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2023年1月27日13時42分 〜
記事 [政治・選挙・NHK289] <社説>代表質問始まる 苦境に寄り添う論戦を(東京新聞)
2023年1月26日 07時56分

https://www.tokyo-np.co.jp/article/227478?rct=editorial

 岸田文雄首相の施政方針演説に対する各党代表質問が衆院で始まった。安全保障や原発を巡る政策転換に加え、物価高や賃上げ、少子高齢化など議論すべき課題は多岐にわたる。国民の苦境に寄り添い、命と暮らしを守るための建設的な論戦を望みたい。
 冒頭質問に立った立憲民主党の泉健太代表=写真=は、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有や防衛費増額を盛り込んだ国家安保戦略について、価値観の違う国とも相互理解を育む外交の姿が見えないと指摘し、修正を促した。
 これに対し、首相は「現実的な外交を行う」と修正を拒否。泉氏は防衛増税を行う前に、衆院解散・総選挙で国民に信を問うことも求めたが、首相は「適切に判断する」と取り合わなかった。
 敵基地攻撃は国際法違反の先制攻撃につながるとの懸念にも、首相は「国際法の順守は当然の前提だ」と述べるにとどめた。
 安保を巡る昨年十二月の政策転換は、国会審議や国民の間での幅広い議論を経ず、首相の意向で短期間で決めたものだ。「聞く力」を掲げながら、野党の提案や主張を一顧だにしないとは、とても誠実な政治姿勢とは言えない。
 賃上げを巡って、泉氏は中小企業の七割以上が「賃上げの予定なし」と答えた城南信用金庫(東京都品川区)と東京新聞(中日新聞東京本社)のアンケートに触れ、価格転嫁への支援強化を求めた。
 しかし、首相は現在の取り組みを列挙するだけで、材料費や人件費の上昇分を価格に上乗せできない中小企業の苦境を理解しているのか疑わしい。
 少子化対策も同様だった。
 泉氏だけでなく、自民党の茂木敏充幹事長も児童手当の所得制限撤廃を提言したが、首相は答弁を避けた。子ども予算倍増に向けた大枠を六月までに提示する方針を繰り返すにとどめ、具体策や財源には言及しなかった。
 国会論戦を経て政策を磨くのが議会制民主主義のあるべき姿だ。首相をはじめ政府側は、国民にとってより良い政策となるよう、厳しい質問や指摘、提言にも謙虚に耳を傾けるべきである。
http://www.asyura2.com/22/senkyo289/msg/215.html
記事 [政治・選挙・NHK289] <社説>春闘スタート 労組は不退転の覚悟で(東京新聞)
2023年1月24日 06時53分

https://www.tokyo-np.co.jp/article/227031?rct=editorial

 春闘がスタートした。連合の芳野友子会長=写真=と経団連の十倉雅和会長が会談し、賃上げの必要性では一致した。しかし、賃金の上げ幅は不透明で、労組側は不退転の覚悟で経営側との交渉に臨むべきである。
 十倉会長は会談で「社会的責務として賃上げを企業に呼び掛けている」とし、芳野会長も「労使が力を合わせて転換点とすべきだ」と応じた。労使双方が歩み寄った形だがこれで大幅な賃上げが実現できると判断するのは早計だ。
 企業には人件費抑制により業績改善を目指す傾向が依然根強い。経団連会長の呼び掛けに応じ、企業が一斉に賃上げに踏み切るには高いハードルが待ち受ける。
 賃上げに向けて腰の重い経営者の態度を変えさせるのは労組の重要な役割だが、近年、労働側の弱気の姿勢が目立つ。
 5%以上の賃上げは一九九一年が最後で、二〇〇二年からは労組が数値目標さえ掲げない年が続いた。こうした姿勢が経営側を増長させ、春闘形骸化の温床となったのではないか。各労組は働く人々の期待を裏切った過去の姿勢を猛省すべきである。
 連合は今年、5%程度の賃上げを要求している。物価高を考慮すれば当然だが、経済界の一部には「要求が高い」との声もある。
 だが多くの大企業は政府の財政出動や日銀の金融緩和による円安を追い風に、五百兆円以上の内部留保をため込んできたはずだ。労働側は内部留保の放出を念頭に遠慮なく要求を貫いてほしい。
 一方、取引先や顧客との板挟みになり価格転嫁できない中小事業者は多い。人手不足も経営難に拍車をかけている。
 春闘の最終目標は雇用者の七割を占める中小事業者や、非正規労働者を含む賃上げの実現だ。
 賃上げが働く人々全体に広く行き渡るためには、消費を劇的に回復させ持続的な資金の好循環を起こす以外に道はない。大企業の賃上げは好循環の起点である。
 今春闘は労組の存在意義をかけた闘いでもある。掲げた目標を必ず勝ち取ってほしい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo289/msg/216.html
記事 [政治・選挙・NHK289] 首相の師は「逸脱」というが…立憲・水岡氏、敵基地攻撃能力で質問(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20230126/k00/00m/010/077000c


