120. 2020年3月23日 00:00:17 : HV5aPXs0oM : d0kuYkFqWlo2emM=[240]
安倍チャンに教えてあげなさい。
責任を取ることは、どうする事かをね。
正しい方向に向かうようにすること、であるが出来ないのだからお辞めになることです。
亡くなった命は回復できません、、、からね。
安倍ヨ、お前責任取って自決するか? しなさいよ〜 止めません。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/723.html#c120
★阿修羅♪ > アーカイブ > 2020年3月 > 23日時分 〜
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責任を取ることは、どうする事かをね。
正しい方向に向かうようにすること、であるが出来ないのだからお辞めになることです。
亡くなった命は回復できません、、、からね。
安倍ヨ、お前責任取って自決するか? しなさいよ〜 止めません。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/723.html#c120
正に死神の様な存在である。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/766.html#c28
「防護服...」「変えていないはず」
これも根拠が有りませんね。自分の妄想でしょう。。
韓国の例をテレビでやっていましたが、手袋を毎回取り換えていました。
ドライブスルー方式なので、これでもリスクは低く抑えられると思いますが。
「検査する者が...」「リスクは高くなる」
何をやってもリスクは、何もしないよりも高くなりますよ。
結局、検査もしないで無自覚にウイルスをまき散らすのと、検査時のリスクの兼ね合いでしょう。
私は検査時に十分な対応をして検査する方が、ウイルスをまき散らすよりいいと思いますが、如何でしょうか。
検査が感染を拡大させると言うのは、検査不足を糊塗する印象操作でしょう。
当時「いくら佐川でも、政治家の命令がなければ自分から文書改ざんはしないはず。する必要もない」とさかんに言われていた。
普通にみんなが大きな声で「アベが指示して(麻生と相談?)佐川が改ざんを命令した」と言っておかしくないのに、そんな普通のことも言いにくい空気があるのは社会が変になっている証拠ではないのか。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/763.html#c41
それを分かってて敢えて出す真意が誰のものか・・・?ということ
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/766.html#c30
決断できない、責任を取りたく無い
— 猛羽 (@MOF1953) March 22, 2020
海外では東京五輪延期は既定路線の情勢...安倍首相、決断遅れるほど世界中からバッシングhttps://t.co/KQRjCzeOJF#NewsDigest
確かに。それと類友的関係性(横の繋がり)で
尚且つ貧困ならば相手も相手で
余力はないだろうから求められる相手こそ
私が金を借りたいくらいだ、と思ってそう。
核家族化、関係性希薄化、孤立化が
拍車を掛ける。社会的構造以外に
価値観の変容もあるのだろうがこういう時に
独り身の人が特に大変になる。
田中と同じ考えではないけど
何時表面化してもおかしくないな。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/770.html#c29
東京五輪の中止や延期の決断をすべきなのは、IOCだと思います。 / 海外では東京五輪延期は既定路線の情勢…安倍首相、決断遅れるほど世界中からバッシング (ビジネスジャーナル) #NewsPicks https://t.co/x5QiWRj4jt
— 安井翔太@investor (@SHOTA_1225F) March 22, 2020
下手すりゃ次の犠牲者が 鉄面皮首相に問われる一分の良心 https://t.co/b5aTDzlyUz #日刊ゲンダイDIGITAL
— Libpapa (@libpapa) March 20, 2020
アウトやろ、アウト。
自民党と公明党はどうする。
同罪やな。
なんのための税金だ
— Hiroshi Morohashi (@hiroshimorohasi) March 22, 2020
家賃が払えず、食費も尽きる 25日がヤマhttps://t.co/Ueq1dj57Xc
ただここで一つ気を付けなければいけないのが、「地獄までの道は善意で舗装されている」だ。例えばアフリカなどで未知のウイルスを見つけ出し、または脅威となり得るようなウイルスをデータベース化して保存するとかいった取り組みなどでも、それが悪意ある者の手に渡れば、遺伝子組み換えにより手の付けられないウイルスが現れる可能性もあり得る。
良かれと思ってやったことでもそれが敵側に利用されることにもなりかねない、ということを日本の研究者は理解するべき。
http://www.asyura2.com/19/kokusai28/msg/482.html#c6
権力を持ってない一介のアナウンサーだからまだしも
コメント欄からも分かる通り一部か多数かはともかく
相当ヘイトを溜め込ませている。
権力とか抜きにしたら安倍よりも嫌いという
人が多いだろうな。そう思われるくらいの人間。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/757.html#c27
友達の父親が最近死んだが、原因は肺炎と聞いていたのに、死亡診断書は老衰になっていたと。もちろん、コロナ検査なんかしていないと。
肺炎、老衰で死んだ方の中に、何人コロナに殺されたかは判りやしない。
余り大したことは無いと言われているが、お年寄りは十分に注意が必要でしょう。
平均的な死亡率は1%前後と言われているが、70歳台だと10%程度。
60歳台でも5%ぐらいとも言われているよ。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/755.html#c28
何か月前にもそういうような書き込みをして
調べたのだが検索ワードが悪いのか出てこない。
とかく下劣としか言いようがないので
テレビ局には自浄作用を望む。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/757.html#c28
>米エスタブ・トランプ共和党政権権の大部分と米国内の本国に嫌気のさした一部ユダヤ勢力連合
は
>米エスタブ・トランプ共和党政権の大部分と米国内の本国に嫌気のさした一部ユダヤ勢力連合
に、
>ウイルスの特徴などからしてもまず間違いんじゃないでしょうか。
は、
>ウイルスの特徴などからしてもまず間違いないんじゃないでしょうか。
にそれぞれ修正です。
いつもすみません。
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西田 尚美 にしだ なおみ
生年月日 1970年2月16日(50歳)
出生地 広島県福山市
血液型 B型
職業 女優
ジャンル 映画、ドラマ
活動期間 1991年 -
配偶者 あり
事務所 鈍牛倶楽部
承認が いただけたので 下記に登録いたしmした。 \(^o^)/
◆美人リスト 9447
正気か? 安倍とボス交した立民が阿部知子を処分!
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/643.html?c90#c90
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/764.html#c14
他は・・・あまり思い付かないな。
似たようなので言うなら堀江も嫌い分類か。
勝谷も嫌いだったが亡くなったのでめでたし。
とはいえヒトラー信奉者が未だに
存在するように汚染されたものは残り続けるので
死は手放しで喜べるものでもない。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/757.html#c29
新型コロナ「オーバーシュート」懸念表明も…専門家会議の無策無力|ニフティニュース https://t.co/e5CnLUZZIW
— john Alexander (@john72352990) March 21, 2020
安倍政権は感染源が分ら無いと言う戯言を吐いて居るが、ウィルスのDNA検査で経路や第一感染者迄遡る事が可能で有識者会議が無能者会議に成って居る事は安倍政権の末期症状を露呈して居る。
そりゃ検査もしないで臭いものにフタしてるだけだからヤバいわな__新型コロナ「オーバーシュート」懸念表明も…専門家会議の無策無力|ニフティニュース https://t.co/JL8Wl4Rbup
— ankera (@ankeraso) March 21, 2020
コロナ「オーバーシュート」懸念も…専門家会議の無策無力
— 大嶺健太郎 (@ominekentarou) March 21, 2020
政府の新型コロナ対策の専門家会議の提言は、“どこかの地域を発端として感染爆発になりかねないのだが、具体的な対策は何もない”
無策全て放置! 爆発的感染は時間の問題 自己防衛しかない!https://t.co/HkdsRcrP3C #日刊ゲンダイDIGITAL
もしオーバーシュートが起きると、数週間にわたって都市を閉鎖したりする「ロックダウン」と呼ばれる強硬な措置を取らざるを得なくなるという。https://t.co/UP3VKsHPyv
— LOVE LOCAL (@Love_Local_) March 21, 2020
政府は、新型コロナを押さえたいのか、拡大させたいのか?この疑問に自信を持って答えられる人はどれだけいるだろうか。
— ハラボーン (@haraborn2017) March 21, 2020
コロナ「オーバーシュート」懸念も…専門家会議の無策無力 https://t.co/fk8MRs5uJB #日刊ゲンダイDIGITAL
本当に実際起こるかも?https://t.co/OOd0Smycpd
— お天気屋 よっちゃ☆ (@y44wb3qyL6p2A) March 21, 2020
爆発的な感染拡大をなぜ、英語で使うのか?高齢者相手に分からないと思っているのかね?RT 新型コロナ「オーバーシュート」懸念表明も…専門家会議の無策無力|ニフティニュース https://t.co/ImMQ0yLV8G
— 木村慎一 増税TPPでも破綻不可避 (@1Sintyan) March 21, 2020
新型コロナ「オーバーシュート」懸念表明も…専門家会議の無策無力|ニフティニュース https://t.co/Mb4A8acvE3 ホ〜ラ!〜出て来た、オーバーシュート!〜これで騒ぎだしたら、「緊急事態宣言」が出せる。それがやりたくてPCR検査やらないのかも。
— tooru1023 (@tooru1023) March 21, 2020
政府は緊急事態宣言を出せるから、オーバーシュート(爆発的感染拡大)が起きるのを期待しているのではないか? 政権が権力を誇示する絶好のチャンスとばかりに。
— ⛵️motty⛵️ (@novtnerico) March 21, 2020
【新型コロナウイルス】コロナ「オーバーシュート」懸念も…専門家会議の無策無力|#日刊ゲンダイDIGITAL https://t.co/zz06Yu7v1d
コロナ「オーバーシュート」懸念も…専門家会議の無策無力 https://t.co/7HXjIyCP7l #日刊ゲンダイDIGITAL 「感染源が分からないケースや、感染集団への感染源が追えないケースが都市部で増えている」
— motoeng (@motomotodan) March 21, 2020
新型コロナ「オーバーシュート」懸念表明も…専門家会議の無策無力|ニフティニュース https://t.co/Mb4A8acvE3 安倍政権は自分達の無能、無為無策、を棚に上げて何がオーバーシュートだ!〜それともオーバーシュートを待っているのか?「緊急事態宣言」の為に!〜馬鹿どもよ〜
— tooru1023 (@tooru1023) March 21, 2020
新型コロナ「オーバーシュート」懸念表明も…専門家会議の無策無力|ニフティニュース https://t.co/l38kExm9Dl
— Cainleo (@sasakikoleo) March 21, 2020
五輪を気にしてデータを隠す場合ではないだろう?
日本は抑え混んでいる。
— Takeo (@fluteojisan) March 21, 2020
何を根拠に言っているのか疑問だ。
かたやオーバーシュートと危機を煽る。
政府は何一つ具体策を提示せずとにかく家の中にいろと言うばかり。
コロナ「オーバーシュート」懸念も…専門家会議の無策無力 https://t.co/GIlIgMjCf2 #日刊ゲンダイDIGITAL
面倒かもしれないけど「誘導」とか「工作員」で
シャットアウトするのではなく是々非々で語れば。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/766.html#c32
24
金融資本、薬品資本、マスコミ資本たちがしきりに死海文書の予言実行を人為的に進めようとしてのここ数十年でしたが、肝心のその死海文書が偽物だったことが判明しています。しきりにウイルスだの人類の試練だのと無理やり国境を閉鎖して大騒ぎして、わざと株価を下げようと大ぼら劇を繰り広げていますけども、それは西欧の聖書を信じたい人の国のできごと。つまり911以来の大詐偽事件なわけです。いつまでそんなことやっているんでしょうな。僕は馬鹿馬鹿しい。
今回のコロナウイルス騒動は・・・もしかすると報道機関とマスコミがグルになっての騒動もどきなのではないかと思う。有名人が陽性だとか大統領側近が陽性だとかというのはなんだか出来過ぎたニュースでほんとに入院したのかとか、体育館で寝ている映像だとかもただの作りものの映像のような気もする。中国は細菌を撒かれたところなので真実の映像と思うが、西欧の場合はマスコミと政府が無理やり国民を出させないようにして作り物のニュースを流しているだけではないのかという気がする。
911事件のように世界各国に強制的に映画映像を見せて無かったジェットの激突をさもあったかのように無理やりあったことにしたニュースにした前歴があるので・・・疑ってしまうのだ。
http://www.asyura2.com/20/cult25/msg/605.html#c4
統一のチベッツはそら味方するわな。
http://www.asyura2.com/20/cult25/msg/609.html#c1
後は白装束で有名になったパナウェーブ研究所は
Wikipedia情報によると反共主義だったようで
似非保守団体と言えば幸福の科学がある。
場所が場所だけに陰謀論者(カルト)と言ったところかね。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/766.html#c33
整理
世の中には、いい馬面と悪い馬面がいる。
後者が、
ひとりよがり竹田、
安倍仲間のビシウヨ上念、
理不尽カップル和泉の彼女、安倍カルト信者の岩田明子………
民主主義の敵
まさに 晋三ぼっちやま は ●●神 !!
中国人留学生は欧州米国にもいられず母国にも戻れず
— 大善 (@daizen_y) March 22, 2020
中国、新型コロナウイルス感染第2波の危機 海外から「逆輸入」急増 https://t.co/keBmKciagV
— やかんくんです。 (@yakankundesu) March 22, 2020
本当に逆輸入だけなのかな。
— Baatarism/ちゃんぷるー (@baatarism) March 22, 2020
中国、新型コロナウイルス感染第2波の危機 海外から「逆輸入」急増 https://t.co/S0U1n4tGPP
工作員というのは同じパターンだからわかりやすいというべきなのか、頭が悪いというべきなのか……しまいには人格攻撃とはね。911やら311、まあ細かいところではドローン、X-47に積まれているレーザー兵器の話題でもそうだったが、赤っ恥をかいてきたよ工作員はね。
君の自慢の知識とやらでももっと披露したらどうかな。どのようなウイルスなのかぜひ聞かせて欲しいものだね。そのうち隠し切れなくなる。大勢死ねば、生物兵器だと、直接には言わずとも認めざるを得なくなる。
http://www.asyura2.com/16/iryo5/msg/792.html#c19
繰り返すけど安倍晋三君よ。お前は、きっとすさまじい死に方になるよ。しょうがないね、自業自得なんだから。自らまいた種なんだから。ちょっぴり可哀そうだけどしょうがないね。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/766.html#c35
2020年3月20日
ジム・ディーン
New Eastern Outlook
私を国を専制政治に捧げた人物として歴史が記録するのを望まない
トルコ初代大統領 ムスタファ・ケマル・アタチュルク
エルドアンのイドリブ戦争は、彼が勝てない、EUとの新しい戦争へと変形した。彼の狂気には秩序があるのだろうか? 一つの場所で事態が落ち着くとすぐ、彼は他の場所で戦いを仕掛けるから、私は問うているのだ。彼の代理テロ勢力を支援する上空掩護は抜きで、イドリブに伝統的な軍事侵略を進めながら、ジハード傭兵部隊をリビアに派兵した。
私が見た最後の話は、これら傭兵は、トリポリの石油施設を防衛する仕事を与えられた、5000人という信じ難い人数だった。だがそれから一週間内に、ベンガジ郊外での戦闘で、彼らは、既にハフタル部隊に殺害されたという、確認済みの報道があった。
この勢力は、ヨーロッパの他の全員の海底石油・ガスパイプラインを阻止する地中海経済水域をリビアと共有する協定を目指すエルドアンの狙いの一環だったと疑われている。
トルコの恫喝にもかかわらず、ニコス・アナスタシアディス大統領は自身の試掘を止めるのを拒否しているので、キプロス-トルコ紛争は継続する。彼はキプロスを再併合し、あらゆる石油資源を共有したいと望んでいるが、今エルドアンは、提携・共有モードにあるように思えない。結局、これは、元々シリアだったが、第一次世界大戦後、フランスの好意で、ハタイ県とされたのと同様、イドリブが最終的にトルコに吸収されるのを望んでいる、まさに同じ人物なのだ。
「主権や「私は国際法に違反しているが、我々が対話できるよう、お返しに、お前は主権を断念しなくてはならない」というような前提条件の論争は、好意や誠意ではありません」と国際的に認められているキプロス政府のアナスタシアディス大統領は述べた。 |
全くその通りです。
「爆発的感染」とキチンと伝えないから、
危機感ない人々が、平気でうろうろレジャーに出掛けるんです。
国民総自宅隔離を実施している国にいますが、
政府の政策が功を奏したのか、普段なら車や人の往来がある通りに全く人影がありません。
スマホには (電話会社のメッセンジャーを使って) 政府から直接、
新型コロナ対策の様々な具体的情報が流されて来ます。
(インドも同様だそうです)
安倍政権になってからの日本の劣化は正視に耐えないレベルです。
新型コロナの超愚政をキッカケに、日本は加速度的に没落していくと思われます。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/774.html#c15
Covid-19がトルコを攻撃する中、難民でEUを攻撃するエルドアン大統領
— たまごのきみ (@tamagonokimi201) March 22, 2020
NATOも、エルドアンの代理軍隊の一つになるのを拒否した。トランプは遅ればせながら、印ばかりに、多少の軍需品を提供した。それはエルドアンが、EUと彼の仇敵ギリシャに対し、難民を兵器として使用した時 https://t.co/ZlPmuR2avD
Covid-19がトルコを攻撃する中、難民でEUを攻撃するエルドアン大統領:
— Pacmick (@MassyPower) March 22, 2020
エルドアンのイドリブ戦争は、彼が勝てない、EUとの新しい戦争へと変形した。彼の狂気には秩序があるのだろうか? 一つの場所で事態が落ち着くとすぐ、彼は他の場所で戦いを仕掛けるから、 https://t.co/hUuspyp7kB
先ず第一に挙げられるのが自殺者数の急減。
データのマジック、統計の読み方、色々言われるが
そもそも3万人の大台に乗せたのが自民党だから
張本人が増やして減らして第三者的な此方が
手放しで評価するのもおかしな話だが
安倍政権以降に2万人まで減らしたのは事実。
何度か阿修羅で指摘しているが
これに誰も答えてないのだよ。
答えられない中でそういう事実を無視して
叩きに精を出す輩は非常に見苦しいにも程がある。
世間的にも頗る印象が悪いと思われる。
納得出来るような論理を示して
世間を論破してくれれば良いがそれもない。
なのに阿修羅では常に自分達に正義があるかのように
語り続ける。こういうの見て腹が立たない方がおかしい。
こういう姿勢を続けるなら「甘い言葉」は
期待しないでくれ。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/766.html#c36
たーだーし!ペンタゴンと米国は違うぞ。
当然「米国」と云ったって「=トランプ」とはならない。まだくっつきBちゃん戦争屋が衆前100%に正体を暴かれるのを黄ばみ、もとい拒み、B座にこびり付いているからね。
イランは分かっている。ホメイニは分かってトランプ劇場にのっている。キムジョンウンもそうだろ?
表向き彼らはきちんとトランプの役割を分かってる。これがどういうことかわかる?
過去の記事にもしっかりとある。イランはきちんとボルトン率いる連中をBチームと呼称している。つまり、トランプを率いるのが軍人で、新生米国を良心的な軍人たち(Aチーム)だと理解している。きちんと分けて呼称していたのが何よりの証拠。
つまりここでの「米国及び米軍」とは、ロシアも同様に「トランプの言う事を聞かずに勝手に動いている米軍のカモフラージュした戦争屋お抱えの私設軍隊」を意味する。つまり米国防総省ペンタゴンだ。911も連中とサウジ、そしてイスラエルの仕業だと世界中の諜報網が共有している。連中(Bチーム)は当然トランプの指揮下に無く、大統領であるトランプ命令を無視して勝手に動く。トランプがそいつらの窓口とは成っていない。
これまでの流れをきちんと事実に基づいて追って来ているならば、明確にイランは(ヒラリーら=IS=Bチーム=Bチーム米軍=雇用傭兵私設軍隊=戦争屋)とトランプらとを区別しているということは理解できることになっている。
いまここで起きている事は選別だ。しかも善と悪の。
起きている事象をきちんと事実に基づいて正しく理解して居るものはまだ理解していないが善良な心根をもつものを正しく導こうとする。仮にそれをAチームとすると、
事実を知っていながら、または無知であることを都合良く利用して人々を自分より先へ、上へと行く事を手伝わず、撹乱する内容を吹聴したり、混乱を招くために錯綜した情報を流すもの、またそれと同じ心根を持つもの、強者のみについて弱者を叩く族をBチームだと峻別できる。
選別が今はじまっている。
トランプのやり方は頭の硬い正攻法しか知らない人間には理解できない。だから批判もされる。しかしそれを理解しているのがトランプの懐の広さであり魅力だ。正攻法であれば逃がす小魚もすべて一網打尽にする。それには色々と仕掛けが必要なんだろう。
トランプらの苦労は今実って、一挙に連中を隅に追い込んでいるね。
イランのソレイマニが暗殺された時も、表向き、海外またはイラン国内では英雄とされていたとの記事でひっきりなしにアメリカの過ちが取沙汰されたが、トランプはそれを上手く利用して中東から軍隊を撤退させるという話になっただろ?だがソレイマニは誰もが知る売国奴だったんだろ?そもそも何故イランを離れて、戦争屋の拠点となっていたイラクに居たんだ?(笑)
その事は実はイラン国内でも知られていた事実だったらしいが。だがそれは秘匿されて英雄のまま死なせてやれたことによって痛み分けとして幕引きになっている。突然の爆撃はその事を物語っている。
イランもそれ以上静かになって。その見返り(というのは口実で実は取り引き)としてアメリカは軍隊を中東からの撤退を決めた。
そうしてトランプが指揮して大々的に中東から引き上げる口実を得て撤退となった時、なんやかんやで民主党が騒いで(油田の利権を手放せない連中が居たから)撤退に猛反対してイラクに軍隊を駐留させろと吠えた。そしてトランプの指揮も無視して居座るとして残ったのがBチームだ。
中東引き上げの号令の時に、トランプの言う事を絶対に聞け(か)ないものが浮き足立ったまま残った。その連中が米軍をカモフラージュして長年戦争屋の手伝いをして来た便宜上Bチームと通称される私設軍隊であった訳だ。イラク国内の油田を私的利用し、営利を稼ぎ、それを手放さないとする国賊企業の議員がその後のウクライナ疑惑云々でトランプを吊るし上げろの打ち上げ花火が挙がったとき、のこのこ出て来て、でっちあげの粛正さわぎで表にバレたんじゃなかったっけな?(笑) が、結局これもトランプの罠(だったとかなり以前から「QAJF」で知ることができていた)で、その通り民主党の戦争屋傀儡のバイデンの息子の不正が暴露されただけとなった訳だ。
これが選別だ。はっきりとそこに不正なもの、間違ったもの、誤ったものが表側に露出するように先に回り込んで不正を追いつめる事に必ずなっている。これが事実。
今回のコロナでも「不正をやったもの」は必ず白日の下に晒される。既ににっちもさっちもいかなくなっている国もでてるよね?
