あまりにも不可解。新型コロナ専門家会議「廃止」発表のウラ事情
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2020.07.03 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』 まぐまぐニュース
7月2日、新型コロナウイルスの新規感染者数が107人となった東京都。本格的な第2波到来の前に万全の体制を構築することが求められますが、果たして現政権に期待はできるのでしょうか。その判断の一助となりうる、新型コロナ専門家会議の突然の解散発表の裏側に迫るのは、元全国紙社会部記者の新 恭さん。新さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』にそのドタバタ劇を改めて記すとともに、新たに創設される分科会に対しての厳しい「助言」を記しています。
新型コロナ専門家会議の廃止、その背後で何があったのか
「アベノマスク」といい、「Go To キャンペーン」といい、安倍政権の繰り出す新型コロナ対策には、いつもズッコケさせられる。
たぶん、合理的ではないからだろう。そういうものに巨額の税金を注ぎ込み、その割には、肝心の検査体制拡充に向ける予算が乏しい。徐々に経済活動を元へ戻していきたいというのに、空港での入国者むけPCR検査がすでにキャパシティ限界に近いという。
そんななか、新型コロナ対策専門家会議の廃止が発表された。しかもそれが、まるで西村康稔経済再生担当大臣の独断で決まったかのような記事があったのには驚いた。
西村康稔経済再生担当相が新型コロナウイルスに関する政府専門家会議を廃止すると表明したのに対し、26日の政府・与野党連絡協議会で与野党双方から「唐突だ」などの批判が相次いだ。与党にも根回しをしていなかったことが露呈し、首相官邸関係者からは「スタンドプレーだ」と嘆きも漏れる。 (6月26日毎日新聞デジタル版) |
何が唐突だ、何がスタンドプレーだ。官邸との合作ではないのか。通産省3年先輩の今井補佐官が、経済再生担当大臣の西村氏をコロナ担当にするよう安倍首相に進言したのは、コントロールしやすいからだろう。
西村大臣が先走れることではない。今井補佐官と相談し、安倍首相了解のうえで、専門家会議の廃止を決めたことは、容易に察しがつく。ただ、与党議員も知らないほど急転直下の展開だったのかもしれない。
なぜ、そんなに慌てたのか。きっかけは、新型コロナ対策専門家会議が、厚労省内ではなく、日本記者クラブで独自に会見を開く予定を知った時だろう。
ただでさえ、新型コロナ対策で経済が深手を負い「緊急事態宣言は必要だったのか」という声も広がりつつあるおりなのだ。矢面に立ってきた専門家会議にわだかまる思いが噴出しはしないか。西村大臣らは神経をとがらせた。
会見を控え、厚生労働省や内閣官房の担当部局が尾身氏(専門家会議副座長)らと水面下で調整したが、「発信したいということを止める理由もない」と最後は静観した。 (朝日新聞6月25日朝刊) |
この記事は、政府が会見とりやめを含む要請をしたが、説得できず、仕方なく静観することにしたと読める。
やがて政府が手に入れた専門家会議の記者会見資料「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方について」には、ほろ苦い自己評価と政府への提言が書かれていた。以下はその一部。
本来、専門家会議は医学的見地から助言等を行い、政府はその「提言」を参考として、政策の決定を行うが…あたかも専門家会議が政策を決定しているような印象を与えていたのではないか。…政府には、リスクコミュニケーションのあり方や体制を早急に見直していただきたい。…戦略的な情報発信を実施できるよう、専門人材を活用すべきである。…地方公共団体にとっても、国からのメッセージが端的でわかりやすい必要がある。 |
読んだ西村担当大臣はどう思っただろうか。政府が責任をとる覚悟でコロナ政策を主導しなかった、リスクコミュニケーションがまずかった。専門家会議側にその意図はなかったにせよ、政権批判とも受け取れる内容だ。
これまでの反省点を踏まえた新助言組織は政府サイドでも構想中だっただろう。しかし会見は待ってくれない。それまでに手を打たなければ、またまた「後手を踏んでいる」と見られかねない。西村大臣は今井補佐官と対応を協議し“突貫工事”で新体制案をまとめたのではないだろうか。専門家会議に言われてやったと思われてはならないのだ。
6月24日、ちょうど専門家会議が日本記者クラブで、会見をはじめてから30分後。西村康稔経済再生担当大臣が臨時の記者会見を開いた。
専門家会議を廃止する。そして、新型インフルエンザ対策特別措置法(今年3月改正)に基づいて2012年に設置された有識者会議のもとに新たに「分科会」をつくり、そちらに機能を移行する。
概ね、そんな中身だった。廃止の一報は、日本記者クラブに集まった記者の耳に届き、それについて質問が飛んだ。
「今、大臣がそういう発表をされたんですか?私はそれは知りません」。尾身茂副座長は口ごもった。
政府が新型コロナ対策で頼りきっていた専門家会議の廃止を、会議のメンバーに知らせないまま、それも別の場所で発表したのである。尾身氏の狼狽はもっともだ。西村大臣と専門家会議の座長、副座長がうちそろって記者会見し、今後の体制を説明するのが普通ではないか。