記事の全文は短い。
上記URLに飛んで確認願いたい。

記事は、
「総理は絶対に戦争はしないという決意と確信はあるか。・・・」
という質問から始まる。

記事によれば、

「26日の参院本会議で立憲民主党の水岡俊一参院議員会長は、岸田文雄首相のかつての「政治の師」である古賀誠・元自民党幹事長がインタビューで語った「敵基地攻撃能力を持てば、完全に専守防衛を逸脱してしまうのではないか」との言葉を引用しつつ、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有などを決めた首相にただした。」

とある。

それに対する岸田首相の答えは、以下のようだったらしい。

「首相は水岡氏に対し、「私が戦争やむなしと考えていることはありません」と色をなして反論。「安保関連3文書に基づく取り組みは、平和国家としての歩みを維持することが前提だ。反撃能力は、必要最小限度の自衛の措置であり、専守防衛から逸脱するものではない」と述べたが、・・・」

・・・・・

この記事の核心は、
「・・・反撃能力は、必要最小限度の自衛の措置であり、専守防衛から逸脱するものではない・・・」
という言葉にある。

本当にそうか?

この言葉を正確に理解するために、最初に、「反撃能力」という言葉を元に戻すのが良いだろう。
過去に日経新聞が、ある記事の中で解説していた記述を引用し、私の「主観」ではないことを担保しておきたい。

「▼反撃能力 :相手のミサイル発射拠点などをたたく能力を指す。政府は相手が攻撃に着手した段階で行使できると想定する。「敵基地攻撃能力」とも呼ばれてきたもの」

「反撃能力」を「敵基地攻撃能力」と、元の言葉に戻して、岸田首相の言葉を書き直してみよう。

「・・・敵基地攻撃能力は、必要最小限度の自衛の措置であり、専守防衛から逸脱するものではない・・・」

さらに解説にある言葉を付け加えると、

「・・・日本政府が、相手が攻撃に着手した段階で行使できると想定する敵基地攻撃能力は、必要最小限度の自衛の措置であり、専守防衛から逸脱するものではない・・・」

となるが、
こう書けば、専守防衛から逸脱しているのは明らかだろう。

岸田首相は、唯一「自衛の措置」であることをもって、「専守防衛から逸脱するものではない」・・・と言っているに過ぎない。

しかし、「自衛の措置」とは言うものの、そのこと自体が岸田首相の「主観」に過ぎなく、近隣諸国からすれば、何ら意味を持たない。

過去の侵略戦争も、「自衛」という口実のもとで正当化し、実行されてきたことは、歴史が証明している。

旧日本軍においても、例えば、
盧溝橋事件
 1937(昭和12)年7月7日、北京郊外の盧溝橋付近で日本軍と中国軍が衝突し、日中戦争の始まりとなった事件。
 日本軍への発砲をきっかけに交戦状態となったが、誰が発砲したかについては現在も定説はない。
 日本政府(近衛文麿内閣)および軍中枢は「自衛権の発動を口実」に陸海軍を増派、
 事実上の戦争となったが、宣戦布告は行わず、当初は北支事変と称し、戦闘が上海に拡大した後の9月に支那事変と命名した。
(世界史の窓より抜粋)

過去のすべての侵略戦争が、「自衛」を口実に行われてきたと言っても過言ではない。

「専守防衛」という言葉に使われている「防衛」は、「侵略」の対極にある行動形態をあらわしており、客観的な言葉として使われている。

すなわち、「侵略」と「防衛」とは次のような関係にある。
軍事学において戦争はその作戦戦略の差異を主体別に見て、「侵略」と「防衛」の「二つの作用が衝突して」発生するものであると考えられる。
侵略には法的な定義も存在するが、軍事的な定義としては外敵または内敵によって「能動的」に軍事力が先制行使され、侵入、攻撃などの攻勢の作戦行動が実行されることであるとされる。
一方で防衛は狭義には、侵略に反応して、これを排除するために「受動的」に軍事力が使用され、防御や後退などの防勢の作戦行動が実行されることであり、広義には抑止活動をも含む。

「敵基地攻撃能力」は、まさに「能動的」に実行する、攻勢の作戦行動であり、受動的にする、防勢の作戦行動のなかでの軍事力の行使とは、相容れない。

明らかに、「専守防衛の理念」に反する。

「敵基地攻撃能力」の保有、トマホークの保有がそれにあたり、抑止力論で言えば「懲罰的抑止力」ということになる。
そして、そのことは、保有すること自体が、既に憲法9条に違反する。

適菜氏が先日言っていた、

「敵基地攻撃能力を「反撃能力」とごまかし、軍拡のための増税を行うことが「国難」なのだ。」

安保関連3文書に基づく取り組みは、平和を希求するどころか、
日本を

「戦争をする国にする」

ということだ。

岸田首相は、果たして、そういう「自覚」はあるのだろうか。

有るとすれば、恐ろしい。
無いとすれば、もっと恐ろしい。




















http://www.asyura2.com/22/senkyo289/msg/217.html

   

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