18. ベニバナ通信[18] g3iDaoNvg2mSypBN 2024年4月02日 00:09:19 : x4tbrVDl8c : WlVxOWFrU3lXMFE=[5]
問題は、日航123便事件だよ。戦後最大未解決事件言うが、最早こっちだな。松本清張が在世なら、総力挙げて取り組んだと思うよ。当事件は、海外民間航空機事故報告事例では、いかな風に取り扱かわれてるんだろうか。黒い霧シリーズの清張の、もくいせい号の時の手法は、1952年4月時の国際民間航空機構会報(ICAO)に、これだけの大事故の記載が欠落し空白な点に着目で、この疑問から動き出した。123便ではどうなのか。
まあ、あっち側も清張手法は相当気にしてるようで、先手で、”(新)日本の黒い霧シリーズ”なるものを捏造し、諜報のイロハで10のうち1くらいは真実を塗しおるから面白いよ。当時オレンジのミサイルは自衛隊は所有なく、米のフアルコンMだけが日本に配備だったとか、面白いよ。下山んときも、CIAのダミーだった読売の鑓水情報は、HOとかガセを撒き散らしたが、1つだけ誘拐使用の車はナッシュ型と暴いたんには、向こうの連中も相当焦ったらしいが。1つは本当を塗す。
下山は矢田本とか、近年柴田本とか、相当明らかになってるな。慎重な下山が連中に最後は説得されてなぜ付いて行ったか。三越で共産党のホットなスト情報を、介在した料亭花月の小野寺さんから受け取る予定だった。ところが来たのは、亜細亜産業の林や柴田等4人だった。小野寺さんは、そのとき既に口封じされてた。連中に言い含められ、下山はセダンに乗ったが無理なかった。毎回の小野寺情報は、共産党の本物の刷り上がったばかりの情報だったからだ。まさか下山も、共産党中央委員に成りすましてスパイが潜り込み、情報を呉れおるとは、到底思わないよ。スパイ伊藤律は、板玄のアジア産業にも頻繁に出入りし、K機関やCIAにとり重宝な存在だったわけだ。誘拐犯4人のうちの中心の林は、小柄でメガネの風貌は女店員などにもよく記憶で、面割れでヤバイと、板玄は即座に口封じしたが。
123便は、あちらの情報や記事を漁る必要あるな。米では、大人から子供まで、国の危機を軍が動いて救ってくれたと、承知の事実だよ。こっちでは、池田‣安部・青山・森永その他賑やかだが、最後は自衛隊犯行に収斂だかんな。
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