都知事選:小池都知事が再選出馬表明 ! 一層の「東京大改革」に意欲 !
宇都宮氏を立憲民主党が支援 !
小池氏・宇都宮氏の深層・真相は ?
(www.bloomberg.co.jp:2020年6月12日19:51 JST)
東京都の小池百合子知事は、6月12日夕に臨時記者会見を開き、任期満了に伴う都知事選
(18日告示、7月5日投開票)への出馬を表明した。政党の推薦は求めずに再選を目指す。
新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、選挙戦では街頭演説など「密」になる状況は避け、オンラインによる「ウィズコロナ、ポストコロナの選挙」のモデルケースを作ることに挑戦するとも宣言した。
小池都知事は、4年前に掲げた「東京大改革」を、さらにバージョンアップさせた、「東京大改革2.0」実現のため出馬を決意したと説明した。
待機児童数の減少や、無電柱化の加速などを1期目の実績にあげた。2期目の公約の柱の一つとして、国際金融都市として「稼ぐ」東京の実現を目指し、国際競争の中で成長戦略進める考えを示した。
来年に延期された、東京五輪・パラリンピックについては、新型コロナウイルスに打ち勝つという「目標」として、中止にするのではなく、簡素化や費用の最小化などを進めていく方針を強調した。
◆東京アラート解除 !
小池都知事は、東京都のコロナ対応を指揮。記者会見や動画配信で連日のように情報発信し、存在感を見せた。6月2日には「東京アラート(東京警戒・警報)」を発動したが、新規感染者の増加が一定程度に抑え込むことができたとして11日に解除。休業要請緩和も12日から最終段階の「ステップ3」に移行し、一部を除き、経済社会活動が本格的に再開することになった。新型コロナ対策を盛り込んだ補正予算も10日に成立した。
出馬表明のタイミングについて小池都知事は、コロナ対策が一段落したためと説明した。12日の都内の新規感染者数は25人だった。
毎日新聞などが5月23日に実施した世論調査では、新型コロナへの対応で最も評価する政治家として、大阪府の吉村洋文知事が首位となり、小池氏は2位で、安倍晋三首相を上回った。
防衛相や環境相を歴任した小池氏は、2016年の都知事選に自民党の推薦を受けず出馬し、同党が擁立した元総務相の増田寛也氏らを破って初当選した。
2017年の都議会議員選挙では、小池氏が率いる、地域政党「都民ファーストの会」が圧勝し、改選前に第1党だった、自民党を抑えて最大会派となった。
同年の衆院選に「希望の党」を結党して挑んだが、民進党の一部合流を拒否した、「排除の論理」で支持が離れ、失速した。
都議会自民党は小池氏と対立するものの、同党の二階俊博幹事長は、以前から小池氏を支援する意向を表明した。9日の記者会見でも、小池氏が、「最善最適の候補と思っている」とした上で、推薦要請があれば、「直ちに推薦する、積極的に応援する」と述べていた。
ただ、共同通信は、12日、自民党は、幹部会合を党本部で開き、都知事選は、自主投票とする方針を決めたと報じた。
◆「宇都宮健児氏」が立候補を表明 !
都知事選挙には、元日本弁護士連合会会長の「宇都宮健児氏」が立候補を表明した。
立憲民主党は、同氏を支援する方向の一方で、国民民主党の玉木雄一郎代表は、応援や推薦をしない方針を示しており、野党統一候補の実現は、困難のもよう。
このほか熊本県の小野泰輔・前副知事も出馬を表明した。小野氏に対しては、日本維新の会が推薦を決定した。このほか実業家の堀江貴文氏、「れいわ新選組」の山本太郎代表の立候補も取りざたされている。
○東京都知事選:宇都宮氏を立憲民主党が支援 !
