投稿者 SP' 日時 2001 年 1 月 30 日 11:35:44:
回答先: 悪の世の写し鏡 投稿者 SP' 日時 2001 年 1 月 18 日 09:23:50:
『宝島30』95年10月号の「30's NEWS CHAT」より抜粋。
麻原を知るためのもうひとつのキーワードは「超能力」である。
もちろんマスメディアの物語では、麻原の超能力はすべてトリックで、信者はだまされていただけだ、ということになっている。断食と称して陰でステーキを食べていた、という類の証言ならいくらでもある。だがその一方で、麻原の犯罪を認め教団を脱会した元信者ですら、麻原の超能力を否定する者は稀である(少なくとも我々の取材では一人もいなかった)。
藤原新也氏は『週刊プレイボーイ』連載の「世紀末航海録」(八月十五日号)で、麻原の長兄・満弘の奇妙な力について、書いている。それによれば、満弘が営む松本鍼灸院には、全盛時には一日三百人もの患者が訪れた。満弘はその患者たちの病を、わずか一分間、患部に手を当てるだけで癒したという。そして麻原もまた、その不思議な力を受け継いでいたのではないか、と藤原は指摘している。
麻原に超能力があるかどうか、それは知らない。それに、長兄・満弘の治療は気功の一種であり、超能力ではないという見方もあろう。ただ、超能力の存在そのものの可能性をいっさい否定し、麻原をただの手品師にしてしまうならば、信者・元信者たちがなぜ今でも、麻原の超能力に対して揺るぎない確信を持ちつづけることができるのか説明できない(またしても洗脳!)。
日商岩井北京店に勤務する現役商社マン・加藤修氏が「中国最強」と言われる超能力者・張宝勝と出会い、友人になるまでの不思議な経緯は本誌一、二月号に掲載されて大きな反響を呼んだが、今回は大手コンピュータ・メーカーに勤めるごくふつうの女性が超人(張宝勝は中国ではこう呼ばれている)の治療を体験した(今月号「超人と商社マンと超能力治療」)。
これまで超能力に何の興味もなかった彼女は、中国向けの輸出部門に勤め、たまたま上司が張宝勝と面識があったため、卵巣膿腫の治療を受ける機会を得る。そこで彼女が体験したのは、生きたまま内臓を焼かれるという、とんでもない体験だった。詳しくは本文をお読みいただきたいが、洋服を着た上にトイレットペーパーを山ほど重ね、その上から超人が手をかざしただけで、彼女の卵巣は凄まじい熱で焼かれ、皮膚は三度から四度という重度の火傷を負った(しかし洋服には、何の変化もなかったという)。この彼女の体験を、果たしてトリックや幻覚で片づけてしまうことができるのか。
日本に帰国後、病院の医師はみな、彼女の火傷の痕を見ると仰天したという。医学の常識ではとうていあり得ない症状を呈しているからだ。「と学会」には怒られるかもしれないが、近代科学のパラダイムでは理解不能な特殊な能力を持った人間がいると考えなければ、ここで起きたような事態を理解することはできないのではないか。「異次元体験」としか表現しようのないと言う彼女の話を聞きながら、そう思わざるを得なかった。
同様に、麻原もまたある種の「超能力」(麻原のシャクティーパットは長兄・満弘の「手かざし」ではないのか)を持っていたと考えた方が、信者たちの体験や麻原に対する彼らの確信を、理解することができる。それはもちろん、宙を飛んだり、此岸と彼岸の世界を往復するようなものではないだろう。だが麻原は、常識では理解できない何らかの能力を持っていたからこそ、それをバネにして自らを神のように装うことが可能だったのではないだろうか。少なくとも、俗物でペテン師の風采のあがらない中年の手品師に何千人という高学歴の若者たちがだまされていったという荒唐無稽な話よりは、その方がはるかにリアリティがある。
しかし、こうした「魅力的な」麻原像がマスメディアに取り上げられることはない。なぜならそれは、人々を不安にさせ、ひどく不愉快にさせるからだ。
人々が求めているのは、「安全な」麻原彰晃であり、それを娯楽として心ゆくまで楽しむことなのだ。しかし残念ながらその娯楽は、主人公が凡庸すぎるせいで、ちっとも面白くならないのである。