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2021年2月8日 08時00分
<ここに注目!>
米共和党が、退任したトランプ前大統領の呪縛から逃れられない。民主党のバイデン大統領の就任を認めないトランプ氏の支持者らが大挙して連邦議会議事堂を襲撃した事件から1カ月たったが、暴徒を扇動したとして下院から弾劾訴追されてもなお、その政治的影響力を無視できないからだ。一方、有権者の離党の動きも相次いでいる。共和党は今後ますます「トランプ党」と化すのか、それとも脱皮するのか。 (アメリカ総局長・岩田仲弘)
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◆鉄条網、銃を構える州兵…要塞化する議事堂
高さ2メートル以上のフェンスは上部に鉄条網を備える。その向こう側では州兵が銃を構えている。議事堂は今、すっかり要塞ようさい化してしまった。トランプ氏が共和党をがんじがらめにしている。冷たいコイル状の有刺鉄線を眺めながらそう思った。
昨年の大統領選と下院選で敗北した共和党は、早くも来年の中間選挙を見据え始めた。大統領の就任1期目の中間選挙は、新大統領に対する期待外れや反発などから揺り戻しが生じ、政権与党が議席を減らすことがほとんどだ。議会で多数派を奪還するために、弾劾訴追されたトランプ氏との間合いをどう取るか。党下院トップのマッカーシー院内総務が出した結論は「再接近」だった。
トランプ氏を巡っては、新党「愛国者党」の結成も取り沙汰されていた。保守勢力の「共倒れ」を恐れたマッカーシー氏は1月28日、南部フロリダ州パームビーチのトランプ氏の邸宅「マールアラーゴ」までわざわざ出向き、選挙協力を要請した。
トランプ氏はさぞかし満足だったろう。1月20日にバイデン氏の就任式を欠席した上、「何らかの形でまた戻ってくる」と宣言してワシントンを去ってからわずか1週間あまりで、党の方から早々と頭を下げに来たのだ。
「トランプ氏の人気が今ほど高まったことはない」。トランプ氏の政治団体は声明とともに、満面の笑みを浮かべてマッカーシー氏と写真に収まるトランプ氏の写真を発表し、その政治的影響力を誇示した。
◆トランプ氏の党内での影響力は回復
確かに世論調査の上では、議事堂襲撃事件以降に失いつつあった共和党内の影響力を回復しつつある。政治情報サイト「ポリティコ」と調査会社モーニングコンサルトによる直近の調査で、トランプ氏が今も共和党で重要な役割を果たすべきだと答えた党支持者は、事件直後の41%から50%に増えた。党内での支持率も81%と1月半ばの76%から持ち直した。
また、米モンマス大の調査では、依然として72%の共和党支持者が「バイデン氏は不正投票により勝利したと思うか」との問いに「YES」と答えている。「党は議会でバイデン氏を妨害するよりも協力する方法を見つけるべきだと思うか」との問いに「YES」と答えたのは全体で71%に上ったが、党支持者に限ると41%にとどまった。
◆襲撃事件が共和党離れを誘発
トランプ氏が共和党内の高い支持を保つ一方で、襲撃事件は、党の支持者数の減少を誘発している。
事件後、党の選挙登録者数が各地で減っている実態が明らかになってきた。議会専門紙「ヒル」によると事件後の数週間で、激戦州の東部ペンシルベニアや南部フロリダなど数州で合わせて3万人以上が離党。同紙は、選挙のない年の「大量脱出」は極めてまれで、3万人以上という数字は「氷山の一角」にすぎないとしている。
フロリダ州マイアミ近郊に位置するハイアリア市は人口約23万人で、その7割以上を社会主義政権から逃れてきたキューバ系が占める。キューバに強硬的な姿勢を取る共和党の支持者が圧倒的に多い地域だ。市議のポール・ヘルナンデスさん(33)も共和党員だったが、事件が起きた日、妻と生後6カ月の長男とニュースを見てその日のうちに離党した。事件はトランプ氏や共和党の上下両院議員らが扇動して起きたと判断。「民主主義への侮辱的であからさまな攻撃に耐えられなかった」と振り返る。
ヘルナンデスさんにとって共和党はもはや、南北戦争による分断の危機を乗り越えたリンカーンや、市場への介入を最小限にする「小さな政府」などを体現したレーガンの党ではなく「トランプ氏に狂信的な忠誠を誓っているだけの党」に成り下がった。マッカーシー氏による「トランプ詣で」の時にはすでに党籍を離れていたが「とても悲しくなった」という。
20代で共和党入りし、南部オクラホマ州選出の連邦下院議員を8期務めたミッキー・エドワーズさん(83)も「共和党はトランプ氏が所有する完全子会社に成り下がった。しかもトップが指示すればすべて従うカルト集団のようだ」と痛烈に批判。さらに「トランプ氏がたとえいなくなっても、その思想(トランプ主義)は今後受け継がれる」と予測し、離党に踏み切った。
◆「民主主義を攻撃する党でないと言えるのか」
エドワーズさんのように共和党内の「自浄作用」を疑問視する声は根強い。政治戦略家のロン・ステスローさん(37)は、トランプ氏に反発する共和党や元共和党の選挙参謀らによる政治団体「リンカーン・プロジェクト」の創設メンバー。「トランプ氏とトランプ主義の打倒」を掲げて2019年末に設立された同プロジェクトは、これまで数多くのビデオ広告やポッドキャストを通じてトランプ氏の落選運動を展開してきた。
月平均150万回のダウンロード数を誇るポッドキャストを担当してきたステスローさんは「トランプ氏を選挙で打ち負かすという目標は達成できたが、トランプ主義を打破することはできなかった」と率直に認める。さらに「共和党は自ら、白人至上主義や大うそつきの政党ではないと、陰謀論を信じ、民主主義を攻撃する党ではないと堂々と言えるだろうか。私は無理だと思う」とも打ち明けた。
ステスローさんは最近、同プロジェクトを離れ、自らポッドキャストの会社を設立。有権者の離党の動きを歓迎しつつ「特に若い視聴者を対象に、民主主義を幅広く考えるプラットフォームを提供していきたい」と抱負を語る。
◆トランプ氏の集票力は無視できず
有権者の「共和党離れ」がこのまま続けば、党は中間選挙で多数派奪還どころではなくなる。ただ、米ジェームズ・マディソン大のマーティン・コーエン教授(政治学)は「離党の動きは共和党にとっては好ましくないが、中には襲撃事件を受けて抗議の意思を象徴的に示しただけという人も多いと思う。そういう人が党にまた戻ってくることは十分にあり、どれだけのダメージかは分からない」との見方を示す。
トランプ氏は昨年大統領選の一般投票で、バイデン氏に敗れたとはいえ史上2位の約7400万票を獲得。コーエン氏は「党が(トランプ主義の)抜本改革に踏み切れば、今後何回かにわたり選挙で民主党に負ける。今の党には、トランプ氏の集票力を無視してそこまで踏み切る覚悟はないだろう」とみる。
トランプ氏の弾劾裁判は9日から上院で始まる。有罪評決を下すには共和党から17人の造反が必要で困難だ。トランプ氏が無罪を言い渡された場合、党はますます「トランプ党」の色合いを強めるのか。あるいは、有権者の離党の流れが強まるのか。党の命運は、トランプ氏に握られている。
<いわた・なかひろ>1967年生まれ。95年入社。前橋、横浜両支局、政治部を経て2008~11年にアメリカ総局。千葉支局、外報部両デスクを経て19年5月から現職
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