「チェイニー解任劇」の主役はやはりあの人物、米政治の混沌は続く/ダイヤモンド・msnニュース
(独協大教授 本田浩邦)
根強いトランプ氏の影響力
来年の中間選挙に影落とす
共和党内の「トランプ批判」の急先鋒だった、下院ナンバー3のチェイニー下院共和党会議議長の解任劇は、共和党内にトランプ前大統領の影響力が依然として強いことを如実に示した。
米政治の当面の最大のイシューである2022年の中間選挙で、今も熱心な支持者を持つトランプ氏を敵に回したくないという心理もあって、共和党議員の多くが解任に同調、あるいは沈黙した。
今後、中間選挙の候補者選びでもトランプ氏の意向が反映されて、米議会乱入事件の擁護や移民排斥などの極端な主張をする候補が選ばれたり、ポピュリズム的な扇動や「陰謀論」にまみれた「トランプ主義」が、共和党内だけでなく米国政治全体にパンデミックを引き起こしたりする可能性がある。
“熱烈支持者”に配慮
共和党議員は同調か沈黙
最近のCNNなどの世論調査によれば、アメリカ国民の3分の1が昨年の大統領選挙結果の正当性を疑問視している。その割合は共和党支持者では7割にのぼるが、これらの割合は、トランプ前政権とバイデン政権に対する評価ともほぼ共通する。
アメリカ政治には、依然として“トランプ臭”が強く立ち込めているのだ。
チェイニー解任劇は、そうした中で起きた。
12日、下院共和党がチェイニー氏を議長のポストから解任することを賛成多数で決めた直後の、リンゼー・グラハム上院議員の米テレビでの発言は事態の本質を示す。
「トランプなしに我々はやっていけるかといえば、答えはノーである」
念頭にあるのは共和党にとっての最優先課題である来年の中間選挙での上下院の過半数奪還だ。
中間選挙の重要性を、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ミシェル・ゴールドバーグ氏はこう紹介している(New York Times, 13 May)。
もし仮に2024年の次期大統領選挙で民主党候補が勝っても、上下両院で共和党が多数の場合には2025年1月6日の議会承認を得ることができず、大統領になれないというのである。
米国では大統領選の一般投票の結果を議会が追認して勝利候補が大統領に就任する慣例になっているので、確かに共和党議員が結束して、その慣例を破ればそうした可能性も完全には否定できない。
このことだけでも、来年の中間選挙の結果の重さが分かる。
解任が決まった後の退任の挨拶でチェイニー氏は、「トランプ支持は破滅への道だ。彼を二度とホワイトハウスに近づけないようにするためには何でもやる」と、反トランプを貫く考えを語った。
だが、地元ワイオミング州の共和党は2月にチェイニー非難決議を出し、すでに来年の下院中間選挙にはチェイニー氏の対抗馬が何人も名乗りを上げている。
石油・石炭産業が盛んな土地だけに、地元の住民には、「パリ協定離脱」など地球温暖化問題に背を向けて石油・石炭産業への規制緩和を進めたトランプ氏への支持は絶大だ。
「チェイニーがトランプを批判したことは間違いだ」「彼女はワイオミングじゃなく、ワシントンに向かっていい顔しようとしていやがる」と冷ややかだ。
地域ではトランプ氏に逆らうことは雇用を脅かすことを意味する。政治と雇用が渾然一体となっているといっていい。
トランプ氏が「アメリカ・ファースト」をかかげ、移民や安い輸入品の流入で失業の不安などを抱いた白人労働者らの支持を得た構図はこの地域にも残っている。
チェイニー氏の場合は、再選が危ういかというと必ずしもそうでもない。
元副大統領の娘という出自で支持基盤が安定しているからか、言いたいことを言う。また圧倒的に共和党が優位の同州では、民主党支持の有権者の中には、死に票を投じるよりは、共和党員として登録して投票する人も多いため、こうした層の票がチェイニー氏に向かうとみられるからだ。
同州では決選投票の制度がなく、絶対多数で当選者が決まるので候補者が乱立している現状もチェイニー氏に有利に働きそうだ。
だが、他の共和党員議員にとっては、熱心な支持者を持つトランプ氏を敵に回していいことはない。チェイニー解任問題に込められているのは、逆らったものはどこの州選出の議員であろうと、どんな役職者であろうと必ず代償を払わせるというトランプ氏の執拗なメッセージだ。
候補者選びは“トランプ基準”
懸念される「極性化現象」
注目されるのは、中間選挙に向けた各州の共和党候補者選びでのトランプ氏の影響力の複雑な意味合いだ。
昨年の大統領選挙で、トランプ陣営が「不正投票」を主張して再集計が行われるなど紛糾したジョージア州では、当時、トランプ陣営からの異議を突っぱねた州務長官のブラッド・ラフェンスペルガー氏は去り、トランプ氏は州務長官のポストにトランプ支持派のジョディ・ハイス氏を送り込んでいる。
上下院議員の中間選挙でも、トランプ氏は自らの息のかかった人物を候補者に立てようとするだろう。
従来は共和党にせよ民主党にせよ、連邦や州の党の指導部が中心になり、大口献金者や地元の支持者らが勝てる候補を絞り込むのだが、いまの候補者選びは、トランプ氏がその人物を支持するか否かだけで決まるといっていい。
しかもその基準は、民主党に勝てるかどうかよりも、トランプ氏の弾劾訴追に反対したのかどうか、先の大統領選挙の結果を無効と考えるかどうかだ。
いわば、トランプ個人に対する忠誠の度合いがどの程度かだけである。
その結果、候補者同士が忠誠を競って相手をののしり合い、極端な右翼が候補者が残り、そしてそれはしばしば問題を抱えた候補である場合が少なくない。
こうした動きを「トランピズムの極性化現象」と私は呼びたい。
