ギリシア人の起源
ギリシャ文明のルーツが青銅器時代の遺骨DNAから明らかになった。
西川伸一 | NPO法人オール・アバウト・サイエンスジャパン代表理事
2017/8/11
https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20170811-00074383/
ヨーロッパ、アポロ、ナイキ、アンドロメダ、ヴィーナスという名前を聞いたこともないという人は少ないはずだが、これらがギリシャ神話の登場人物に由来することはあまり知られていない。我々日本人には気がつかないが、ギリシャ文明はヨーロッパ文明に深く根を下ろしている。事実、ヨーロッパの美術館に行けば、あらゆる時代を通してギリシャ神話や歴史が絵画や彫刻の題材になっているのがわかる。ところが、私たち日本人はギリシャ文明を体系的に学ぶことはまずないため、ギリシャだけでなく、西欧の文化を理解するときどうしても壁を感じてしまう。結果、演劇でもオペラでも、ギリシャ文化が題材だと、背景がわからないため、ほとんど理解できずに悔しい思いをする。
このギリシャ神話や叙事詩に描かれているのが、ポリスを中心にしたギリシャ文明のルーツと言われている紀元前2000年にクレタ島を中心に栄えたミノア文明と、紀元前1500年ペロポネソス半島を中心にしたミケーネ文明だ(写真)。ホメロスの叙事詩を史実と確信したシュリーマンの発掘物語は今も鮮明に覚えている。
このように、ミノア文明とミケーネ文明がギリシャ文明のルーツであることを疑う余地はないが、ともに線文字を使う文明を支えた人たちのルーツや、その後のギリシャ文明を支えた人たちとの関係については、想像の域を出なかった。ところが近年、遺跡から出土する人骨のDNAの解析が可能になり、この問題を解明できるのではという期待が生まれていた。
そしてついに、米国ハーバード大学、ワシントン大学、そしてドイツ・ライプチヒのマックスプランク研究所が協力して、ミノア、ミケーネの青銅時代の遺跡に残された人骨のゲノムを解析し、両者の関係、ルーツ、そして現代ギリシャ人との関係を明らかにし、昨日発行のNatureに発表した(Lazaridis et al, Nature, 548:214)。
論文を読むと、ギリシャだけでなくヨーロッパとその周辺で出土した様々な時代のゲノム解析が急速に進んでいることがよくわかる。これらの蓄積があって初めてこの研究も成立している。この周辺の民族のDNAと比べると、ミノア人とミケーネ人はほぼ同一と言っていいほど近縁で、新石器時代のアナトリア人(現在のトルコに相当する)に共通の起源を有しており、エーゲ・アナトリア青銅器文明の担い手と一括りにできる。
とはいえ、両者のゲノムは完全に同じではなく、明確に分離可能でもある。ミノア人は石器時代のアナトリア人にイランやコーカサス地方の民族の遺伝子が混じっている。一方、ミケーネの方はアナトリア人を土台に東欧やシベリアなど北方の狩猟民族のDNAが混じっている。また地理的な近さから予想できるように、ミケーネ人の方が現代ギリシャ人に近い。ただ現代ギリシャ人の成立過程で、石器時代の土着民のDNAが交雑して形成されている。
もちろん、これはゲノム上に存在する各民族のDNAの割合の話で、実際にどのように交雑が進んだのかは今回の解析からは明らかになっていない。おそらくミノア、ミケーネ相互の交雑もあり、常に他の民族との交雑も繰り返されたと思う。稀にしか交流がなかったネアンデルタールと現代人のような単純な図式で決めることはできない。一つの文化が多様化したのか、あるいは多様な文化が合わさって共通文化ができたのかについてすら、まだまだ研究が必要だろう。その意味で、ゲノムと遺物解析を基盤とした全く新しい考古学が必要に成る。
文化的に重要なのは、今回解析されたミケーネ王族のゲノムは一般市民のゲノムとほとんど同じで、国家の階層が一つの民族から形成されていたこともわかる。
推計学的解析が進めば、同じデータからもっと多くのことがわかるだろう。また、DNAの抽出さえうまくいけば、多くの遺骨からより複雑な民族間の関係が明らかに成るだろう。今も未解読な線文字A解読のヒントになるかもしれない。
このように古代人DNAの解析は今歴史学を大きく変えようとしている。おそらく数年もすると、教科書のギリシャ史も書き換えられるだろう。ひょっとしたら、日本人にももっとギリシャが身近になるかもしれない。
https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20170811-00074383/
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雑記帳 2017年08月04日
青銅器時代のミノア人とミケーネ人のDNA解析(追記有)
https://sicambre.at.webry.info/201708/article_4.html
