※2021年6月26日 日刊ゲンダイ2面 紙面クリック拡大
※紙面抜粋
【異例の舞台裏の醜悪】
— 笑い茸 (@gnXrZU3AtDTzsZo) June 26, 2021
横浜市長選をめぐる魑魅魍魎
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※文字起こし
政権維持のためには手段を選ばないということなのか。
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致が争点となっている横浜市長選(8月8日告示、同22日投開票)に、自民党の小此木八郎衆院議員(神奈川3区)が「IR誘致中止」を掲げて正式に出馬表明した。国家公安委員長の立場にありながら、立候補の意思を口にしていた小此木は25日、菅首相に辞表を提出。現職閣僚が職を放り出して市長選に転出するのも異例だが、国家公安委員長は開催まで1カ月を切った東京五輪の警備責任トップだ。コロナ禍での強行で来日する大会関係者は5万人規模まで削減されたとはいっても、世界中から人をかき集めれば不測の事態が起きないとは限らない。菅が政権の命運をかける東京大会を蹴っ飛ばした上、菅がお膝元へ引っ張ろうとしているカジノ誘致を潰そうというのだから、グチャグチャもグチャグチャである。
政治ジャーナリストの角谷浩一氏は言う。
「どんな理屈があろうが、警備担当トップが五輪直前に逃げ出すのは無責任のそしりを免れない。しかも、開催期間中の地元首長選への出馬が理由です。昨年9月の自民党総裁選で菅陣営の選対本部長を務めた小此木氏を再入閣させた菅首相が黙認しているのもおかしい。危機管理は一体どうなっているのか。任命責任を問われてしかるべきです。五輪開催中にどんな事態が起きようが、日本政府は知りませんよ、と世界に向けて喧伝しているようなものですよ」
JOCサイバー攻撃で業務停止
小此木の後任に元科学技術担当相の棚橋泰文衆院議員を起用した菅は、五輪について「準備をしているので万全の体制で臨むことができる」と強調し、「支障を来さないよう切れ目なく対応する」と言っていたが、ハリボテだ。
JOC(日本オリンピック委員会)が昨年4月にサイバー攻撃を受け、業務停止に追い込まれていたことも発覚。およそ3000万円の費用を投じて約60台あるパソコンやサーバー全てを1カ月かけて入れ替えたという。新型コロナウイルス対策でも危機管理の面でも、「安全安心な大会」は口先だけ。嘘っぱちだということがよく分かるが、異例の辞任劇の舞台裏は醜悪そのもの。そこには横浜市長選をめぐる魑魅魍魎が跋扈しているのだ。
菅は官房長官時代から「観光立国を目指す日本においてIRは欠かすことができない」と公言。菅に近い現職の林文子横浜市長はIR誘致に当初から積極的だったが、3期目を争った2017年7月の選挙戦は逆風を受け、「白紙」を訴えて勝った。にもかかわらず、19年8月に誘致を正式表明し、計画を着々と推進。横浜港・山下ふ頭で開発・運営する事業者の公募で、海外のIR事業者などでつくる2グループが応募のための資格審査を先月末に通過し、市長選後に事業予定者が決定する見通しだ。20年代後半の開業を目指しているが、林の去就は不透明なまま。4期目を狙う林に対し、自民党は支援を拒否したため、態度を明らかにしないでいる。
小此木の本音は「山下ふ頭への誘致反対」 |
林市政下で、カジノに反対する住民の声は完全に無視されてきた。市民団体が昨年12月、19万筆余りの署名とともにIRの賛否を問う住民投票条例設定を市に直接請求したが、今年1月の市議会で自公両党の反対で否決。一方、菅が横浜市議時代からの有力支援者で、「ハマのドン」と呼ばれる藤木企業の藤木幸夫会長もカジノ誘致に反対し、「横浜港ハーバーリゾート協会(YHR)」を立ち上げ。国際展示場やクルーズ船拠点、中長期滞在型ホテル、コンサート会場などを設ける構想をまとめ、カジノ抜きの山下ふ頭再開発を訴えている。立憲民主党は横浜市立大教授の山中竹春氏の擁立を固め、「野党統一候補」として一本化に動く。
そこに降ってわいたのが小此木の転出で、25日の会見では「生まれ育った横浜が大事だとの思いから決意した」と訴え、IRについて「市民の理解を得られていない」として誘致を取りやめると明言。しかし、16年のIR推進法、18年のIR実施法にも賛成し、国家公安委員長としてカジノ管理委員会を所管してきた。
小此木の亡父の彦三郎元通産相の秘書を務めた菅とは古い仲でもある。
カジノ問題に詳しいジャーナリストの横田一氏はこう言う。
「小此木氏の発言がどこまで本音を反映しているかはわかりません。会見では誘致中止をブチ上げましたが、〈山下ふ頭への誘致反対〉が本心で、誘致先の代替案を検討しているともいわれています。その点では、彦三郎元通産相を支えた“ハマのドン”こと藤木会長の主張にも通じる。小此木氏は藤木会長に電話で出馬を報告し、〈頑張れと言われた〉というエピソードも披露していました。自民党側の事情としては4選に意欲を燃やす林市長を断念に追い込めず、後継選びに失敗。神奈川県連からすれば、会長の小此木氏は林封じのタマとして申し分なく、支援に動くとみています。林市長と同様に当選後、豹変するのではないか」
本命呼び出しの時間稼ぎか
こんなデタラメがまかり通るのは、横浜市長選もまた菅にとって政権の浮沈に関わる選挙だからだ。菅政権発足以降、目玉選挙は負けっぱなし。初の国政選挙となった4月の衆参3選挙で全敗し、先週末の静岡県知事選で自民推薦候補が現職に惨敗。五輪を盛り上げて秋までに必ず実施される衆院選で勝ち、自民党総裁選を無投票で乗り切り、長期政権の足掛かりをつくる。政権発足時から変わらない菅の「必勝シナリオ」はいくつもの狂いが生じているが五輪開催中にお膝元の首長選でも敗北すれば、ダメ押しもダメ押し。逆回転が一気に加速しかねない。
「秋元司衆院議員が収賄と組織犯罪処罰法違反(証人等買収)の罪に問われて公判中のIR汚職事件では、中国企業との癒着が明らかになった。横浜市の事業者選定作業に残っているのはシンガポール系と香港系のIR企業で、政権側には反対運動を助長させかねない中国系は避けたいとの思惑もある。本命は途中離脱した業界最大手の米ラスベガス・サンズで、日本撤退の理由とされるIR実施法を改正し、有利なビジネス環境を整えれば呼び戻せるとの期待もある。横浜市長選の混迷はそのための時間稼ぎ、仕切り直しの側面もあるとみられています」(永田町関係者)
五輪直前に警備トップの首をすげ替える異様事態にカジノ利権の腐臭。その中心人物が現職総理というおぞましさに、この政権の正体が見え隠れする。
「林市長の後釜争いがカジノの賛否だけで決まっていいのか。将来のビジョンがろくに議論されなければ、横浜市政は食い物にされ続けるだけ。民意とはかけ離れるばかりですよ」(角谷浩一氏=前出)
地元有権者も国民もないがしろ。菅政権は誰のためにもならない。