(www.tokyo-np.co.jp:2020年6月3日 07時11分)
立憲民主党は二日、任期満了に伴う東京都知事選(十八日告示、七月五日投開票)で、独自候補の擁立を見送り、立候補を表明している元日弁連会長の宇都宮健児氏(73)を支援する方針を固めた。四日にも都連常任幹事会で決定し、近く党本部が了承する。党幹部が明らかにした。
過去の都知事選に出馬した宇都宮氏を支持、推薦した共産党も立民と歩調を合わせる方針。両党は国民民主、社民両党にも共闘を呼び掛ける。再選出馬の意向を固めた小池百合子知事との対決に向け、野党の結集を目指す。
ただ、小池氏が二〇一七年の衆院選前に立ち上げた旧希望の党にいた議員の多い国民には、小池氏との対決に慎重な意見もある。 (大野暢子)
(参考資料)
○小池都知事の記事:「カイロ大学・首席卒業は嘘」
学歴詐称疑惑 ! 元同居人が詳細証言
(bunshun.jp:2020/05/27)
週刊文春 2020年6月4日号:編集部:
7月5日に迫る東京都知事選。小池百合子都知事の圧倒的優位と見られているが、そこで改めて注目されるのが、小池氏の「選挙公報」に書かれる経歴だ。
◆小池さんはカイロ大学を卒業していない !
小池氏には、1992年に日本新党から政界に打って出て以来、幾度となく疑惑の目を向けられる「学歴詐称」疑惑がある。これについて、ノンフィクション作家の石井妙子氏が、小池氏とカイロで共に暮らし、小池氏のカイロ大学生活を誰よりもよく知る元同居人女性の早川玲子さん(仮名)から詳細な証言と当時の手帳や写真などの資料提供を得て取材をし、「小池さんはカイロ大学を卒業していない」との詳細な証言を得た。
小池氏はこれまで、72年にカイロ大学文学部に入学、76年に卒業したと自著やインタビューで語ってきた。
◆小池百合子:カイロ大学での試験に落第した !
だが、小池氏が卒業したと主張している1976年7月、カイロ大学での試験結果が発表された際、落第し、ふさぎ込んでいた彼女の様子が、早川さんの記憶に強く残っている。当時2人が同居していたアパートの同じ階にはカイロ大学文学部の教授が住んでいた。思いつめた小池氏は「どうしたらいいのか、聞いてくる」と部屋を飛び出したが、戻ってくると、早川さんにこう言った。
「あなたは最終学年じゃないから、追試を受ける資格はないって。そう言われた」
◆小池百合子:最終学年に進めなかった !
1976年時点で、最終学年に進むことすらできていなかったのだ。
そんな小池氏だが、直後の76年秋、彼女を取り上げたサンケイ新聞(10月22日)と東京新聞(10月27日)は、小池氏へのインタビューをもとに「カイロ大学卒」と紹介している。
経緯をめぐる早川さんの証言は詳細を極めた。76年9月下旬、小池氏は父親から「大急ぎで日本に帰ってこい」との連絡を受けて、すぐさま日本へと帰国。そして11月、カイロに戻ってきた小池氏は、早川さんに新聞を見せた。
「目を疑いました。『カイロ大学を卒業した小池百合子さん』と書かれていたからです」
早川さんが「そういうことにしちゃったの?」と尋ねると、小池氏は「うん」と答えたという。
これまで学歴詐称疑惑が浮上するたびに、小池氏は卒業証書を一部メディアで公表し、噂を否定してきた。前回の都知事選前にも『とくダネ!』(フジテレビ系、2016年6月30日放送)で卒業証書を示している。しかしこの卒業証書自体にも、前述の新聞記事と矛盾する記述があり、石井氏によるカイロ現地取材では、さらなる疑問点も浮上した。
◆学歴詐称は、公職選挙法の「虚偽事項公表罪」に該当する !
小池氏に質問状を送ったが、締め切りまでに回答は得られなかった。
◆小池氏と舛添要一氏との熱愛 !
5月28日(木)発売の「週刊文春」では、早川さんの証言で明らかとなった、カイロ大首席卒業の真相、エジプト現地取材をはじめ100人を超える関係者の証言をもとに書かれた石井氏の新著『女帝 小池百合子』(文藝春秋刊)で明かされた秘話、小池氏と舛添要一氏との熱愛などを詳報している。
当時、桝添氏(1948年〈昭和23年〉11月29日うまれ、71歳)は、大藏官僚だった、片山さつき氏(現参議院議員)との離婚が、1989年成立した。
桝添氏は、40代前半で、小池氏(1952年〈昭和27年〉7月15日生まれ、67歳)は40歳が目前に迫っていた。
桝添氏が1990年に建てた、北海道白老町の別荘に、桝添氏と小池氏は、連れだって出かけていた
(知人)。
○宇都宮健児氏のプロフィールとは ?
