※2024年8月10日 日刊ゲンダイ2面 紙面クリック拡大 文字起こし
※紙面抜粋
なぜ気象庁の会見に同席しなかったのか(C)日刊ゲンダイ
「列島を震撼させた南海トラフの臨時情報。「予知」は無理で、「注意喚起」がせいぜいらしいが、だとしたら、せめて原発停止と避難所の充実に予算を取って欲しいものだ。能登で思い知らされた地震大国の被災者切り捨てはそのままだ。
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9日午後8時前、関東全域で一斉にけたたましく鳴り響いた「緊急地震速報」の不気味なブザー音には肝を冷やした。
前日には日向灘で起きたマグニチュード(M)7.1の地震を受け、気象庁が「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表したばかり。巨大地震の発生確率が相対的に高まっているとして、今後1週間の「備え」を呼びかけた直後だけに「すわ! いよいよ巨大地震発生か」と身構えた人も多かったはずだ。
臨時情報の発表は2017年11月の制度導入以来、初めて。「注意」の対象は南は沖縄、北は8日の震源地から1500キロほど離れた茨城県まで1都2府26県707市町村に及ぶ。
南海トラフは東海から九州地方にかけての太平洋側に延びる浅い海溝で、M8級以上の巨大地震が歴史的に繰り返されてきた。政府は30年以内にM8〜9級の巨大地震が70〜80%の確率で起きると予測。被害想定は、静岡県から宮崎県にかけて10県で最大震度7を観測し、津波は高知県で高さ34メートルに達する。想定死者・行方不明者数は最悪の場合で約32万3000人、経済損失は220兆3000億円に上るというから、すさまじい。
「巨大地震注意」と評価した検討会会長の平田直・東大名誉教授は会見で「普段よりも数倍、地震の発生の可能性が高くなった」と説明。一方で7日以内の巨大地震発生の危険度は「数百回に1回程度」であり、「特定の地域で、いつ起きるかを申し上げることはできない」と繰り返した。
警戒すべきか、冷静になるべきか、もう何が何だかだ。地震学者たちの「出さないよりマシ」のやっているふりと「南海トラフ地震臨時情報」なる初めて聞く言葉に、国民は戸惑うばかりである。
専門家任せは防災を軽んじている証拠
もちろん、現在の地震学では地震発生の場所や時間を前兆現象などから言い当てる「予知」は無理である。せいぜい「注意喚起」が限界で、国民のできることといえば家具の固定や備蓄、避難ルート、家族の連絡手段の再確認など「いざ」の備えにとどまる。
「だからこそ、気象庁の会見には岸田首相が同席すべきでした」と言うのは「シン・防災論」の著者で、30年以上にわたって自然災害を取材してきたジャーナリストの鈴木哲夫氏だ。こう続ける。
「巨大地震などの自然災害対応に科学の力は必要ですが、その知見に基づき、国民にメッセージを送り、決断を下すのは政治家の役目です。気象庁の役人、ましてや地震学者にその権限は与えられていません。『南海トラフ地震臨時情報』という史上初の情報発信であればなおさらです。今後1週間に政治は何をするのか、国民にはどう備えて欲しいのか、岸田首相は一国のトップとして逐一説明する義務がある。専門家任せの対応は防災を軽んじている証拠です」
気象庁の会見後、岸田首相は官邸でぶら下がり取材に応じ、「地震への備え」を国民に呼びかけ、「偽情報の拡散などは絶対に行わないように」と強調した。
毎度おなじみの「やってる感」を振りまいたが、なぜ、その言葉を地震学者と共に発信しなかったのか。きのうになって同日から予定していた中央アジア、モンゴル歴訪の取りやめを表明したが、外遊中止は当然。あまりにも政治決断が遅すぎる。
今後の巨大地震の備えにも、岸田はこの体たらく。すでに能登半島を襲った最大震度7の巨大地震の復旧が遅々として進まないのも、残念ながら納得である。
犠牲と引き換えの教訓を生かせないボンクラ