こうしたこともイランとトランプ側、ロシアとトランプ側が互いに情報を共有し合う綿密な関係性がなければできない。これらはすべて取り引きで可能と成ったことだ。
そもそも「ペンタゴン」のある「ワシントンDC」は「アメリカではない」からな。ローマのバチカンと同じだ。わかるよな?
http://www.asyura2.com/20/cult25/msg/609.html#c2
「警察が韓国を守ってくれるのではなく、神が守ってくれる。宗教弾圧を恐れず出て行け」来月6日小中高校始業日という背水の陣を敷いて、前日、政府が新型コロナウイルス感染症(コロナ19)を克服するための宗教施設運営を半月の間中断を要請したが、この丁寧な訴えは通じなかった。
22日午前10時、ソウル城北区愛第一教会の前。警察が教会の入り口に信徒と通行人の通路を区別するために置いたバリケードを一部信徒たちが激しく抵抗した。万一の事態に備えて、警察の3つの機動隊が待機していた状況だった。取材陣を向けても経音が飛び出した。「どこだと来るのか、犬XX。」教会の内部進入は登録信者以外は許可されなかった。礼拝は1000人の信者が集まった中、最終的に行われた。
オンライン(ユーチューブ)でリアルタイム中継されたこの教会の礼拝動画によると、同日午前11時、信徒たちは、建物の2階チャペルで礼拝を行った。信徒の間隔は1mにもならなかった。宗教施設の集団礼拝時のヒントに提示された信徒間離隔距離1〜2 m。礼拝堂に集まれなかった信者たちのために、教会の庭で同時進行された礼拝でも、信徒たちは、隣の人と肘両手を集めた。
この日の愛第一教会の現場点検に乗り出したソウル市の関係者は、「1〜2mの距離が維持されていないことを確認した」とし「是正を要求するが、それでも守られなければ集会禁止命令を下すしかない」と話した。ソウル市は20日、宗教施設の現場礼拝自制を重ね要請し、「礼拝強行に確診が発生した場合、診断、治療、防疫費用を請求する」と述べている。
のようないくつかの教会と信徒たちの姿に、教会の入り口では、信徒と週民間小競合も起きた。この教会の横を通ったが(47)某氏が「子供たちの学校も行けない状況ではありませマルラミョンないすべきなぜこれが起こって分からない」と信徒たちに声を上げた。信徒たちは、過酷な言葉はね返した。区延世大中央教会の近くでは、住民が「隣人の安全のためにセット礼拝を中断せよ」という文句が書かれたプラカードを持って沈黙デモを行ったりもした。市は江南区光臨教会など9つの大きな教会を、25自治区は、中小教会を中心に、この日の現場点検を行った。
ソウルだけでなく、各自治体もこの日一斉に宗教施設点検に乗り出した。周辺視線を意識したよう比較的規則を遵守し、礼拝が行われた。京畿道は今月初めから現場礼拝をした137個の教会を、タラは新天地大邱教会など77所について、警察と合同点検を実施した。京畿道の関係者は、「予防のヒントなどを犯して礼拝を強行したのは発見されなかった」と述べた。最大確定文字記録している大邱市の関係者も「周辺視線を意識したようマスク着用教会の立場前発熱チェック、手を消毒が行われた」とし「桁間隔も2以上を維持してシートもジグザグに配置するなどの努力が伺えた"と伝えた。
ヤンスンジュン記者
記事入力2020.03.22。午後6:11
最終的な修正2020.03.23。午前12:34
韓国日報
https://m.news.naver.com/read.nhn?oid=469&aid=0000479810&sid1=102&mode=LSD
http://www.asyura2.com/19/asia24/msg/130.html
大体はそれが発生してから、後で出てきて、「これこれが原因で」などと、分かったようなことを言う。本当はたいして分かってもいない。
今回の新型コロナウィルスの場合でも国立感染症センターの職員は、最初今年の1月の頃、心配はいらない、人から人へ感染することは無いなど無責任なことを言っていた。
結局、大事なのは猫が物音に敏感に反応して逃げるように、人間も何と言われようが危なさそうな人間は避け、自分の身をまずは守ろうとすること、それが一番良い方法なのだろうと思う。
ホンダ、軽蔑するトヨタの“猿真似経営”で普通のメーカー化…聖域・技術研究所にメス https://t.co/5Kq7dZg7CV @biz_journalより
— ステイメン@セカンド (@ThdxlfZSxnzQBPQ) March 21, 2020
年々薄れいく「#ホンダイズム」を支えてきた #本田技術研究所 を実質的に縮小化して「ミニトヨタ」化しようとするホンダの戦略は、あまりにも愚かな選択と言えよう! pic.twitter.com/TCNPsp0dV1
最近ではこういう報道もあった。
完璧ではない。何処の国にも問題はあるだろう。
故に改善は求めていくべきだが、
こういうデータを出されるとキツい。
その中で「国民の貧困がー」と言っても
鼻で笑われるだけだろう。
そういうマヌケなことを左翼なのか何なのか知らないが
そういうのを続けてきた人たちなのだろう?
そういう人って見方を変えれば安倍アシスト部隊だよな。
自分でピエロになって笑われる。馬鹿じゃないか。
ピエロは嘲笑の対象であり決して引率者ではない。
とはいえネトウヨも同様にマヌケなので
個人的にはどっちもどっちという感じだけども
実権を握り続けているのがネトウヨも含む
自民党で此方は運営能力に乏しい野党側であり
実績がないという点で
「どっちもどっち」では分が悪い。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/766.html#c37
ホンダ、軽蔑するトヨタの“猿真似経営”で普通のメーカー化…聖域・技術研究所にメス https://t.co/lUl7fCH0uK
— 🀄️村 (@VIVIVIP) March 21, 2020
"市販用四輪車の開発部門をホンダ本体に移管する"
"ホンダの四輪車は技術研究所が開発し、ホンダに新型車の設計図を販売する形態をとっている。"
ならもうトヨタから設計書買えばwwww
ホンダ、軽蔑するトヨタの“猿真似経営”で普通のメーカー化…聖域・技術研究所にメス https://t.co/yfcEz9omyp @biz_journalから
— ホタルイカさん (@ika_HatchTemp) March 21, 2020
本田宗一郎のこだわりを捨てると書いてあったけど、捨てちゃ駄目だろ(´・ω・`)
まじで本田技研怖いわ
— L'Akiyama (@rikujolovelovel) March 21, 2020
2輪はまた別だから安心だけど...https://t.co/KicYwKhn2V
トヨタの真似をするだけならホンダなんてメーカーはもう要らんよな…。
— くらげ@C98 5/5(火)西き22a (@ultimaratio_wx3) March 22, 2020
存続理由が経営サイドの自己保身と株主への利益還元だけで、エンドユーザー不在になっているのなら滅んだ方がええ。
ホンダ、軽蔑するトヨタの“猿真似経営”で普通のメーカー化…聖域・技術研究所にメス https://t.co/95Z3V3v3nQ
前にも言ったけど、ホンダはフィットやオデッセイの大成功をキッカケに営業部門が力を持った結果こうなったんでござるの巻( ̄〜 ̄)
— ロン (@VR38DETT__NISMO) March 22, 2020
でもクルマって営業だけでも売れんし、技術だけでも売れんのよね。
ホンダはソコを分かってない。
トヨタや日産の方がまだ分かってる。https://t.co/6qqkCE974b
こんな記事を読んで納得したり時代の流れと思ったり、そんなホンダは寂しい思ったりと複雑でした。
— トモゾウ (@tomozou1972) March 22, 2020
世界のトレンドが電動化している中でクルマに独自性を求めるのはなんだか限界があるように思える。それより会社を潰さず、これまで築いた遺産を守ってくれるほうが嬉しいかなhttps://t.co/i9W9sm4oS8
私はホンダが大好きだっ。
— ひみつのアッコちゃん (@himituno999) March 22, 2020
独立独歩の技術に拘る姿が好きだったが、時代の流れに沿ってやがてこの様なスタイルにシフトされるだろうと思っていた。
それが今ということ。
応援してます! https://t.co/4Acgt5jZbd
【ナイロビ共同】アフリカで新型コロナ感染者が急増している。54カ国のうち約40カ国で感染者が出て21日に計千人を超え、人数は1週間で5倍以上に。十分な保健医療がなく検査態勢も不十分で、実際は千人を大きく上回っている恐れもある。各政府は経済活動の停滞につながる外出制限に二の足を踏んでおり、拡大食い止めは難航しそうだ。
「最悪の事態に備えないといけない」。エチオピア出身のテドロス世界保健機関(WHO)事務局長は、アフリカ諸国に危機感を持つよう訴えた。
当初、アフリカの主な感染者は渡航歴がある人たちだったが、渡航歴がない地元住民の間でも感染が広がり始めている。
3/22(日) 16:07配信
共同通信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200322-00000060-kyodonews-soci
http://www.asyura2.com/19/kokusai28/msg/498.html
安倍が有罪だということは、チベヨワでさえ分かっているよな。
それと同じだよ。
だがどうやら潮目が変わった。
またおかしな言葉遊びを・・・
— ブラックショコラ (@free_justice_bl) March 21, 2020
普通にアウトブレイクじゃないの?
コロナ「オーバーシュート」懸念も…専門家会議の無策無力https://t.co/uznYXUJWhl
Oracle は MATRIX の一部 ケネデイ率いる『Q-Anon』も詰まりは此れ。
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/576.html
投稿者 不動明 日時 2019 年 3 月 29 日 23:55:09: yX4.ILg8Nhnko lXOTrpa@
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/688.html
この件を紹介した台湾出身の作家廖信忠が自身のオフィシャルアカウントの記事の締めくくりにした言葉だ。
今回紹介するのは、既に全世界の問題となった感もある新型肺炎の震源地でもある武漢の病院の急診科(救急救命科)のリーダーであり、この新型肺炎の発生について武漢内の医師に最初に警告を発した人物、艾芬(アイ・フェン)への独占インタビューだ。 (以下略)
」
武漢の病院の急診科(救急救命科)のリーダーである艾芬(アイ・フェン)の
生々しい証言です。
中国当局によりすぐに記事を削除されたものの、人々はあらゆる手段で転送を続け、
ついに日本語にも翻訳されました。
人々の口を封じることは決してできないという好例でしょう。
http://www.asyura2.com/16/iryo5/msg/797.html
日刊ゲンダイ記事の写真は数人のジジババか。
地方の人は参加が難しいからともかく
都会の冷たさ。普段架空の物語で
「田舎の閉鎖性を」論い馬鹿にしている
都会だが都会人の感情の希薄さは目に余るな。
それかノイジーマイノリティってなだけか。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/766.html#c38
だろうと 思う この頃。
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春秋 日経朝刊 2020/3/22
日本はニホンか、ニッポンか。昔から議論のテーマになってきた。
正解は「どちらでもOK」。政府は2009年に「いずれも広く通用しており、
統一する必要はない」と閣議決定している。国の名の読み方なのだから、
驚くようなおおらかさ、あいまいさとも言える。
口に出してみればニホンはやさしく、ニッポンは力強い。
美しいのはニホンの景色や季節の移ろいで、海外で活躍するチャレンジャーは
ニッポン人、といった具合か。だから「がんばれ!」とくれば、続くのはやはり
ニッポンなのだろう。そんな声援あふれるはずの東京五輪の開催が、
新型コロナ禍で不透明になっている。
首相は先日、主要7カ国(G7)首脳によるテレビ会議の後、
「完全な形で実現する」と力を込めた。だが開催時期には触れないままで、
観測・臆測があれこれ飛び交っている。この時期に「そもそも完全の意味とは」
などと解説が必要な発言はいただけないが、そもそも開催地の東京にも
日本にも決定権はないのである。
とはいえマラソン、競歩の開催地変更のときのように、突然国際オリンピック
委員会(IOC)から言い渡されるのでは納得がいかない。感染対策と同様、
透明性や科学性を十分重んじてほしいものだ。どんな形になるとしても、
ニッポンの私たちは、世界のアスリートをニホンに温かくお迎えする気持ちに
変わりはない。
開催したとしても、多くの国々が参加を見合わせる五輪となれば
1980年モスクワ五輪のように不完全な開催になる。
それでは延期開催した事自体にIOCなり日本の責任が問われる。
また、延期開催を決めれば、スポンサーとの契約は新たに結び直す必要が
出てくる。7年かけてようやく完成した2020大会開催への環境整備を
再契約や調整など含めて全て数ヶ月内にやり直さなくてはならない。
それら膨大な業務をこのコロナ禍の下で全世界に於いて行う能力が
日本側の当事者たる東京都、JOC、大会組織委員会にあるとは到底思えない。
(年内開催は物理的に不可能だろう)
開催に不確実性が伴い、且つ開催したとしても興行的に到底成功しない五輪に
スポンサーが次々と脱落する可能性もある。コロナ禍下で五輪をマーケティングに
利用すること自体が企業にとって社会的にマイナスイメージとなる。
(命に代えて商売をするのか、という国際世論)
延期開催と一旦IOCが決定した後、スポンサーの動向を見ながら
続けて中止を決定する可能性がある(延期開催決定は中止への前振り)。
アスリートの要因は二の次であることに変わりはない。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/773.html#c3
コロナ「オーバーシュート」懸念も…専門家会議の無策無力
— KAZUKO (@PeriKazuko) March 22, 2020
「結局オーバーシュートという新たな概念を持ち出して『気が付いたときには制御できなくなってしまう』などと不安をあおっただけで何の具体策も示されていない。…」https://t.co/GMFr25ypV6 #日刊ゲンダイDIGITAL
我々国民が納めた税金、特に消費増税は法人税減税の穴埋めに充てられている。
その国民がコロナ禍と連鎖する経済危機に喘いでいる。
トヨタは今、何をすべきか自明だろう。
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1か月とは悠長な。
延期、延期で最終的には中止ではないでしょうか。
http://www.asyura2.com/09/news8/msg/1166.html
<ヘドロ・あーせいこーせい姦猟族>がいくら踏ん張ったって、“コロナウイルス様”をコントロールできるわけがおまへんやんか?
<厚労省発表・嘘っぱちデータ>だけが無惨に残り、世界中から“データ偽装”の謗りを受け続ける宿痾を背負ってしまったのである。早い話が、“感染検査”を制御しようとする、ヘドロ姦猟&ウソツキ政権が言い募る「医学的・疫学的根拠」は皆無であると、世界中から見なされてしまったのである。
結論。<我がジャパーン>は、今や<ウソツキ国家>としてしか見なされていないのである。
【3月21日 AFP】南米アマゾン(Amazon)の熱帯雨林の中心に位置するカラウアリ(Carauari)は、簡単にたどり着ける場所ではなく、ボートで川を上ると1週間を要する。だが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)によって世界規模に拡大したパニックは、ここカラウアリにまで到達した。
ブラジル西部を蛇行して流れる、茶色の大河川であるジュルア川(Jurua River)沿いには、色鮮やかな高床式住宅の集落が散在しており、制度的には「自治体」として扱われている。
だが、住民2万9000人は広さ2万6000平方キロに及ぶ土地に遍在し、その多くがこのアマゾン川の支流の西岸で暮らしている。外界とをつなぐ道路は一本も通っておらず、地球上で最も辺境にある町の一つだ。
ここにたどり着くには、アマゾナス(Amazonas)州の州都マナウス(Manaus)から飛行機で3時間かけて移動するか、ボートで7日かけてアマゾン川、そしてジュルア川を上るかのいずれかしか方法がない。
ここ数週間、新型コロナウイルスはカラウアリの人々にとって、ニュースで耳にしたことにある遠い世界の話にすぎなかった。
だが今月13日、マナウスで新型ウイルスの初の感染者が確認されたことで、中国・武漢(Wuhan)から欧州へと広がった新型ウイルスをめぐるパニックは、今や米大陸のジャングルの奥地にまで到達。
外界から持ち込まれた病気による壊滅的な歴史を持つこの地域で、古傷となっているかつての記憶がよみがえった。
住民のハイムンド・ダシルバドスサントス(Raimunda da Silva dos Santos)さんは河港近くの自宅玄関から、「病気を持ち込まないよう、ここを離れてマナウスに行かせたり、マナウスからここに来させたりしてほしくないと人々は言っている」と話す。
「私はカラウアリで生まれ、ずっとここで暮らしてきた。今年1月に80歳になったが、こんなことは今までに一度もなかったと言える」
■世界から遠く離れた場所
ジョゼ・バルボサ・ダス・グラサス(Jose Barbosa das Gracas)さん(52)は、カラウアリの住民たちは世界の他の地域と同様、感染症から地域社会を守ることに没頭していると説明。
「わたしたちができることはすべてやっている。テレビで言っているように、病気を防ぐために手を洗っている」「病気の流行がここにこないよう、ただ神に祈るのみだ」
カラウアリは17日、市長の命令に基づき、ボートや飛行機で到着した乗客たちを検査するための検問に乗り出した。
だが新たな規制により、外界からカラウアリをさらに孤立させてしまうことへの懸念が高まった。
住民の生活は、マナウスからボートで届けられる商品に依存している。薬、食料、工業製品…すべて自分たちではつくりだすことはできない。
漁師であるルチアーノ・ダシルバ(Luciano da Silva)さん(32)は木造のカヌーから装備品を下ろしながら、もしボートの航行が影響を受けた場合「生き残るのが大変になる」と話す。「わたしたちはボートに依存しているんだ」
■感染症に脆弱(ぜいじゃく)な先住民たち
新型ウイルスは、アマゾンで暮らす先住民の社会において特に懸念されている。先住民族にとって外界との接触はしばしば、異質な病気による大量死を意味するからだ。
欧州からの最初の植民者たちにさかのぼる、長く痛ましい歴史においては、米大陸で暮らしていた先住民の推定95%が、主に天然痘などの病気によって死亡した。
アマゾナス州は非常事態宣言を発令し、外部から先住民保護区へ訪問することを一時的に禁止。また全国規模の先住民組織であるブラジル先住民連合(APIB)は、人々が集まるのを避けるため、会議や集会を中止した。
アマゾン川の別の支流ネグロ川(Rio Negro)沿いに住むバレ(Bare)人の首長、マリア・コルデイロ・バレ(Maria Cordeiro Bare)氏(40)はマナウスで、多くの先住民コミュニティーは新型コロナウイルス感染症に関する限られた情報しかなく、感染症の潜在的な影響を懸念していると説明。
「先住民族にとってはデリケートな状況だ」とし、「新型コロナウイルス感染症であろうと他の病気だろうと、これまでにさらされたことのない病気であれば、われわれの健康や生活を脅かすこととなる」と指摘した。
2020年3月21日 23:07 発信地:カラウアリ/ブラジル [ ブラジル 中南米 ]
AFP BBnews
https://www.afpbb.com/articles/-/3274535?page=3
http://www.asyura2.com/19/kokusai28/msg/499.html
でも、判断が 遅ければ遅いほど 我が国の国際的信用は地に落ちます
早く決定しないと、中止した場合の影響は どんどん大きくなるばかり 決定するのが政治の役目です
7年かけて築き上げてきた準備を 根底から覆すのは 準備してきた関係者にとって断腸の思いであろうが
かつて我が国は、耐えがたきを耐え 忍びがたきを忍び ポツダム宣言を受諾した経験が有るのだから
あれに比べたら どうってことは無いでしょう
二度目の終戦は 間近に迫っています。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/773.html#c4
多摩散人です。
>「積極検査」を行なう諸外国の推移と全く違うグラフになるのは当たり前だ。(多摩散人)
>どのようにして「全く違うグラフに」なるのか、説明して頂けませんか。(50さん)
私は単に検査を押さえている日本の感染者数の推移は「積極検査」を行う諸外国の感染者数の推移と違うグラフになるのは当たり前だ、と言っただけです。
>日本は、累積感染者で一定区間ごとに直線的な増加を見せるのは、確かに感染症の増え方に見慣れた者にとっては奇異に映るでしょうね。だから、その理由を知りたいのです。
その点については私は分かりません。素人ですから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
総理大臣
https://youtu.be/4DaweD3iYq4
歌手:THE TIMERS
作曲:ZERRY
作詞:ZERRY
総理大臣 総理大臣
総理大臣 総理大臣
なんにも はっきり言わねぇ 総理大臣
遠回しで ごまかしつつ喋る 総理大臣
何だかたよりねぇの 総理大臣
我が国の 総理大臣
まるで プロダクションの タレントみたい
誰かの言いなりの タレントみたい
総理大臣 総理大臣 総理大臣
我が国の 総理大臣
タレントだったら おいらと組もうぜ
年寄り同士 仲良くやれるぜ
コンビを組んで ブルースしようぜ
おいらのギターで あんたが唄えよ
嘘や 本当や でっち上げ
自慢話 苦労話 裏話
声張り上げて 唄っていいぜ 声張り上げて どなっていいぜ
誰にも文句は 言わせやしねぇ
まかせとけよ 総理大臣 総理大臣
はっきりしたこと 唄わせてやるぜ
若い女が騒ぐようなこと
二人で奴等を おどかしてやろうぜ
スキャンダルなんか逆手にとられるぜ
ブルースでこの国を 踊らせてやろうぜ
総理大臣 総理大臣 我が国の
どうだい おいらとブルースしようぜ
ツアーを回って ひと儲けしようぜ
どさまわりして 金儲けしようぜ
今よりよっぽど 素直になれるぜ
どうだい 俺とブルースしようぜ
ツアーを回って 盛り上がろうぜ
盛り上がれ へイ 盛り上がれ ヘイ 大臣
総理大臣 総理大臣 我が国の 総理大臣 総理大臣
年寄り同士 仲良くやれるぜ
おいらのギターで あんたが唄えよ
ほら はっきり唄えよ
はっきり唄えよ ほら はっきり唄えよ
きこえるように はっきり唄えよ
今度こそ はっきり唄えよ 大臣
お硬い奴等を ぶっとばそうぜ
ほら大臣 奴等をぶとばそうぜ
ここ10年以上 若者の自殺者は 減っていないよ !!
出生率も 下がっている。
変な ヨタ話は 止めな 。。。
by 明日休みでよぱらっている@地下爺
水野ときくちさん https://t.co/t8vzR65PxA
— 水野良樹(いきものがかり、HIROBA) (@mizunoyoshiki) March 21, 2020
皇居を狙え−呪術から見た地下鉄サリン事件 - (真)日本の黒い霧
http://adoi.hatenablog.com/entry/2020/03/22/171824
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/689.html
みんな 「生きててくれよ!!」 。。。。
ひふみ~示 磐戸の卷(イ八トノまキ) 第十三帖 (二四九) より
日本銀行、日本年金機構は、株を買って買って買い捲くれ。全ての會社を支配せよ。
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/535.html
投稿者 不動明 日時 2018 年 12 月 31 日 23:22:55: yX4.ILg8Nhnko lXOTrpa@
ひふみ~示 第08卷 磐戸の卷
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/534.html
投稿者 不動明 日時 2018 年 12 月 31 日 13:30:06: yX4.ILg8Nhnko lXOTrpa@
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/690.html
↑ まぁ、 インチキ映画 ←確定ー♪ぺっ 💢
↓ 矢ヶ崎先生だって知ってるよ。 ぷっ♪ 2020/03/22
https://photos.google.com/photo/AF1QipMYTL9hg0NGZPlL1QuOdl3y5PTjFFRtQuSocYKS
https://photos.google.com/photo/AF1QipP4ka-5QfJYqx8wpJ52XNYV1DB2faWMx9nAyItM
https://www.youtube.com/watch?v=FMO1ZC-v600&t=337s
結論: 検証委員 ←報酬、返納しろよ!! あほ 税金💢 うさぎ♂
ホントそうですよね 。。。。
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【科学ニュース】考えるニワトリについて考える
https://www.kagaku-kentei.jp/news_detail/data/353
ニワトリは、人が思っているほど無知な“鳥頭”ではない
(英語にも“bird-brained=愚かな、頭が足りない”という言葉がある)。
実際のニワトリは、それぞれに個性があり、相手の裏をかくこともでき、
グループ内の“つつき順位”を認識し、理にかなった推論ができ、その能力は
7歳児にも相当する。つまり、ニワトリの知能は他の鳥類と比べても不当に
過小評価されている。
こう述べるのは、家畜動物の保護施設「ファーム・サンクチュアリ」と
動物擁護研究機関「キンメラ・センター」のジョイントベンチャー
「サムワン・プロジェクト」で上席科学者を務めるローリ・マリーノ
(Lori Marino)氏。同氏は、世界で最も多く飼育されている家畜動物である
ニワトリの心理、行動、感情に関する最新の査読付き研究十数件のレビューを行い、
Animal Cognition誌に発表した。
キンメラ・センターのWEBサイトでも、2017年が十二支の酉年であることを
引き、“It’s the Year of the Rooster in More Ways than One!”