頭抱える地方の共和党指導部
「トランプ・ブランド」はもろ刃の剣
来年の中間選挙で改選される共和党の上院議員の議席のうち、現職が退く選挙区が差し当たり六つある。
その一つ、ミズリー州では、引退する現職のロイ・ブラント議員の後継者として、エリック・グライテンズ元州知事が名乗りを上げている。
強烈なトランプ支持者で、ANTIFA(反ファシズム、反人種差別の政治運動)を同州から排除したと豪語し、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」の継続を掲げている。
しかし、同州共和党指導部はグライデンズ氏の出馬に頭を抱える。グライテンズ氏は自分のヘアスタイリストの手を縛って平手打ちをし、セミヌードの写真を撮ったという性暴力の容疑で2018年に州知事を辞任した人物だからだ。起訴こそ免れたものの評判は散々だ。
共和党の州選挙参謀であるグレッグ・ケリー氏は、「グライテンズ氏の参戦は、共和党の金城湯池だったわが州上院の議席を自らの手で脅かすものだ」と嘆いている(New York Times, 24 March)。
アラバマ州では、モー・ブルックス下院議員が引退するリチャード・シェルビー上院議員の議席を引き継ぐ意思を表明した。
ブルックス氏は1月6日の議会議事堂乱入事件の際に、大統領選挙結果の議会承認に強硬に反対したのみならず、暴徒に襲撃をけしかけたともいわれるいわくつきの人物だ。
議会襲撃問題は、民主党はもとより共和党支持者の間でも、そう簡単には肯定できない面倒な問題である。
ミズリーやアラバマなど共和党が強い州はともかく、接戦州もあり、そうした州で、普通では勝ち上がれないような候補者が「トランプ・ブランド」に助けられて続々と浮かび上がる構図は、共和党の大きなリスクとなる。
「トランピズム」が保守票を掘り起こす
民主党がはじき出されることも
一方で「トランピズム」が保守票を掘り起こし、支持基盤を広げる場合もある。興味深い事例がテキサス州だ。
テキサス州では先ごろ、下院議員第6選挙区の予備選挙が行われた。
この予備選は本選挙に出る候補者を絞り込むためのもので、共和党も民主党も候補者を立て、有権者は一定年齢以上であればだれでも投票できる。
その第1回の選挙で1位となったのは、トランプ氏が支持するスーザン・ライト氏だった。
ライト氏はコロナで亡くなった前議員の妻だ。投票日の数日前から、彼女が夫を殺害したという自動音声メッセージの怪電話が流されたが、そうした妨害にもかかわらず、僅差ながらトップ当選。2位は長らくテキサス知事を務め、トランプ政権ではエネルギー庁長官を務めたリック・ペリー氏の推薦を得たジェイク・エルシー氏だ。
ペリー氏は地球温暖化対策の対応でトランプ氏と反目し、2019年に退任した人物で、トランプ氏からすれば好ましい人物とはいえない。
これに対して、民主党のジャナ・リン・サンチェス候補は、2018年の選挙ではライト前議員に肉薄して2位だったが、今回は共和党の2候補の後塵を拝することになった。
上位を共和党が占めたのは、共和党内のトランプ系と非トランプ系の争いが、共和党の共倒れではなく、保守票を掘り起こす結果となり、民主党の影が薄くなったことをうかがわせる。
民主党にとっては、これまでの票の上乗せを狙う安易な戦術では手痛い結果になることを思い知らされた選挙だった。
米国政治の分岐点の可能性
「トランピズム・パンデミック」
潜在的保守層の政治意識を呼び覚まし、層として彼らを共和党支持へと動員するところにトランピズムの特徴がある。
2020年大統領選挙の投票率を異常なまでに高めた力は、来年の中間選挙でも作用する可能性がある。
時には事実を意図的にゆがめて人々を扇動する手法や、政府がなにものかの陰の権力に操られているかのような「陰謀論」にまみれたトランピズムが、一部の支持にとどまらず政治全体にパンデミックを引き起こす。いま民主党が恐れているのは、まさにこれである。
中間選挙で、上下両院のどちらかでも共和党に奪い返されると、バイデン政権はたちまち窮地に陥る。
バイデン大統領とその側近たちは、民主党の支持を固めるためには、民主的統治に対する信頼の回復が必須であり、そのためにはワクチン接種であれ経済対策であれ、政府が目に見える対策を総動員して国民に恩恵を与えることだと考えている。
とりわけ経済対策では、直接給付の追加や失業手当の上積み、児童手当の創出などを盛り込んだ大型財政出動を打ち出し、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員ら民主党内左派が驚くほど、本来の中道路線から大胆に「左」旋回し始めた。
これに対して共和党は、各州で、民主党の支持基盤であるマイノリティーの投票権を制限する法律を制定し、中間選挙での勢力回復を狙っている。
しかし共和党内では、それだけでは足りないという空気が強い。
さらにその先、トランピズムへの極端な傾斜や伝統的な保守思想がより強硬となる「極性化」のリスクを冒してでも、支持基盤を広げなければ中間選挙に立ち向かえないというわけだ。
上記のグラハム上院議員の「トランプなしにはやっていけない」発言は、そうした本音を率直に語ったものだろう。
来年の秋までに、有権者がバイデン政権に期待できないと判断した場合、バイデン氏に投票した無党派層を中心に多くが、雪崩をうってトランプ派支持に回ることも十分に考えられる。
そうなると、単なる共和党内の集団的「極性化」が、ある種の帰還不能点を超えて、「アメリカ政治全体の極性化」につながる可能性がある。来年の中間選挙はその分岐点となり得る。