらに新証言&往復書簡紹介
岩上安身と本紙取材班
事件がはらむ「4つのシナリオ」
「私なりに冷静に、考えてみたんです。でも、怪しい様子を目撃したこともない
し、動機もまったく思い当たらない。やはり無実としか思えないんです」そう語
るのは、仙台市内の北陸クリニックに勤務していた元看護婦の山下ユリさん(仮
名・37)。同クリニックを舞台とした筋弛緩剤殺人事件の犯人とされる元准看
護士・守大助被告(29)のかつての同僚であり、婚約者でもある。
現在、守被告は殺人を含む5件の容疑で逮捕され、うち4件はすでに起訴されて
いる(4月18日現在。別表参照)が、本人は犯行を否認しており、弁護団も
「冤罪である」と強く主張、警察・検察側との対立を深めている。
事件の真相追及のためには、まず、考えられる限りの可能性を想定し、洗い出さ
なくてはならない。この事件の場合には、以下の4つのシナリオが仮定される。
第1は、守被告がすべての事件の真犯人であるとする説である。いうまでもなく
捜査当局はこの立場に立っている。第2は、一部の事件は守被告の犯行によるも
のだが、すべてではない、というシナリオ。残りの事件は別の犯人による犯行
か、もしくは医療事故や病変であるという説である。
第3に守被告はまったくのシロであり、患者を殺害しようと企てた真犯人は別に
存在するという説。
そして第4のシナリオは、守被告はシロだが、真犯人もいないという説。即ち、
殺人ないし殺人未遂事件とされているものは、医療事故や病変によるものであっ
て、事件性はもともとないという見方である。
事件の真相に迫るためには、仮定されるこれら4つのシナリオを、さまざまな角
度から検証し、消去法によって絞り込んでいかなくてはならない。検証すべきポ
イントは、多岐にわたる。
守被告の犯行動機は何か、彼はどんな人物なのか。犯行の証拠は間違いなく存在
するのか。犯行の目撃証人は実在するのか。他に犯人がいる可能性はないのか。
そして、事件の舞台となった北陸クリニックの医療現場や経営は、どんな状態に
あったのか──。
最初の起訴からすでに3か月経つにもかかわらず、依然、公判は開かれていな
い。しかも、検察による起訴状を読んでも、それらの疑問は一向に明らかにされ
ていないのだ。だからこその「冤罪疑惑」なのであり、私たちは今後、こうした
点について回を重ねながらひとつずつ確かめていく。今回は、守大助という人物
に焦点をあて、彼の動機を探ることとする。
守被告が逮捕された1月6日から、約1か月の間に流された報道によって、「好
青年の仮面の下に、もうひとつの悪魔の素顔が隠されている」というマス・イ
メージが形成されていった。
守被告の犯行への関与と動機をほのめかす初期報道は、整理すると以下の8点と
なる。
(1)守被告が当直のときに、患者の容体が急変す
る確率が高かったため、「急変の守」と呼ばれていた。
(2)歩けない患者に対して「散歩したら?」など
と心ない言葉を吐くなど、冷酷な一面をあわせもっていた。
(3)准看護士のため給料が少なく、待遇面に不満
があった。
(4)半田郁子元院長(当時副院長)との人間関係
がうまくいっておらず、困らせようと目論んでいた。
(5)応急処置ができるかどうか、医師の腕を試そ
うとした。
(6)人の注目を集めたかった。
(7)白衣を着て、医者気取りだった。
(8)女性関係でトラブルを抱え、精神的に不安定
だった。
ユリさんは語る。「これらの報道はいずれも歪められて伝えられたものといわざ
るを得ません。彼が犯人だという仮定のもとに作られた人物像としか思えない」
「なぜ自分のときに急変が……」
まず(1)の「急変の守」という同僚職員らの風評
について。これは初期報道において、守被告の犯行を裏打ちする最も象徴的なエ
ピソードとして多くのメディアが取り上げた。しかし、ある元職員は、「守くん
が急変にあたることが多かったのは、別に不思議ではない」と振り返る。「患者
が夜間に急変することが多いのは、医療の世界では常識です。北陸クリニックに
は既婚者で子持ちの看護婦が多くて、10名あまりいる看護スタッフのうち、夜
勤ができない人も数名いました。だから、独身男性の彼に夜勤の割りあてが多く
なるのは自然なこと。そして夜勤が多くなれば、急変に出くわす確率も高くな
