「酸化チタン」という物質をご存じだろうか。チタン鉱石を原料に生成されるもので、自動車の塗装、印刷インキ、プラスチックなどの白色顔料として使われている、ごく日常的な化学物質だ。 ところがこの酸化チタンの原料となるチタン鉱石の中には、トリウムという危険な放射性元素が含まれている。そのため、その生成の過程で排出される汚泥は、放射能を持つ。 しかも、この「放射性産廃」は、原発から排出される廃業物より、はるかに危険な「ゴミ」なのだ。 この問題に詳しい京都大学原子炉実験所の小出裕章氏 が、警鐘を鳴らす。
「そもそも、廃棄物の総量が大きな危険を孕んでいます。酸化チタン生成の過程で、日本では年間60万tもの放射性廃棄物が、過去三十数年にわたって全国各地に投棄されました。 その量がいかに膨大かというと、過去30年間に原子力発電所が出した放射性廃棄物の総量は、200Lのドラム缶で50万本。一方、酸化チタンの汚泥は、たった1年間で300万本に達するのです」
かつてマレーシアにおいて、大きな「公害事件」が起きた。80年代、三菱化成(当時)の傘下にあった企業の杜撰な放射性廃棄物管理の結果、 付近の村で白血病や流産・死産、胎児性の障害者など が続出。公害訴訟が起こって現地からの撤退を余儀なくされた。この、村ひとつを壊滅させた恐るべき物質こそ、トリウムなのだ。
こうした処分場は、秋田県岩城町、福島県いわき市、三重県四日市市、大阪府堺市、兵庫県宝塚市、岡山県邑久町などの各地に存在する。 それらは、数十haという広大な面積を占め、数十万〜数百万tの膨大な汚泥が廃棄されてきた。これらは「放射性廃棄物処分場」とはされていないため、 住民は、その危険性をまったく知らされていない場合も多い。 渓流は「赤い水」で変色していた 本誌はまず、秋田県岩城町の処分場を取材した。
岩城町は、秋田市の南隣りに位置する町だ。町の西側は日本海で、夏には海水浴場も開かれる。件の処分場は、海岸からわずかlOOmほどの距離まで迫った、 森林の中に存在する。処分場の広さは、約13ha。東京ドームおよそ10個分という、広大な土地である。岩城町の町議会議員・山崎真美氏が、こう語る。
「この処分場は、当初は養鯉場という名目で、84年に当時の町長の肝入りで土地の売買が行われたんです。ところが実際は、工場から出るチタン廃棄物の処分場ができた」
処分場には、日中、ひっきりなしに汚泥を積んだダンプが出入りする。このチタン産廃の汚泥は、本来、輸送の際は飛散しないようにカバーをかけて運ばなければならない。 ところが、このページにある写真でも分かるように、汚泥は剥き出しのまま、ダンプに積載されているのである。
処分場に汚泥を運び込むダンプ 処分場の周囲には、渓流が流れている。だが、その川底や川岸は、赤く変色していた。ちょうど処分場の裏手に当たる位置に、処分場に溜まった水を処理・排水する施設があり、 そこから「赤い水」が放出されているからだ。赤くなるのは、汚泥のなかに鉄分が含まれているからで、その鉄分は放射能を持つ疑いが強い。施設の放水口付近のコンクリートは、 不気味な赤茶色に染まっていた。
この処分場を管理するA社は、危険をこう否定する。
「埋め立てているのは、『鉱滓』という人工土で、これは天然の土と変わりありません。放射能に関しても、科学技術庁、通産省、労働省、厚生省による通達にしたがっており、 基準内となっています」(A社環境安全管理室長)
A社では、定期的に放射線測定もしており、その結果は、これまで何ら問題はないという。だが、A社など企業が盾にとっている、国の「通達」自体が、 そもそもデタラメだと指摘する専門家は多い。
この「通達」とは、90年に前出の4省庁によって出された『チタン鉱石問題に関する基本的対応方針』などの文書である。これらが“お墨付き”を与えている一般人の許容年間被曝量はlmSv(ミリシーベルト。 人間が被曝する場合の被曝量を表す)。だがこの「1mSv」という数値は、実はたいへん危険な意味を持つ。
福島県でチタン廃棄物の処分場建設反対運動を続ける市民団体「産廃処分場建設の白紙撤回を求める会」の田子耕一事務局長がこう語る。
「廃棄物の中で、厳重管理・規制されているものに、原子力発電所から出る放射性廃棄物があります。ところが、原発の廃棄物は、年間被曝量0.01mSv以下にせよ、と規制されている。 つまり、チタン廃棄物は、危険とされる原発廃棄物より、被曝量が1OO倍まで許容されたまま、廃棄されているんですよ」
福島では、いわき市の平上荒川地区に、関西に本社を置くB社の処分場がある。市内にはB社がすでに埋め立てを終えた土地があり、さらに、今後もう一つの処分場が、同じく市内に設置される予定だ。 子供の遊び場に産廃がゴロゴロ さらに本誌は、90年以降、酸化チタン廃棄物問題の端緒となった、岡山県邑久町も取材した。、岡山市の東隣にある邑久町と牛窓町付近は、 70年代後半から廃棄物の処分場となっていた。90年に、ここで年換算で許容量の18倍という異常な放射線が検出され、騒然となった。 だが、当時は業者が「覆土」などの措置を行ったということで、即座に「安全宣言」がなされた。
本誌はここに、簡易型放射線測定器を持ち込んだ。
「安全」である以上、数値は他の地域と同レベルのはずだ。ところが、邑久町と岡山市の境界を流れる吉井川沿いの公団住宅付近で、年換算の被曝量で2.6mSv(γ線のみ計測)、つまり許容限度の2.6倍となる放射線を検出した。
本誌が放射線を検出した岡山県内の地点 マレーシアの事件で、現地に入りトリウム汚染の実態調査を行った、埼玉大学理学部 の市川定夫教授は、放射線の恐怖を、こう警告する。
「放射線は、年間の被曝量が0.25mSv増加しただけで、ガンの発生率が2倍になるといわれている。しかも、国の基準の1mSvというのは、放射線のうちのγ線のみの数値です。 しかし、放射線で最も危険なのはα線で、これはγ線の皿10〜200倍の危険性があるとされています。本当に恐ろしいのは、このα線を放射する鉱石の粉末が飛散して人体内に入り、 “内部被曝”してしまうことなんです」
70年代、アメリカのウラン採掘現場で働いていたネイティブ・アメリカンの人々が、放射線被曝により、白血病やガンで多数の死者を出した。
「このときも、γ線の数値が 低いから、安全だといわれていたんです。しかし、実は放射能を帯びた粉塵が呼吸などを通じて体内に入り、α線の内部被曝をしていたということが後に判明しました」(前出・市川教授)
使い終えた処分場は、やがて住宅地として造成されたり、公園、グラウンドなど公共施設になったり、なんと畑になっている場合もある。
「規制もなかった当時の、いまよりさらに高濃度だった放射性廃棄物がどう処分され、埋め立て跡地が何に使われているのか、誰も把握できない。 岡山では、グラウンドで遊ぶ子供たちの横に、明らかにチタン産廃と思われる赤土がゴロゴロしている。これを手で触り、粉塵を吸ったりすれば、相当の内部被曝になります」(前出・小出氏)
チタン産廃に含まれるトリウムの半減期は141億年。地球が存在するかぎり消滅しない、この恐るべき物質を、このままタレ流し続けていいのか。 引用 週刊現代1999年9月11日号 |