投稿者 毒者 日時 2001 年 1 月 14 日 17:56:37:
「そんなに私が悪いのか」 扇と何発やっているんだというヤジ疑惑は嘘
“加藤の乱”の森内閣総理大臣不信任案が国会で審議された際、不信任案反対討論を行っていた保守党の松浪議員が野党議員席にむけて水をかけ懲罰を受けた事件について、テレビ朝日の番組「そんなに私が悪いのか」が高市早苗議員(自民党森派)の「松浪議員は野党から“おまえ扇と何発ヤったんだ”とヤジられていた」という証言をとりあげ、日本音響研究所の音声分析により高市議員の証言を証明していたことは、みなさん既にご存知の通りと思います。
しかし、結論から言うと、こうした一連の「ヤジ疑惑」を再検証した結果、日本音響研究所の分析には疑問があり、“おまえ党首と何発ヤったんだ”と松浪議員がヤジられていたとする高市早苗議員の証言をとりあげた「そんなに私が悪いのか」という番組づくりには疑いがあると、判断せざるを得ません。
以下、日本音響研究所の分析、高市早苗議員の証言、「そんなに私が悪いのか」の番組づくりを具体的に検証します。
まず日本音響研究所の音声解析について検証します。
最初の「そんなに私が悪いのか」では、日本音響研究所の研究員の人はヤジの音声を聞いて首をひねり、「わからない」と言っていました。この時に音響研究所が分析していた音声は、松浪議員が発言を少し中断しにらみ合っていた時の音声でした。音響研究所の研究員ですら、当初は分析できていなかったのです。
その後、ビデオ映像がとぎれ、編集されて、「おおぎと なん」とも聞こえる音声があったと研究員が分析したシーンが写し出されました。「わからない」と言っていた研究員がなぜか突然「おおぎと なん」と聞こえたと言い始めたわけですが、その態度の変化の過程で何があったのかはわかりません。「そんなに私が悪いのか」の関係者が「扇と何発やったんだというヤジがあったはずだ」と強く求めたのかもしれませんが、その最も重要な分析の過程については「そんなに私が悪いのか」の編集過程でカットされています。
つまり、音響研究所の分析にどの程度の証明力があるのかは、「そんなに私が悪いのか」では伝えられておらず、「聞こえる」という結果だけが強調されていたわけです。しかも、誰が何と言ったのかは、日本音響研究所の音声分析でも特定されていませんでした。ということは、音響研究所の証明力はその程度だったということでしょう。
では、音響研究所が「おおぎと なん」と分析した部分を検証してみます。
ソースとなる音声は次のURLです。番組の音声をPCM(44.100Khz 16bit モノラル 7.55秒 )で録音し圧縮せずに無加工のままデータにしています。(zip圧縮) 論より証拠、みなさんも聞いてみてください。
問題となった音声のソース
http://r1.ugfree.to/~angriff/up1/120.zip
http://r1.ugfree.to/~angriff/up1/119.zip
残響が大きくて聞き取りにくいですが、次の言葉を発見しました。
前半 http://r1.ugfree.to/~angriff/up1/120.zip >yaji1.wav
1.3秒から2.3秒 「…さらしもの…」
2.1秒から3.0秒 「この野郎」
後半 http://r1.ugfree.to/~angriff/up1/119.zip >yaji2.wav
0.0秒から0.7秒 「わかってんのか?!」
0.4秒から1.3秒 「見合ってるよ」
1.1秒から2.4秒 「おお見合ってるぞ」
結局、「おおぎと なん」という声は聞こえませんでした。聞こえたのは「おお見合ってるぞ」という声です。私は音響研究者でもなんでもありませんし、他の何人かの人にも聞いてもらいましたが、「おお見合ってるぞ」と聞こえると言っていました。
研究員でもない素人が理解できる「おお見合ってるぞ」という声が、なぜ音響研究所の研究員には「おおぎと なん」と聞こえたか、私には不思議でなりません。「おおぎ」「やってるぞ」と「そんなに私が悪いのか」で紹介された分析は、「おお見合ってるぞ」の間違いではないでしょうか?
この音声は、松浪議員が討論を中断して野党席議員とにらみ合っている時のものです。松浪議員が野党議員をにらんでいた様子を見た議員席の議員(それは与党議員かもしれない)が、松浪議員へのヤジが効いていることを「おお見合ってるぞ」とヤジっていたのではないでしょうか?