これは8月4日分の記事として掲載しておきます。青銅器時代のミノア人とミケーネ人のDNA解析に関する研究(Lazaridis et al., 2017)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。これまでの古代DNA研究で、初期ヨーロッパ農耕民の主要な祖先は、紀元前7千年紀からギリシアと西部アナトリア半島に居住していた、複数のきわめて類似した新石器時代の集団とされています。それ以降、青銅器時代までのこれらの地域の歴史についてはさほど明確になっておらず、ギリシア本土とクレタ島の集団間の遺伝的類似性の程度と、これらの集団と他の古代ヨーロッパ人集団や現代ギリシア人との類縁関係などが曖昧なままでした。
この研究は、紀元前2900〜1700年頃のクレタ島の10人、紀元前1700〜1200年頃のミケーネ文化の4人、紀元前2800〜1800年頃の南西部アナトリア半島の3人、ミケーネ人到来後のクレタ島の1人、「文明」出現前となる紀元前5400年頃のギリシア本土の1人のゲノム規模のデータを解析しました。その結果、ミノア人とミケーネ人が遺伝的によく類似しており、遺伝子プールの3/4は西部アナトリア半島およびエーゲ海地域の最初の新石器時代農耕民に、残りの大半はコーカサスおよびイランの最初の新石器時代農耕民に由来する、と推定されています。
しかし、ミノア人とミケーネ人の違いも明らかになっています。ミノア人とは異なってミケーネ人には、青銅器時代のユーラシア草原地帯またはアルメニアの集団からの遺伝子流動が確認されました。また、現代ギリシア人がミケーネ人と共通祖先を有しつつも、新石器時代前期の祖先からの系統がさらにある程度希釈されたことも明らかになりました。新石器時代〜青銅器時代にかけて、エーゲ海地域の人類集団は継続的だったものの、孤立してはいなかった、とこの研究では指摘されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【ゲノミクス】ミケーネ人とミノア人
ギリシャ本土出身のミケーネ人とクレタ島出身のミノア人を含む古代のヨーロッパ人種とアナトリア人種(合計19名)のゲノムデータを報告した論文が、今週のオンライン版に掲載される。この新知見は、青銅器時代にエーゲ海地方に出現し、ホメロスとヘロドトスに始まる古代の詩と歴史の伝統によって知られた最古の2つの著名な考古文化の起源に関する新たな手掛かりとなっている。
これまでの古代DNA研究で、初期ヨーロッパ農耕民の主たる祖先は紀元前7千年紀からギリシャとアナトリア西部に居住していた複数の極めて類似した新石器時代の集団とされている。それ以降、青銅器時代までのこれらの地域の歴史については、それほど明確になっておらず、ギリシャ本土とクレタ島の集団間の遺伝的類似性の程度とこれらの集団と他の古代ヨーロッパ人集団や現代ギリシャ人との類縁関係など数々の疑問が残っている。
今回、Iosif Lazaridisたちの研究グループは、合計19名の古代人(紀元前約2900〜1700年のクレタ島出身のミノア人10名、紀元前約1700〜1200年のギリシャ本土出身のミケーネ人4名、紀元前約2800〜1800年のアナトリア南西部の出身者3名を含む)のゲノム全域のデータを解析した。その結果、ミノア人とミケーネ人が遺伝的に非常によく似ており、その約4分の3がアナトリア西部とエーゲ海地方の最初の新石器時代の農耕民を共通祖先としており、残りの大部分が古代のコーカサス地方とイランの集団を祖先としていることが判明した。一方、ミケーネ人は、ミノア人とは異なり、青銅器時代にユーラシアのステップ(東ヨーロッパと北ユーラシアを含む地域)に居住していた人々を祖先とする者もいた。また、Lazaridisたちの解析では、現代ギリシャ人がミケーネ人と共通の祖先を持ちつつも、新石器時代前期の祖先からの系統がさらにある程度希釈されたことも判明した。
参考文献:
Lazaridis I. et al.(2017): Genetic origins of the Minoans and Mycenaeans. Nature, 548, 7666, 214–218.
http://dx.doi.org/10.1038/nature23310
追記(2017年8月10日)
本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
人類学:ミノア人とミケーネ人の遺伝的起源
人類学:青銅器時代のヨーロッパ人の遺伝的祖先
ヨーロッパにおいて青銅器時代に出現した最も著名な文明には、いずれもエーゲ海地域である、クレタ島のミノア文明やギリシャ本土のミケーネ文明などがある。I Lazaridis、D Reich、J Krause、G Stamatoyannopoulosたちは今回、ミノア人、ミケーネ人、およびその東部に位置する南西アナトリアに由来するの人々を含む、古代人19体の新しいゲノム規模のデータを解析することで、これら2つの考古学的文化の起源を調べた。ミノア人とミケーネ人は西アナトリア人やエーゲ海地域の人々を共通祖先としていて遺伝的に非常に類似しているが、ミケーネ人はさらに青銅器時代のユーラシアのステップ地域の居住民と類縁関係がある祖先を持つという違いがあることも分かった。
https://sicambre.at.webry.info/201708/article_4.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/275.html