投稿者 週刊文春 日時 2000 年 9 月 28 日 14:20:26:
先週号で紹介した地震予知の新分野への反響は大きかった。「地震を予知できるのは愚か者とウソつきとペテン師だけ」とは十九世紀の地震学者の言葉だが、現代日本でも成功例はほとんどない。ならば多くの実績を挙げている新分野にもっと注目するべきではないか。
「日本人よ、あきらめるな地震は予知できる!」
小誌は先週、アマチュアの天文家でもある串田嘉男氏(42)のメッセージとともに、地震予知の新手法が大きな成果を挙げつつあることを紹介した。
串田氏は、八ヶ岳の私設天文台で流星を観測中に偶然、FM波を使って地震の前兆を観測できることに気づいた。九十三年の奥尻島地震、九五年の阪神・淡路大震災−−、以来データの収集を続け、その分析を重ねること五年。地震・火山活動の予測制度は次第にあがり、三宅島噴火も事前に予測している。
先々週の十六日には小誌の取材に、
「現在、ある火山活動の顕著な前兆が出ていて、その解析で忙しいんですよ」
と、繰り返し話していた。
その予測通り、ある火山=浅間山に、火山性地震が起こりはじめたのは、二日後の十八日。気象庁の軽井沢測候所が、火山観測情報で浅間山の異常を国民に訴えたのは、さらに翌十九日になってからのことだったのだ−−。
阪神・淡路大震災以来、日本人は、地震学者の「地震予知はできない」という発言に慣らされ、あきらめていた。
しかし実は、地震予知の新分野、電磁気異常からの地震の前兆観測に取り組む研究者が増えている。串田氏の研究もその一角なのだ。
世界各地から、その研究者たちが集まったのが、九月十九日から東京・電気通信大学で行われた「IWSE2000(国際地震電磁気ワークショップ)」という国際学会。
議長の、早川正士・電通大教授が成果を語る。
「国際学会は三度目ですが、今回の参加者は約二百人で、最大でしたね。そのうち八十人が、外国人研究者。特にロシアでは地震予知研究が盛んで、三十人ほどが参加しています」
この学会でも報告された地震前兆のメカニズムを、早川教授に、簡単に説明してもらった。
「地震が起きる前には、必ず震源付近の地殻に圧力がかかり、岩盤に細かい亀裂が入ります。そのときに必ず電荷が生まれ、電磁波が発生する。その電磁波によって起きる異常現象を読み取れば、地震の前兆をキャッチできるのです」
電磁波を読み取るにもいろいろな手法がある。そのうちの一つが、電磁波によって引き起こされる、既存の電波の異常を読み取る方法だ。
震源が深くても浅くても、その震央からの電磁波は大気圏を通り、成層圏の外側にある電離層に影響を与える。その電離層の乱れを、さまざまな電波を用いて調べるのだ。
冒頭で紹介した串田氏は、この観測にFM波を使っている。また、早川教授ら電通大と宇宙開発事業団は、科学技術庁の主導でULF波による観測に取り組んでいるところだ。
「今回の国際学会の総括で、米国のある教授は『三年前には私もまだ懐疑的だったが、今回の研究成果の発表からはもはや、地震によって電離層が乱されていると信じざるをえない』とコメントしました。
今後は、電離層の異常を人工衛星で直接観測する手法が、いっそう注目を集めると思います。実際フランスでは、地震予知専用の衛星を打ち上げる計画があるんです」(早川教授)
同じ電磁気異常の研究の中にもう一つ、これまで地震前兆の読み取りに、輝かしい成果をあげてきた手法がある。それはギリシャで用いられているVAN法だ。
ギリシャでは自治体も採用
科学技術庁所管の理化学研究所・地震国際フロンティア研究グループディレクターの上田誠也教授は、日本でこの予知法に取り組んできた。
「私はもともと、東大地震研で地球物理学のプレートテクトニクスの研究をしていたんですが、地震学者を横目で見て、『地震予知はできそうにないな』と思っていた。ところが、八三年頃にギリシャのVAN法に遭遇し、これはイケるんじゃないか、という感触を持ったんです」