以上の分析と推論により、私は日本音響研究所の当該音声の証明力には疑問があると推測します。
次に、高市早苗議員の証言について。
高市早苗議員(森派)は、「お前、扇と何発やったんだっ?」とヤジられていたと証言し、自身のウェブでも同様な証言をしています。(「そんなに私が悪いのか!?」12月27日 http://rep.sanae.gr.jp/hosakan/7000_1227.html)
しかし、高市議員は、いつどの場面で誰がそのようなヤジをしたかまでは、具体的に証言していません。高市議員は松浪議員の発言中のヤジであることは証言していますが、どこの時点かまでは高市早苗議員は明確に証言していません。
なのになぜ「お前、扇と何発やったんだ」という発言だけを、高市議員ははっきりと証言できたのでしょうか? 不可解です。
高市早苗議員は「永田議員がヤジっていた」とまでは証言しておらず、あくまでも「そんなに私が悪いのか」の番組の疑惑として永田議員の名前が出ているのみです。そして、番組の中でも、永田議員がヤジったとの証明は、何らなされていませんでした。永田議員が「そんなに私が悪いのか」の番組づくりをアンフェアだと感じたのは当然でしょう。
次に番組づくりについて検証します。
1月8日(偶然にも祝日)の「そんなに私が悪いのか」では、「扇千影党首まで巻き込んだ下品なヤジだったのである」「番組では実際にそのヤジが飛ばされていることを確認」と前振りし、音響研究所の音声解析のビデオ映像に最初の番組には無かった「扇と何…もやってるぞ」と赤字のキャプションをつけた後、「おおぎと なん」という研究員の発言を見せていました。
まず第一に指摘されることは、「そんなに私が悪いのか」では、音響研究所に分析を依頼したと前振りすることによって、心理学のホブランド実証研究で言われる「専門的信頼性」が生まれると同時に、パブリシティ効果が生まれているということです。
番組が自ら分析して伝えるより、第三者の専門家に言わせることによって、その分析が客観的な事実であるかのようなイメージをあらかじめ持たせることができます。これを専門的信頼性と言います。
もし「そんなに私が悪いのか」が高市議員の証言だけをとりあげていたら、永田議員への批難はこれほどまでに大きくはならなかったでしょう。
第二に、心理学で言うところの「アテンション」が作られています。
そもそも知覚は選択的であり、感受する刺激のわずか一部に対してだけ反
応します。目で人の顔を見る場合、目を中心に視点が集中するように、音声では自分の知っている声や知っている言葉に対してだけ知覚が選択されます。
たとえばドイツ語と日本語が混ざった声を聞いた場合、日本人はよく理解している日本語の声を知覚し、ドイツ人はドイツ語の声を知覚します。これを心理学では「アテンション」(注意)と言います。
もし「そんなに私が悪いのか」が研究所の分析を見せる際に、「扇と何…もやってるぞ」という赤字のキャプションをつけず、「おおぎと なん」という言葉も出さずに「証明された」という結論だけを出していたら、音響研究所の分析に対する疑問は今よりもって大きかったに違いありません。
第三に、番組では心理学で言うところの「セット」が作られています。
知覚は、知覚しようとしているモノをあらかじめ想起することで知覚される傾向があります。視覚の例でいうと「幽霊見たり枯尾花」がいい例です。幽霊が出るかもしれないと思って見ると、別なモノまで幽霊だと知覚されるのです。これを心理学では「セット」(構え)と言います。
もし「そんなに私が悪いのか」が研究所の分析を見せる際に、「扇と何…もやってるぞ」という赤字のキャプションをつけず、「おおぎと なん」という言葉も出さずに「“おお見合ってるぞ”とも聞こえる」と前振りしていたら、「扇と何…もやってるぞ」と聞こえた人は今よりも少なくなっていたでしょうし、高市議員の証言への疑問はもっと大きかったでしょう。
以上の事実より、心理学に基づくメディアリテラシーに照らして考えるなら、「そんなに私が悪いのか」の番組づくりには、専門的信頼性、パブリシティ効果、アテンション、セットを強く形成する情報操作が行われていた可能性が高いと考えられます。であるからこそ、声そのものに注目して改めて検証する必要があると思われます。
日本音響研究所は、最近になってテレビ番組に出る機会がそれ以前と比べて多くなっています。(1月14日の田原総一郎氏の田中角栄スペシャルにおける「田中肉声の合成」など)
日本音響研究所がテレビに露出することで「永田ヤジ疑惑」はより大きくなり、日本音響研究所の権威も大きくなっています。テレビ露出が多くなることで、日本音響研究所の収益環境は格段に良くなっています。
永田氏は、前回の選挙で勝利を収めた民主党若手議員たちの象徴的存在として注目されており、その議員を醜聞で追い落とせば、確実に参院選への民主党に対する打撃になるでしょう。
また、高松市の成人式の「クラッカーヤジ騒ぎ」で市長自身が「滞りなくおわりましたから」と言っていたにもかかわらずマスメディアによって大きくとりあげられるなど、最近の成人式騒動でヤジバッシングが繰り広げられ、ヤジに対する世論に寛容さが少なくなり嫌悪感を抱く人が増えたという情況も新たに発生しています。
「そんなに私が悪いのか」のプロデューサーの蓮実一隆氏にはかねてよりイデオロギー色の強い番組を作ることで注目や批判がありましたし、同様に「そんなに私が悪いのか」を制作・演出・プロデュースを担当しているイーストは、政治意向で偏向した番組づくりをしているとの噂がある集団として知られています。
これら一連の世論環境の変化は、偶然かもしれませんが、気になる動きです。
私たちは見ている「メディアが伝える真実」は、本当の真実なのでしょうか? 私たちは、正しい事実によって判断できているのでしょうか? 私たちの判断の根拠となっている情報には、私たちには知らされていない意図が隠されているのではないでしょうか? もっと冷静になって私たちが受けとめている情報の信憑性について考えてみるべきではないでしょうか。
結論。高市早苗議員の証言と音響研究所の分析を見せた「そんなに私が悪いのか」という番組が伝える「ヤジ疑惑」のイメージには、疑問があります。