※補足 2021年12月16日 朝日新聞1面トップ
国交省の統計データ「改ざん」を「書き換え」の見出しに大きな違和感
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2021.12.20 まるこ姫の独り言
やっぱりおかしい。 この度、国交省の統計データの改ざんが明るみに出てきたが、どこのメディアも「書き換え」と見出しにしている。 見事といってよい程、大メディアから小メディアまであまねく「書き換え」の見出しはなんなのか。 最近、流行しているのだろうか。 私から見たら、国交省のデータの二重計上は「書き換え」などと言う生易しいものではなく、「改ざん」としか見えないが。 例えば森友学園の場合、ウィキペディアには >翌2018年(平成30年)3月2日、朝日新聞が「森友文書 書き換えの疑い」と報じた。報道内容は「2016年6月の売買契約の当時の文書には記載されていた『特例』などの文言が、翌2017年2月に疑惑が発覚された後に財務省が提出した文書からは削除または改竄されている」というものであった 当初朝日新聞は「書き換えの疑い」と報じているが、その後「改ざん」に変わっている。 私は、森友学園以外にも各省庁の統計データや文書の書き換えが発覚するたびに「改ざん」」したのか。と思ってきたが、最近のメディアは「改ざん」とは言わず「書き換え」と言い換えている。 どうしてはっきり「改ざん」にしないのか。 メディア同士で、「書き換え」にすると協定でも結んでいるのかと思うほど、見出しが「書き換え」ばかり。 違和感ありまくりで慣れないし、権力者への対応が生易しく見えて仕方がない。 今回の統計データも永年保存されているというが、多くが書き換え後のものである事や、書き換え前の正しいデータが行政側に残っていないことなど、単なるミスや「書き換えレベル」」ではなく確信犯的な「改ざんレベル」だ。 読者にズバッと刺さる見出しにしないと、国民は事の重大性を理解できないのはないか。 政府や官僚に対しても、メディア側が「改ざん」を強調して、文書やデータの改ざんが、国家的犯罪だとの重大性を認識させる必要があると私は思っている。 岸田は謝罪したようだが、国家のデータや文書改ざんを謝罪して終わりにしてはいけない。 (岸田は少しも主体性がないし、クリンチ作戦に徹するつもりか) きちんと責任を取らせないと。 |
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