※2024年12月7日 日刊ゲンダイ2面 紙面クリック拡大 文字お越し
※紙面抜粋
動機は自身と夫人のスキャンダルか(韓国の尹錫悦大統領と金建希夫人=2023年広島サミット来日時)/(C)日刊ゲンダイ
6時間の戒厳令だったが、その裏側を知れば知るほど、空恐ろしくなる。なぜ、日韓蜜月の主役が豹変したのか。その動機の解明と日本でも議論される緊急事態条項の是非、今後の展開を専門家が徹底分析。
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6時間で終わった韓国の「大統領クーデター」。唐突な戒厳令の舞台裏が徐々に明らかになってきたが、知れば知るほど空恐ろしくなる。
今月3日夜の尹錫悦大統領の「非常戒厳」宣言で、280人もの兵士が国会内に突入した。軍幹部の証言によれば、これを指示したのは、5日に尹が辞表を受理した金龍顕国防相だった。
国防省次官は戒厳令を「マスコミ報道で知った」と言うのだから驚愕だ。戒厳司令官を担った陸軍参謀総長も、談話発表まで戒厳を出すことを知らなかった。
ほとんどの閣僚らも閣議で戒厳が諮られるまで内容を知らされず、反対もあったが尹は押し切ったようだ。
尹に戒厳を進言したのは国防相だった金で、尹と同じ高校の1年先輩。つまり、尹はごく一部の側近とだけ協議して、強権的な措置に踏み切ったのである。
さらに驚くのは、尹が主要な政治家を「逮捕、収監しようとしていた」ことだ。これを受け、尹の大統領弾劾訴追案に「反対」する方針を決めていた与党「国民の力」の韓東勲代表は態度を一変。「国民を大きな危険に陥れる恐れが大きい」として、賛成する意向に転じた。
弾劾訴追案は7日、国会で採決が行われる。すでに賛成を表明する与党議員も出ており、8人以上が“造反”すれば、可決されることになる。
東アジア事情に詳しい「現代ビジネス」編集次長の近藤大介氏はこう言う。
「お粗末極まりない『クーデター未遂』で、『韓ドラ』を見ているかのようでした。韓国では憲法第77条5項の規定により、国会が在籍議員の過半数の賛成で戒厳解除を要求した場合、大統領はこれに応じなければならない。そのため、尹大統領は戒厳軍を国会に差し向けて、国会を封鎖しようとしたのですが、野党勢力の強硬な抵抗に遭い、戒厳軍の国会封鎖が遅れた。その間に国会の本会議場では、在籍議員190人の賛成によって、戒厳令解除決議案が可決されたのです。この日、尹錫悦政権は終焉を迎えたとみています」
「悪夢の文在寅時代」復活
尹は戒厳令解除に追い込まれても、「国会機能をまひさせ、憲政秩序を崩壊させようとする反国家勢力に対抗した」と、自らの行動を正当化したのだから狂気の沙汰だ。
誰の目にも無理筋の強硬手段に出たのはなぜか。動機は、少数与党で予算案が通らないなど政権運営が苦しいとか、疑惑まみれの金建希夫人を守るためだったなどとも言われている。夫人のスキャンダルには尹自身も絡んでおり、追い込まれていたという解説もある。地元メディア関係者はこう話す。
「大統領選で尹氏の選挙コンサルティングをした世論調査会社の実質的運営者が検察に逮捕され、尹氏や夫人との電話の録音を持っていると言っていました。この人物は、選挙期間中に尹氏に有利なように世論調査を操作したのではないか、という疑いも持たれています。尹氏にとって不利な証言をする兆しがあり、それを回避するため、このタイミングで戒厳を宣布したのでは、という見方もあります」
弾劾訴追案が可決されると、大統領は職務を停止され首相が職務を代行する。憲法裁判所が180日以内に弾劾の妥当性を審査し、裁判官6人の賛成で大統領は罷免。60日以内に大統領選が行われる。
今後について、前出の近藤大介氏はこう見る。