(いろいろな意味で雄鶏の年)としてマリーノ氏のレビューを採りあげている。
「ニワトリは、知能の高い他の動物が持つとされる心理特性のほとんどを欠いていると
見なされ、一般的に他の動物に比べて知能レベルは低いと考えられている。ニワトリの心理という概念自体が、ほとんどの人には奇妙に感じられる」とマリーノ氏は言う。
ある研究では、ニワトリにある程度の数の認識ができることを示している。
孵ったばかりのヒナの実験で、個数の違いを見わけられることがわかった。
順序についての概念も持ち合わせており、数量の順に並べる能力が示された。
例えば、ヒナにボールを2個の組と3個の組に分けて見せる。2つの組をそれぞれ衝立で隠し、
一方の衝立の後ろからもう一方の衝立の後ろへ、ヒナから見えるようにボールを
ひとつずつ移動する。移動のあとでどちらの衝立の後ろにボールがより多くあるか
を知っているためには、頭の中で一方については加算、もう一方については減算を行う必要がある。
そしてヒナは、必ずボールが多い方の衝立を選び、このような単純な計算を正しく行っていることを示した。
ボールの移動の様子を見ていた場合には、ボールの移動経路(どこからどこへ)を
最大で180秒間記憶でき、ボールを隠すのを見ていなかった場合も、ボールがそこにあったことを1分間は
記憶していた。この能力は、同様な条件下で多くの霊長類が示すものに近い。
ニワトリは、待つことでより良い食物の報酬が期待できる場合には、自制することができる。
また、“つつき順序”と呼ばれる序列内の自身の位置を知ることができる。この2つの特性は、
自己認識のレベルを示している。
ニワトリ間のコミュニケーションもなかなか複雑で、広く多彩な視覚ディスプレイの
レパートリーと少なくとも24種類の発声で構成されている。ニワトリには、
情報を伝達する呼びかけ、表示(ディスプレイ)、および警告からなる複雑な
指示コミュニケーション能力があり、これを使って例えば危険があるときには
周囲の仲間に注意を促す。この能力は、一定レベルの自己認識と他の動物を
知覚できていることを前提としており、霊長類などの高い知能と社会性を
持つ動物に備わっている能力である。
ニワトリは、時間の経過を認識し、将来の現象を予測することができる。
他の多くの動物と同じように、問題の解決が求められる社会的状況に置かれると、
複雑性の認知能力を示す。
ニワトリは、恐れや期待、不安などの複雑な負および正の感情を経験している。
自らにとって最良であるかどうかに基づいて意思を決定する。
“感化(emotional contagion)”と呼ばれる共感または感情移入の能力を、
単純なレベルながら有している。個々に異なる個性があるだけでなく、
母鳥は一定範囲の母性的特性も示し、それがヒナの行動にも影響しているようだ。
相手を出し抜くことができ、相手を見て学ぶこともできる。
「ニワトリの心理と行動について人が知りたいと思う内容が変わってくれば、
より多くの正確なデータが集まり、ニワトリの真の姿をより正しく理解できるようになるだろう」。
マリーノ氏はレビューをそう結んでいる。
どっちが 高潔かは 明らかなことだと思う 。。。
↓ 第39回「矢ヶ崎先生ゆんたく学習会」東京オリンピックの危険!徹底した被曝の健康被害無視!
https://www.youtube.com/watch?v=FMO1ZC-v600&t=337s
↓ 海洋投棄です。
https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KANKYO/KAIYO/qboc/anomaly/anomaly.html
結論: 国策新聞『 赤旗 』志位和夫+国会議員 ←こいっら、 長文省略 うさぎ♂ 💢
実害なのに、、
国の補填といっても我々の懐から出る。
タコがひもじいと自分の脚を食べると同じ事。
法人税率を軽減され巨額の内部利益を留保しているトヨタなど大企業が
その補填を買って出るべきだ。
なぜなら、法人税収の穴埋めに消費増税分が使われている。
官製相場や為替操作も我々が爪に火を灯して納めた税金や
積み立てた年金を元にしている。
我々の税金や年金が彼らの利益を構成している。
社会的責任を負うこれら大企業はその利益分の責任を
社会に還元すべきであろう。それがトリクルダウンというもの。
オバマの政権末期からユダヤは本格的に最終戦争を
仕掛けてきた。311、ウクライナでの米ロの衝突を
通して、最終戦争を核戦争から生物兵器テロ戦争へと
切り替えたのではないか。
そういう経緯を通じて、枝野はあべに妥協せざるを
得なかったのではないか。
あべの後ろにはカルト宗教やそれを操る強力な
ディープステートユダヤ勢力が存在する。
日本人はそういう状況を知って生き残りを考えて
いかないと確実に殺される。コロナもそうだが、遺伝子組み換え
とかラウンドアップとか毒牛肉の輸入とか、これらも生物兵器
の一種であり、日本人は消滅させられる途上にあることを
理解すべきと思う。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/749.html#c35
ちょっと、違和感。資本主義の終焉と云うか「金融資本主義」の限界よな。ゼロとかマイナスの金利とかで金融資本主義のシステムを支えるってなんか変やろ。金融資本主義ってさ、「とどのつまり」の全体主義独裁よな。戦争へ向かわなければええがな・・・漠然とした不安に世界が怯えるだろさ。
【 誰かの膨大な借金が金融資産を膨大に膨らませた 】
実体経済を食いつぶす金融資本主義に依存した世界政府が戦争でトンズラしてきた史実を認識できない「対陰謀論お花畑」は脇が甘いからな・・・・ほぼほぼ、世間とはそんなもんだ。自分が、ラビリンスにいることすら知覚でけへんのや。
http://www.asyura2.com/20/hasan134/msg/296.html#c4
野田豚彦による福祉目的増税「詐欺」宣言、出来レース自爆解散&改竄による未来の党大敗
李晋三政権による働き方改革と称する奴隷労働の進化・増税に次ぐ増税&権力私物化・法秩序の破壊
人災・安倍コロナ・ウィルスによる老人殺し・経済的弱者をターゲットにしたホロドモール作戦
犬HK・民放は安倍様万歳を繰り返し&大手紙はガス抜き、連合・野党は自公と裏で手を握りニンマリ
地方の役場は電気・ガス・水道を止められても生活保護は認定しない。仕事がなくても働けと言い、
飢えと寒さで餓死・凍死(2012年、札幌の姉妹)。ハケン・ホームレスは廃棄弁当もなく餓死!
↑いま、ここ!
______________________________________________
>ホロドモール(ウクライナ語: Голодомо́р;英語: Holodomor, Famine Genocide)は1932年から1933年にかけてウクライナ人が住んでいた各地域でおきた人工的な大飢饉である。 アルメニア人虐殺、ホロコースト、ポル・ポト派による虐殺、ルワンダ虐殺等と並んで20世紀の最大の悲劇の一つ。
>札幌の暖房のない部屋で姉妹が孤立死 姉は顎がはずれて…2012.7.12 07:00週刊朝日
https://dot.asahi.com/wa/2012092601478.html
この冬、暖房のない札幌市内の凍える部屋で暮らしていた姉妹が、相次いで亡くなった。姉は3度も生活保護の窓口に出向いていたという。ノンフィクションライターの橘由歩氏は、姉妹が発見された当時の様子を次のようにレポートする。* * *
姉のKさん(享年42)と、知的障害がある妹のMさん(同40)の遺体が、札幌市白石区にあるマンションの一室で見つかったのは、2012年1月20日のことだ。
Kさんはフリースやジャンパーなどを何枚も着込み、寝室のベッド近くにあおむけに倒れていた。死因は脳内血腫。前年の12月20日以降に受信した携帯電話の迷惑メールを消した形跡がないため、20日に亡くなった可能性が高い。同じ日、Kさんの携帯には「111」という番号への発信記録も残されていた。警察は、Mさんが110番通報しようとしたものの、障害のため正しく操作できなかったとみている。
一方、Mさんはパジャマを着て、寝室のベッドで布団を半分かけた状態で横たわっていた。Kさんが亡くなった後も半月以上は生きていたようで、今年1月上旬から中旬にかけて凍死したとみられている。
「姉の遺体は顎が外れていました。よほど苦しかったのでしょう。妹も凍死じゃなくて餓死だと思っています。骸骨のようにガリガリにやせていましたから」
姉妹の遺骨を引き取ったいとこの女性は、悔しそうにこう話す。Mさんの身長は158センチ。かつては64キロあった体重が、発見時は36キロになっていたという。
気温30度を超えて猛暑のシドニーではあまりの暑さに海水浴場に人々が殺到、当局が閉鎖する騒ぎになっている。
そういう環境でも感染拡大する代物なのだという認識が無く、本当にインフルエンザ並の認識でしかない。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/774.html#c22
今の専門家会議の発表の内容がけしからんというなら、日刊ゲンダイが独自に専門家会議を開いて、紙上に発表すればいいんだよ。
読者は、どちらを信じるか選べるから、歓迎するだろう。
日刊ゲンダイは、政権のやっていることは駄目だと言うだけ。読める内容は、まったくナイヨウだ。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/774.html#c23
“選択”の意味がね「投票先として立候補している」なら、あなたの言うとおりなんだが、それが「死に票を積み重ねる無意味な選挙」になっている現実を理解してもらいたい。かつての社会党を支持していた左翼系住民の不平不満を集めて弱小野党が乱立はしているものの、その不平不満を解消する政権が実現する可能性は限りなくゼロに近いし、たとえ政権ができてもまた、三バカの繰り返しの可能性が高い。
いっぽうで、保守系住民にしても、出てきた候補者は利権目当ての政治屋さんばかりで、理想とは程遠い。冷戦が終わり、米中対立の現在、利権は、その対立のなかにあるから、外交政策は対米追従を継続しながら対外経済政策では支那犬が尻尾を振っている。支那ウィルスの蔓延当初…今年の正月ごろに、支那人の入国全面禁止ができなかったのは、野党ではなく、自民党のパンダハガーの存在が原因だったでしょう。
つまり、安全保障は日米安保に全面依存しながら、経済政策は、与党も野党も支那犬のドッグショーで、日本犬は存在しないのだ。冷戦中は、対米依存一辺倒でいいのか? の不安を抱いていたのだが、現在は米中の二股こうやくでいいのか? の不安への解消策を提示してくれる政党はない。支那の共産党政権への不安を解消してくれる政党はないのだ。
野党も与党も支那犬ばかりで、日本犬が消えてしまったドッグショーへの不安を理解してもらえるだろうか?
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/729.html#c93
そうそう、
谷を国会に呼び出さないのもおかしい。
イタリア勤務だろうが、2日もあれば出てこられる。
検察を神聖不可侵のように扱っているのと同様、共産も含めて「やはりプロレスなんだな」と思ってしまう。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/763.html#c44
@コロナは怖いと洗脳=学校を始め社会活動の停止を誘導_____それはつまり、まさに、そもそも、
_お願いしたのであって、総理タル、タルタルソースのわたくしに責任はありません(安倍ひらがな原稿)
A株価の急落=外資は高値で売却(国民資産である年金原資の献上)__GPIF役員は退職で責任回避
B外資による底値での買戻し=完全な外資による企業支配______小泉・竹中と同様な売国政策の完成
Cコロナの治療薬・ワクチン(?)の隠蔽___パンデミックを誘導・醸成、高齢者・弱者殺しによる人口
_削減作戦・高齢者の医療費・年金支払い削減作戦。「ほーら、高齢者がたくさん死んでくれて年金会計も
_PBもよくなるだろうさ。そんで、おまけに労働者が少なくなったから外国人労働者を入れないかんだろ。
_あ〜ん!違うか?」(発言予定=麻生バカだろう)
D「コロナの治療薬」ができますた、高いけど国費で負担します____国税を使った医薬品業界の暴利
EPBが悪化しましたので、財源が必要です・増税しますのシナリオ__更なる増税・弱者殺し
だから、
高齢者・経済的弱者は「死んでたまるか」と何が何でも生き延びよ(山本太郎)。
そして2千万人の非正規・1000万人の障害当事者と関係者・数千万人の貧しい高齢者は、
れいわ新選組の旗印に結集せよ! 選挙で100人のれいわ議員を国会に誕生させるのだ!
そして、安倍自公タワゴト・疫病神・人災・政権の犯罪
__腹黒の黒川定年延長事件、アッキード事件、詩織さん事件、森友事件、佐川偽証事件、公文書改ざん事件、森友関連不審死事件、籠池夫妻不当投獄事件、カキクケコータロー獣医学部設立事件、50万円鷲づかみの賄賂・甘利事件、パンツ高木事件、西村ベトナム3P事件、南スの日報隠蔽・戦死隠ぺい事件、年金原資の株式賭博・献上事件、・・・
桜を見る会の公選法違反事件、禿スダレの裏社会ズブズブ事件、FTAを見込んだ有害農薬規制緩和事件、売国FTA事件、遺伝子組み換え・農薬まみれ食物輸入事件、子宮頸がん毒物ワクチン推進事件、選挙で開票中継をせずに当選を発表する御用報道事件、菅原メロン・カニ・香典事件、・・・
法相を辞任した松島うちわ議員が参院・法務委員長をやっている事件、国会での安倍のタワゴト発言・暴言事件、ケチって火炎瓶事件、辺野古基地事件、女子大生の貧困問題、貧困の蔓延・庶民の餓死を無視して空飛ぶダンプカー(F35)&空飛ぶ棺桶(オスプレイ)&イージス・当たらんチャー等の購入事件など、ありとあらゆる嘘を暴き、悪事・犯罪を追及し、政権交代を実現するのだ! それにしても、悪事のオンパレードだわいな。かしこ
>山本太郎と黒川敦彦は日本敗北の構造を乗り越えるか https://www.youtube.com/watch?v=LH4_s87aAC8
__兵頭正俊の状況の交差点 2019/06/23 に公開__
●最終処分場としての日本の政治
@廃棄の欧米医薬品 A米国製ポンコツ兵器 B遺伝子組み換え食品
C核のゴミ D欧米企業の赤字部門 E有害な欧米農薬
F欧米で失敗した政策(大量移民、モンサント種子、水道民営化、米農産物、米国債)
売春で学費を稼ぐ貧困女子大生の悲しい現実
>カラダを売らないと学生生活を維持できない https://toyokeizai.net/articles/-/166937
この連載では、女性、特に単身女性と母子家庭の貧困問題を考えるため、「総論」ではなく「個人の物語」に焦点を当てて紹介している。個々の生活をつぶさに見ることによって、真実がわかると考えているからだ。今回紹介するのは、児童養護施設育ちで私立大学に通う20歳の女性。彼女は売春で学費と生活費を賄っている。
>検索 不正選挙のバカ総理 悪の権化の糞総理 報道されない不正選挙裁判
公務員のやってるレベルは,その程度。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/759.html#c40
今は濃厚接触者限定の検査しか受け付けていない。従って検査能力が余る。
「隠れ感染者」が動き回るとあっという間に日本中ウイルスの空気が充満するのは専
門家で無くても分かる。
この政権は五輪が頭から離れないので頭が発散しているのだろう。
例えば大企業は病院を持ち、工場には診療所を抱えているから、簡易検査キットで全
従業員を検査する手がある。全国に拠点があるから地域的なデータも取れる。「隠れ
感染者」が把握できて、「自己管理・自己抑制」の指針を出すことができる。
この政権は「安倍忖度行政」が上から下まで完全に習い性になっていて自分達では気
が付かないほど重症である。「首相責任」「首相落ち度」にならないための行政しか
やっていない。選挙が出来ないのだから誰かが引導を渡して頭を挿げ替える必要があ
る。
開催云々、延期云々、中止云々…etc…はIOCと大会組織委員会で決定すべきこと。東京の場合は組織委員会の会長に森喜朗が就いているから“政治色”がプンプン、腐敗臭として漂っているわけだが、安倍は一応、組織委とは無関係の人間。
同様に都知事の小池も組織委の人間ではないから、あ〜だこ〜だ言える立場ではない。
日本のメディアはちゃんとオリンピック憲章を読んでいるのかね?
安倍が「東京五輪は…」と語り始めたら、「あなたは組織委の人間ではないのだから、語る資格なし。語るんだったら、個人的な見解」とぴしゃりはねつける指摘をする記者さんはいないのかね。
オリンピックに関して、日本のメディアは安倍を持ち上げすぎ(いかにもこのアホが影響力があるみたいな錯覚を国民に植え付けている)。まぁ、安倍がいろいろと思惑を持つことまでは否定しないが、だからと言って、開催の延期、中止を指導できる立場にはない。
組織委しっかりしろ…ということだが、森が最初から政治色を組織委に持ち込んでいるから、東京の場合は始末が悪い。
本来、オリンピックで黒字が出た場合、組織委の判断で分配できるが、同様に赤字が出た場合も組織委の責任で対応しなければならない。自己財源の獲得も組織委の仕事。
しかし、森の組織委は国、東京都の負担を最初から当てにして運営してきたから、このあたりがごちゃごちゃになっている。
近年でいえば、バルセロナにしろ、アトランタにしろ、シドニーにしろ、ロンドンにしろ、国や自治体におんぶにだっこのオリンピックは、西側諸国に関していえば、あまりない。あっても、国や自治体の存在は“脇役”。
国家まる掛かりのオリンピックはモスクワとか北京とか、そんなとこ。それに、戦前のベルリン(ヒトラー・オリンピック)も確かにこんな形だったらしい(わたしはまだ生まれていなかったので…)。64年の東京オリンピックもそうかな。森の頭の中は64年の東京オリンピックの再現なんだろうな。
ついでに言えば、利権も。
要するに、そもそも論でいえば、組織委がIOCと話し合ってぴしゃりと決めればいいこと。
ただ、これまでにも述べてきたが、森の組織委があるべき組織委の形ではないから、安倍や小池がガタガタ言う素地を作っている。
記者さんもしっかり勉強しろよ。安倍が東京オリンピックの行く末を語るほどエライ存在ではないんだと理解して、「安倍が…」「安倍は…」とこいつの発言を持ち上げるような報道はしないでほしいな。
そもそも論でいえば、オリンピックは“政治”とは無縁の存在であるべきなんだから。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/773.html#c5
まさか素人に検査をやらせようというのか。
隔離してコロナの巣窟になったプリンセスなんたらを忘れたのか
日本中の病院をコロナの巣窟にしたいのか。
なんと罵られようが、検査に割くリソースは
重症者の治療と感染拡大阻止と予防に向けられるべきものだろう。
感染者を数えてなんになるのだ。国別の比較など無意味だ。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/759.html#c41
こういう事の原因をユダヤだネオコンだイルミナティだと陰謀論言ってるけどね、実態を見ると日本こそが元凶に見える。
国民を私物化し知らしむ事無く拠らしませ隷属せしめる、という日本の伝統的支配法を世界に拡散しているように見える。
世界で初めてデリバティブを開発したのは日本であり、銭ゲバに何の倫理的制限も持たずやりたい放題やってきた、最悪の銭ゲバ民族、銭ゲバの蠱毒とでも言うべき代物が日本の正体だ。
生活費を借りたら絶対に返せない。
それは街金のイロハなのだ。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/770.html#c36
例えば地震のフリして核実験をしている犯罪国家の存在の指摘がいい例だ。
http://www.asyura2.com/20/cult25/msg/605.html#c5
ワニの親分を見た奇跡のりんごの木村秋則さん
●あの奇跡のりんごの木村さんは宇宙人とワニの親分のような龍に遭遇しているんです。
龍神村で撮影した不思議な写真とUFOと宇宙人
https://ameblo.jp/msouken2/entry-12389508188.html
この不思議な写真を撮影してから、自身の意識の中に龍のノイズとシグナルが頻繁に現れるようになり、小型UFOに意識を読み取られた。
ウガヤフキアエズ王朝は龍族の末裔
葦嶽山とウガヤフキアエズとイルミナティ
https://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3824
ロスチャイルドがアヒル草文字を解読するソフトを全て買い占めた
そのロスチャイルドは明治以前に日本の紙幣には龍が描かれていたが、明治以降には天皇の象徴の鳳凰を檻で囲み、後にプロビデンスの目を入れた
今のユダヤは偽物
https://ameblo.jp/msouken2/entry-12494505070.html
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/691.html
コロナが終息して、国民の人心が落ち着くまで
開催に、影を落とす。
全体を見てものをいわないと。 日本の武漢ウイルスによる死者は世界的
に見ればすくないです。 このことをどう思いますか
欧州はほんとにひどい状況です イタリアは死亡者5000人以上(日本36人)
イタリアは日本より死亡者約150倍 スペイン イランも相当ひどい
このことから比較的 日本は武漢ウイルスの被害はまだ少ない方です。
もちろん感染予防は今後も注意しないといけません。
阿修羅掲示板につどうバカ うんこ しょんべん野郎は 他国は関係ない
日本が悪い 日本はダメ 日本がわるいんだああ---。
お前らがガン 癌 自分のことを鏡で見なさいよ、ガンなんだから。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/774.html#c27
http://www.asyura2.com/0610/bd46/msg/153.html
電通の正体―マスコミ最大のタブー
広告代理店のトップを走る株式会社・電通のタテマエ抜きの会社案内。電通のさまざまな姿を、徹底した現場取材にもとづいて解剖する。佐高信と大下英治の対談も収録。電通を知れば、広告業界&現代がわかる!
この本は将来の日本の方向と安部政権の政策を分析するうえで非常に参考になる書です。
それは自民党がいかに電通に巨額の宣伝費を費やし永田町と深い関係があるか?この本のP102から書いてある。
また、過去に小泉政権が発足した当時に小泉のワン・フレーズ・ポリティクスの手法で「自民党をぶっつぶす!」や「構造改革なくして景気回復なし!」などは?電通の広告テクニックであった。
さらにP112からP113には各政党の広告宣伝費の内訳が書いてある。
この本を拝読して幾つかの?点と点の時事問題を線で結ぶと?ひとつの表には出ない情報が見えてくる。
それは「郵政民営化」「NHKの放送規制」「放送とインターネットの融合」「ライブドア事件」「自民党小泉政権」
これらの時事問題をは全部つながった問題であり、この時事問題はすべて米国がかかわっている!!
M総合研究所がライブドア事件以後に阿修羅サイトで予告していたことがある
↓↓↓
http://www.asyura2.com/0510/bd42/msg/1147.html
この方のサイトでこの著書の見解をレポートしているので非常に参考になる。
↓↓↓
http://plaza.rakuten.co.jp/HEAT666/diary/200503030000/
↑この情報による本質は電通の一番のお得意先であるトヨタや自動車業界が日米貿易摩擦の癌苦であり、自動車産業界がいかに多くの宣伝費を電通に払っているか?
ここが?ポイントになる!!
かって日本は日米貿易摩擦問題で!!米国は日本に経済的な戦争を仕掛けて来た!!過去がある!!
このときに米国は日本にピストルの銃口を向け引き金を引いた!!
そうです!!1994年12月15日の読売新聞の朝刊の記事でノックスを受け入れている米国の企業は「コンピューター・自動車・軍需産業・銀行など十二社の企業に入り込んでいた。」と言う記事がある!!
http://www.m-ken-net.com/keizai3.htm
当時、私はあるシンクタンクの講演でこのことを発表したことがあるが、ある研究委員の方が日本の自動車業界が日米貿易摩擦の一番の原因だとハッキリ語った。
すなわち米国の機嫌をそこなわない為に他の産業界や日本の貿易障壁となる日本の法律をやぶるために米国のパパブッシュ大統領は米国のビックスリーの最高経営責任者と日本の脅しをかけてきたことがある。
すなわちこの時と同じ恐喝がジュニアブッシュでも「郵政民営化」や「自衛隊派遣」や「米軍移転費用負担」や「日米ミサイル防衛」などは?米国の戦略で日本の負担を強制させられている!!
この時事問題が非常に電通の米国資本に大きく関係している!!
しかし?この事実をマスコミはなぜ?報じない?
そればかりか?日本の国民の愛国心を押さえ込む規制や過去に元小泉総理までもが?
NHKの規制を後押ししたのか?
http://www.asyura2.com/0601/bd43/msg/102.html
オリハルさんの発言に注目してほしい!!
それは米国の放送とインターネットの融合問題で日本に圧力をかけている。
「自民党よ!!いくら?電通にお金を払い国民をバカにした国策で米国の言いなりになるの?」
大沢親分とハリさんに「カツ!!」を入れてもらうよ!!本当に!!
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/692.html
CIA工作員は終身雇用でしたね(正規雇用の社員)。
NSA工作員は契約制です(非正規雇用の契約社員)。
CIAの給料は25日ですね。
NSAの給料は26日です。
リューサクさんはCIAへの転職をリクルートしてるんでしょうか?
でもね、いま、CIAは資金繰りに苦しんでいて、オリンピック阻止ができなければ大量解雇だそうですよ??
モサドも終身雇用ですか???
でもモサドも原油安でヒーヒーだそうですけど????
