イスラエルを明確に批判した広島県知事。同国大使の表情を被せて大写しにしたNHKの英断よ! 松尾潔のメロウな木曜日
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2024/08/09 日刊ゲンダイ
(提供写真)
♪恋人よ、これが私の一週間の仕事です。テュリャテュリャテュリャリャ♪
◆木曜(8月1日)
「第2回ひろしま国際平和文化祭(ひろフェス)」の開会式出席のため、早朝の品川駅へ。〈ひろフェス〉とは、かの地にとって大きな意味をもつ8月に1ヶ月間にわたり開催される隔年開催の総合文化芸術祭。ぼくはアワード音楽部門の審査員なのだ。さて、新幹線に乗り込み、バッグを荷物棚に置こうとしたときのこと。スーツの上着が見当たらないことに気づいた。はて。さっきあまりの蒸し暑さに脱いで、ホームのベンチに置いたんだっけ。
窓ガラスからベンチを見たら、はたしてそれはあった。取りに戻るべく、通路を全速力で引き返して出入口を抜けると、目の前でドアが閉まる。マジかよ! ドアの窓越しにベンチが、ジャケットが、どんどん小さくなっていく。予期せぬ出来事に、一瞬このまま広島に行ってしまおうかと捨て鉢な気分に。がしかし、今夜のぼくはアワード授賞式のプレゼンター。スーツじゃなきゃ様にならないだろう。それに受賞者に失礼だよなぁ。そう思い直して次の新横浜駅で降り、上り新幹線に飛び乗って品川駅に戻る。
上着は〈お忘れ物承り所〉にきちんと畳んで保管されていました。かくして何とか無事に広島に到着、関係者と合流。18時半、JMSアステールプラザで開会式は始まった。NHK交響楽団正指揮者の下野竜也さん、クラシック音楽ジャーナリストにして実業之日本社社長の岩野裕一さん、そしてぼくの3人で選んだ受賞者は、ストリートミュージシャンの成澤けやきさん。東京出身の彼はヨーロッパやオーストラリアでの活動を経て宮崎県日向市東郷町に移住、「竹害(ちくがい)」と称され厄介者扱いされる放置竹林を楽器や肥料にする企画やオーガニックマーケット開催を通して、人口約3千人の同町の活性化に貢献しているユニークな音楽人。
司会者にスピーチを求められたぼくは、マイナスな存在である放置竹林をプラスに転じる発想と技術を備えた成澤さんは、いま地球で起こっている悲劇──たとえば、戦争──を止めて平和に向かうヒントをも示しているのではと話した。その後、成澤さんのディジュリドゥ(オーストラリア大陸の先住民アボリジニの伝統楽器)生演奏パフォーマンスで会場は大いに盛り上がった。
ほかにも映画『窓ぎわのトットちゃん』でメディア芸術部門を受賞した八鍬新之介監督が創作の秘訣を語ったスピーチ、同部門審査員を務めたこの国を代表するアニメーション作家・山村浩二さんのパレスチナ・イスラエル戦争に言及したスピーチもつよく心に残った。その後は受賞者、審査員、関係者が集っての懇親会で痛飲。ゆたかな夜。ぼくの8月はこうして始まった。
◆金曜(2日)
朝6時起床。スマホでニュース動画をチェック。昨夜のひろフェス開会式で最前列に座っていた松井一實・広島市長の記者会見を観る。開会式のほんの数時間前に行われたようだ。毎日新聞在籍中に著した『「黒い雨」訴訟』で昨年のJCJ賞(ちなみに大賞は鈴木エイトさんの『自民党の統一教会汚染』シリーズ)を受賞した現フリーランス記者の小山美砂さんが、「6日の平和記念式典にイスラエルを招待してほしくないという市民の声や抗議行動への受け止めは?」と、至極もっともな質問。
それに対し松井市長は「自分たちが心配すれば世の中全部思うように変えられるということではない。私はアンパイア、審判員でもないし、どこの国が正しい、悪いと言ってるわけではない」と木で鼻を括ったような回答。何だこれ。いまこの地球で起きている歴史的惨劇に対して、傍観者のスタンスをとる(とれ)と言わんばかり。これが〈国際平和文化都市〉の首長の公式発言かと目と耳を疑う。この会見内容を知っていたなら、昨夜の式の後に市長を引き留めて直接真意を問うたのに。
熱いシャワーでも洗い流せないモヤモヤを心に携えたまま、タクシーで広島平和記念資料館へ。2019年に全面改修を終えた同館をじっくり観るべくネット予約しておいたので、8時半の一般開場に先がけて7時半に入場できた。東館から本館に進み、また東館に戻る。吉永小百合の抑制の効いた語りが耳に心地よい音声ガイドの力を借りながら2時間半かけて鑑賞した。かつて同館の象徴だった原爆再現人形を配したジオラマは撤去され、いまは実物資料(遺品、被爆者が自身の体験を描いた絵、当時の写真、証言映像など)の充実に重きを置いている。
館内では個人撮影も可能だが、観終えて気づいてみれば一枚も写真を撮っていなかった。それだけ展示に引き込まれたからでもあり、撮影への躊躇がずっと払拭できなかったせいでもある。この矛盾する心のありようもまた戦争の生みだすものかもしれない。被爆国の一員として被害の実相を知ることは何より重要。だが自分たちの国がアジア太平洋諸国へ侵略と加害を重ねてきた歴史を直視することからも逃げてはならない。そう自分に言い聞かせながら退館する。酷熱の原爆ドーム前で懸命に署名運動をしている少年たちに学校名を問うた。「修道高校です」。なるほど、吉川晃司さんの後輩なんですね。
◆土曜(3日)
帝国劇場で今期3回目の『ムーラン・ルージュ!』を子どもたちと。望海風斗・井上芳雄コンビ主演の最終回。自分が日本語詞をつけた「Come What May」が作中でいかに重要な役割を担っているか、観るたびに体感する。逆にいうなら、怖いもの知らずゆえに作詞できたのかも。老朽化で建て替えのため来年2月に休館する帝劇。猪熊弦一郎作の名物ステンドグラスを子どもたちに説明する。今は意味がわからずとも後になって効くことを期待して。それにしても、望海風斗と同じ時代を生きる歓び!
◆月曜(5日)
子どもたちは長期のキャンプに出かけてしまった。久しぶりに夫婦で酒場へ。都知事選投票のためにニューヨークから帰国していたライター佐久間裕美子さん、彼女の仲間たちと合流。痛飲。「さよなら」のかわりに「おやすみ」でもなく「革命〜っ」とのたまうお茶目な佐久間さん。愉しき夜でした。
◆火曜(6日)
朝8時、NHK総合の広島平和記念式典中継を観る。松井市長、そしてご当地出身の岸田首相のスピーチに感じた空疎さ。ふたりとは対照的に、(国名さえ出さなかったにせよ)明確にイスラエルを批判した湯崎英彦・広島県知事。そのスピーチに被せてイスラエル大使の表情を大写しにしたNHKの英断よ! もちろん事前にスピーチ内容を入手してこそのカメラワークだろう。
寡聞にして湯崎知事の経歴をよく知らず、ウィキペディアを開く。そこには、高校時代に出かけた女子校の文化祭で、ライバル校の同学年だった吉川晃司に睨まれたことが、微笑ましいエピソードとして記されていた。
松尾潔 音楽プロデューサー
1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。
http://www.asyura2.com/24/senkyo295/msg/262.html