※2023年11月2日 日刊ゲンダイ1面 紙面クリック拡大
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※2023年11月2日 日刊ゲンダイ2面
※文字起こし
異次元緩和の後始末、終わりの見えない円安と物価高、一体どういう了見か(日銀の黒田東彦前総裁と登場した日経新聞「私の履歴書」の記事)/(C)日刊ゲンダイ
いやはや、驚いた。日本経済新聞が朝刊最終面で掲載している「私の履歴書」。政治や経済、文化、スポーツなどの領域で大きな業績を残した人物が月替わりで自らの半生を語る。1956年から続く日経の名物コラムに1日からナント、日銀の黒田東彦前総裁が何食わぬ顔で登場しているのだ。
時あたかも後任の植田和男総裁が異次元緩和の後始末に右往左往。終わりの見えない円安と物価高という黒田の「負の遺産」に庶民がのたうち回る中、いけしゃあしゃあと顔を出せるものだ。あり得ないようなタイミングと無神経で、厚顔無恥にも程がある。
連載開始の前日、植田日銀は金融政策決定会合で金融緩和策の再修正に追い込まれた。
前任者が繰り出した禁じ手のひとつ、長短金利を低く抑え込む「イールドカーブ・コントロール(YCC)」の上限を柔軟化。長期金利の厳格な「防衛ライン」を大きく後退させ、これまで死守してきた1%を超える金利上昇を容認する姿勢に転じた。
7月の会合で防衛ラインの上限を1%に引き上げてから、たった3カ月。もはや決壊寸前まで追いやられたのは、植田日銀が市場の圧力にあらがいきれなかったためだ。この間、米国の長期金利の上昇ペースはすさまじく、5%程度まで跳ね上がった。つられて日本の長期金利も上昇し、日銀の政策修正観測が強まった10月31日には0.955%をつけ、約10年ぶりの水準に到達。もう逃れられないと観念したのだ。
市場の上昇圧力に屈した背景にも、黒田の負の遺産が横たわる。
物価高を加速させる歴史的な円安水準
金利の上昇圧力を抑え込むには、日銀が大量の国債を購入せざるを得ない。しかし、その封じ手が許されないほど、日銀のバランスシートを肥大化させたのもまた、前任者の黒田である。
黒田が総裁時代の10年間で日銀が買い上げた国債は約500兆円。発行残高の実に5割超を抱える。1%の防衛ラインにこだわり、これ以上、国債を買い占めれば、ただでさえ債券市場を歪めている「副作用」がますます大きくなってしまう。
そこで植田日銀はYCCの再修正を余儀なくされたのだが、この程度の修正では日米の金利差は大きく縮まらない。もうひとつの懸念材料である円安圧力は払拭できないまま、庶民を苦しめる物価高も当面、加速していく。
おまけに、財務省が直近1カ月で政府・日銀による為替介入実績がゼロだったと発表。10月に2度、1ドル=150円を超えた直後に円高が進んだ局面でも、政府・日銀が円安阻止に動いていなかったことが判明し、円売り・ドル買いを後押し。海外市場ではアッという間に一時151円74銭まで下落し、1990年以来33年ぶりの152円台という歴史的な円安水準に陥るのも、時間の問題である。
財務省の神田真人財務官が1日朝、介入を含めて「スタンバイだ」と発言すると、改めて介入が意識され、円相場は乱高下。先月は緩和策の「出口」が意識され、大幅下落が相次いだ株式市場も、1日は小幅修正を好感し、日経平均の終値は前日比742円高の大幅続伸と荒っぽい展開だ。
それでも、植田は賃金と物価がともに上がる「経済の好循環」には至っていないと分析し、「粘り強く緩和を継続する」と強調。異次元緩和から抜け出せないのは、それだけ黒田の負の遺産が大きすぎる証しだ。
負の遺産に日本経済はがんじがらめ
マイナス金利の導入やYCC、ETFを通じた約35兆円分もの株の買い上げ──。黒田がひねり出した奇策の数々は、他国の中央銀行がためらうようなハイリスクな禁じ手のオンパレード。下手に植田日銀が「手じまい」に動こうとすれば、その見方が広がるだけでマーケットの格好の餌食となる。出口戦略を見越して金利が急上昇し、株価が急落しかねない。