ロシアとサウジは、CIAとモサドをつぶすために、原油ダンピングを始めてますからね?????
https://ameblo.jp/msouken2/entry-12438206076.html
葦嶽山はウガヤフキアエズ王朝に造営された。
その葦嶽山で不思議な体験と不思議な写真を撮影した。
ウガヤフキアエズは日本のイルミナティと言う白峰氏
ウガヤフキアエズが当時使っていた文字がアヒル草文字で、葦嶽山の鏡岩にはそのアヒル草文字が残されいた。
ロス茶のおかかえ考古学者がアヒル草文字の解読ソフトを根こそぎ買い占めた。
https://ameblo.jp/stageup-gate/entry-11191168367.html
その葦嶽山に不思議な能力を持つ神谷という男と登ると不思議な現象が起きる
その神谷さんは、今の全米ユダヤは本当のユダヤではないと猛烈に批判していた。
http://www.asyura2.com/08/bd53/msg/571.html
高野誠鮮さんがOUCの会合前に見せられた巨大なUFO
https://ameblo.jp/msouken3/entry-12583072772.html
高野誠鮮さんは巨大なUFOを見たのではなく見せられたのです
そして、これらのシグナルは全部繋がっているようです
https://ameblo.jp/msouken2/entry-12454469174.html
それが安倍政権後、ドライブスルーで蔓延する〜と喚く土人が蠢く後進国になった。
なぜドライブスルーで、なぜ屋外で検査することが有効だと認定されたのか考えもしない。
馬鹿が政権を取ると一瞬にして国自体が馬鹿になるという恐るべき例を我らは目の当たりにしている。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/759.html#c42
五輪が第二次パンデミックのキッカケになってもIOCは何の責任も取らない。
そもそも「私たちは感染について素人です」と開き直るのがオチ。
主要先進国の首脳が世界各国に代わって決断すべき話だ。
延期では無い、10年程度は100万人規模の国際的大移動イベントは止める、これ
が常識だ。
3/27!いよいよ始まる5Gサービス〜まずは大都市から、2021年中には人口カバー率90%〜5Gと新型コロナウイルスの因果関係、そしてビルゲイツの”ID2020アライアンス”
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2138846.html
ニュースでは便利さだけをたんたんと伝えていますが、その危険な実態はとてつもないものです。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/773.html#c9
>中国 欧州 米国 日本 韓国に新型コロナウイルステロを仕掛けたのはどこの誰だ!
>アメリカだよ
まあ、下手人はアメリカだけどね。
トランプなんだけどね。
でも、仕掛けたのは、フォードやプジョーなどの土豪劣紳が資金を出している
CIA(多国籍諜報機関)
なんだよ。
ロックフェラー石油資本もCIAのスポンサーで、モサド(イスラエルの諜報機関)にもカネを出している。
このロックフェラー石油資本が原油安で困っている。
そしてフォードやプジョーなどもCIAウィルスで生産停止に追い込まれて苦しんでいる。
やりすぎトランプにはかなわないね!
出自をネットで見て、なるほどと思いました。
嘘をかくも平気で言うは日本人ではないわな〜。
半島系出自のようです。
道理で北朝鮮は安倍と協調し、日本の脅威を演出してくれます。
日本の脅威は、安倍だわな〜。こいつを引きずりおろさないと、日本の未来はない。
日本の良き倫理観・道徳の文化を崩壊し、懸命に蓄えた日本の資産を安倍のお友達に分け与えたり、外国に散財し崩壊へと導いている。日本の資産、国民資産はがた減りです。
どう見ても、日本の総理大臣では、無いね。
小泉純一郎、安倍晋三、、、と北半島系出身の父親を持っておりますね。
小泉が後継指名したのは安倍でしたね。 わかるでしょう。
アメリカ大使館人事では、日本人は抵抗するので、半日本人を傀儡政権とし日本収奪をしていたのですね。在日が重宝されました。
これを打破しないことには、終戦が終わりません。
戦後レジュームの解体??これって、大嘘です。
戦後レジューム体制で政治家になり、総理大臣までなれた大馬鹿ですわ。
アメリカネオコン・戦争家がトランプ大統領で一掃されると、もう安倍の悪政治が隠さず開示されるようになりました。
誰が書いたかって?ゴーストライターに決まっている。馬鹿な質問するな!
馬鹿、アホの安倍では、この国持ちません。
『美しい国、北朝鮮・韓国』なら安倍晋三はハングル語で書けるかもしれませんね。
イヤ昭恵なら書けるかも、、、晋三は文章は書けない。 ハッハッハッハ。
こんなレベルです、安倍晋三さんです。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/768.html#c9
皆が病院に駆け込みパニックに陥る危険性があるなら「検査ばかり増やすな」的な意見は必要だが、今は検査数が必要なのに行われていない。
実状をつかまなければ逆に危だ。
検査を増やすな派は、現実を見ていないアホだな。下記現実をよく見ろ⬇
「最近1週間の世界の検査数は、ドイツ167,009件、韓国68,017件、フランス24,200件、日本は9,182件」(ニュース23)
「東京都で2月7日から3月10日までの33日間に28485件の相談件数があったが、そのうちたった364人しか検査に通じる所に紹介していない」(他スレより)
海外メディアからの批判⬇
「日本は検査能力の6分の1しか使っておらず、集団発生を封じ込めるのに十分な手だてを取っていない懸念がある」(ロイター通信)
「一日6000件の検査能力がありながら、実際は一日平均1312件。韓国は一日約一万件」(サンデーモーニング)
「医師が必要と判断したのに保健所が応じない事でPCR検査が実施されなかった不適切事例が26都道府県で290件」(日本医師会)
「検査に積極的な韓国や、感染報告や情報共有の透明性が高いシンガポールは、日本の手本になる。日本の検査人数は少ないとして、『検査拡大に努めるべきだ』と述べた」(パンデミックに詳しいジェニファー・ナゾ研究員)
検査が中々受けられないで色々な医療機関をたらい回しにされた感染者がいたり、感染者を診察した医者までもが検査が受けられないというという理不尽事象が発生している。あまりに滅茶苦茶対応。
こういう理不尽がまかり通る日本の現状は異常だ。
最近は「それぞれの自治体の判断で」とは言うもののなぜか検査が進まない(弱冠は増えてきたようだが)
勿論、いきなり病院に行くのは迷惑を掛けたりマズいケースもあるが、今は入り口を普通の外来と分けたり、待合室は個別のプレハブを設置したりと工夫している病院も増えて来た。
もう少し検査の手順を簡略化すべきだろう。しきりが高過ぎるから検査不足に陥っている。
検査を最大限に進めた和歌山県はその対策が功を奏した。大阪の症状別に指定病院やホテルなどに分けて患者を振り分ける手法は全国的に必要だろう。
いまだに厚労省は検査の重要性がわかっていないのではないか。
基準は変わったらしいが、例えば今までの失敗⬇
4日待つのは、他の病気に対して重症化する危険があり、やってはいけない事だろう!
「4日間で意味があるのは、普通の風邪は4日以内に熱は下がるかもしれない。新型コロナは4日以上熱が下がらないのは理解出来ます。普通の風邪との区別だけなら意味がある」
「しかし、4日以内に悪くなる病気、例えば肺炎菌球性肺炎でもあっという間に悪くなる。重症化する。間質性肺炎でしたら3日間で人工呼吸器まで行ってしまった患者さんもいた」
「4日以内に悪くなる病気はいっぱいある。相談センターではそれは対応出来ない。」
(上記「 」内は大谷先生の話)
民間の検査キッドも使って検査を増やすべき。基本的には医者が検査判断をした方が良いと思うが、ドライブスルーや検査機関を増やしランダムにやった方が良い時期に入っているかもしれない。
>ロシアとサウジは、CIAとモサドをつぶすために、原油ダンピングを始めてます
ロシアもサウジも新型コロナウィルスの死者はゼロ!
CIAの取り締まり = 新型コロナウィルスの取り締まり
なんですよね。
原油安をいつまで続けられるかが新型コロナウィルス撲滅のカギ!!
そしてCIA工作員撲滅のカギ!!!
おっしゃる通りです。
次から次へと新しく造語して国民を煙に巻く
クラスター、波動、水という言葉が連なると詐欺師というのが通り相場だ。
同様にオーバーシュートなど、日本語の解説が無いとわからない。
>27.NE1jOEh0bzl0QkE=:世界の武漢コロナの状況と日本の比較はしてますか。
隠す改竄する破棄する当局だ
そのためにも、国際的に信用される数字を出さないとね。
新聞などはタバコと酒が原因だという説もある、などと紹介を装って無根拠の自説を述べている。
男性を不妊化するウイルスだとしたら?
男性を選択的に狙っているように見え重症化しやすいのはその機能が影響しているとしたら?
なお女性は子宮頸癌ワクチンなるもので不妊化する。
http://www.asyura2.com/20/cult25/msg/608.html#c1
辛坊氏が出るようになって
見なくなってました。
辛坊氏が下りるなら
またみるかな・・・
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/757.html#c31
>>41さん
>医者や看護婦や検査技師はそうそう増やせるものではない。コロナがなくてさえ病院は手一杯なのだ。待合室はいつも満員。検査などやってる余裕はなかろうが。
>隔離してコロナの巣窟になったプリンセスなんたらを忘れたのか。日本中の病院をコロナの巣窟にしたいのか
逆です。検査をしない方が感染が広がる可能性が高いです。勿論、感染の疑いのある人々がみんな病院の待合室に集まったら危険です。
新型コロナウィルス対策というのは、検査をする人は病院でも入り口を分けたり、そもそも検査できる病院と出来ない病院を分けたり、さらには病院とは別に検査所を設けるのです。
そして、大阪の様に症状によって病院に入院(重症者)、ホテル(軽症者)などを施設にするなどふるい分ける。
上記以外にもあなた様の意見は、前提が間違っている点があると思います。
検査の必要性の意見が、その本人のためだけに限定されている様に思えますが、検査をするのは自分のためだけではなく、他人にウィルスをうつさないようにするためです。
新型コロナウィルスに感染してもその症状が軽い人々自身に問題はないとしても、そういう人から、お年寄りや抵抗力の弱い方々に感染し重症化する恐れがある以上は、本人が軽軽症でも自分が感染しているのか、感染していないのかを知る必要があります。
お年寄りや抵抗力の弱い人々に大きく影響する以上は、その感染者数を把握して感染者自体を把握することで、感染者施設、ホテル滞在処置、自宅待機などの振り分け対策が必要となり(大阪の対策の様に)、後々の感染拡大・縮小などに大きく影響するからです。
感染者の特定と感染者数を把握する事は物凄く大事なことなのです。
感染者数を把握するのを軽視しているのは日本だけでしょう。
感染者数がわからなければオリンピックの開催の是非や各イベントの開催・中止や学校休校の是非などあらゆる判断に影響します。
現実把握というのは問題を解決するために最も大事なことです。数だけ知ってどうするんだ?という話ではないのです。
ノー天気の日本人によって感染爆発が起きる。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/774.html#c31
平野 憲一 : ケイ・アセット代表、マーケットアナリスト 2020/03/23
https://toyokeizai.net/articles/-/338858
トランプ大統領は「最大2兆ドル規模」の経済対策を表明した。23日以降の株式市場はどう動くだろうか(写真:AP/アフロ)
2019年10月の消費税増税実施の際、安倍晋三首相は「リーマンショック級の事象が起きない限り、予定通り実施する」と念を押して、増税を強行した。
新型コロナ対策の「小出し」は避けよ
だが、まさに、そのリーマンショック級の事象が起きたのだ。その意味で言えば、消費税は元に戻すのが道理と言える。しかし、人の動きを止めている今、経済効果やシステム変更による現場の混乱を考えると、現実的ではない。
再び、2008年のリーマンショック時に行われた現金給付が取り沙汰されている。あの時は1万2000円だったが、実は筆者はもらった記憶がない。一方で、辞退した記憶もないので結局はもらったと思われる。つまり記憶に残っていないのだ。ここは記憶に強烈に残り「もらった実感」もわくように、10万円は欲しいところだ。
額の多寡などはさておき、「リーマンショック級の激震への対策」が必要なのは論を待たない。2008年秋以降を振り返ってみると、米リーマンブラザーズが9月に破綻した後、当時の政権は同10月に「生活対策」、同12月に「生活防衛緊急対策」と、矢継ぎ早に対策を出したはずだった。
だが、小規模対策だっただけに、まったくと言っていいほど効かず、翌2009年4月の経済危機対策でようやく底打ちを示したように、「様子を見ながらの対策」では効果がない。政策は1度に出すべきだ。当時は総事業費130兆円(財政支出30兆円)がトータルの数字だったが、今回も、この規模の対策を出せるかと市場は疑心暗鬼だ。
1つの希望は、当時、この小出しの政策を出したのは麻生内閣だったことだ。このときの経験を生かせるか。世界の政権中枢メンバーでリーマンショックを知っているのは、今や日本の麻生太郎財務相などわずかだ。
まさか麻生財務相のアドバイスを受けたとは思えないが、米トランプ政権が当初打ち出した「1兆ドルの経済対策」は、「最大2兆ドル」(約220兆円)に倍増される模様だ。現在、各州の移動制限措置はまさに「戒厳令」のような状態だ。第2次世界大戦下でも、ハワイ以外の本土にはまったく被害がなく、2001年の同時多発テロも、アメリカ人にとっての精神的ショックは大きかったが、経済的被害は今から考えれば限定的だった。
しかし今回は「アメリカ経済の約3割が事実上の休止状態(大手新聞)」とは、「さながら、3割の国土が火の中にある」と言った感じで、トランプ大統領が自身を「戦時下の大統領」と言う所以だろう。投資家が「アメリカ史上最大の危機」と感じても不思議はない。
また、ここへ来て伊藤忠商事が米国不動産ファンドを立ち上げるという。「緩和によって行き場をなくしたマネーの受け皿」ということで、次の展開を考えての戦略だ。「さすがは商社」と言ったところだが、これだけ世界的追加経済対策が多発すると、新型コロナウイルスと同じように、マネーもどんどん増殖していく。つまり、いずれはインフレになると考えられる。不動産も良いが、まずは株ではないか。
ショック時に株式投資を諦めるな
筆者が今まで経験した大きなショック安は、1973年の第1次オイルショック、1987年のブラックマンデー、1990年の平成バブル崩壊、2000年のハイテクバブル崩壊、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災ショック、2016年のチャイナショックなどだ。これらのほか、中規模な下落まで数えると十指に余り、ある程度の規模の下落は、かなり頻繁に起きていることになる。
そのたびに失望し、株式投資から手を引く投資家を見てきたが、一方で多くの投資家は今でも市場にとどまって投資を楽しんでいる(あるいは苦しんでいる)。こうした投資家たちは「下げた時、諦めないで我慢した人たち」であり、「安く買えると喜んだ人たち」だった。
今回のコロナショックは人知を超えているかに見える。だが、市場は人が作っており、過去の大きな下げと本質的には変わらない。
今回の救いのひとつは配当利回りだ。株価が1カ月前には予想もしなかったレベルに下がった結果、東証1部全銘柄の配当利回り加重平均で3%を超えた。4%を超える配当利回りの優良株も多くある。
つまり、5年の期間で考えれば、4%の配当がもらえる優良株は、配当が変わらないとすればだが、さらに(4%×5年=)20%下がっても、事実上実損はないということだ。筆者は、箪笥の引き出しからマネーを出して投資資金に継ぎ足すタイミングではないかと思う。
政策の効果が出るのは意外に早いかもしれない
もちろん、新型コロナの影響で減配なしとは言えず、すべての銘柄にあてはまるわけではない。だが、ここからもう大きく売られる可能性は少ないと見る。
昨年3月の日経平均株価の配当落ちは180円ほどだった。今週はその配当の権利が付いている最終週だ(3月末が権利確定日なら、最終日は27日)。今、価格を下げているのは株式や原油先物だけではない。安全資産とされていた金先物や債券先物も下げている。パニック状態の中で、今多くの投資家は先を争って現金化を急いでいる。同じことをやっていて良いのだろうか。
日米の対策の比較をしたが、例えば、イギリスは当面、レストラン、パブ、ジム、映画館その他全ての事務所の閉鎖を命じ、その間の従業員の賃金の80%を政府が肩代わりするという。
このように、次々に新しい政策が繰り出され、個人の人権が強い自由主義国家では難しいと思われていた都市封鎖や、戦時中のような戒厳令的行動制限が容認され、世界的に危機意識が共有された。結果が出るのは意外に早いのではないか。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c298
平野 憲一 : ケイ・アセット代表、マーケットアナリスト 2020/03/23
https://toyokeizai.net/articles/-/338858
トランプ大統領は「最大2兆ドル規模」の経済対策を表明した。23日以降の株式市場はどう動くだろうか(写真:AP/アフロ)
2019年10月の消費税増税実施の際、安倍晋三首相は「リーマンショック級の事象が起きない限り、予定通り実施する」と念を押して、増税を強行した。
新型コロナ対策の「小出し」は避けよ
だが、まさに、そのリーマンショック級の事象が起きたのだ。その意味で言えば、消費税は元に戻すのが道理と言える。しかし、人の動きを止めている今、経済効果やシステム変更による現場の混乱を考えると、現実的ではない。
再び、2008年のリーマンショック時に行われた現金給付が取り沙汰されている。あの時は1万2000円だったが、実は筆者はもらった記憶がない。一方で、辞退した記憶もないので結局はもらったと思われる。つまり記憶に残っていないのだ。ここは記憶に強烈に残り「もらった実感」もわくように、10万円は欲しいところだ。
額の多寡などはさておき、「リーマンショック級の激震への対策」が必要なのは論を待たない。2008年秋以降を振り返ってみると、米リーマンブラザーズが9月に破綻した後、当時の政権は同10月に「生活対策」、同12月に「生活防衛緊急対策」と、矢継ぎ早に対策を出したはずだった。
だが、小規模対策だっただけに、まったくと言っていいほど効かず、翌2009年4月の経済危機対策でようやく底打ちを示したように、「様子を見ながらの対策」では効果がない。政策は1度に出すべきだ。当時は総事業費130兆円(財政支出30兆円)がトータルの数字だったが、今回も、この規模の対策を出せるかと市場は疑心暗鬼だ。
1つの希望は、当時、この小出しの政策を出したのは麻生内閣だったことだ。このときの経験を生かせるか。世界の政権中枢メンバーでリーマンショックを知っているのは、今や日本の麻生太郎財務相などわずかだ。
まさか麻生財務相のアドバイスを受けたとは思えないが、米トランプ政権が当初打ち出した「1兆ドルの経済対策」は、「最大2兆ドル」(約220兆円)に倍増される模様だ。現在、各州の移動制限措置はまさに「戒厳令」のような状態だ。第2次世界大戦下でも、ハワイ以外の本土にはまったく被害がなく、2001年の同時多発テロも、アメリカ人にとっての精神的ショックは大きかったが、経済的被害は今から考えれば限定的だった。
しかし今回は「アメリカ経済の約3割が事実上の休止状態(大手新聞)」とは、「さながら、3割の国土が火の中にある」と言った感じで、トランプ大統領が自身を「戦時下の大統領」と言う所以だろう。投資家が「アメリカ史上最大の危機」と感じても不思議はない。
また、ここへ来て伊藤忠商事が米国不動産ファンドを立ち上げるという。「緩和によって行き場をなくしたマネーの受け皿」ということで、次の展開を考えての戦略だ。「さすがは商社」と言ったところだが、これだけ世界的追加経済対策が多発すると、新型コロナウイルスと同じように、マネーもどんどん増殖していく。つまり、いずれはインフレになると考えられる。不動産も良いが、まずは株ではないか。
ショック時に株式投資を諦めるな
筆者が今まで経験した大きなショック安は、1973年の第1次オイルショック、1987年のブラックマンデー、1990年の平成バブル崩壊、2000年のハイテクバブル崩壊、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災ショック、2016年のチャイナショックなどだ。これらのほか、中規模な下落まで数えると十指に余り、ある程度の規模の下落は、かなり頻繁に起きていることになる。
そのたびに失望し、株式投資から手を引く投資家を見てきたが、一方で多くの投資家は今でも市場にとどまって投資を楽しんでいる(あるいは苦しんでいる)。こうした投資家たちは「下げた時、諦めないで我慢した人たち」であり、「安く買えると喜んだ人たち」だった。
今回のコロナショックは人知を超えているかに見える。だが、市場は人が作っており、過去の大きな下げと本質的には変わらない。
今回の救いのひとつは配当利回りだ。株価が1カ月前には予想もしなかったレベルに下がった結果、東証1部全銘柄の配当利回り加重平均で3%を超えた。4%を超える配当利回りの優良株も多くある。
つまり、5年の期間で考えれば、4%の配当がもらえる優良株は、配当が変わらないとすればだが、さらに(4%×5年=)20%下がっても、事実上実損はないということだ。筆者は、箪笥の引き出しからマネーを出して投資資金に継ぎ足すタイミングではないかと思う。
政策の効果が出るのは意外に早いかもしれない
もちろん、新型コロナの影響で減配なしとは言えず、すべての銘柄にあてはまるわけではない。だが、ここからもう大きく売られる可能性は少ないと見る。
昨年3月の日経平均株価の配当落ちは180円ほどだった。今週はその配当の権利が付いている最終週だ(3月末が権利確定日なら、最終日は27日)。今、価格を下げているのは株式や原油先物だけではない。安全資産とされていた金先物や債券先物も下げている。パニック状態の中で、今多くの投資家は先を争って現金化を急いでいる。同じことをやっていて良いのだろうか。
日米の対策の比較をしたが、例えば、イギリスは当面、レストラン、パブ、ジム、映画館その他全ての事務所の閉鎖を命じ、その間の従業員の賃金の80%を政府が肩代わりするという。
このように、次々に新しい政策が繰り出され、個人の人権が強い自由主義国家では難しいと思われていた都市封鎖や、戦時中のような戒厳令的行動制限が容認され、世界的に危機意識が共有された。結果が出るのは意外に早いのではないか。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/823.html#c253
===
やはり 最後の問題は 1億5千万の還流問題だ〜〜
悪の根元に到達できるか否かに かかってくる
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/771.html#c14
結局、野党も、マスコミのほとんど(相沢氏も含む)も、
「検察の不起訴が一番おかしい」と、
「検察」を主語して批判しないから、おまえの言う「頓珍漢」になるんだよ。
「改竄」を「単なる修正」にとお墨付きを与えてるのは検察だ。
それから「不起訴不当」程度でお茶を濁した検察審査会だ。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/768.html#c10
欧州並に戒厳令を実施して国民の外出を制限する。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/770.html#c42
キミは誰?アホだろ。
クラゲを擁護するボケを初めてみたな。クラゲファンかキミ?(笑)
クラゲがちゃんと説明?お前バカだろ。バレバレなんだよ。口調がゆでガエルだな。
お前がクラゲ。だろうが、ゆでガエルはクラゲ本人か、または仲間だからいずれにしても工作員。
一般人が同一人物をあんな風に否定する理由・必要性が何もない。
>アメリカだよ
それは安倍創価政権の飼い主 deep state(ディープステート)米国の闇の政府とか影の政府ですね
日本人の地域差について
核ゲノム解読の結果分かったのは本土日本人の同質性が極めて高いということですが、 僅かに地域差があります。
もちろん地域差より個人差の方が大きいですが、あくまで地域別に平均化した話です。
本土日本人でも琉球民族やアイヌ民族に分類されるゲノムの人もいます。
以前より山間部や僻地に縄文の遺伝子が残っていると指摘されていましたが、それが実証された形です。
日本人のクラスターは渡来系の影響が強い「中央軸」と、比較的縄文の遺伝子が残っている「周辺部分」とに別れます。
今後さらに小さい地域単位ごとに調査していけばこの「中央軸」エリアでも縄文の遺伝子が強い集団が見つかったりすると思われます(特に山間部や島嶼)。
◆中央軸(南関東、関西、愛知、福岡、宮城、札幌)
一般に都市部とされる集団では遺伝的同質性が高く縄文由来の遺伝子が比較的少ない。特に東京人のゲノムは朝鮮民族に最も近い。
◆東北(宮城除く)
出雲人とゲノムが殆ど一致。九州人に次いで琉球民族に近い。ずーずー弁話者の分布と一致。
◆出雲
東北人とゲノムが殆ど一致。東京よりも縄文要素を残している。ずーずー弁話者の分布と一致。
◆九州(福岡除く)
本土日本クラスターの中では最も琉球民族に近い。従って本土日本人の中では最も縄文人に近い位置に来るとされる。また朝鮮半島よりも中国南部の影響を受けている。
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/geo/1576626259/l50
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c277
で、使えない罵愚がここで延々と何を書いているのかと言えば、「自分たちの王安倍晋三様が自分の望む事をしてくれないのは、他の政治家がいるからだ。他の政治家が選ばれてしまう戦後民主主義はおかしい」というようなことらしい。しかし、自民党の代議士なんて安倍晋三様も含めて基本金持ちの犬なんだが。ついでに、
>支那の共産党政権への不安
なんて使えない罵愚が心配する必要は無いよ。すぐ慣れるさ
>91
>日本人の賢さとか信じられるのか?