る。それだけのことですよ」
公私ともに守被告の「素顔」を知るユリさんは、同僚には見せなかった守被告の
胸の内について、こう語った。
「シフト上の問題だから仕方のないことだったんですが、守くんは、たしかに急
変にあたることが多かった。でも、本人はそのことを彼なりに悩んでいました。
『何で自分のときに、急変が起こるのかな』って。自分に不手際はなかっただろ
うか、などとくよくよ思い悩んでいたんです。私も、新人の頃は同じように悩み
ました。その頃、先輩の看護婦から『自分が担当のときに、患者さんが急変し
て、亡くなったら、それは患者さんがあなたに最期を看取ってもらいたくて、あ
なたを選んだのよ』と、いわれたことがあるんです。その言葉を思い出して彼を
慰めたら、『う〜ん、でもなア……』と、割り切れない様子でした。
彼は急変の際には、看護スタッフの中で最もテキパキと処置できる人でした。や
はり男性ですし、皆から頼りにされていたんです。担当外の病棟患者の急変の際
に呼ばれることも多かった。誰よりも積極的に急変患者の応急処置にあたってい
た彼が、今になって逆に『急変の守』なんて中傷されるなんて、本当に悲しい
し、悔しいです」
ユリさんは流布された守被告のイメージを、ひとつひとつ覆していった。「患者
さんへの態度((2))についてですが、歩けない
60歳前後のある患者さん
に『散歩したら?』といったのは、事実です。でもそ
れは、ご家族がお見舞いに来ていたので、車椅子を使って屋外に出て、外の空気
を吸ってきたら、という意味でいったんですよ。その言葉を『歩けないとわかっ
ているのに、散歩したら、と嫌がらせをいわれた』と、悪く受け取られてしまっ
たんですね。言葉足らずのために、患者さんの気持ちを傷つけてしまったこと
で、彼はすごく落ち込んでました」
待遇面((3))や半田郁子元院長との関係((4))はどうだったのだろうか。
ユリさんは、こう続ける。
「北陸は全体に給料が安かったし、彼だけが特別に不満に思っていたわけではな
いと思います。夜勤が多かったから、手当がついて、月額20万円以上はもらっ
ていました。北陸の看護スタッフの中では、もらっている方ですよ。彼は郁子先
生の夫の半田康延・東北大教授に引き抜かれて北陸へやってきたという経緯もあ
り、半田教授のことはすごく尊敬していました。また、郁子先生にも、彼は気に
入られていました。困らせてやろうなんて、絶対に考えていませんでしたよ」
急変をわざと引き起こして、医師の腕を試そうとした((5))、という話については、
苦笑してかぶりを振った。
「試す必要なんてない。郁子先生が、急変のときの応急処置の気道確保が不得手
であることは、病院内の誰もが知っていたことですから」
人の注目を集めたかったのではないか((6))と
いう疑い、さらに、白衣を着て医者気取りだった((7))という情報も、ユリさんは一笑に付す。
「彼にはあえて目立とうとする必要性など、まったくありませんでした。女性の
看護婦ばかりの職場に、若い独身男性は彼一人なんですから、自然と注目が集ま
るんですよ。彼は田村正和のモノマネをしたりして場をなごませるなど普段から
目立っていましたから。白衣を着ていたのは単に寒かったから。看護婦は力ー
ディガンを羽織ったりしますが、看護士には白衣しかないですから」
残るのは、女性関係のトラブル((8))である。
雑誌記事の中には、守被告と2児の子持ちで離婚歴のある女性との関係に言及し
た記述が見られた。ユリさんはこう語る。
「その女性は、私と付き合う前に、守くんが付き合っていた女性です。警察に事
情聴取されたときにも、彼の女性関係のことを聞かれました。たしかに私と付き
合い始めた後にも彼が病院内の看護婦と浮気をしたことはあった。でも、浮気が
バレたのは昨年の12月で、彼はクリニックをやめさせられた後でしたから、そ
れが動機になることはあり得ない」
「1月6日の朝に戻りたい」
ユリさんの守被告への愛情は、現在も変わることはないという。2人は、拘置所
の灰色の塀越しに、ラブレターのやり取りを続けている。2月24日付の守被告
からユリさん宛の手紙──。
〈なぜ1月6日に「(A子ちゃん殺しを)やりました」と言ってしまったのか?
