投稿者 あかはたくん 日時 2001 年 3 月 14 日 12:33:02:
官房長官、官僚、飲んで騒いで
請求は内閣官房会計課に
元高級料亭玄関番は見た
2001年3月13日(火)「しんぶん赤旗」
官房長官、秘書官、官僚らの高級料亭での飲み食いの請求書は官房会計課に送られていた――。東京・赤坂の高級料亭で、玄関番とし
て働いていた小高正志さん(78)が、いまの機密費問題で、自分自身の体験を手記にして本紙によせました。その要旨を紹介します。
小高正志さんが手記
今から二十数年前の一九七八年、私は赤坂の料亭「大野」で玄関番として働いていました。玄関番というのはお客さんの下足を預か
り、送迎の車の手配をしたり、お供の運転手さんらにお仕度(食事代)を渡したり、結構、忙しい仕事でした。
くるのが一番多かったのは
当時官房長官だった安倍晋太郎さん(故人)は毎晩のようにこられたし、当時無役だった竹下登さん(同)も、ちょくちょくマージャ
ンにこられました。
従業員に嫌われるお客さんもいましたが、その最たるものが外務省の役人と総理秘書官の一行でした。
外務省の役人たちは、どやどや上がりこんで飲んだり食ったり、騒いで帰っていきました。一体何しにきたのかさっぱりわかりません
でした。ただの遊興にしかみえませんでした。
総理秘書官一行も同様でした。彼らは夜十時ごろやってきて、芸者を上げ、飲食し、マッサージをとり、マージャンをして一時すぎ
「明日は総理と箱根でゴルフだ」などといって、帰っていきました。秘書官の中には玄関前に置いた車が気になるらしく「人の目の届か
ないところに置いてくれ」という者もいました。
料亭にくるのは外務省と総理秘書官一行が一番多かったように思います。
そんなお金がどこから出る
当時の赤坂では、そんな遊び方をすれば一人四、五万円はかかります。一回や二回ならポケットマネーでまかなえるかもしれません
が、たびたびでは、到底自分のポケットマネーでまかなえる金額ではありません。どこからそんなお金が出るのか不思議でなりませんで
した。カラクリはすぐにわかりました。
料亭はその場でお会計をいただきません。請求書を送り、後日、料亭の銀行口座に振り込んでいただくようになっています。外務省や
総理秘書官らの遊興費の請求先は外務省や内閣官房の会計課になっていました。私はあいた口がふさがりませんでした。とともに激しい
憤りを覚えました。料亭をやめたあと、私は『夜に蠢く政治家たち』(エール出版社)という本を書いて、こうした実態を告発しまし
た。
二十数年前がオーバーラップ
そしていま機密費問題が指摘されています。
外務省や内閣官房には年間数十億円という機密費(報償費)というものがあって領収書のいらない、会計検査院もフリーパスする便利
なお金の使い道があったのです。私が体験した飲み食いの実態は、まさにこの機密費でしょう。彼らは機密費という国民の目の届かな
い、会計検査院もフリーパスする金を身内の飲み食いに使っていたわけです。これは、すべて国民の血税ではありませんか。
当時福田赳夫総理の秘書官を務めていた息子の福田康夫氏は官房長官になり、当時官房長官をしていた安倍晋太郎氏の息子の安倍晋三
氏が官房副長官になりました。当時官房副長官だった森さんは「五人組」の密室政治により、総理大臣の職に就いています。私には二十
数年前がオーバーラップして見えます。森総理も時々料亭に来られましたが、私の日記には「この人、口八丁、手八丁にして、実のなき
人物なり」とあります。
福田現官房長官は、国会答弁で、機密費問題に我関せずと人ごとのような答弁を繰り返していますが、二十数年前に総理秘書官をして
いたときは取り巻きの秘書官らを引き連れて、料亭で遊興していました。その金の出処は、一体どこだったのか。ぜひ聞きたいと思いま
す。