誰が引き継いでも、手を焼くことは予想されたとはいえ、植田日銀はあまりにも巨大な負の遺産に、がんじがらめ。たまりにたまった異次元緩和の「うみ」を出そうにも、黒田の尻拭いに四苦八苦。混乱、迷走を重ねているのが実態である。
ところが、黒田は「私の履歴書」の1回目から〈大幅な金融緩和で「デフレではない」経済は実現した。企業収益は倍増し、4百万人を超える新規雇用が創出された〉と自画自賛。異次元緩和への歴史的評価が定まる前から自慢話に花を咲かせているのだから、何サマのつもりなのか。
「歴史の評価は既に定まっていますよ。異次元緩和は完全な失敗です」と言うのは、経済評論家の斎藤満氏だ。こう続けた。
「黒田前総裁は10年前、就任早々『2年間で2%の物価目標を達成する』と公約したのに、一度も達成できず、2年の短期戦をずるずる延ばし、いつしか10年の長期戦に。その間、円安誘導策で輸出企業を潤したのは単なる為替差損のマジックです。産業界は楽して儲かることにあぐらをかき、技術開発や新たなビジネスモデル構築の努力を怠ってしまった。麻薬漬けのような政策が企業から活力を奪い、国際競争力を失わせ、この10年、日本経済の相対的な地位はどんどん低下していきました。とうとう、日本の名目GDPは今年、ドルベースでドイツに抜かれ、世界3位から4位に転落。それも歴史的な円安進行により、ドル換算すると目減りしてしまうからです。ここにも黒田前総裁の負の遺産が悪影響を及ぼしています」
ハナから羞恥心を求めるだけムダ
いたるところで黒田が築き上げた「壁」にぶち当たり、身動きの取れない日本経済。日銀が国債を大量に買い上げ、財政資金を賄う事実上の「財政ファイナンス」のせいで、財政規律も緩みっぱなしだ。
「岸田政権の『税収増還元』と称する定額減税、財源後回しのバラまき策こそが動かぬ証拠です」(斎藤満氏=前出)
これだけ、日本経済をズタズタにし、庶民を苦しめた張本人が何を語るつもりなのか。名物コラムに黒田を出す日経新聞の見識も疑う。このタイミングで黒田を登場させることについて日経に見解を求めたが、「編集過程についてはお答えできません」(広報室)と答えるのみだ。
評論家の佐高信氏はこう言う。
「『私の履歴書』に胸を張って登場する黒田氏も黒田氏だし、堂々と登場させる日経もおかしい。日銀総裁としての10年間、黒田氏は安倍元首相の家来に成り下がり、さもアベノミクスが成功しているかのように糊塗し続け、円の価値を下げただけ。中央銀行の『独立性』を帳消しにした真っ黒な人物です。かつてドイツがナチスに染まった時代、ヒトラー政権が軍備拡張のため、無限に軍需手形を発行。中央銀行のライヒス・バンクに放漫財政の尻拭いをさせたのに対し、当時のシャハト総裁は弾圧を恐れず抵抗し、反逆者としてヒトラー政権に死刑を宣告されてまであらがいました。命を賭してでも中央銀行の独立性を死守したとも言えますが、黒田氏にそんな気概はさらさらナシ。1984年まで日銀総裁を務めた前川春雄氏は『人間に等級をつける勲章は好まない』として勲一等を辞退し、死後叙勲への辞退の遺志まで家族に伝えていた。そんな矜持も黒田氏にあるはずもなく、多分、喜んで勲章をもらうでしょう。そもそも彼に理性や常識があれば恥ずかしくて、日経の名物コラムに登場しません。ハナから黒田氏に羞恥心を求めるだけムダです」
黒田は〈半世紀以上も政策の現場にいた体験を、次世代を担う人々のために記そうと考えた〉と出演の動機を明かし、コラムの初回を締めたが、マトモな識者は腰を抜かすほど驚いている。異次元緩和の負の遺産はますます泥沼化。その反省の色はみじんも感じられない。
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