使えない罵愚みたいなのが人口の3割以上いるようだから、全く信用に値しない。もはや、あまりの危機的状況に純粋に自然科学的な意味で進化した新しい種族の培地になるほどの世界の最先端をいく酷さかと
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/729.html#c95
日本人の地域差について
核ゲノム解読の結果分かったのは本土日本人の同質性が極めて高いということですが、 僅かに地域差があります。
もちろん地域差より個人差の方が大きいですが、あくまで地域別に平均化した話です。
本土日本人でも琉球民族やアイヌ民族に分類されるゲノムの人もいます。
以前より山間部や僻地に縄文の遺伝子が残っていると指摘されていましたが、それが実証された形です。
日本人のクラスターは渡来系の影響が強い「中央軸」と、比較的縄文の遺伝子が残っている「周辺部分」とに別れます。
今後さらに小さい地域単位ごとに調査していけばこの「中央軸」エリアでも縄文の遺伝子が強い集団が見つかったりすると思われます(特に山間部や島嶼)。
◆中央軸(南関東、関西、愛知、福岡、宮城、札幌)
一般に都市部とされる集団では遺伝的同質性が高く縄文由来の遺伝子が比較的少ない。特に東京人のゲノムは朝鮮民族に最も近い。
◆東北(宮城除く)
出雲人とゲノムが殆ど一致。九州人に次いで琉球民族に近い。ずーずー弁話者の分布と一致。
◆出雲
東北人とゲノムが殆ど一致。東京よりも縄文要素を残している。ずーずー弁話者の分布と一致。
◆九州(福岡除く)
本土日本クラスターの中では最も琉球民族に近い。従って本土日本人の中では最も縄文人に近い位置に来るとされる。また朝鮮半島よりも中国南部の影響を受けている。
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/geo/1576626259/l50
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/402.html#c4
日本人の地域差について
核ゲノム解読の結果分かったのは本土日本人の同質性が極めて高いということですが、 僅かに地域差があります。
もちろん地域差より個人差の方が大きいですが、あくまで地域別に平均化した話です。
本土日本人でも琉球民族やアイヌ民族に分類されるゲノムの人もいます。
以前より山間部や僻地に縄文の遺伝子が残っていると指摘されていましたが、それが実証された形です。
日本人のクラスターは渡来系の影響が強い「中央軸」と、比較的縄文の遺伝子が残っている「周辺部分」とに別れます。
今後さらに小さい地域単位ごとに調査していけばこの「中央軸」エリアでも縄文の遺伝子が強い集団が見つかったりすると思われます(特に山間部や島嶼)。
◆中央軸(南関東、関西、愛知、福岡、宮城、札幌)
一般に都市部とされる集団では遺伝的同質性が高く縄文由来の遺伝子が比較的少ない。特に東京人のゲノムは朝鮮民族に最も近い。
◆東北(宮城除く)
出雲人とゲノムが殆ど一致。九州人に次いで琉球民族に近い。ずーずー弁話者の分布と一致。
◆出雲
東北人とゲノムが殆ど一致。東京よりも縄文要素を残している。ずーずー弁話者の分布と一致。
◆九州(福岡除く)
本土日本クラスターの中では最も琉球民族に近い。従って本土日本人の中では最も縄文人に近い位置に来るとされる。また朝鮮半島よりも中国南部の影響を受けている。
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/geo/1576626259/l50
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/964.html#c1
日本人の地域差について
核ゲノム解読の結果分かったのは本土日本人の同質性が極めて高いということですが、 僅かに地域差があります。
もちろん地域差より個人差の方が大きいですが、あくまで地域別に平均化した話です。
本土日本人でも琉球民族やアイヌ民族に分類されるゲノムの人もいます。
以前より山間部や僻地に縄文の遺伝子が残っていると指摘されていましたが、それが実証された形です。
日本人のクラスターは渡来系の影響が強い「中央軸」と、比較的縄文の遺伝子が残っている「周辺部分」とに別れます。
今後さらに小さい地域単位ごとに調査していけばこの「中央軸」エリアでも縄文の遺伝子が強い集団が見つかったりすると思われます(特に山間部や島嶼)。
◆中央軸(南関東、関西、愛知、福岡、宮城、札幌)
一般に都市部とされる集団では遺伝的同質性が高く縄文由来の遺伝子が比較的少ない。特に東京人のゲノムは朝鮮民族に最も近い。
◆東北(宮城除く)
出雲人とゲノムが殆ど一致。九州人に次いで琉球民族に近い。ずーずー弁話者の分布と一致。
◆出雲
東北人とゲノムが殆ど一致。東京よりも縄文要素を残している。ずーずー弁話者の分布と一致。
◆九州(福岡除く)
本土日本クラスターの中では最も琉球民族に近い。従って本土日本人の中では最も縄文人に近い位置に来るとされる。また朝鮮半島よりも中国南部の影響を受けている。
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/geo/1576626259/l50
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/416.html#c4
検査が必要かどうかは治療する医者が決めればよい、
現状感染にシステムが追い付かないのだ、
検査体制の拡充が不要とは言っていない。
検査は最重要ではないと言っている。治療上必要ならばするくらいでよい。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/759.html#c45
早く決めてほしい、というか延期でいいのでは?
— yuwa@AWS勉強中 (@as_yuwa) March 22, 2020
延期とする場合の各種調整が多いのはあるだろうが、方針は早めに打ち出して、各国医療体制を整える方がいいと思う / IOC、東京五輪延期も検討=来月までに結論―中止は議題にせず #NewsPicks https://t.co/BgLcvmbmaQ
最終的な落とし所は見えてきている気がします。やはり「人の命」を他と天秤にはかけられない。ただし、私たちが思っている以上にオリンピックはステークホルダーが多く、延期と言っても近所の催し物の延期とは次元が違... #NewsPicks https://t.co/iDYIzqxO5Z
— 勝俣良介 (@sawanosuke) March 22, 2020
延期はやむなしの流れ!いくら日本が感染者増加しないように頑張ってもヨーロッパやアメリカがこの状態では厳しい。
— R.Watanabe (@ryotalondon2006) March 22, 2020
そして中止はありえない!
ただ日本経済への打撃はかなり大きい。。 / IOC、東京五輪延期も検討=来月までに結論―中止は議題にせず #NewsPicks https://t.co/231KHHWhEa
ナチスの経済的錬金術
Germany 2Germany 11Germany 7
(左 : ハイパーインフレに苦しむドイツ人 / 中央 : 札束で遊ぶ子供たち / 右 : 紙幣を燃やして料理を作るドイツ人女性 )
話を戻す。現在の日本はデフレ経済で苦しんでいるけど、こんな状態になるのは昔から分かっていたんじゃないか。筆者だって長谷川慶太郎の本を読んでいたから、「あぁ〜あ、こりゃ重症になるぞぉ〜」と思っていた。しかし、バブルが弾けた後の処方箋は比較的簡単で、民間企業が元気をなくしているなら、政府が公共投資を増やして景気を回復するしかない。小室直樹先生のファンなら、ケインズの経済学を想い出すかも知れないし、一番分かりやすいのはヒトラーの経済政策だ。
戦勝国から巨額の賠償金を課せられ、ルール地方まで奪われたドイツは、ハイパーインフレの嵐に見舞われ絶望の淵に沈んでいた。(それでも、李氏朝鮮よりマシだろう。) 極度の疲弊は歴史に刻まれている。例えば、
1923年のベルリンではパン1斤の値段が4千280億マルクで
1kgのバターを買うとなれば5兆6千億マルクを払わねばならない。
新聞を読もうとすれば「2千億マルクになります」
と言われ、ギョッとする。
電車賃でさえ1千500億マルクもしたんだからしょうがない。(Constantino Bresciani-Turroni, The Economics of Inflation : A Study of Currency Depreciation in Post-War Germany, G. Allen & Unwin Ltd., London, 1937, p.25.)
さらに、世界大恐慌で失業者が巷にドっと溢れ出したんじゃ、もう泣きっ面に蜂みたいで毎日が青色吐息。
企業の倒産や金融危機が荒れ狂うドイツでは、国内総生産がガタ落ちで、1932年の失業者数は約558万人に上ったそうだ。
(Deutsche Bundesbank, ed. Deutsches Geld und Bankwessen in Zahlen 1876-1975, Knapp, Frankfurt am Main, 1976.)
このように滅茶苦茶になったドイツを救おうとしたのがヒトラーで、彼は1933年2月に新しい経済計画を発表する。この元伍長は、公共事業による失業者問題の解決や価格統制を通してのインフレ抑制を図ったのだ。一般の労働者を支持基盤にするヒトラーは四年間でドイツ経済を何とかすると約束し、その実現を目指して強権を発動した。
今の日本人はヒトラーを狂暴な独裁者とか、ユダヤ人を虐殺した悪魔と考えてしまうが、当時のドイツ庶民にしてみたら結構評判の良い指導者だった。ユダヤ人に対しては閻魔大王みたいだったけど、ドイツ人労働者に対しては親方みたいな存在で頼りになる。ヒトラーは偉大な救世主を目指したから、国民の福祉厚生に力を入れ、社会の底辺で苦しむ庶民の生活水準を上げようとした。
Schacht 2( 左 / ヒャルマー・シャハト)
誰でも大々的な公共事業をやれば景気が良くなると分かっている。が、肝心要の「お金」が無い。傘が無ければ井上陽水に訊けばいいけど、資金が無ければ優秀な専門家を探すしかないから大変だ。
でも、ヒトラーは世界的に著名なヒャルマー・シャハト(Horace Greeley Hjalmar Schacht)博士に目を附けた。奇蹟の復興を目論む総統は、シャハトを口説き落とし、ドイツ帝国銀行の総裁および経済大臣になってもらうことにした。
ヒトラーの抜擢は功を奏し、シャハト総裁はその手腕を発揮する。ドイツ経済はこの秀才のお陰で潤滑油を得た歯車のようにグルグルと動く。
マルクの魔術師はドイツの経済状態を診断し、インフレを起こさない程度に国債を発行する。ナチスに元手が無ければ、ドイツ人が持つ「労働力」を担保にすればいい。
労働者を雇っている事業主が、その労働力に見合った手形を発行し、それを自治体が受け取り、銀行に割り引いてもらう。すると、銀行は自治体にお金を渡して、自治体は公共事業を請負業者に発注する。
こうして、仕事が増え、手形がお金に変わって、世の中をクルクルと回ればみんなハッピーだ。「すしざんまい」の木村社長みたいに笑顔がこぼれる。
ドイツ人のみならずアメリカ人までもが、「シャハト博士は錬金術師か?」と思うほど、彼は金本位制からの脱却に成功した。戦前、通貨の発行は金の保有量を考慮せねばならず、政府が無闇矢鱈に欲しいだけ紙幣を刷るなんて暴挙だった。確かに、当時のドイツを観れば理解できよう。
1935年当時、ドイツの帝国銀行が保有する金は、たったの56mt(メートル・トン)しかないのに、通貨額は約42億マルクもあった。(換算すると1,800,441 troy ounces)
ちなみに、外国が持つ金の保有量を見てみると、
ブリテンが1,464mt、
フランスは3,907mt、
アメリカだと8,998mt、
ネーデルラントは435mt、
ベルギーが560mtで、
スイスは582mt
となっていた。(Timothy Green, World Gold Council and Central Bank Gold Reserves : A Historical Perspective Since 1845, November 1999を参照)
国債反対より、何に使うのかを議論せよ !
Hitler 7Hitler & kids 1
(写真 / ドイツの子供たちから歓迎されるヒトラー)
ナチスの経済計画でドイツの国民総生産が増大したのは有名だが、注目すべきは公共事業費の流れ方だ。つまり、ヒトラーはアウトバーンなどのインフラ整備を目指したが、その際、末端の労働者に充分な賃金が行き渡るよう心掛けたという。
建設工事にかかる支出の約46%までが労働者の給料になったのだ。これにより、一般労働者の懐が温かくなり、前から欲しかった衣料品を帰るようになった。
日本だと、政府や議員がゼネコンに丸投げし、たっぷりピンハネしてから子会社に仕事を回すのが普通だ。そして、この中抜きには「続き」がある。子会社は更なるピンハネを行って、立場の弱い孫会社に分配するから、下っ端の職人が手にするのは雀の涙ていど。これじゃあ、地上波テレビ局と同じだ。例えば、ドラマを制作するためにスポンサーがフジテレビに1億円払えば、局がごっそりピンハネして、子飼いの制作会社に丸投げ。受注した制作会社もピンハネして孫会社に任せ、その孫請けが曾孫会社を使って実際の番組を作るんだから、出来上がった作品が貧相な代物になるのも当然だ。もしも、このドラマがブラック企業をテーマにした作品なら、お金を払って俳優を雇わず、社員の日常を撮影してドキュメンタリー・ドラマを作った方がいい。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/630.html#c6
【国際】公式発表で「延期も検討」ということは、水面下では「延期ありき」で動いているということかな。代表選考が終わっていない競技があることを考えると、早くても来年の同時期ということになりそう。ただ、あと1... #NewsPicks https://t.co/zXFopsnUGf
— 古山 雅之 (@fururunn) March 22, 2020
> 五輪の中止については「いかなる問題も解決せず、誰の助けにもならないため、議題にはならない」
— Y.Oki (@yyyyyy_9393) March 22, 2020
ここの、五輪の中止の意義、ひるがえって言えば五輪の意義が焦点になってくると思う。五輪には多くの複雑な要素が絡み... #NewsPicks https://t.co/MJbq74FpXy
中国はそんなこと言っていない、そもそもフェイクだな(笑)
中国が隠蔽したから広がったというアメリカ大統領補佐官のフェイクに対して、アメリ
カではインフルエンザの陰に隠れて蔓延していて、武漢の軍人スポーツ大会に参加し
た米軍人が感染していて、それが感染を広げた可能性があるといっているだけだ。
マイナス金利政策を巡る顛末からも分かる通り、現在の日本が抱える問題は、
「特効薬が効かない!」 という話ではなく、普通の薬を飲まず、特効薬を追い求めている、という点に本質があります。
と言いますか、ここまで一貫して普通の薬(財政政策)から目をそらし、効果のコミットができない特効薬を探し回る光景は、もはや喜劇です。普通の薬は、効果について事前にコミットできるにも関わらず、頑なにそこから目をそらす。
実は、現在の日本や欧州同様に、主要国の政策担当者が病的なまでに財政均衡にこだわり、国民経済を貧困化させるという光景が、80年前にも見られました。
『[FT]21世紀におぼろに見えるドイツ帝国銀行総裁の影
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO97052220Y6A200C1000000/
ジョン・ワイツによるヒャルマー・シャハトの伝記『Hitler’s Banker(邦訳:ヒトラーを支えた銀行家)』を読み返したら、これまで筆者が考えていなかった1930年代と現在の興味深い共通点に気づいた。
ヒトラーが再軍備計画の資金を賄うために、配下の中央銀行総裁だったシャハトに頼ったことは、よく知られている。
だが、ワイツは――そしてここが今日のユーロ圏に潜在的に関係するところだが――、シャハトがライヒスバンク(ドイツ帝国銀行)で非伝統的な政策を追求できたのは、ひとえに独裁者の後ろ盾があったからだとも指摘している。(中略)
欧州北部諸国に共有されているブリュッセルとフランクフルトの現在の正統的政策には、30年代に一般的だったデフレマインドとの類似点がいくつかある。
今日の政治家と中央銀行家は、財政目標と債務削減に固執している。30年代前半と同様に、正統的な政策には病的なところがある。今日の中央銀行家は、言うことが尽きると「構造改革」に言及するが、そうした改革が一体何を達成するのか決して口にしない。
原則としては、ユーロ圏の経済問題を解決するのは難しくない。欧州中央銀行(ECB)が市民一人ひとりに1万ユーロの小切手を手渡せばいい。物価の問題はものの数日で解決されるだろう。あるいは、ECBは独自の「IOU(借用証書)」を発行することもできる。
シャハトが行ったのは、それだ。
または、欧州連合(EU)が債券を発行し、ECBがそれを買い上げてもいい。紙幣を印刷する方法はたくさんある。どれも皆、素晴らしい方法だ。そして違法でもある。(後略)』
ナチスがドイツで政権を握ったのは、デフレーションで国民の間にルサンチマンが蔓延し、「攻撃的」な政党が喜ばれるという形で社会が歪んでしまったためです。
とはいえ、ナチスが「支持された」のは、これはもう、ヒトラーとシャハトのコンビが、各国が財政均衡主義の魔物にとらわれ、緊縮財政政策を推進する中において、アウトバーン建設に代表される大規模景気対策を打ったおかげなのです。
ヒトラーが率いるナチスは、1932年には43%(!)だった失業率を、五年間で完全雇用に持ち込んでしまいました。
それはもう、ドイツ国民がナチスを熱狂的に支持したのも、無理もない話なのです。
ちなみに、わたくしは別にナチスを賛美したいわけではなく、「人類」は歴史的に財政均衡主義を「愛し」、デフレ期の財政出動という普通の薬を飲むことができず、デフレの原因を(なぜか)、
「構造改革が不足しているから」
という、意味不明というか逆効果(構造改革はインフレ対策)の政策を採用。
緊縮財政と構造改革、つまりは需要縮小策と供給能力拡大策によりデフレを深刻化させ、
「国の借金で大変だ〜っ!」
「構造改革が足りないからだ〜っ!」
と、バカの一つ覚えのように自縄自縛となる愚かな政策を繰り返してきたという話です。
特に、デフレ期には単なる「債務と債権の記録」に過ぎないおカネに国民総じて固執し、政府が普通の薬(財政出動)を飲もうとすると、
「政府は無駄なカネを使うな!」
と、やるわけです。結果、デフレギャップは埋まらず、国民が貧困化し、ルサンチマンが蔓延し、最後には「他の国民を攻撃する」ことで人気を博すポピュリスト政治家が権力を持ち、民主主義が壊れます。
あるいは、貧困化が行き着くところまで行き着き、国家は虎の子の供給能力を失い、発展途上国化します。
民主主義の破壊や、発展途上国化を回避するために必要なのは、「特効薬」でも「万能薬」でもありません。しつこいですが、普通の薬、財政出動を中心とした景気対策という普通の政策なのです。
それにも関わらず、政治家や国民が「普通の薬」について議論しようとさえしない現状に、わたくしは恐怖すら覚えるのです。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12128570302.html
▲△▽▼
現在の状況は、1930年代のヨーロッパとそっくりです。
1929年のNY株式大暴落に端を発した大恐慌により、ドイツは失業率が43%(32年)に達してしまいました。国民のルサンチマンがピークに達した状況で、ナチス・ドイツが政権を握り、ヒットラーが首相の座に就きました。
ナチスはヒャルマル・シャハト(ライヒスバンク総裁)の下で、大々的な財政出動を実施。アウトバーンや国道が建設され、WW2開戦までに、3860kmが建設されました。ナチス・ドイツという独裁的な政権の下で、ドイツ経済は瞬く間に回復。わずか五年間で、失業率が完全雇用の水準に至りました。
当然ながら、ドイツ国民はナチスを熱狂的に支持します。
妙な話ですが、現在や大恐慌期のような需要低迷期には、なぜか「民主主義国」の方が大々的な財政出動に踏み切れず、状況が悪化します。逆に、独裁国は政府が剛腕をふるい、財政を拡大し、国力を強化してしまうのです。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12137232005.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/630.html#c7
人間は超越せらるべき或物なり。 汝等は人間を超越せむが爲めに何をか爲したる。
一切の事物は從來、其自體の上に出づる或物を造りたり。
然るに汝等は此大なる潮《うしほ》の退潮《ひきしほ》となり、人間を超越するよりも、寧ろ禽獸に復歸せむとするものなるか。
猿猴は人間にとりて何物ぞ。哄笑のみ、或は慘《いた》ましき汚辱のみ。
曾て汝等は猿猴なりき。今も尚人間は、如何なる猿猴よりも猿猴なり。
我は、最も侮蔑するべきものの事を彼等に語らむとす。
最も侮蔑すべきは末人なり。
嗚呼。人間が遂に如何なる星をも産まざるの時來らむ。
嗚呼。遂に自ら卑むることはざる、最も卑むべき人間の時來らむ。
見よ。我は汝等に末人を示す。
「愛とは何ぞ。創造とは何ぞ。憧憬とは何ぞ。星辰とは何ぞ。」 -- 末人は斯く問ひて瞬《またたき》す。
其時地は小《ちさ》くなりて、一切を小くするところの末人其上に跳躍せり。
彼の種族は地蚤の如く掃蕩し難し。末人は最も長く生く。
「我等幸福を案出せり。」 -- 斯く言ひて、末人は瞬す。
http://web.archive.org/web/20040506045015/www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/zarathustra/zarathustra-0.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/335.html#c2
抗体を検査すると殆どの人が陽性になる場合、検査の意味は薄くないかね。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/759.html#c46
■末人
末人 ・・・ 不吉な響きをもつ言葉だが、何の目的もなく、人生を放浪し、生をむさぼるだけの人間。哲学者ニーチェはそれを末人とよんだ。さらに、ニーチェは、このような末人が「神が死んだ」終末に出現し、ノミのように地球にはびこると予言した。
なんとも暗い未来だが、根拠はあるのだろうか?
今から3000年前、古代ギリシャでオリュンピア祭が始まった。4年に一度の競技大会で、現代オリンピックの起源である。ただし、競技種目は今よりずっと少なかった。水泳競技はなく、トラック競技、やり投げ、レスリング、ボクシング ・・・ 早い話が「バトル(戦闘)」。つまり、スポーツの原点は疑似暴力(アグロ)だったのである。
ところで、オリュンピア祭で讃えられたのは?
