投稿者 一刀斎 日時 2000 年 9 月 26 日 07:19:18:
なぜかマック系に載っていたが分かりやすいので転載。
Crusoe(クルーソー):
ノートPCが続々採用する超低消費電力CPU
開発の陰にRISCの父とLinux創始者
[2000年09月25日(月) 浅見 直樹 ]
Intel社を脅かすベンチャー企業が現れた。その名はTransmeta(トランスメタ)社。同社が2000年1月に発表したx86互換CPU「Crusoe(クルーソー)」は,Intel社の支配が続くパソコン業界に大きな衝撃を久々に与え,熱狂的な支持を集めている。4月にはCompaq Computer社,AOL社,ソニーなどが同社への出資を決めた。
AMD社やCyrix社など,これまでにもx86互換CPUを開発してIntel社に挑んだメーカーはある。しかし従来の互換CPUメーカーは,いずれもIntel製品と同様の性能を持つ互換品をより安価で提供する戦略で挑んでいた。この方法ではIntel社が自社の製品価格を下げ,低価格競争をしかけて来るとどうしても不利で,Intel社を脅かすには至らなかった。
彼らとTransmeta社の違いは,価格ではなくIntel社の製品にない特徴を武器に市場の獲得を狙うというアプローチにある。その特徴とは低消費電力だ。
Crusoeの消費電力は500MHz動作品で2W弱。Intel社のノートPC向けCPU「Mobile Pentium III」と比べても圧倒的に小さい。つまりCrusoeを使うと「ノートPCの電池駆動時間を5時間程度に延ばせる」(VAIOの次機種にCrusoeを採用するソニー)のだ。実際,ソニーをはじめ,NECや富士通,日立製作所,IBM社などが相次いでCrusoe搭載のノートPCの開発に乗り出している。今年の年末にはCrusoe搭載のノートPCがずらりと店頭に並びそうだ。
DaveのアイデアをLinusが実現
Crusoeを実現した技術を語るうえで,2人の天才の名前を忘れるわけにはいかない。1人はDave Ditzel(デイブ・ディツエル)氏。Ditzel氏は,1980年に世界で初めてRISC型CPUの論文を発表した技術者だ。PowerPCやCompaq社(元DEC)のAlpha,Hewlett-Packard社のPA-RISCといったRISC型CPUは彼の論文を基にしている。
Ditzel氏は1995年,過去にないCPUを開発する目的でTransmeta社を設立した。当時のDitzel氏は,CPUの回路構造がどんどん複雑になっていく傾向に危惧をいだいていた。回路が複雑になればトランジスター数が増え,コストや消費電力の増大などデメリットが無視できなくなる。
そこでDitzel氏は,回路は単純だが性能を高められるVLIW技術の応用を思いついた。VLIW技術は簡単な回路で複数の命令を同時に実行するため,CPU全体の構造をシンプルにできる。事実,Crusoeのトランジスター数(キャッシュを除いたロジック回路部)は280万個で,同条件のPentium IIIの約半分。回路が単純な分だけCrusoeの消費電力は小さい。
ただし,VLIW技術を導入したCPUの命令セットはx86命令セットと根本的に構造が異なり,そのままではx86互換CPUは作れない。問題の解決のためDitzel氏がCrusoeへ盛り込んだアイデアが「Code Morphing Software」と呼ばれるエミュレーション技術である。Code Morphing Softwareはx86命令セットをVLIW命令に変換するソフト。Crusoe上に常駐して機能する。Crusoeは受け取ったx86命令をVLIW命令に変換して実行するのだ。
このアイデアの実現に大きく貢献したのがもう1人の天才,Linus Torvalds(リーナス・トーバルズ)氏である。Linuxの創始者として知られる彼は大学時代までをフィンランドで過ごした後,1997年に渡米してTransmeta社に加わった。Code Morphing Softwareは,Torvalds氏を中心としたチームが開発した。
Crusoeは同じ動作周波数のPentium IIIの少なくとも80〜90%程度のパフォーマンスを叩き出す。Crusoeがエミュレーションで動作している事実を考えると驚異的である。エミュレーション効率が悪ければ,いかに高速なVLIW CPUと言えども,従来のCPU並みのパフォーマンスは出ない。つまり,Crusoeの最も重要な技術はCode Morphing Softwareなのだ。
ソフトエンジニアが会社の資産
Torvalds氏がTransmeta社に参加した当時「ソフトウエア技術者の彼がなぜチップメーカーに?」との声も聞かれたが,Crusoeの完成にはTorvalds氏のような技術者が不可欠だったのである。
Crusoeは単なる低消費電力CPUではない。Code Morphing Softwareを入れ換えるだけで別のCPUに変身するからだ。x86互換チップを足がかりに普及が進めば,今後の展開はいろいろ考えられる。実際,Transmeta社はJavaのバイトコードに対応したCode Morphing Softwareを組み込み,Javaチップとして動作するCrusoeを試作している。PowerPCの命令セット対応のCode Morphing Softwareさえ用意できれば,Crusoeを使ったMacintoshも夢ではない。
(浅見 直樹=日経エレクトロニクス)