それにしても、専門家会議に問題がなければ、廃止する理由はない。改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいておらず「位置づけが不安定だった」ので、特措法に基づく組織を新たにつくる、という西村大臣の説明にすんなり納得できる人はあまりいないだろう。
専門家会議は厚労省と関係の深い顔ぶれで構成されている。政府の審議会や有識者会議はだいたいそのようなものだ。事務局の官僚たちがテーマや、議論の道筋を、あらかた決め、その方向に会議を誘導する。
コロナの専門家会議も最初のうちは事務局が用意したテーマについて意見を述べるだけだったと、脇田隆字座長(感染研所長)は語る。
しかし感染が広がり始めた2月中旬頃から姿勢を変えた。「迅速に行動し、対策案を政府に伝えないと間に合わないのではないか」と危機感が高まってきたからだ。政府に助言するだけではダメだと一致した。
そこから「前のめり」になった、と脇田座長は振り返る。
事実、2月24日には「これからの1〜2週間が急速に感染拡大するか収束に向かうかの瀬戸際だ」という見解を記者会見して発表し、3月9日には、密閉・密集・密接を避けるよう要請、4月1日になると「爆発的な感染拡大が起きる前に医療現場が機能不全に陥ることが予想される」と声明を出すなど、国民に向けて積極的に発信する姿勢を示した。
これを受けるかたちで、安倍首相は4月7日、7都府県に緊急事態宣言、同月16日に宣言の対象を全国に拡大した。「専門家の皆様の試算では、人と人との接触を最低で7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じていくことができる」などと、専門家会議の見解に基づく判断であることを強調した。
ところが、国民経済に多大な犠牲を強いる緊急事態宣言が必要だったのかどうか、このところさまざまな方面から疑問の声が出ている。
というのは、外出の自粛とはほとんど関係なく感染拡大のペースが落ちていたことが分かってきたからだ。
日々発表される新規感染者が、実際にウイルスの侵入を受けた日は、発表日より2週間ほど前、といわれる。潜伏期間や、発症から検査を受けるまでの日数を勘定にいれると、だいたいそのくらいということだ。
そこで、新規感染者数のグラフとは別に、実際に感染したとみられる2週間前にずらしたグラフをつくってみる。今の感染者数は、2週間前の実態を示している。
すると、4月9日から11日にかけ200人近い新規感染者が出たときが感染拡大のピークであるかのように思っていたが、その人たちが感染したのは2週間前の3月26日〜28日ごろであり、実は4月に入ると感染のペースは下降していたことがわかる。
つまり、緊急事態宣言が出た4月7日にはすでに収束に向かっていたということになる。この見方などから、「人と人との接触を8割削減」は無意味だったという議論が広がってきた。
京大大学院工学研究科の藤井聡教授、阪大核物理研究センター長の中野貴志教授、京大ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授あたりがその急先鋒といえる。工学や物理学など感染症以外の専門家も別の知見を提示しはじめている。
中野教授は、直近1週間における累積患者数の増加の割合を示す「K値」なる新指標を発案し、それに基づき、「自粛や緊急事態宣言の効果はなかった」と大阪府の専門家会議で断言した。
後出しの物言いには違いないが、言われた当人たちは大いに気になるだろう。当人たちとは、もちろん専門家会議メンバーや、安倍首相、西村大臣らだ。対策の効果があったからこそ、感染拡大が抑えられたのだという反論では一致できても、専門家会議と政権側の間に意識のズレがあるのは否定できない。
たとえば、専門家会議から見ると、なにもかも専門家会議のせいにせず、政治が責任を持てということになる。一方、政権側は、専門家会議を全面的に信頼してよかったのだろうかというのが今の本音かもしれない。
「廃止」という西村大臣の唐突な発表で、専門家会議に寄せられる世間の同情と、西村大臣への反発は強くなった。
たしかに、専門家会議メンバーの苦労と苦悩は想像を絶するものであっただろう。なにより、感染病の流行爆発を想定した検査システム、情報ネットワーク、緊急医療体制など、そなえができていなかった。まさに厚労省の怠慢である。過去にSARSやMERSなどの流行を免れたことを未整備の理由にあげるのはどうかと思う。
これから「分科会」の上部組織となる「新型インフルエンザ対策等有識者会議」には尾身氏や脇田氏ら新型コロナ専門家会議のメンバー12人が全員、含まれているようだ。しかし、総勢35人で構成される会議だけに、具体策の提案となると「分科会」によるところが大きい。
西村大臣は、感染症の専門家に加え、自治体関係者や危機管理の専門家など幅広い分野から人選すると言う。多角的な視点から対策を練るのはよいが、くれぐれも、船頭多くして船山に登る、ということにならないように。
image by: 首相官邸
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