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白血病になった元原発作業員 「労災認定されても被曝との因果関係は証明されない」…怒りの訴訟
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2021.4.22 16:00 桐島瞬 AERA 2021年4月26日号
福島第一原発などでの作業後に白血病を発症した元原発作業員の男性。自分が声を上げることでほかの作業員たちにも補償が広がることを願う(撮影/桐島瞬)
元原発作業員の男性が東京電力と九州電力を相手に損害賠償を求めた裁判では支援者が集まった/4月7日、東京地裁(撮影/桐島瞬)
あの未曽有の事故のあと、福島第一原発で働き、白血病になった。労災認定は受けたが、被曝が原因なのか証明は難しく、裁判が続く。命をも顧みず力を尽くした作業員たちへの補償を、東電は、この国は、どう考えているのか。AERA 2021年4月26日号の記事を紹介する。
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東京地裁前には50人近い支援者が集まっていた。
白血病を発症した元原発作業員の男性(46)が、原因は被曝労働だとして東京電力と九州電力を相手に損害賠償を求めた裁判。審理は5年目を迎え、4月7日のこの日は第17回の口頭弁論が行われた。
地元、北九州市の近くにある造船所で鍛冶工として働いていた男性が原発に関わったのは、2011年に起きた福島第一原発事故の直後からだ。
「原発の仕事とつながりがある建設会社を経営する従兄弟から、福島で作業員が足りないので人を集めてくれないかと頼まれました。それまで原発の仕事はしたことがありません。でも、ニュースで被災地の惨状を見ていたので、自分の技術が助けになるならと思い、友人15人を集め、家族の反対も押し切って行くことにしたのです」
最初に作業をしたのは福島第二原発。タービン建屋内に水が入らないように鉄板で目張りをする水密化工事と原子炉4号機の耐震補強工事を、11年10月から翌年1月まで担当した。男性にはこのときの被曝の記録はないが、そばにいた現場監督の携帯型ポケット線量計(APD)は、ピーピーと警報音を鳴らしていた。
41度の高熱が10日続いた、このまま死ぬのかと思った
1月半ばからは九電の玄海原発で定期点検に携わり、2カ月で4.1ミリシーベルトを被曝。その後、福島へ戻り、12年10月から第一原発の作業に入る。
「最初にやったのは4号機のカバーリング工事。放射線量が高いので被曝除けに鉛ベストを着用しないといけないのですが管理がいい加減で、1班40人ぐらいいるのに鉛ベストは20着ほどしかありません。そのせいで着ない時もありました。全面マスクの目張りが剥がれて外から汚染した空気が入ってきても、現場監督は何も言わない。3時間ほどの作業で0.3ミリシーベルト以上の被曝をした日もありました」
3号機のカバーリング工事と雑固体廃棄物焼却設備建屋の設置工事も担当するうちに被曝量は増え続け、原発での作業を終える13年12月までに15.68ミリシーベルトを被曝。18カ月の総被曝量は19.78ミリシーベルトに達した。
男性の体調にこの頃から変化が表れ始める。息苦しさを感じ、微熱とせきが続く。そういえば半年ほど前から酒にすぐ酔うようになり、目の前に靄がかかったようになったことを思い出した。年明けに地元の病院で検査を受けると急性骨髄性白血病と診断。骨髄の80%にがんが広まり、多くが末梢血にも溢れ出ていた。医師から「あと2週間発見が遅ければ全身から出血して手遅れになるところだった」と言われてすぐに入院した。「もう、普通の生活には戻れないだろう」とも告げられた。
放射線治療と抗がん剤の副作用で80キロあった体重は56キロまで減り、抵抗力が落ちたことで敗血症を併発。41度の高熱が10日続き、酸素マスクをしながら「このまま死ぬのかと思った」。その後、造血幹細胞の自家移植に成功してようやく寛解したが、8カ月の入院中、死の恐怖や将来への悲観からうつ病を発症した。
男性は最初、被曝が原因で白血病を発症するとは知らなかったが、自分の被曝量が労災認定の基準に達していることを聞き、労災を申請する。白血病の認定基準は、年間5ミリシーベルト以上の被曝があり、被曝後1年以上経ってから発生した骨髄性白血病かリンパ性白血病だ。申請から1年7カ月後に白血病が、2年2カ月後にうつ病が労災認定された。福島第一原発の収束作業に関わった作業員としては、初めての被曝による労災支給だった。
全面マスクの隙間から、放射性物質が入る杜撰さ
労災支給を受けているのに、提訴に踏み切った理由を男性が語る。