VAN法は、日本と同様に地震大国であるギリシャで開発され、バロストス教授ら三人の研究者の頭文字を取って命名された。
地面に多くの電極を埋め、その間の地電流を測る。つまり電離層の乱れではなく、地面から直接、地震の前兆である電磁気異常を読み取ろうとする試みだ。
「そんなことできるはずがないという反感も強かったが、バロストス教授らはあきらめずに研究をすすめ、自らの予測を政府に送り続けた。その結果、ここ十年間に起きたM5・5以上の地震十三回のうち、八回の予知に成功したんです」(上田教授)
九三年にはVANグループの予知を受け、ギリシャのピルゴス市は警戒宣言発令に踏み切り、住民は避難した。
この措置に対して、保守的な地震学者を長とする国家の防災委員会は、VAN法による予知結果をマスコミを通じて徹底的に否定。ところがその翌日、予知通りにピルゴス市はM6・7の直下型地震に襲われ、四千棟を超す家屋が大被害を受けた。この地震を契機に、VAN法の認知度は高まったという。
ただし、VAN法は感度のいい測定場所を見つけるのが非常に難しい。また、日本では電車や工場など地下のノイズが多く、地下鉄が九キロしかないというギリシャに比べて条件が悪いと、上田教授も認める。
その点では、地面近くの雑音に邪魔されにくい、電波や衛星を使った電磁気異常測定の方が、日本向きともいえるだろう。
日本の研究は今年度で終了
これだけ赫赫たる成果を挙げている電磁気による地震予知研究だが、なぜか日本政府や公的な関係機関はあまり積極的でないようだ。
前述した早川教授ら電通大と宇宙開発事業団による研究にしても、担当機関である科学技術庁・地震調査研究課は、
「当初からの五カ年計画どおり今年度で終了する予定です」
つまり、来年からは研究予算がつかない。地震観測衛星の打ち上げどころではないのだ。
早川教授がいう。
「我々の研究は年間一億円ぐらいあればいい。電波を使った研究は、比較的安上がりなんです。全国各地に隈なく地震計をとりつけなくても、いくつかの観測ステーションを作れば、広い範囲がカバーできます。しかし、その予算をもらうのも無理でしょうね」
一方、上田教授ら理化学研究所による研究は、来年度の予算を大蔵省に申請中だ。
「地震予知計画はこの三十年間、予知に関して成果をあげられなかった。九五年の阪神・淡路大震災を予知できなかったことですっかり腰がひけてしまい、『短期予知はあきらめて基礎研究をすべき』と
いう方針に変わっています。
しかし、予知研究はあきらめるべきではない。今回のIWSEは盛会で、興味深いデータも提出されましたが、まだ周りの学会を説得するに至ってはいない。誰でも『自分にはできなかった』と認めるのは嫌なものでしょうから、従来の地震予知研究の主流が認めざるをえないくらいに、研究をすすめたいと思います」(上田教授)
そのためにまず必要なのは、「地震予知学」を確立することだと、上田教授は話す。
「地震予知学と地震学は、音楽と音響学ほど違います。音響学の専門家が、美しい音楽を奏でられるわけではないでしょう? どちらが優れているということではなく、まったく異なる分野なのです」
三宅島噴火では、火山噴火予知連の発表は次々に外れ、最後は、「噴火は予測できない可能性が高い」と言い出した。地殻変動を調べる従来の地震研究の予知に成功した例がほとんどない以上、実績を挙げている新たな研究分野に、注目する必要があるのではないだろうか。
最後に早川教授がいう。
「阪神・淡路大震災や三宅島の噴火で、国は個人の命を助けてくれないとわかったはずです。日本でも、自分の身は自分で守るという原則が確立され、個人が地震予測情報を買うような時代が来れば、市民がどの情報を選択するのか、はっきりするでしょう。それは学者が考えるよりシビアなものだと思いますよ」