投稿者 御楯弾正少弼 日時 2000 年 10 月 25 日 03:13:50:
【朝日新聞10月24日夕刊】
満州語生きてるよ・京大留学生ら文法書出版へ
中国北西部少数民族が守った
中国・清朝の支配民族だった満州族の言語で、約九十年前まで公用語だった満州語は、
現在ではほとんど「死語」と化したと中国内外で言われている。実際は中国北西部の少数
民族の間でいまも日常語として使われている事実はあまり知られておらず、この少数民族
出身の京都大の留学生らが「満州語が生きていることを国際社会にアピールしたい」と、
満州語の文法書を日本で出版することになった。
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この留学生は、満州族の支族・シボ族(シベ族)出身の承志(チェンジー)さん(31)。
四年前に来日し、京都大大学院で東洋史を研究している。
満州族は中国東北部に興って十七世紀に清朝を打ち立て、辛亥革命によって1912年に滅
びるまで、約三百年にわたって中国を支配した。最後の皇帝・愛新覚羅溥儀は映画「ラスト
エンペラー」で知られる。
清代の歴史と満州語を研究する河内良弘・京都大名誉教授(東洋史)や承志さんによると、
清朝が北京に遷都した十七世紀半ば以降、満州族は多数派の漢族に文化的に同化し、満州語は
衰退。清朝が倒れた後、満州語を使うことは漢族の憎悪の対象にさえなった。満州族は現在も
約一千万人いるが、東北部で満州語を話すのは数十人とされる。中国政府が昨年、黒竜江大を
拠点に満州語の保存運動に取り組み始めたほどだ。
しかし、満州語は中国西域に位置する新疆ウイグル自治区の伊犁察布査爾錫伯(イリチャプ
チャルシボ)自治県に住む約二万七千人のシボ族の間で守られていた。公用語は中国語だが、
承志さんによると、満州語が家族やシボ族同士の会話に使われ、新聞や雑誌も発行されている。
ラジオでも毎日一、二時間は満州語のニュースや小説を朗読する番組が放送されているという。
シボ族は中国全土に約十七万人いるが、同自治県に住むのは、十八世紀半ばに辺境の防衛軍
として派遣された「錫伯八旗兵」の末えい。中央の政治的・文化的変動から比較的自由だった
ことから、民族の言語が二百年以上前とほとんど変わらず残されたらしい。
しかし、満州族の故郷・東北部でほとんど使われていないことが、「死語」という誤解を招
いた。承志さんが今夏、北京で中国人の研究者仲間と会った際も「アメリカ人やドイツ人の清
朝史研究者が、満州語は死語だと言っている」という話しを耳にしたという。
「自分たちの言語の衰退を心配してもらえるのはありがたいが、誤解は解きたい。満州語が
元気なことを、国際社会にぜひ伝えたい」と承志さん。来日後まもなく日本では初めてとなる
満州語口語の文法書の編さんに取りかかり、京都大文学部の木田章義教授(国語音韻学)との
共著で来年度中にも刊行予定だ。
河内名誉教授は「二十数年前まで、私も満州語は死語だと思っていた。中国には、いまだ読
解されていない満州語の公文書が一千万件近く保存されており、学術的には宝の山。その読解
には満州語口語の知識が欠かせない。承志さんらの文法書は満州語を理解するために、とても
貴重なものになる」と話している。