「この先は、2016年秋から17年春にかけて、朴槿恵大統領に対して起こったことの繰り返しです。尹大統領の任期は27年5月までですが、約2年前倒しされて弾劾が成立し、再び大統領選挙となるでしょう。当選するのはおそらく、最大野党『共に民主党』の李在明代表。日本では悪名高いあの文在寅前大統領の愛弟子です。22年に韓国の大統領が文氏から尹氏に代わって、日韓関係は『最良の時』を迎えました。岸田前首相と12回もの日韓首脳会談を開催し、慰安婦や徴用工など日韓の懸案事項を解決に導いた。しかし、李在明政権になれば、再び『悪夢の文在寅時代』が復活するのは確実です。李代表の『反日ぶり』は日本から見れば常軌を逸しているからです」
尹との間で続いてきた日韓蜜月。これも終焉を迎えることになる。
緊急事態条項は民主主義の息の根を止める
尹大統領の弾劾を求める人々(C)共同通信社
今度のクーデター未遂では、韓国の民主主義の力が称賛されている。国会議員が解除決議に素早く動いただけでなく、真夜中にもかかわらず国会議事堂の前を埋め尽くす人が集まり、抗議の声を上げた。
韓国には軍事政権から民主化を勝ち取った歴史がある。軍政時代の戒厳令での流血事態を覚えている人が少なくない。戒厳令解除後も、ろうそくを手に、「尹錫悦は退陣せよ」と連日デモが行われている。
翻って、日本だ。民主主義を守ろうという意識がどれだけ根付いているのか。15年に集団的自衛権の行使を容認する安保法制ができた際、国会を包囲するほどのデモがあったが、しかし、今は……。韓国と同じことが起きたら、どれだけの人が永田町に駆け付けるだろうか。日本の現行憲法に戒厳令の規定はないが、明治憲法にはあった。韓国での事態を受け、国会で議論されている憲法改正への懸念が沸き起こっている。自民党などが求めている「緊急事態条項」創設の是非である。
憲法改正の実現を目指す自民の議員連盟がまとめた条文案には、<武力攻撃や大規模な自然災害、感染症のまん延などで国民生活に甚大な影響が生じる場合に内閣が緊急事態を宣言し、衆議院選挙などの実施が困難な状態になった時には議員任期の特例を設け、延長できるようにする>とした「緊急事態条項」が盛り込まれている。
災害時だったら、は甘い
改憲を訴える保守層は「前提は武力攻撃や大規模な自然災害、感染症のまん延などで国民生活に甚大な影響が生じる場合だから問題ない」と言うが、過去を振り返れば最も民主的といわれたドイツの「ワイマール憲法」も、中央政府の州政府への介入を規定した「大統領緊急令」が乱用された挙げ句、「全権委任法」がつくられ、ヒトラーの独裁政権が誕生するきっかけとなった。
いったん憲法に盛り込まれたら、時の権力者がどう使うのか分からないのだ。
立正大名誉教授の金子勝氏(憲法)はこう言う。
「憲法に緊急事態条項を創設し、ひとたび発令されれば、政府は基本的人権の保障や戦争の放棄といった憲法の規定を全て無視できる。首相の権限で何でもできてしまうのです。デモや集会のみならず、報道も首相の意思ひとつで規制することが可能になり、まさに今回の韓国の戒厳令と同じです。国会を止め、民主主義の息の根を止めるものです。自民党は12年に発表した『憲法改正草案』に『緊急事態条項』を盛り込み、その後『草案』が反発を食らって『改憲4項目』とした際に、『災害時に選挙ができず、衆院議員が任期満了を迎えて誰もいなくなったら困る。衆院議員の任期延長のために緊急事態条項が必要だ』という論理を編み出しました。しかし、緊急事態条項の本質は選挙ができないとか、そういう話ではない。災害時だったらいいんじゃないか、などと甘い考えで緊急事態条項を認めてしまえば、恐ろしいことが起こると、今回の韓国を見て多くの人たちは分かったのではないでしょうか」
先の衆院選で自民党が惨敗、日本維新の会も議席を減らし、「緊急事態条項」の創設を求める改憲勢力は3分の2を割り込んだ。
今月19日に、今国会で初めての衆院憲法審査会が開催される見通しだが、衆院憲法審の会長ポストは野党が取り、立憲民主党の枝野元代表だ。従来から枝野は「緊急事態条項」に否定的。一気に創設へと進むことはないだろうが、韓国で起きたことを、教訓にしなければならない。
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