もちろん、敗者ではなく、勝者。
つまり、この時代は、
・強者=価値が高い → 善
・弱者=価値が低い → 悪
だったのである。
じつは、「強者=善、弱者=悪」には科学的な根拠がある。そもそも、現実世界は「弱肉強食」。そして、われわれ人間が今あるのも弱肉強食のおかげ。弱肉強食セット「突然変異と自然淘汰」で、原始細胞から人間に進化したのだから。
ところが、この自然の摂理にかなった価値観をユダヤ教とキリスト教が逆転させたとニーチェはいう。
つまり、
・強者=価値が低い → 悪
・弱者=価値が高い → 善
なんのこっちゃ?だが、気を取り直して、ユダヤ教とキリスト教のバイブル「旧約聖書」をチェックしてみよう。
じつは、「旧約聖書」は一人で一気に書きあげたものではない。複数の予言者のメッセージを編集したものである。内容は、壮大で一大叙事詩の感があるが、中にはユダヤ教徒への教訓もある。
たとえば ・・・
ユダヤ民族は神に選ばれた民である。だから、唯一神ヤハウェを信仰せよ。そうすれば、神はユダヤ民族の敵をことごとく滅ぼしてくれる。
ところが、敵は滅びるどころか、増える一方だった。そして、1932年から1945年にかけて、歴史に残る「ユダヤ人の迫害」が起こる。ナチスドイツの強制収容所で、600万人のユダヤ人が殺害されたのである。震撼すべき犠牲者の数だが、「殺戮」視点でみれば、最悪でない。
というのも ・・・
米国の図書館員マシュー ホワイトの著書「ランキング・残虐な大量殺戮上位100位」によれば、歴史上、ナチスを超える大量殺戮は3つ存在する。
・チンギスハーン(約4000万人)
・中国の毛沢東(約4000万人)
・ソ連のスターリン(約2000万人)
(※1)
もうすぐ1億 ・・・ ここまでくると、残酷な殺戮も「数字」にしかみえない。
じつは、ユダヤ人を迫害したのはナチスだけではなかった。程度の差こそあれ、ヨーロッパ全土に蔓延していたのである(デンマークは例外)。
1894年、フランス、ユダヤ人将校の冤罪に端を発する「ドレフュス事件」。さらに、1940年、ナチスに占領されたフランス・ヴィシー政府は、過酷なユダヤ人政策を強行した。様々なユダヤ人法を成立させ、次々とユダヤ人を強制収容所に送り込んだのである。
特に、1942年7月に実施されたユダヤ人狩り「春風計画」は凄まじかった。フランス側官憲4500人がユダヤ人の住居を襲い、1万2884名を捕え、アウシュヴィッツ収容所に送り込んだのである。その徹底ぶりは本家ナチスを凌駕する。意外に思えるかもしれないが、フランスの反ユダヤ主義は歴史的にみて根が深いのである。
また、東ヨーロッパでもユダヤ人の迫害が横行した。たとえば、1930年代、ルーマニア、ハンガリー、ユーゴスラヴィア、チェコスロヴァキア、リトアニア、ポーランドで大規模な暴力沙汰が起きている。ユダヤ人が路上で襲撃されたり、住居が放火されたり、店舗が破壊されたのである。
とくに、バルト海諸国やウクライナでは反ユダヤ感情が強かった。そのため、第二次世界大戦中、多くの住民がドイツ軍に協力した。たとえば、1941年6月28日、リトアニアで起きた「死の砦事件」。コヴノの第9要塞でユダヤ人8万人が虐殺されたのである。
さらに、キリスト教もユダヤ人を差別した。
1936年、ポーランドで、それを象徴するような事件が起きている。
まず、キリスト教イエズス会の機関誌にこんな記事がのった。
「われらの子弟が、ユダヤの低劣な倫理観に汚染されないよう、ユダヤ人学校を別にもうける必要がある」(※3)
さらに、ポーランドのカトリック教会のフロンド枢機卿は、
「ユダヤ人たちが詐欺行為を働き、高利貸しを仕事とし、白人売春婦の売買をもっぱらにしているのは事実である」(※3)
それが事実かどうかはさておき、神がユダヤ人を助けてくれなかったことは事実だ。
そこで ・・・
ユダヤ教の教えは変質した。力で勝ち目がないなら、道徳をでっちあげて、そこで優位に立とう。そして、このような価値観を集大成したのがキリスト教である ・・・ ニーチェはそう考えたのである。
ゴルゴダの丘で磔刑に課せられたとき、イエスはこうつぶやいた。
「父(神)よ、かれらをお許しください。かれらは何をしているのかわからないのです」
殺される弱者・イエスは、殺す強者・ローマ兵に哀れみをかけることで、「弱」から「善」に大変身したのである(命と引き替えに)。
つまり ・・・
相手が力づくできたら、負けてあげましょう。力で負けても、本当に負けたわけではないから。そもそも、力づくで思いを遂げようなんてサイテー。神の前では、力をふるう方が「悪」で、犠牲者は「善」なんだからね。
こうして、ユダヤ教とキリスト教の出現によって、「強善弱悪 → 強悪弱善」のコペルニクス的転回が起こったと、ニーチェは考えたのである。
ところで、よく考えると ・・・
「弱者=善」というのもヘンな話。
「強弱」は物理学、「善悪」は概念。属性が違うものをいっしょにしてどうするのだ?
■超人
ここで、ニーチェの哲理を一度整理しよう。
ユダヤ教とキリスト教は、現実世界で負けた恨みを晴らすために、精神世界で勝利しようとした。その仕掛けが「道徳」である。
つまり ・・・
弱者は協調的で優しいので「善」。一方、強者は自己中で強引なので「悪」。こうして、強者は表彰台から降り、かわりに、弱者が上ったのである。つまり、弱者が勝者にすりかわったわけだ。
それにしても ・・・
負けを素直に認めればいいものを、卑屈な話ではないか。そこで、ニーチェはこのような道徳を「奴隷道徳」とよんだ。奴隷道徳は、道徳の名を冠しているが、弱者を救済するための方便にすぎない。詭弁を弄して、正当化しようが、根源はひがみとねたみ。そこで、ニーチェはこのような価値観を「ルサンチマン(フランス語で「ひがみ・ねたみ」)」とよんで、忌み嫌った。
そして ・・・
ニーチェの鋭い批判は祖国ドイツにも向けられた。ドイツ人もルサンチマン化しているというのだ。実際、ニーチェは著書「偶像の黄昏」の中でこう書いている。
「かつて思索の民とよばれたドイツ人は、今日そもそも、思索というものをまだしているだろうか。近頃では、ドイツ人の精神にうんざりしている ・・・ ドイツ、世界に冠たるドイツ、これはドイツ哲学の終焉ではあるまいか、とわたしは恐れている。ほかのどこにも、ヨーロッパの『二大麻薬』、つまり、アルコールとキリスト教、これほど悪徳として乱用されているところはない」(※2)
アルコールとキリスト教は「二大麻薬」!?
やっぱり、ニーチェはナチスのお仲間?
というのも、1937年9月12日、ニュルンベルクで開催された第9回ナチス全国党大会で、ヒトラーはこんな演説しているのだ。
「ボリシェヴィキ(ロシア共産主義)は、人類がかつて経験したことのない最大の危機であり、キリスト教出現以来最大の危機である」
ボリシェヴィキとキリスト教は「二大麻薬」!?
つまり ・・・
ニーチェとナチスは、キリスト教(道徳)の天敵、そして、力の賛美者。だから、ニーチェとナチスはお仲間というわけだ。もちろん、ナチスは全体主義、ニーチェは個人主義という根本的な違いがあるのだが、ナチスの磁力があまりに強力なので、わずかな一致で、お仲間にされたのである。
ではなぜ、ニーチェはルサンチマンと道徳を否定したのだろう?
このような卑屈な考えは、人間本来の欲望を押し殺すと考えたから。
人間本来の欲望って?
今ハマっているアクションRPG「ディアブロ3」の世界なら、
・筋力:9999(最大値)
・敏捷性:9999(最大値)
・知力:9999(最大値)
・生命力:9999(最大値)
現実の世界なら、権力、金力、名誉!
ニーチェは、このような純粋で健全な欲望を「力への意志」とよんだ。そして、この意志を持ち続ける人間を「超人(ウーヴァーメンシュ)」とよんで、人間かくあるべしと鼓舞したのである。
ただし、ここでいう「超人」は、まれな資質を有し、困難な目標を成し遂げるスーパーマンではない。資質がイマイチで、成功の見込みがうすくても、自分の欲望から目をそらさず、挑戦する人間をいう。つまり、結果ではなく、意志。だからこそ、ニーチェは「力への意志」とよんだのである。
さらに、ニーチェは超人とルサンチマンがせめぎ合う未来を予言した。
ルサンチマンは、信仰によって骨抜きにされ、自分の欲望を直視することができない。さらに、自分というものがなく、「群れ」でしか生きられない。だから、本当は弱虫。ところが、それを認めず、道徳をでっちあげて、自分は上等だと言い張る。こんな独りよがりの妄想が、長続きするわけがないと。
その結果 ・・・
誰も神を信じなくなる。信じてもらえない神は、神ではない。ゆえに、神は死んだのだと。
その瞬間、道徳も崩壊する。なぜなら、道徳は神なくしてありえないから。
一神教の信者が道徳を守るのは、神罰を恐れるからである(少なくとも、そう教えられる)。ところが、神がいなくなれば、神罰もなくなる。つまり、「神が死んだ」瞬間、道徳も崩壊するのだ。
こうして、遠くない未来に、二大宗教的価値観「信仰と道徳」が崩壊する。そのとき、ルサンチマンはよりどころを失い、ただ生きながらえるだけの生き物になる。それが「末人」というわけだ。
一方、「超人」は、時代や環境に左右されることはない。自分で価値観をつくることができるから。だから、神が死のうが、既存の価値観が崩壊しようが、迷わず、まっすぐ生きていける。つまり、超人とは、何事にも束縛されない「自由」と、自己実現の「意志」を持った人間なのである。
これが、ニーチェの「超人思想」。
力強く、斬新で、カッコイイ。でも、暴力的で危険である。根っこにあるのは「背神」と「反道徳」、つまり、反宗教だから。
ところが、ニーチェは、初めは熱心なキリスト教徒だった。少年時代に、こんなことを書いている ・・・
「神はすべてにおいて、あやまちを犯さないよう、わたしを導いてくださった。だから、わたしは一生を神への奉仕に捧げようと決心した」
一体、何がニーチェを変えたのか?
おそらく、「狂気」。
ドーパミン過剰の激しい性質は、中庸と安定を好まず、左右のどちらかに振り切れる。その結果、既存の価値のことごとく破壊する。それで、新しい価値を生めばよし、破壊でおわれば、その先に待っているのは ・・・ 狂気の世界。
つまり、勇ましいニーチェの超人思想も、結末は超人か狂人か?
それを自ら体現してみせたのが、ニーチェ自身だったのである。
参考文献:
(※1)殺戮の世界史〜人類が犯した100の大罪 マシュー ホワイト著、住友進 訳 早川書房
(※2)「エリーザベト・ニーチェ―ニーチェをナチに売り渡した女」 ベン マッキンタイアー (著), Ben Macintyre (原著), 藤川 芳朗 (翻訳)
(※3)ヒトラー全記録 20645日の軌跡 阿部良男 (著) 出版社: 柏書房
http://benedict.co.jp/smalltalk/talk-251/
▲△▽▼
ニーチェとナチス〜レニの意志の勝利〜
■ワーグナーの信奉者
神は死んだ ・・・ ニーチェは自著「ツァラトゥストラはかく語りき」でかく語った。
この不用意な一言が、キリスト教徒の心情を逆なでにし、反キリストの烙印を押されたことは想像に難くない。大哲学者ニーチェも、熱心なキリスト教徒からみれば、ただの背信者なのだ。つまり、20億人が敵!?
さらに ・・・
ニーチェは「ナチスのシンパ(賛同者)」の嫌疑もかかっている。もし、それが本当なら、全人類が敵!?
歴史的名声をえているニーチェ像も、じつは薄氷の上にあり、いつ水没してもおかしくないわけだ。
では、本当のところはどうなのだろう?
第一の疑惑はワーグナーがからんでいる。
ワーグナーは、言わずと知れたドイツの大音楽家である。19世紀ロマン派歌劇の王様で、「ニーベルングの指環」、「トリスタンとイゾルデ」など、荘厳かつ芝居がかった楽曲で名声をえている。
そのワーグナーの熱烈な信奉者がニーチェだったのである。ニーチェは、学生時代にワーグナーの楽曲に感銘をうけ、個人的な交流が始まった。その後、ワーグナーを讃える書を書いて、インテリからひんしゅくを買った。
そして ・・・
ヒトラーも熱心なワーグナー信奉者だった。ヒトラーは、17歳のとき、シュタイアー実科中学校を放校処分になり、ウィーンに旅行したが、そのとき、友人のアウグスト・クビツェクに絵葉書を送っている。そこにはこう書かれていた。
「僕は今、ワーグナーに夢中だ。明日は『トリスタン』を、明後日には『さまよえるオランダ人』を観るつもりだ」
ヒトラーは、その後、ドイツの総統にまで上りつめるが、ワーグナー熱が冷めることはなかった。定期的に劇場に出かけ、ワーグナーの荘厳な歌劇に酔いしれたのである。
ということで、ニーチェはワーグナーをハブに、ヒトラー(ナチス)のお仲間とみられたわけだ。とはいえ、音楽の趣味が同じだからといって、ナチスシンパ呼ばわりされてはたまらない。
ところが ・・・
ワーグナーは偉大な音楽家にみえるが、うさん臭いところもあった。天上天下唯我独尊で傲慢不遜、しかも、金遣いがあらく、年中金欠だったが、問題はそこではない。
彼の代表作「ニーベルングの指環」は、天界と人間界をまたぐ、壮大な戦争叙事詩だが、モチーフは北欧神話。つまり、神々と北欧ゲルマン人を讃える物語なのだ。
北欧ゲルマン?
じつは、ワーグナーは、北欧ゲルマン人至上を信じる偏屈な反ユダヤ主義者だった。しかも、彼の2度目の妻コージマも反ユダヤ主義者で、夫婦そろって人種差別主義者だったのである。
ゲルマン人最高&ユダヤ人最低?
ナチスの教義そのままではないか。
じゃあ、ワーグナー夫婦はナチス信奉者だった?
ノー!
この二人がナチス信奉者であるはずがない。ナチスが創設される前に死んでいるから。
それに、17歳のヒトラーがワーグナーに魅せられたのは音楽であって、偏屈な人種差別ではない。この頃、ヒトラーのユダヤ人に対する差別意識は、ヨーロッパ人としては平均的なものだった。驚くべきことに、21歳の時、ヒトラーには、ヨーゼフ ノイマンというハンガリー系ユダヤ人の親友がいた。彼に自分の描いた絵を売ってもらっていたのである。
ニーチェもしかり。はじめに、ワーグナーの楽曲に感動し、個人的なつき合いが始まり、彼の知性に魅了されたのである。
そもそも、ニーチェは人種差別主義者ではなかった。彼は「ユダヤ教」を嫌っていたが(厳密には一神教)、「ユダヤ人」を差別していたわけではない。
というわけで、ワーグナーをからめて、ニーチェを「ナチスシンパ」呼ばわりするのは正しくない。
ところが ・・・
やっかいなことに、そう思われてもしかたがない事実があるのだ。ニーチェは著書の中でこう書いている。
「ちっぽけな美徳やつまらぬ分別(道徳)、惨めな安らぎ(宗教)を求めることなかれ、強固な意志と不屈の精神で成し遂げるのだ」
つまり、「道徳」と「宗教」を否定し、内なる声に従い、雄々しく生きよと鼓舞したのである。
これがニーチェ哲学の根幹をなす概念「力への意志」である。そして、この勇ましい思想が、ナチスに利用されたのである。
■ナチスの映画
1934年、ナチスは党のプロパガンダ映画「意志の勝利」を制作した。1934年9月4〜5日に開催されたナチスの全国党大会の記録映画である。
タイトルといい、内容といい、ニーチェの「力への意志」を彷彿させる。
ところが、この映画は、現在、ドイツで上映が禁止されている。ドイツでは、映画であれ、TVであれ、Tシャツであれ、「ナチス」の露出は禁じられているのだ。
禁じられると、よけいに観たくなる!
心配無用。日本ではDVDがふつうに手に入る(amazonで3,730円)。
それにしても日本はいい国だ。言論・思想の自由とかで、言いたい放題、見せたい放題、何をしても許されるのだから(皮肉です)。そこで、DVD版「意志の勝利」(※1)を購入してみると ・・・ 暴力シーンやエロいシーンはゼンゼンない。むしろ、荘厳で美しく、芸術的(そして眠くなる)。
ということで、発禁の理由は、ひとえに「題材=ナチス」。
では、映画の内容はどうなのか?
「ナチス」がムンムン伝わってくる。
冒頭、いきなり、鷲と鉤十字をかたどった像の下に、「Triumph des Willens(意志の勝利)」が映し出される。
そして、重々しい文言 ・・・ 1934年9月5日、世界大戦勃発から20年後、ドイツの受難から16年が経過、ドイツの復興が始まって19ヶ月、アドルフ・ヒトラーは閲兵のため、ニュルンベルクを再訪した ・・・
シーンは変わって、飛行機のコックピット。眼前にみごとな大雲海が広がっている。重厚なサウンドと相まって、気分が高揚する。飛行機は徐々に高度を下げ、雲の割れ目から古都ニュルンベルクが見える。大聖堂をはじめ、荘厳な石造りの建物が整然と並ぶ。中世を思わせる美しい街だ。
飛行機がニュルンベルクの飛行場に着陸する。大勢の民衆が出迎え、歓声をあげている。ヒトラーが飛行機から降り立つと、「ハイル、ハイル、ハイル」の大合唱だ。
オープンカーで、ドイッチャー・ホーフ・ホテルに向かうヒトラー。その途中、道の両側の建物から鉤十字のナチス旗が垂れ下がり、人々が熱狂的に手を振っている。
ホテルに到着すると、母と娘がヒトラーに花束をわたし、笑顔でこたえるヒトラー。絵に描いたような演出だ。ヒトラーがホテルに入ると、
「われらの指導者、姿をみせて!」
の大歓声がわきおこる。ヒトラーが窓から姿をあらわし、それに笑顔でこたえる。強固な意志と不退転の決意を秘めながら、民衆には心を開く、我らが指導者というわけだ。
映像はモノクロだが、美しく、荘厳で、力強い。演出もカメラワークも、時代を考慮すれば新鮮だ。映画全体に一大叙事詩のような風格がある。こんな映画を撮れる監督はそういない。現代なら、スタンリー・キューブリック(故人)かリドリー・スコットか?
■レニ リーフェンシュタール
ところが ・・・
「意志の勝利」を撮ったのは、キューブリックやリドリースコットのような映画界の重鎮ではなかった。レニ リーフェンシュタール、当時まだ32歳の美しい女性だった。
この映画の2年前、1932年3月、レニ リーフェンシュタル監督兼主演の映画「青の光」が公開された。ヒトラーはこの映画をみて感動したのである。その後、レニはヒトラーの大のお気に入りになり、1938年のベルリンオリンピック「民族の祭典(オリンピア)」の監督も任されている。
「意志の勝利」は高い芸術性が評価され、数々の賞を受賞し、レニも栄光と名誉を手に入れた。ところが、戦後、評価は一変する。ナチスが全否定されたのだ。結果、「意志の勝利」は上映が禁じられ、レニ自身も、ナチスに協力した罪で訴えられた。最終的に無罪になったものの、誹謗中傷はその後もつづいた。
この不遇に対し、レニはこう反論した。
「わたしはナチスに加担したわけではない。美を追求しただけだ」
たしかに、レニの映像は「美」をねらっている。しかし、その「美」は穏やかな自然の美ではない。超越した力の美である。そして、脚本は明確に「ナチス礼賛」。これでは、「ナチスの協力者」と言われてもしかたがないだろう。もっとも、そうしないと、映画は完成しなかったのだが。実際、ナチス宣伝相ゲッベルスがあまりに口うるさいので、レニはヒトラーに苦情を訴えている。
ということで、レニはヒトラーから依頼されてこの映画を撮ったのだが、結果として、ナチスを利用して自己実現することになった。フォン ブラウンが、ナチスの超兵器V2ケットを利用して、ロケットの夢を叶えたのと同じように。
論より証拠、映画の内容を精査してみよう。
脚本と演出から、この映画のテーマは3つ確認できる。
1.ヒトラーは偉大な指導者
2.ドイツの若者は健全でパワフル
3.ナチスドイツは階級のない社会
では、この3つが映像でどう表現されているかみていこう。
【ヒトラーは偉大な指導者】
飛行場に到着したヒトラーを出迎える熱狂的な民衆。オープンカーで移動中、道すがらナチス式敬礼でヒトラーを讃える民衆。母娘から花束を渡され、笑顔でこたえるヒトラー ・・・ ヒトラーは国民から崇拝されると同時に、愛される指導者でもある。
さらに ・・・
ヒトラーの演説は分かりやすく、力強い。要点をしぼって、カンタンな言葉で何度も繰り返す ・・・ ヒトラーは頭がよくて、頼りがいがある。ドイツを再び繁栄に導いてくれるに違いない。
というわけで、ヒトラーの演出は「偉大な指導者」にフォーカスされている。
【ドイツの若者は健全でパワフル】
ニュルンベルク郊外に設営された無数のテント。ヒトラーユーゲント(青少年団)の野営地だ。ここで、多くの若者が共同生活をおくっている。
朝起きて、ヒゲをそり、顔を洗う、こんな日常でさえ、限りなく健全で明るい。水掛けをしてふざけあうカットも、民族の一体感を感じさせる。そして、みたこともない大鍋でスープをつくって、大量のソーセージを煮込んで、みんなでモリモリ食べる。調理と食事という日常の風景なのに、物量が多いだけで、力強さを感じさせる。
食事が終わると、相撲とボクシングをあわせたような格闘技や騎馬戦に興じる ・・・ じつは、スポーツは疑似暴力(アグロ)。
というわけで ・・・
ドイツの若者は、共同生活を楽しみ、スポーツを愛する。だから、健康的で、明るく、パワフル。心の病気などどこ吹く風だ。
そして ・・・
こんな若者にささえられたドイツの未来は明るい!
とはいえ、これが当時のドイツ青少年のスタンダードと言うわけではない。この映画が撮られた1934年、ドイツの若者がすべてヒトラーユーゲントとは限らなかったから。ところが、1936年、「ヒトラーユーゲント法」が成立し、すべての青少年の入団が義務づけられた。つまり、「ドイツの青少年=ヒトラーユーゲント」。
以前、265代ローマ教皇ベネディクト16世が、ヒトラーユーゲントの団員だったことが取り沙汰された。もちろん、的外れ。この時すでに、ヒトラーユーゲント法が成立していたから。
【ナチスドイツは階級のない社会】
民族衣装に身を包み、収穫の行進をする農民たち。ナチスは農業・農民を重視します!が映像からヒシヒシ伝わってくる。そもそも、ヒトラーが東方生存圏の拡大をもくろんだ理由は、ドイツの食料不足にあったのだから。
ヒトラーがドイツ労働者戦線指導者ロベルトライをともない、労働戦線の隊員たちを観閲する。続いて、ナチス幹部の労働者を讃える熱い演説。
この2つの映像は、ナチスドイツが農民と労働者を重視する、つまり、「階級のない社会」であることを示唆している。また、先の「ヒトラーユーゲントの野営地」の映像は、ナチスドイツが個人が全体に従属する「全体主義」であることを暗示している。
つまり、ヒトラーの狙いは、「階級のない社会=共産主義」と「個人より国家=全体主義」にあったのである。
そして ・・・
後者の「全体主義」は、おそらく、ヒトラーの戦争体験によっている。
1918年10月13日、第一次世界大戦中、イープルの前方の南部戦線で、イギリス軍は毒ガス「マスタードガス(ドイツ軍は黄十字ガスとよんだ)」を使用した。ヒトラーはその毒ガスをもろにあびたのである。
その時の苦悩と覚醒が、ヒトラーの著書「わが闘争」に記されている ・・・
ガスに倒れ、両眼をおかされ、永久に盲目になりはしないかという恐怖で、一瞬、絶望しそうになったときも、良心の声がわたしを怒鳴りつけたのだ。あわれむべき男よ、なんじは、幾千の者がなんじより幾百倍も悪い状態に陥っているのに、それでも泣こうとするのかと ・・・ わたしは、祖国の不幸にくらべれば、個人的な苦悩というものが、すべてなんと小さいものかということを知ったのだ(※2)。
まさに、全体主義 ・・・
でも、「共産主義+全体主義」なら、まんまボリシェビズム(レーニン式共産主義)では?
たしかにやってることは変わらない、では身もフタもないので、ムリクリ両者の違いを捻出すると ・・・ 憎む相手。
ボリシェビズムの敵は、資本家、つまり「階級」。一方、ナチスの敵は、ユダヤ人とスラヴ人、つまり「人種」。
ヒトラーは「ヨーロッパの新秩序」を掲げ、人種ヒエラルキー社会をもくろんでいたのである。それが、イデオロギーとよべるかどうかはさておき、上から順番に ・・・
第1位:ゲルマン人(ドイツ・オーストリア)
第2位:ラテン人(南ヨーロッパ)
第3位:スラヴ人(東ヨーロッパおよびロシア)
第4位:ユダヤ人
ヒトラーは、ドイツの資源不足(特に食糧)を憂慮していた。そこで、新たな生存圏を獲得するため、上記リストの下位の土地をねらったのである。ところが、第4位のユダヤ人は広い領土をもたない。一方、第3位のスラヴ人が住むロシアは広大で、天然資源は無尽蔵(特に鉱物資源は世界トップ)。そこで、ヒトラーはロシアを征服しようとしたのである。
ヒトラーは、「優れたドイツ人が狭い土地に住み、劣ったスラヴ人が広い土地に住むのはがまんならない」と側近にもらしていたという。その意識が、第二次世界大戦を招いたのである。
ただし、第二次世界大戦の直接原因はヒトラーにあるのではない。イギリス首相チェンバレンの愚策にある(イギリス議会の総意でもあったが)。ヒトラーはフランスはもちろん、ポーランドも侵攻するつもりはなかったのだから。
ということで、ナチズムもボリシェビズムも「敵を憎んでやっつけろ」が基本で、異民族や価値観の違いを認めて、折り合う気がさらさらない。だから、隣国にとってはハタ迷惑なのだ。
日本のお隣にも、お仲間がいるって?