倒壊ビルも撤去されず(C)日刊ゲンダイ
甚大な被害を受けた石川県輪島市と珠洲市の光景は、あの日から時が止まったまま。元日の発生から7カ月が過ぎても、多くの倒壊家屋が今なお残り、がれきの山の処理はままならない。
まだ国道の至る所は寸断された状態で、水道が復旧していない地域もある。半年以上もわが家で入浴も洗濯もトイレもかなわない生活がどれだけ悲惨なことか。
被災家屋の公費解体も進まず、石川県の馳浩知事は「応急仮設住宅への希望者全員の8月中の入居」という約束を反故。珠洲市の一部などでは仮設住宅の完成予定が11月中にズレ込むという。つまり、1年近くも不自由な避難所暮らしを余儀なくされる人がいるのだ。
被災地の惨状を知ってか知らずか、岸田は能登復興でもやっているふり。先月1日に現地を訪れ、「能登創造的復興タスクフォース」を新設。関係各省庁から派遣された職員約150人を現地に常駐させ、岸田は「課題を霞が関一体となって解決する」と息巻いていた。
前出の鈴木哲夫氏は「危機管理を根本から履き違えています」とあきれ、こう指摘する。
「倒壊家屋の解体が進まない理由は法の手続きに手間と時間がかかるためです。現地に常駐させても官僚にはこの法の壁は壊せない。いま被災地が何に困って何を欲しいのかを把握しても、官僚の習性では公平性の呪縛から逃れられない。法律や制度が被災地のニーズを拒むのならば、法改正や時限立法を制定すればいい。時には超法規的措置も必要で、官僚の上に立つ政治家しか決断できません。その自覚が岸田首相には著しく欠けており、震災という『有事』に対し『平時』の対策で臨んでいる。被災者切り捨てにほかなりません」
備えを求めるなら原発をまず止めてくれ
震災の「予知」は無理でも、政府が今やるべきことは山のようにある。南海トラフ巨大地震の被災想定地域は「原発銀座」だ。
今回の注意情報の対象エリアには中部電力・浜岡原発、四国電力・伊方原発、九州電力・川内原発が林立する。うち浜岡1、2号機と伊方1、2号機は廃炉作業中。浜岡3〜5号機、伊方3号機、川内1号機は定期検査のため停止中で、川内2号機は今も運転中である。法大名誉教授の五十嵐仁氏(政治学)は、こう言った。
「国民に巨大地震への備えを求める以上、政府も大きなリスクである原発を停止するのが自然な流れのはず。能登半島地震で石川の志賀原発は難を逃れたとはいえ、半島部の住民避難リスクが露呈しました。伊方原発も愛媛県の半島部の山あいにあり、巨大地震のリスク対策は不十分。いざ事故発生後に巨大地震で道路が寸断すれば住民は逃げ場を失い、津波が襲えば船での避難の道も絶たれてしまいます。福島の未曽有の事故を経験した地震大国にとって、原発再稼働は棄民政策としか言いようがないのです」
東日本大震災と原発事故から13年以上が経過したが、今も約2万6000人の福島県民が県内外での避難生活を余儀なくされている。放射能汚染で故郷を奪われた人々の悲しみを決して忘れてはいけない。
「日本の国土はいつ、どこで巨大地震が発生してもおかしくない。防衛よりも防災が大事で、戦艦よりも病院船、戦車よりもトイレトレーラーが必要なのに、岸田政権は“台湾有事”を前提とした空想的軍国主義に傾斜。現実的な危機対応能力が欠落しています。せめてイタリアのように災害発生から72時間以内に設置し、快適に過ごせる避難所の充実に予算を割いて欲しいものですが、軍拡路線はその余力を失わせるだけ。避難所暮らしの肉体的、精神的ストレスから多数の震災関連死を招く地震大国の被災者切り捨ては、永久に放置されたままです」(五十嵐仁氏=前出)
阪神・淡路、中越、東日本、熊本、そして能登--。この国は過去30年で巨大地震をいくつも経験してきた。国民の犠牲と引き換えに得た教訓を生かそうとしない「やっているふり」のボンクラは、それだけで首相を続ける価値ナシだ。
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