「東電が作業員に向けたお知らせで、『福島第一で作業をして白血病になった作業員が労災認定を受けたが、厚生労働省は科学的に被ばくと健康被害との因果関係が証明されたのではないとの考え方を示している』との内容を載せていました。それを読み、怒りが込み上げてきました。事故を収束させるために被曝してまで作業したのに、病気になってもお詫びの言葉もなく、被曝の影響さえ全否定する。社員には手厚い補償をするのに、作業員は平気で切り捨てる冷たい会社であることを、世の中の人に知ってほしかったのです」
男性の代理人を務める海渡雄一弁護士は、男性は記録以上の被曝をしていたうえに、危険な内部被曝をする作業環境にあったと言う。
「全面マスクをしていても、隙間から放射性物質が入り込むような杜撰な管理の現場だった。ストロンチウムを吸い込めば、骨に沈着したうえで骨髄を傷つけて白血病になり得る。すでに労災認定もされているのに争う電力会社の姿勢は許せない」
一方、東電は裁判に関して「訴訟に関することはコメントを差し控えたい」とし、作業員への補償に関しては「労災補償制度で補償されるので、当社としては補償をしていない」と回答した。
白血病は、被曝が影響しやすい血液のがんだ。大阪府済生会中津病院の血液内科部長を経て「血液内科太田クリニック・心斎橋」の院長を務める太田健介医師が話す。
「がんには放射線の影響で発症しやすいものとそうでないものがありますが、白血病は影響を受けやすい。細胞が暴露されるとDNAが傷つき、遺伝子変異を起こすことで発症すると考えられています。多くの遺伝子変異が積み重なって固形がんになるのに対し、白血病は割と少ない変異でも起こり得る。慢性骨髄性白血病のように、たった1個の遺伝子変異でがんが発症するものもあります」
とくに、内部被曝が大きな影響を及ぼす。
「放射性物質が体の組織内に組み込まれてしまうので、微量な放射線量でも被曝時間が長ければ長いほど、照射された細胞に大きなダメージを与える。あくまでも確率論ですが、影響を受けた細胞の遺伝子に傷が入れば、そこががん化することも考えられます」
その一方、がんの原因が薬物や発がん性物質などいろいろあるなかで、被曝が原因でそのがんが発症したことを証明するのは困難を極める。原因を作業中の被曝に特定しようとすればなおさらだ。厚労省は白血病の労災認定を行っているが、「労働者への補償の観点から、基準に合致すれば業務以外の要因が明らかでない限り認定する」方針とし、科学的因果関係が証明されたものではないとしている。
裁判ではこの点がポイントとなるが、海渡氏は「事実的因果関係」と「法的因果関係」は異なると話す。
「男性に他の病気は見当たらず、原発作業では記録以上の被曝をしている。白血病の発病と被曝の間には高い蓋然性があり、法的には相当因果関係があるとみるべきです」
がんの原因が被曝かどうかを証明する難しさは、労災認定件数にも表れている。
厚労省は、被曝労働で発症すると考えられる疾病を甲状腺がん、肺がん、白血病など15種類に分類。08年以降、このカテゴリーで47件の労災請求があったが、認定されたのは13件のみ。福島第一原発事故後に限ると25件の申請中、認定は6件に留まっている。1976年以降に広げても、がんで労災認定されたのは全部で19件に過ぎない。
労災認定の過程も不透明、業務が原因か審議は非公開
認定件数がなかなか増えないのは、白血病以外の固形がんの場合、認定基準が厳しくなるのも原因だ。例えば、肺がんを認定する目安は「100ミリシーベルト以上の被曝と発症まで5年以上の時間が経過していること」となり、ハードルも高い。
認定をするかしないかを決める過程も不透明だ。被曝で病気になった労働者から労災申請があると、被曝医療や放射線防護などを専門とする6人の委員で業務上の被曝が原因かどうか検討するが、審議は非公開のため判断の過程を検証することはできない。委員に取材を申し込んだが、検討会に関することには答えられないとの回答だった。
東電は5年区切りで福島第一原発作業者の累積被曝線量を出しているが、それによると福島第一原発事故から16年3月までに同原発で放射線業務に従事した約4万7千人の平均被曝線量は12.83ミリシーベルト。その後、現在まで約2万4千人が平均6.52ミリシーベルトを被曝した。
原発に関する多くの著作があるルポライターの鎌田慧氏は、「実際にはもっと多くの収束作業員が健康被害を受けているはずだ」としてこう話す。
「がんや白血病は被曝から時間が経って症状が出るうえ、労働組合などの支えがない労働者にとって、労災申請や裁判は手間や時間がかかり、諦めてしまうケースも多い。表に出ない罹患者は相当数いるだろう。作業員を救済するには、裁判で勝ち労災認定も増やしていくことで、被曝労働者が健康被害を生じたら関連があると社会的に認知されるようにしていくことが必要だ」
(ジャーナリスト・桐島瞬)