(ウィキペディアより抜粋・転載)
宇都宮 健児(うつのみや けんじ、1946年(昭和21年)12月1日 生まれ、73歳 )は、日本の弁護士。日本弁護士連合会元会長(2010年 - 2011年度)。のりこえねっと (ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク)共同代表。多重債務問題、消費者金融問題の専門家。日弁連消費者問題対策委員会委員長、東京弁護士会副会長などを歴任。現在は週刊金曜日編集委員、全国ヤミ金融対策会議代表幹事、オウム真理教犯罪被害者支援機構理事長、反貧困ネットワーク代表、年越し派遣村名誉村長。TPP阻止国民会議副代表世話人[1]。
◆経歴
愛媛県東宇和郡高山村(現:西予市明浜町)田之浜に傷痍軍人の長男として生まれる[2]。故郷の田之浜は江戸時代前期に開発された半農半漁の地だった。1955年、一家で大分県国東半島に開拓入植[2]。
1959年、熊本県に住む母方の叔父の元に預けられる。中学、高校、大学と卓球部に所属した[2]。1965年、熊本県立熊本高等学校を卒業、東京大学に入学し、駒場寮で暮らす[2]。
1968年、司法試験合格[2]。1969年、貧しい実家を助けるために東大法学部を中退して[3]司法修習生となり、1971年、弁護士登録(東京弁護士会)[2]。岡安法律事務所に入所。1979年、佐藤法律事務所に入所。1983年、宇都宮健児法律事務所を開設[4][5]、後に東京市民法律事務所とする[6]。
2010年、日本弁護士連合会会長選挙に立候補。元副会長の山本剛嗣との選挙戦となる。2月5日に投票が行われ、得票数では山本に及ばなかったが、全国に52ある弁護士会のうち地方を中心とする42会で山本を上回る。同選挙は、最多得票者は全国の3分の1以上の会においてそれぞれ最多票を得なければ当選できないという規定(日弁連会則61条2項)がある為、史上初の再投票となる。3月10日の再投票では、宇都宮が山本を上回る得票を獲得し、かつ46会で最多票を得て当選[7]。
2012年、史上初の再選を目指して再び日弁連会長選挙に立候補。異例の3度に渡る投票の結果、元副会長で東京弁護士会所属の山岸憲司に敗れ、再選ならず[8]。
同年11月9日、人にやさしい東京をつくる会からの支援を受けて東京都知事選に立候補表明。五輪招致反対、脱原発、福祉の充実、格差是正などを訴えた[9]。
2013年には、脱原発を求める市民グループによる脱原発政治連盟の呼びかけ人に名を連ねた[10]。
同年12月28日、猪瀬直樹東京都知事の辞職に伴い、再び東京都知事選に立候補、翌年2月9日に投開票が行われ、98万2594票を集め全立候補者中2位の得票数となったものの、当選した舛添要一の得票数211万票余りの半分に届かず落選[11]。
2016年7月11日の記者会見で、同年7月の東京都知事選挙への立候補を表明したが[12]、7月13日に立候補を見送った[13]。
2020年5月27日の記者会見で、同年7月の東京都知事選挙への立候補を表明[14]。これを受け、立憲民主党、日本共産党、社会民主党が宇都宮を支援する方針を決めた[15]。
◆人物
大分県に入植した当初は、家族とともに電気もない土地を開墾する。勉強・スポーツ共に秀で、親類と話し合った結果、中学から熊本県に移り住む。親を楽にさせたいという思いからプロ野球選手を志したが、体格的な問題から中学1年時に断念。勉学に打ち込み、東京大学に合格。経済的な理由から入寮した駒場寮では当時学生運動が盛んで、寮生らと議論を重ねる中で弁護士を志し、大学在学中に司法試験に合格[2]。
弁護士になった当初は顧客開拓が思うようにいかず、簿記学校で商法の講師をしながら生計を立てる[16]。 自らの性格を、社交性がある方ではなく人付き合いも苦手で顧客の人脈を増やせなかったと自己分析している[16]。
後述する多重債務者問題を機に独立して以降、豊田商事事件[17]、地下鉄サリン事件、オレンジ共済事件[17]、KKC事件[17]、日栄事件[17]、八葉グループ事件、五菱会事件[6]、商工ファンド事件などに取り組む。オウム真理教幹部に殺害された坂本堤弁護士の妻は、宇都宮の事務所で勤務していた[4]。
映画『夜逃げ屋本舗』を監修した[6]ほか、宮部みゆきの小説『火車』に登場する弁護士
(溝口 悟郎)のモデルである[6][18]。