……本当に変だよね!僕はやってないのになんで?でも(弁護士の)先生達と会
えたので否認、黙秘することが出来ました。(中略)かならず、無罪なんだ!
やってないんだからさ!そしたらかならず結婚してくれますか?僕は毎日そのこ
とだけ考えています!本当に愛してます。(中略)ついさいきん、山下ユリと別
れろ!と言われたけど「ぜったい別れない」と一番大声で言ったら笑われた〉
ユリさんからの返事──。
〈もうすぐ2月も終わりだね。今日(2月25日)アパートのカギを返してきま
した。からっぽの部屋……。1月6日の朝に戻りたい。そしてそのまま時間を止
めてしまいたい。大助との2人の生活に戻りたい。大助に会いたい!大助に会い
たい!(中略)大助の事大好きです。大助が精一杯生き続けてくれれば私も生き
続ける事できます。1日でも早く一緒に生きて行く事のできる日が来る事を祈っ
ています〉
3月9日、3回目の起訴と4回目の逮捕。護送される際、守被告は毛布をかぶら
ず、面をあげて顔をカメラの放列の前にさらした。その姿を見たユリさんからの
手紙──。
〈風邪ひいてない?大丈夫?3回目の逮捕・送検されちゃったね。テレビでコー
トをかぶっていない大助の姿見たよ。〃ヨシ!いいぞ!堂々としていなさい〃っ
て思ったよ。(中略)ずーっと前に話したの覚えてるかな?「大助が私の事好き
じゃなくなって離れて行ったとしても、私はずっと大助の事好きでいるよ」っ
て。大助も同じような事言ってくれたけど私、会えなくたって何年でも大助の事
好きでいられるからね〉
獄中では厳しい取り調べが続いている。守被告がしたためた獄中日誌によれば、
連日、取調官から「人殺し」「死刑」などの言葉が投げづけられているという。
守被告は、「もう死にたい」「耐えられない」「早くラクになりたい」と、自殺
をほのめかす記述を、幾度となく日誌に書き残している。
3月24日付のユリさん宛の手紙──。
〈こんな生活もうイヤです。(中略)「山下ユリのこと思ってるなら別れろ」
「山下ユリも2〜3ヶ月でオマエから離れてく」とか、かってなことぱかり言っ
てきます。そのつど「大丈夫です」と言ってる!いいよねユリ。「安らかに死刑
受けろ」と何回書われてるか!やってないのにひどい!(中略)今後、本当に僕
は大丈夫なのかな?心配です。やってなくても死刑になりそうです。先生、ユ
リ、助けてね……〉
手紙のコピーを私たちに預ける際、つとめて冷静に振るまってきたユリさんが、
こらえきれずに涙をこぼし、声を震わせてこう語った。「彼は連日、刑事さんや
検事さんから『志ね!』とか『人殺し!』とか、『必ず死刑にしてやる!』と
か、ひどい言葉を浴びせられている。もし、彼が本当に無実だとしたら、こんな
ことが許されるんでしょうか。こんなひどいことが、この世にあってもいいんで
しょうか。彼からの手紙や彼の書いた日誌を読むと、かわいそうで、かわいそう
で、もう涙が止まらなくなるんです……」(以下次号)
別表 守大助被告逮捕・起訴の経過
1月6日 昨年10月31日、少女A子ちゃん(11)に殺害目的で筋弛緩刺入
りの点滴を投与したとして、殺人未遂容疑で1回目の逮捕
1月26日 A子ちゃんへの殺人未遂罪で1回目の起訴
同日 昨年11
月24日、下山雪子さん(89)に殺害目的で筋弛緩刺入りの点
滴を投与したとして、殺人容疑で2回目の逮捕
2月16日 下山雪子さんへの殺人罪で2回目の起訴
同日 昨年2月2日、女児B子ちゃん(1)に殺害目的で筋弛緩刺入りの溶液を
注入したとして、殺人未遂容疑で3回目の逮捕
3月9日 B子ちゃんへの殺人未遂罪で3回目の起訴
同日 昨年11月24日、団体職員の男性Cさん(45)に殺害目的で筋弛緩刺
入りの点滴を投与したとして、殺人未遂容疑で4回目の逮捕
3月30日 Cさんへの殺人未遂罪で4回目の起訴
同日 昨年11月13日、男児Dちゃん(4)に殺害目的で筋弛緩刺入りの点滴
を投与したとして、殺人未遂容疑で5回目の逮捕