否定はしませんけどね。
話をレニにもどそう。ゲッベルスにちゃちゃを入れられたか、身の危険を感じたか分からないが、結果として、映画は「ナチス礼賛」になってしまった。
その真骨頂が、ナチスの副総統ルドルフ・ヘスの演説だろう。映像を観ていると、歯が浮いてくる ・・・
わが総統 ・・・ 人々は理解することになるでしょう。我々生きるこの時代の偉大さを、我が国にとって、総統がいかに重要な存在であるかを。
あなたはドイツです。
あなたの指導のもと、ドイツは真の祖国となる目的を達成するでしょう。世界中すべてのドイツ民族のために。あなたは我々に勝利を約束なさった。そして、今、我々に平和を与えてくださる。ハイル・ヒトラー!ジークハイル!
それにつづく、「ジークハイル!」の大合唱。
ところが ・・・
このヘスの演説の合間に、2秒ほど、ナチスナンバー2のゲーリングの表情が映るのだが ・・・ その白けた顔。そこにはこう書いてある。
「よう言うわ」
これはカットですよ、レニ監督。
■ニーチェとナチス
というわけで、ニーチェの思想とナチスの教義は似ているが、共通するのはイケイケぐらい。そもそも、ニーチェの「力への意志」の核心は個人主義にあるが、ナチスは頭のテッペンからつま先まで全体主義。だから、根本が真逆なのだ。つまり、ナチスは、都合のよいところだけ、ニーチェ・ブランドを利用したのである。宗教的道徳を捨て、力を信じて、お国のために死んでくれ!と。
ところが、ヒトラーがニーチェを愛読していたという証拠はない。ヒトラーは大変な読書家だったが、ジャンルは歴史と地理と戦争物に限られていた。ただし、第一次世界大戦中、戦場でショーペンハウアーを読んでいたという記録がある。
ショーペンハウアーといえば、19世紀を代表する大哲学者だが、大学入試(大阪大学)の現国の問題にもなっているので、特別難解というわけではない。とはいえ、個人的には難解だし、そもそも陰気臭い。でも、ひとつだけ感動した言葉がある。
「人間、40才までが本文、それを過ぎたら注釈の人生」
偉人の名言の中でも、ひときわ目立っている。あまりのインパクトに卒倒しそうになった。
それはさておき、ショーペンハウアーは「意志」にからんで、ニーチェに影響を与えているので、ヒトラーの心をとらえた可能性はある。
一方、イタリアのファシスト党首ムッソリーニは、ニーチェを愛読していた。彼は自著「力の哲学」の中で、
「ニーチェは19世紀最後の4半世紀で、最も意気投合できる心の持ち主だ」
と持ち上げている。
ムッソリーニの「覇道の人生」を正当化しているのだから、無理からぬ話だ。とはいえ、ムッソリーニは、世間に流布されたような無教養で粗野な人物ではなかった。大変な読書家で、数カ国語をあやつるインテリだったのである。
というわけで、ヒトラーがニーチェの信奉者だった証拠はないが、お仲間のムッソリーニはそうだった。だから、ニーチェはファシズムを産んだわけではないが、加担したことは否定できない。
しかし、ニーチェの一番の問題はそこではない。
彼の理想と現実の埋めようのないギャップ。
■ニーチェの末路
ニーチェは読者にむかって ・・・
「己の内なる声に耳を傾けよ。その声に従って、生きよ。道徳やルールに惑わされてはならない」
と、危険な生き方を強要しておきながら、自分は35歳でニートになってしまった。体調不良で、大学の教授をやめたのである。その後、気候の良い土地を転々としながら執筆に専念した。早い話が在野の学者。
ところが、ニーチェの転落はここでとどまらなかった。45歳で、生きながらにして、アリ地獄に落ち込んだのである。
1889年1月3日、トリノの街を散歩中に、老馬が御者に鞭打たれるのをみて、突然、馬の首にしがみつき、泣き崩れてしまった。気が触れたのである。その後、実家のナウムブルクから近いイェーナの精神病院に入院した。
病室では、たいてい口をきかず、ふさぎ込んでいた。かとおもうと、突然、大声でわめきだし、自分を皇帝とか公爵とよんで、窓を叩き壊すこともあった。そして、頭痛がはじまると、看護人をビスマルクだと言って、ののしるのだった。
「私は愚かだから死んでいる。私は死んでいるから愚かだ」
と、芝居のセリフのような呪文を繰り返した。
これはうつ病レベルではない。重度の精神障害「統合失調症」である。
やがて、病院は回復の見込みがないことを認め、1890年5月、ニーチェは退院した。その後、ナウムブルクの実家にもどり、一度も回復することなく、55歳でこの世を去った。
じつは、ニーチェの狂気は、鞭打たれる老馬をみて、突然、発現したわけではない。子供の頃、すでに、予兆があったのだ。ニーチェはこう書いている。
「僕が恐ろしいと思うのは、僕の椅子の後ろの、ぞっとする姿ではなく、その声である。どんな言葉だって、その姿が発する声ほど、身の毛もよだつ、言葉にならない非人間的なものはない。人間がしゃべるように話してくれさえすればいいのだが」(※3)
幻聴や幻覚は統合失調症の典型的な症状である。誰もが子供のとき経験する夢想世界とは別ものだ。結局、ニーチェの幼少時の予兆は現実になったのである。
■クラーク博士の末路
ニーチェの理想と現実の人生をみると、
「Boys,be ambitious(少年よ、大志を抱け)」
を残したクラーク博士を思いだす。
ウィリアム・クラークは、アメリカ合衆国の教育者で、札幌農学校(現北海道大学)の立ち上げに尽力した。先の名言は、これから巣立つ若者へのはなむけの言葉として有名である。
ところが、そのクラーク博士 ・・・
帰国後、大学の学長になり、順風満帆だったのに、自分の名言を実践することにした。学長を辞めて、新しい大学の創設、会社の創業に挑戦したのである。
「Old boys,be ambitious(中年よ、大志を抱け)」
ところが ・・・
結果はすべて失敗。最後は破産に追い込まれた。その後、心臓病をわずらい、寝たり起きたりで、59歳でこの世を去ったという。
大志を抱き、現実で失敗し、悲惨な末路をたどり、名声だけが残る ・・・ 詳細はさておき、大枠、ニーチェと同じではないか。
というわけで ・・・
挑戦する人生は素晴らしいが、身の丈を超えると、後が良くない。欲をかかず、つつましく生きるのも良き人生かな ・・・
■ゲーテの末路
ニーチェは、寄宿学校時代、文学サークル「ゲルマニア」をつくり、シェークスピアやゲーテをよみあさった。
そのゲーテだが、詩人、劇作家、小説家、科学者、弁護士にして政治家と、ニーチェの「力への意志」を地で行くような「攻め」の人生だ。
ところが ・・・
その「攻め」のゲーテが、晩年、こんな言葉を残している。
気持ち良い人生を送ろうと思ったら ・・・
済んだことをクヨクヨしないこと、
むやみに腹を立てないこと、
現実を楽しむこと、
人を憎まないこと、
そして、未来を神にまかせること。
人生は複雑である。
参考文献:
(※1)意志の勝利[DVD] 販売元:是空
(※2)わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫) アドルフ・ヒトラー (著), 平野 一郎 (翻訳), 将積 茂 (翻訳)
(※3)「エリーザベト・ニーチェ―ニーチェをナチに売り渡した女」ベン マッキンタイアー (著), Ben Macintyre (原著), 藤川 芳朗 (翻訳) 白水社
http://benedict.co.jp/smalltalk/talk-249/
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ニーチェとルサンチマン〜道徳の正体〜
http://benedict.co.jp/smalltalk/talk-250/
■ニーチェかサルトルか
昭和51年、日本の高度経済成長のまっただ中、こんなTV CMが流行した ・・・ 「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか〜、ニ、ニ、ニーチェかサルトルか〜、みーんな悩んで大きくなった〜」 作家の野坂昭如が歌ったウィスキーのCMである。哲学者をまとめてコケにしたようなバチ当たりなCMだが、悪意は感じられない。彼の不思議なキャラのおかげだろう。野坂昭如は、言動はハチャメチャだが、どこか憎めない。何をしても許されそうな ・・・
そういえば、大島渚監督の結婚30周年パーティで、主役をグーで殴って大騒動になった。犯行映像も残っており、証拠は万全なのだが、訴えられたという話は聞かない。 とはいえ、彼のすべてが不真面目というわけではない。直木賞を受賞した「火垂るの墓」は何度もみても泣ける(ただしアニメ版)。
ところで ・・・ 冒頭のCMは、哲学者の有名どころはソクラテス、プラトン、ニーチェ、サルトルと言っているようなもの。つまり、ニーチェは日本でもポピュラーな哲学者なわけだ。 では、ニーチェと聞いて、何を思い浮かべるか? ツァラトゥストラはかく語りき 神は死んだ 超人思想 ・・・・ ニーチェの象徴、3大キーワードである。
ところが、この3つはすべて、ニーチェ哲学の重要な概念「力への意志」にからんでいる。 ニーチェは著書「ツァラトゥストラはかく語りき」の中で、「神は死んだ」と宣言し、人間のあるべき姿「超人思想」を提唱したから。 しかし ・・・ ニーチェが本当に言いたかったのは、「神は死んだ」ではなく「神は妄想である」だったのだ。
そこで、100年後、生物学者リチャード ドーキンスはニーチェを代弁した。彼は著書「利己的な遺伝子」で、生物は遺伝子の乗り物にすぎないと暴露し、さらに、著書「神は妄想である」で、人間を創造したのは進化の法則で、神ではないと言い切った。つまり、神と宗教を否定したのである。 ということで、ニーチェは哲学、ドーキンスは生物学、それぞれ異なったアプローチで同じ結論に到達したのである ・・・ 神は妄想ナリ。ところが、ロジックの鋭さと辛辣さでは、ニーチェが一枚上手。
■ルサンチマン
ニーチェ版「神は妄想」は用意周到である。まず、彼が最初に持ち出したのが「ルサンチマン」だった。 ルサンチマン? 響きはいいが、非常に危険な言葉である。フランス語で「恨み」とか「嫉妬」という意味だが、哲学用語としての意味は最悪 ・・・ 絶対にかなわない強者に対し、ねたむ、ひがむ、陰口をたたく ・・・ ここまでは想定内だが、ルサンチマンは陰湿でしつこい。相手を悪者に仕立てあげ、自分を正当化する。そして、ここが肝心なのだが ・・・ すべて想像の中で、行動は一切ナシ。
なんで?
立ち向かえば瞬殺されるから。 なんと惨めな。 「あんた立派だね。頑張れば ・・・」 ぐらいの皮肉の一つも言って、あきらめればいいのに。 ところが、ルサンチマンは、それでは腹の虫がおさまらない。卑屈というか、偏屈というか、いびつというか ・・・ 具体例をしめそう。 マイクロソフトは、OS(Windows)とOffice(Word、Excel)で成功し、ソフトウェア業界の王族として君臨している。革命でも起こらない限り、王座は安泰だろう。なぜなら、OSとOfficeは初めにやったもん勝ちだから。
たとえば、何か面白いアプリを思い付いて、開発するとしよう。どのOSを選ぶ? もちろん、Windows、次に余裕があれば、Macかな。もっとも、昨今は、タブレットやスマホが急伸しているので、AndroidかiOSかもしれない。つまり、普及しているOSほど、アプリが多いわけだ。だから、一旦、劣勢になったOSが挽回するのは不可能。
さらに、ビジネス現場ではWord、Excelがデファクトスタンダードになっている。外部とのデータのやりとりはPDFが多いが、Word、Excelのファイルを使うことも多い。だから、カネを惜しんで中国製のOffice互換ソフトを買ったところでさほど意味はない。 つまり、マイクロソフトの目を見張る成功は、実力ではなく、既得権益によっている。だから、どんなに優れた商品を開発し、どれほど広告を打とうが、勝ち目はないわけだ。これが、王族と言われるゆえんである。
さて、ここで、ルサンチマンの登場である ・・・ オデは知ってるぞ。マイクロソフトが成功したのはタナボタ、実力があったわけじゃない。1980年、IBMがパソコンに参入したとき、マイクロソフトのMS-DOSが採用され、「パソコンOS=マイクロソフト」が既成事実になったことがすべて。運というか、成り行きというか ・・・ 実際、あのとき、最有力はデジタルリサーチのCP/Mだったんだからな。
だから、マイクロソフトが市場を征服しようが、神様よりお金持ちになろうが、絶対に認めん。 じゃあ、WindowsとOfficeは使っていないの? あ、いや、使っているけど ・・・ 好きで使ってるわけじゃないぞ。みんなが使っているから、使っているだけだ。 では、WindowsとMacどっちがいい?
そりゃもう、Mac!
Appleと比べれば、マイクロソフトなんてゴミみたいなもんだ。いいか、よく聞け、オデはAppleには一目置いているけど、マイクロソフトなんか絶対に認めないぞ(Macを実際に使ったことあるのかな)。 それに ・・・ マイクロソフトはあんなに稼いでいるのに、WindowsXPのサポート打ち切りとか、ふざけたこと言いやがって。売るだけ売っておいて、無責任な話だ。たしかに、金持ちかもしれんが、性根はサイテーだ!
もう一声 ・・・ 創業者のビルゲーツも二代目CEOのスティーブンバルマーもユダヤ人っていうじゃないか。「ベニスの商人」の金貸しシャイロックだな。オデは、こんなエゲツナイ商売する連中とやり合うつもりはない。そこで、焼鳥屋をやることにした。あいつらと違って、オレは品があるからな。 これが、ルサンチマン。 では、ルサンチマンの逆は? たとえば、Google。 ボクたち、マイクロソフトがソフトウェア業界の王族だってことは認めるよ。大したもんだよ、ここまで来るのは。もちろん、ボクたちもイケてるけど、まともにやっては勝ち目はない。だけど、逃げたりはしない。土俵を変えて勝負するんだ。マイクロソフトはデスクトップのキングなら、僕たちはウェブのキング。そして、いつかウェブがデスクトップを超える日が来る。そのとき、マイクロソフトを打ち倒すんだ! その「いつか」だが、遠い未来ではなさそうだ。
ということで、ヘソ曲がりをのぞけば、100人中100人がGoogleを絶賛し、ルサンチマンを軽蔑するだろう。 とはいえ、ラッキーなマイクロソフトや、ルサンチマンなソフト会社や、今をときめくGoogleでたとえても、いまいちピンとこない。ところが、ニーチェが説く「ルサンチマン」は強烈だ。
■一神教と多神教
ニーチェは著書「道徳の系譜」の中でこう書いている ・・・ 「高貴な道徳」は、どれも誇らしげにみずからを肯定するところから発展するものだが、「奴隷道徳」は最初から外部のもの、異なっているもの、自分以外のものを否定する、この否定こそが、この道徳の創造的な行為なのだ。 まわりくどいので、カンタンにまとめると、 ・高貴な道徳 =社会の道徳 ・奴隷道徳 =宗教の道徳 そして、「奴隷道徳=宗教道徳」の本質は、自分以外を否定することにあると言っているのだ。ちなみに、ここでいう宗教とは「旧約聖書=ユダヤ教&キリスト教」に限定される。
では、なぜ、仏教やヒンズー教ではなく、「ユダヤ教&キリスト教」なのか? 一神教だから。 一神教は、他の神を一切認めない排他的な宗教である。たとえば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教 ・・・ じつは、この三大宗教には「唯一神」以外にも共通点がある。 旧約聖書をバイブルにしていること、「普遍的な道徳」をもつことである。ここで、「普遍的道徳」とは、国や民族を超えて有効な道徳をいう。たとえば、ユダヤ教の「十戒」。読んで字のごとく、10の戒めがあるのだが、両親を敬えとか、人を殺してはいけないとか、嘘をつくなとか ・・・ 誰でも理解・納得できるルールだ。
一方、一神教の反対言葉「多神教」は ・・・ 文字どおり、複数の神を包含する。さらに、多神教の神は、地域に根付いており、普遍性がない。たとえば、古代都市テオティワカンでは「ジャガー神」があがめられたが、ジャガーがいない地域では、宗教そのものが成立しない。 さらに、多神教は、普遍的道徳をもたない。それどころか、生贄(いけにえ)を要求する性悪の神までいた(決めたのは人間だが)。2012年人類滅亡説で話題になったマヤ文明はその最たるものだろう。生贄を制度化していたのだから。
また、古代では、地球上のいたる所でシャーマニズムが存在した(一部の地域では今も存在する)。霊と交信するシャーマンが、占いや儀式を取り行い、為政者を補佐するのだが、王を兼ねることもあった。邪馬台国の卑弥呼もその一人だろう。 というわけで、多神教やシャーマニズムは、太陽や星々、森や動物の霊など、自然をモチーフにしている。つまり、自然と結びついた「自然神」なのだ。ところが、一神教は抽象的な唯一神をつくりあげ、それを崇めるよう強要する。さらに、文明化の名のもとに、森林を伐採し、神々などいないことを証明する。つまり、多神教が「自然神」なら、一神教は「人工神」なのだ。
一方、日本は世界に類を見ない無神論の国である。もっとも、戦国時代までは、日本は熱心な仏教国だった。ところが、織田信長がそれを一変させた。信長は、宗教が政治に口出しすることを極端に嫌い、宗教勢力を根絶やしにしたのである。一向宗「本願寺」との熾烈な総力戦の果てに。 その結果、日本の宗教勢力は弱体化し、無神論の国となった。盆は仏壇の前でチーン(仏教)、クリスマスイヴはケーキをほおばり(キリスト教)、正月には神社(神道)でパンパン。はた目で見ると、花見と変わらない。
ところで、一神教で道徳が重視されるのはなぜか? 治安と秩序をたもつため。 じゃあ、一神教は性悪説!? イエス! そもそも、キリスト教の教えによれば、人間には七つの大罪があるという。ところが、人間は神が創造したというではないか。全知全能の神が罪を作った!?矛盾してません? それとも、神はあえて不出来な人間を造り、大罪で苦しむの眺めて楽しんでいる? やっぱり、この世界は神の見世物小屋かもですね。
話をもどそう。 宗教が治安と秩序に一役買っているとしたら、無神論の日本はどうなるのだ?日本の治安と秩序は世界最高なのに。 1946年、アメリカで、この謎を解く書が出版された。タイトルは「菊と刀」、著者は文化人類学者のルース フルトン ベネディクトである。若き日のエリザベステーラーを彷彿させる美人だが、文体は陰気くさく読みづらい。その中で、彼女はこう説明している。 西洋人は「罪の文化」で、神罪を恐れて悪いことをしない。一方、日本人は「恥の文化」で、「世間体」を気にして悪いことをしない。 たしかに、江戸時代のハラキリ、太平洋戦争中の玉砕をみるまでもなく、日本人は世間体を気にする。つまり、「恥の文化」は宗教同様、治安と秩序に貢献しているわけだ。もっとも、最近は「恥知らず」な犯罪が増えているので、新しい「××の文化」をつくる必要がありそうだ。
■奴隷道徳
「ルサンチマン」に話をもどそう。 ニーチェによれば ・・・ 宗教も神も、ルサンチマンというひねくれ者が作りだした「妄想」にすぎない。戦っても勝ち目はないので、想像上の復讐で埋め合わせしているだけ(身もふたもない)。 そして、ルサンチマンの源流はユダヤ教と言い切ったのである。 これは興味深い。さっそく、ユダヤ教の歴史をみてみよう。 ユダヤ人が最初に王国を築いたのは紀元前1021年のイスラエル王国である。その後、強国エジプト王国と共存しながら、ダビデとその子ソロモンの治世で全盛期をむかえた。ところが、ソロモン王が死ぬと、内部抗争がおこり、王国はイスラエル王国とユダ王国に分裂した。
そして、ここからユダヤ人の苦難が始まる。 まず、紀元前597年、南方のユダ王国が新興の新バビロニアに滅ぼされた。さらに、ユダヤ民族の支配階級が新バビロニアに連行されたのである。歴史上有名な「バビロン捕囚」である。 ところが、バビロン捕囚には副産物があった。ユダヤ人が新バビロニアの優れた文化に接することができたのである。中でも、重要と思われるのがギルガメシュ叙事詩(古バビロニア版 or ニネヴェ版)である。 というのも ・・・ 後に、ユダヤ人が編纂する「旧約聖書」に、ギルガメッシュ叙事詩とソックリの部分があるのだ。 時間軸にそって説明しよう。 バビロン捕囚から60年後、ユダヤ人に転機が訪れる。紀元前539年、アケメネス朝ペルシアがバビロンに侵攻し、新バビロニアを滅ぼしたのである。ペルシアは異民族に寛大な帝国だった。王キュロス2世の命により、ユダヤ人はエルサレムに帰還することが許されたのである。その後、ユダヤ人は旧約聖書とユダヤ教を成立させた。 その旧約聖書の中に、「ノアの方舟」というエピソードがある。
じつは、それがギルガメシュ叙事詩の「ウトナピシュティムの洪水伝説」ソックリなのだ。というわけで、バビロン捕囚がユダヤ教成立に一役買ったの間違いない。 しかし、重要なのはそこではない。 イスラエル王国が滅亡し、現実世界で強者から弱者に転落したタイミングで、ユダヤ教が成立したこと。しかも、その教義というのが ・・・ 「ユダヤ民族は選ばれた民である。絶対神ヤハウェを信仰せよ、そうすれば、神が敵対する民族をすべて滅ぼしてくれる」 ところが、その後の歴史をみれば明らかだが、神はユダヤ民族を救ってはくれなかった。それどころが、第二次世界大戦まで、ユダヤ人の迫害が続いたのである。
そのユダヤ教の流れをくむのがキリスト教だが、初めから苦難の連続だった。創始者イエス キリストの受難から始まり、その後も、ローマ帝国で迫害されたのである。しかも、その迫害は常軌を逸していた。女子供を含む多数の信者が、コロッセウムに引きずり出され、ライオンに噛み殺されたのである。ところが、いくら祈っても、神はライオンを退治してくれなかった。 つまり、キリスト教は、創設当初から、強者に立ち向かう術を持たなかった。そのぶん、教義はパッシブであり、それはイエスの最期の言葉からもうかがえる。 イエスは、ゴルゴダの丘で手と足にクギを打ちつけられたときこう言ったという。
「父(神)よ、かれらをお許しください。かれらは何をしているのかわからないのです」
自分を殺そうとする敵をかばうのだから、慈悲深くみえる。しかし、見方を変えれば、勝ち目のない敵を蔑むことで、自分を上に置く、欺瞞(ぎまん)ともとれる。このように、現実では勝つことのできない弱者(キリスト教徒)が、精神世界での復讐のために創り出した価値観を、ニーチェは「僧侶的・道徳的価値観」とよんだ。そして、このような卑屈な負け惜しみをルサンチマンと呼んだのである。 つまり ・・・ 勝ち目のない惨めな現実から逃れるため、自己を正当化しようとする願望が「奴隷精神」、その手段が「奴隷道徳」なのである。そして、「奴隷道徳」こそが人間を堕落させたのだと。 なんという危険な思想だろう。 ニーチェは背神者であり、偶像破壊者であり、反逆者なのだ。
ところが、二ーチェは宗教と神を否定するだけのクレーマーではなかった。神が死んだ後、人間がどう生きるべきかを示したのである。 神を捨てて、オーヴァーマン(超人)たれ! これがニーチェの十八番「超人思想」である。
http://benedict.co.jp/smalltalk/talk-250/
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/335.html#c3
ヒトラーが愛読したツァラトゥストラ
一
ツァラトゥストラ歳三十の時、其郷里と郷里の湖とを去りて山に入れり。 其處《そのところ》に彼は、自らの精神と自らの孤獨を樂めり。十年を經て勞るることなかりき。 されど遂に彼の心機は一轉せり、 -- 或る日の朝、黎明と共に起き出でて、日輪の前に歩み寄り、 斯く彼は日輪に語りき。
『汝大なる星よ。汝が照らすところのものなきとき、何の幸福なることか汝にあらむ。十年の間、 汝は此我が洞に來りき。我と、我が鷲と、また我が蛇とのあるに非ずば、汝は其光と其道とに倦じたりしなるべし。
されど我等は朝毎に汝を待ち、汝の氾濫を受けて汝を祝せり。
見よ。我わが智慧に勞れたること、餘りに多くの蜜を集めたる蜜蜂のごとし。 我はこれを獲むとて差伸べらるる手を要《もと》む。
我は賢き人々が今一?d《たび》その愚なるを悦び、貧しき人々が今一?d《たび》その富めるを悦ぶに至るまで、 自ら有てるものを分ち與へむことを希ふ。
されば汝が夕々《ゆふべ》に、海のあなたへ降り行き、光を幽界に齎す時の如く、 我も亦深きところに降り行かざる可からず。汝、豐饒なる星よ。
我は汝の如く沒落せざるべからじ。我が降り行かむとする人々、 これに名けて沒落と云ふ。
されば汝、過大の幸福をも嫉まざる靜平の眼《まなこ》、我を祝せよ。
將に溢れむとする觴《さかづき》を祝せよ、金色なる水の此《これ》より流れ、 普く汝が悦樂の反照を及ぼさむが爲めに觴を祝せよ。
見よ、此觴は再び空しからむとす。而して、ツァラトゥストラは今一?d《たび》人間とならむとすなり。』 -- 斯くしてツァラトゥストラの沒落は始りき。
二
ツァラトゥストラはただ一人山を下りしが、途《みち》に相會ふものなかりき。 されど彼が森に來りし時、忽ち一人の老翁ありて其前に立ちぬ。食ふべき根を森林に求めむとて、 隱遁の庵を出でたりしなり。さてツァラトゥストラに語りて言ふ。
『此漂泊者は我が未だ知らざるの人に非ず,多くの年の前、彼は此處を過ぎぬ。ツァラトゥストラと呼べりき。 されど彼は變りたり。
かの時汝は、汝の灰を山に運びき。今汝は、汝の火を谷に運ばむとするか。汝は放火者の刑を恐れざるか。
然り、我はツァラトゥストラを認めたり。其眼は清く、其口の邊《あたり》には、何等の厭ふべき影もなし。 彼は舞踏者の如くして行くに非ずや。
ツァラトゥストラは變りぬ。ツァラトゥストラは小兒となりぬ。ツァラトゥストラは目覺めたり。 汝そも眠れるものの間に何をか爲さむとす。
汝海に住む如く孤獨に住みき。而して海は汝を運びき。嗚呼、汝いま陸に上らむとするか。 嗚呼、汝再び自らの身體を曵き行かむとするか。』
ツァラトゥストラ答へき、『我は人間を愛す』と。
聖徒は言へり、『如何なれば我は、森に行き、野に行きしか。人間を愛すること餘りに甚しかりしが故に非ずや。
今は我、神を愛して、人間を愛せず。人間は我に取りて、餘りに不完全なる事物なり。 人間に對する愛は、我を殺すべし。』
ツァラトゥストラ答へき、『我愛に就きて何を言ひしや。我は人間に施すべき物を齎せり。』
聖徒は言へり、『彼等には何物をも與ふるなかれ。寧ろ彼等より或物を取り、 彼等と共にこれを負へ。そが、汝にはただ悦ばしきのみなる時、彼等には最も悦ばしきならむ。
而して汝若し、彼等に與へむことを慾《ねが》はば、施物の外何物をも與へざれ。施物も亦、 彼等をして之を乞はしめよ。』
ツァラトゥストラ答へき、『否。我は施物を與へず。我は未だ施物をするほどに貧しからざるなり。』
聖徒はツァラトゥストラを笑ひて斯く言へり、『然らば、彼等をして汝の寳を受けしめむことに意を用ひよ。 彼等は隱遁者を猜疑するの心あり、我等の與へむとて來れることを信ぜざるなり。
我等の跫音《あしおと》は餘りに寂しく彼等の街に響く。乃ち夜彼等の床にありて、日出に長き前、 或る一人《いちにん》の行けるを聞かば、彼等自ら問うて言はむとす、 「かの盜人《ぬすびと》は何處《いづく》に行くや」と。
人間に行かずして、森林に留まれ。寧ろ禽獸に行け。汝如何なれば我の如く、 -- 熊の中なる熊、鳥の中なる鳥としてあるを慾はざるか。』
『さて聖徒は、森林にありて何をか爲す。』 -- ツァラトゥストラは問ひき。
聖徒は答へき、『我は歌を作りて、之を歌ふ。歌を作るとき、或は笑ひ、或は泣き、 或は低唱す。かくして神を讚ずるなり。
歌を歌ひて、泣きて、笑ひて、低唱して我が神なるかの神を讚ずるなり。されど汝は如何なる施物を我等に齎すや。』
ツァラトゥストラ此等の言葉を聞き、稽首して聖徒に言ふ、『我は汝に與ぶべき何物をか有たむ。 されど我も亦汝より何物をも受けざらむ爲め、我をして速かに去らしめよ。』 -- 斯くて老いたると若きとは、二人の童子の笑ふが如く笑ひて相別れき。
さあれ、ツァラトゥストラただ一人になりしとき、彼は斯く其心に言へり、『誰かよくその有り得べきを思ふものぞ。 此老いたる聖徒は森林にありて、未だ全く、神の死せるを聞かざるなり。』 --
三
ツァラトゥストラは森林に續く最寄りの市《まち》に來りし時、彼は多くの人々の市塲に集まれるを見き。 踏索者《つなわたり》の技を觀むとて集れるなりき。乃ちツァラトゥストラかく人に言へりき。
『我汝等に超人を教ふ。人間は超越せらるべき或物なり。 汝等は人間を超越せむが爲めに何をか爲したる。
一切の事物は從來、其自體の上に出づる或物を造りたり。然るに汝等は此大なる潮《うしほ》の退潮《ひきしほ》となり、 人間を超越するよりも、寧ろ禽獸に復歸せむとするものなるか。
猿猴は人間にとりて何物ぞ。哄笑のみ、或は慘《いた》ましき汚辱のみ。人間も超人にとりては同樣なるべし。 哄笑のみ。或は慘《いた》ましき汚辱のみ。
汝等は蟲より人間に進みき。汝等の中なる多くは尚蟲なり。曾て汝等は猿猴なりき。 今も尚人間は、如何なる猿猴よりも猿猴なり。汝等の中最も賢き者も、草木と幽靈との雜種に過ぎず。 されど我は汝等に、幽靈もしくは草木たらむことを命ずるものならむや。
聽け、我は汝等に超人を教ふ。
超人は地の意義なり。汝等の意志をして言はしめよ、超人が地の意義なるべきことを。
切に願ふ、我が兄弟よ、地の忠なれ。 而して汝等に天上の希望を説くところのものを信ぜざれ。彼等は、自ら知れると知らざるとを問はず茶毒者なり。
彼等は生命の侮蔑者なり。自ら頽敗し行くもの、自ら茶毒せられしもの、地は此等の人々に勞れたり。 されば彼等をして去らしめよ。
曾ては神を涜《けが》すこと、最大の褻涜なりき。されど神死したれば、此褻涜者も共に死したり。 今は最も恐るべきもの、地を涜すにあり、不可思議の内臟を地の意義の上に置くにあり。
曾て、靈魂は肉體を侮蔑しき。其時此侮蔑は最高のものたりしなり。 -- 靈魂は肉體の乏しきを、 忌はしきを、飢ゑたるを慾ひき。斯くして肉體と地とを脱れむことを思ひき。
あはれ、其靈魂こそは乏しく、忌はしく、飢ゑたりけれ。殘酷は其靈魂の耽樂なりき。
然《され》ど我が兄弟よ、汝等も亦我に語れ。汝等の肉體は汝等の靈魂に就きて何をか告ぐる。 汝等の靈魂は貧弱と、汚穢と、はた憐むべき安逸とに非ざるか。
實に人間は濁流なり。人自ら濁ることなくして濁流を容るるを得むが爲めには、須くまさに海となるべし。
見よ、我汝等に超人を教ふ。超人はかの海なり。汝等の大なる侮蔑はよく其中に陷沒す。
汝等がよく經驗するところの最も大なるものは何ぞや。大なる侮蔑の時是なり。 ただに汝等の幸福のみならず、汝等の理性と汝等の徳操とまたひとしく、汝等の嘔吐を促すの時是なり。
其時汝等は言ふ、「我が幸福に何の價値ありや。ただ貧弱と、汚穢と、はた憐むべき安逸とのあるのみなり。 されど我が幸福は其れ自ら這の存在の理由を提供せざるべからざりき」と。
其時汝等は言ふ、「我が理性に何の價値ありや。その智識を追ふこと獅子の其食を追ふが如きものありや。 そはただ貧弱と、汚穢と、はた憐むべき安逸とに過ぎざるなり」と。
其時汝等は言ふ、「我が徳操に何の價値ありや。そは未だ我を狂暴に驅りしことなし。 我如何に我が善と我が惡とに疲れたるかな。其一切は貧弱と、汚穢と、はた憐むべき安逸となり」と。
其時汝等は言ふ、「我が正義に何の價値ありや。我は我が炎熱たり、炭塊たるを見ず。 されど正しき者は炎熱なり、炭塊なり」と。
其時汝等は言ふ、「我が憐憫に何の價値ありや。憐憫は人間を愛する者の磔けらるる十字架に非ずや。 されど我が憐憫は決して磔刑に非ず」と。
汝等已に此の如く語りしか。汝等已に此の如く[口|斗]びしか。嗚呼我、汝等のかく[口|斗]ぶを聞き得たりしならむには。
呪詛すべきは汝等の罪惡に非ずして、汝等の中庸なり。また汝等の罪惡に於ける汝等の吝嗇其物なり。
その舌をもて汝等を舐むるところの電光は何處にありや。それをもて汝等の接樹せらるべきかの亂心は何處にありや。
見よ、我は汝等に超人を教ふ。超人は其電光なり。超人は其亂心なり。』 --
ツァラトゥストラ斯く語りし時、群集の一人は[口|斗]びぬ。『我等踏索者に就きて聞きしこと足れり。 今我等をして彼を見せしめよ』と。人々皆ツァラトゥストラを笑ひき。されど、 踏索者と呼ばれしを自らの事なりと思へる踏索者は、頓《やが》て其業にとりかかりき。
四
されどツァラトゥストラは人々を視て驚きぬ。さて彼は斯く語りき。
『人間は禽獸と超人との間を繋ぐ一の索《なは》なり、 -- 深潭に懸れる一の索なり。
越ゆるも危し、越え了らざるも危し、顧るも危し、戰慄停留するも亦危し。
人間の大なるは、そが橋梁にして標的に非ざるところにあり。人間の愛すべきは、 そが一の過渡たり、沒落たるによる。
我はかの沒落の外に生くべき道を知らざる者を愛す。そは超越せむとする者なればなり。
我は大なる侮蔑者を愛す。そは大なる崇拜者なればなり、彼岸に對する憧憬の箭なればなり。
我はかの、沒落して犧牲となるべき理由を、星辰の彼方に求むることをせず、 寧ろ地が他日超人の手に歸せむ爲め、地に自らを獻ぐる者を愛す。
我はかの、認識せむが爲めに生き、他日超人の生きむが爲めに認識せむとする者を愛す。 斯くして彼は、自らの沒落を慾《ねが》へばなり。
我はかの、超人の爲めに家を建て、超人の爲めに地と、禽獸と、草木とを備へむとて勞作考案するものを愛す。 斯くして彼は、自らの沒落を慾《ねが》へばなり。
我はかの、自らの徳を愛するものを愛す。徳は沒落を慾ふの心、憧憬の箭なればなり。
我はかの、一滴の精神をも自らの爲めに保有することなく、寧ろ全く其徳の精神たらむことを意《おも》ふものを愛す。 斯く彼は、精神として橋梁を越ゆるなり。
我はかの、自らの徳を自らの性癖並びに自らの運命となすものを愛す。 斯くして彼は、自らの徳の爲めに生き、自らの徳の爲めに死す。
我はかの、餘りに多くの徳を追はざるものを愛す。一の徳は二の徳よりも更に徳なり。 そはより多く、その運命の繋るべき結節となるものなればなり。
我はかの、其靈魂の浪費せらるるもの、感謝を慾はず、報復を爲さざるものを愛す。 そは常に與へて、自ら貯へむことを慾はざればなり。
我はかの、僥倖なる骰子の投ぜらるる時耻づるものを愛す。その時彼は問うて言ふ、 「我は正の博奕者にあらずや」と。 -- 彼は沒落を慾ふものなればなり。
我はかの、其行爲に先ちて金言を放ち、又其誓約よりも多くを踐《ふ》むものを愛す。 そは自らの沒落を慾ふものなればなり。
我はかの、將來を辯護し、また過去を救濟するものを愛す。そは現實に依りて沒落せむことを慾ふものなればなり。
我はかの、其神を愛するのよりて、其神を懲戒するものを愛す。そは其神の怒の故に沒落すべければなり。
我はかの、負傷の際にも其魂の深きもの、一些事の爲めに能く沒落するものを愛す。 そは喜びて橋梁を越ゆべければなり。
我はかの、其魂の横溢せるによりて、自ら忘るるもの、一切の事物の其中に在るものを愛す。 斯く一切の事物は其沒落の因となる。
我はかの、自由なる精神と、自由なる心情とを有するものを愛す。斯く彼の頭腦は彼の心情の内臟たるのみ。 されど其心情は彼を沒落に驅る。
我はかの、人間を覆へる暗雲より、ひとつ〜落ち來る、重き滴《しづく》の如きもの一切を愛す。 彼等は電光の來るを告示し、告示者として沒落す。
見よ、我は電光の告示者なり、雲より落ち來る重き一滴なり。其電光に名けて超人と云ふ。』
五
此等の言葉を語りしとき、ツァラトゥストラ再び人々を視て默しき。彼は其心に語りき、 『彼等は立てり。彼等は笑へり。彼等は我を了解せず。我が口は彼等の耳に適はざるなり。
彼等が其眼をもて聞くことを學ぶに先ち、其耳を粉碎するの要あるか。 鑵鼓並びに齊日の説教者の如く怒罵するの要あるか。或は彼等ただ吃々として言ふ能はざるものをのみ信ずるか。
彼等は其誇とするところの物を有つ。其誇とするところの物に名けて何とか云ふ。 之に名けて教育と云ふ。彼等と牧羊者とを區別するもの是なり。
故に彼等は、自らの上に用ひられたる「侮蔑」てふ言葉を聞くことを悦ばず。 乃ち、我は彼等の誇とするところを藉《か》りて語らむとす。
乃ち我は、最も侮蔑するべきものの事を彼等に語らむとす。最も侮蔑すべきは末人なり。』
偖てツァラトゥストラかく人々に語りき。
『今は人自ら其目標を立つるの時なり。今は人自ら其最高希望の種子を植うるの時なり。
彼の土壤は、尚肥沃にして之をなすに足る。されど此土壤は早晩疲弊し去りて、喬木の生ずるものなきに至るべし。
嗚呼。人間が人間の彼方へ、其憧憬の箭を發《はな》つこと能はざるの時來らむ。 其?|弦《ゆみづる》の鳴るを忘るるの時來らむ。
我汝等に言ふ、人は舞ふところの星を産むことを得む爲めに、自ら混沌たるものなかるべからず。 我汝等に言ふ、汝等は尚自ら混沌たるものあるなり。
嗚呼。人間が遂に如何なる星をも産まざるの時來らむ。嗚呼。遂に自ら卑むることはざる、 最も卑むべき人間の時來らむ。
見よ。我は汝等に末人を示す。
「愛とは何ぞ。創造とは何ぞ。憧憬とは何ぞ。星辰とは何ぞ。」 -- 末人は斯く問ひて瞬《またたき》す。
其時地は小《ちさ》くなりて、一切を小くするところの末人其上に跳躍せり。 彼の種族は地蚤の如く掃蕩し難し。末人は最も長く生く。
「我等幸福を案出せり。」 -- 斯く言ひて、末人は瞬す。
彼等はその生くるに難かりし地方を去りぬ。温熱を要すればなり。 人々尚隣人を愛して、之と相摩擦す。温熱を要すればなり。
病患と猜疑と、彼等にありては罪惡なり。人々細心に道を行く。然るに尚、岩石に躓き、人間に躓くものは愚なるかな。
聊かの毒藥は、時に快き夢を誘《いざな》ふ。而して多量の毒藥は、終に快き死滅に導く。
人々は尚勞作せり。勞作は娯樂なればなり。されど彼等は、這《こ》の娯樂によりて自らを害はざらむことを心に用ふ。
人々今や富裕となることなく、貧困となることなし。二者何れも煩はしきなり。 何人か尚統御せむとするものぞ。何人か尚服從せむとするものぞ。二者何れも煩はしきなり。
實に一人の牧者もなき畜群よ。各一樣に慾《ねが》ひ、各全く同等なり。 思ふところを殊にするものは、自ら進むで癲狂院に入る。
「曾ては世界を擧げて狂人なりき」。 -- 斯く言ひて最も智慧あるものは瞬《またた》きす。
人々聰明にして、凡べての出來事を知るにより、彼等の嘲笑は極ることなし。 彼等相爭ふと雖、直にまた相和す。 -- しかせざれば胃の腑を滅すべし。
彼等は日中に小歡をなし、夜間にまた小歡をなす。されど彼等は健康を尊重す。
「我等幸福を案出せり」 -- と言ひて、末人は瞬きす。』
斯くてツァラトゥストラが第一の演説、即ち『緒言』は此處に終りき。 此時群集の喧噪[口|喜;#1-15-18]戲彼を妨げければなり。『我等に其末人を與へよ、ツァラトゥストラよ』。 -- 斯く彼等は[口|斗]びき -- 『我等を其末人となせ。我等悦びて超人を棄てむ』。 かくて人々皆歡呼して其舌を鼓しぬ。されどツァラトゥストラは悲しくなりて、其心に言へけり。
『彼等は我を了解せず。我が口は彼等の耳に適はざるなり。
恐くは、我が山に住むこと長きに過ぎしならむ、我が細流と樹木とに聽くこと多きに過ぎしならむ。 今我が彼等に説くは、牧羊者に説くと異らず。
我が靈魂は不動にして、午前の山の如く朗なり。然るに彼等は我を目して冷酷なるもの、 恐しき諧謔を弄する嘲笑者となす。
偖て今彼等は、我を視て笑ふ。彼等の笑ふ時、彼等はまた我を憎む。彼等の笑には氷あり。』
六
されど頓て、各人の口を噤《つぐ》ましめ、各人の目を注がしむる事起りき。 即ち此時已に踏索者は其?ニ《わざ》を始めたりしなり。彼は小き戸を出でて、二の塔の間に、 市塲と人々との上に張り渡したる索《なは》を歩めり。彼恰も其中程にありし時、かの小さき戸は再び開き、 華かなる色の衣裳をつけし、道化者《ちやり》の如き漢《をとこ》跳り出でて、足早に追行きぬ。 『進めよ、蹇《あしなへ》』と、其恐しき聲は[口|斗]びぬ、『進めよ、怠惰なる者、密賣者、白面者よ。 我我が踵をもて、汝を擽《くすぐ》ることのなからむ爲め進めよ、 汝何の用ありてか這《こ》の塔の間を行く。汝の處は塔にあり。汝は監禁の中にあるべかりき。 汝は汝に優れる者の、自由なる進路を阻む。』 -- 斯く言ひながら道化者《ちやり》の如き漢《をとこ》は益々近きぬ。 されどそのお相去ること一歩の處に到るや、各人の口を噤《つぐ》ましめ、各人の目を注がしむる恐しき事起りぬ。 -- 其?ソ《をとこ》は魔の如き[口|斗]を發して、先《さきだ》てる踏索者を跳越えぬ。 競敵の勝利を見て、踏索者は其頭と索を失へり。彼は其竿を投げ、其竿よりも速かに、 手足の旋風の如く射下りぬ。市塲と群集とは荒立てる海の如くなり、人皆右徃左徃に逃げまどひぬ。 取り分け踏索者の落ち來るべきところは甚しかりき。
ツァラトゥストラは獨り其ところに留りたりしが、恰も彼の傍に踏索者は落ち來れり。 淺間しく姿變り、傷《きづつ》きたりしかど、尚ほ死せざりき。稍ありて息吹き返し、ツァラトゥストラのその傍に跪けるを見き。 『汝何をか爲せる』と、遂にツァラトゥストラに問ふ、『我は夙《つと》に、惡魔の我を飜弄すべきことを知れりき。 今彼は我を地獄に曵く。汝之を防がむとするか。』
『我が名譽によりて誓ふ、友よ。』 -- ツァラトゥストラは答へき。『汝が語るところの物は總て在ることなし、 惡魔もなし、地獄もなし。汝の靈魂は汝の肉體よりも速かに死せむ。是より後亦再び恐るること勿れ。』
踏索者は狐疑の眼をもて見上げしか、やがて言ふ、『汝若し眞《まこと》を語らば、 我は我が命を失ふとも何物をも失はざるなり。我はかの、毆打と食餌とによりて舞踏を教へらるる禽獸と、 多く異るところなきなり。』
ツァラトゥストラは言へり、『否、然らず。汝は危險を汝の職業となしぬ。何の卑むべきことかあらむ。 今汝は其職業の故に死す。されば我、我が手を以て汝を葬るべし。』
ツァラトゥストラは斯く言ひし時、臨終の人は答を爲さで、僅に其手を動しぬ。 そは宛《あたか》も、ツァラトゥストラに謝せむとて、其手を求むるものの如く見えき。
七
さる程に夕《ゆふべ》は來り、市塲は闇に包まれぬ。人々は散り行きぬ。好竒の心と恐怖の念とまた倦怠しければなり。 然れどツァラトゥストラは死者の傍に、地上に坐し、思ひ沈みて時を忘れぬ。遂に夜となりて、 冷き風は寂しき者の上を吹き渡りぬ。乃ち、ツァラトゥストラ起ちて其心に言へり 『實《げ》に今日のツァラトゥストラが漁《すなどり》は宜しかりしかな。彼は人間を捕へずして、死體を捕へたり。
人生は凄慘にして、しかも無意義なり。道化者《ちやり》は能く其運命となることを得む。
我は人間に其存在の意義を教へむとす。即ちそは超人なり、人間の黒き雲より來る電光なり。
然《され》ど尚ほ我は人間を遠ざかれり。我が心は彼等の心に語らず。我は尚ほ人間に取りて、愚人と死體との中間なり。
夜は暗し、ツァラトゥストラの道は暗し。いざ汝、冷き硬直の伴侶よ。 我は我が手をもて汝を葬るべきところに汝を運ばむ。』
八
ツァラトゥストラは斯く其心に言ひし時、死體を負ひて其途に出で立ちぬ。未だ百歩を行かざるに、人あり、 濳に追躡し來りて耳語す。 -- 而して見よ、 -- 語りしはかの塔の道化者《ちやり》なりき。 『ツァラトゥストラよ、此?s《まち》を去れ』と彼は言ふ、『此處には餘りに多くの人々汝を憎む。 善き人、正しき人は汝を憎み、汝を其仇敵と呼び、侮蔑者と呼ぶ。正しき信仰に忠なる人は汝を憎み、 汝を多數者の爲めに危險なるものと呼ぶ。笑はるるは汝の僥倖なり。而して眞《まこと》に汝は道化者《ちやり》の如く語る。 死したる犬と交はりしは汝の僥倖なり。斯く自らを卑うすることによりて、汝は今日自らを救へり。 されど此市を去れ、 -- 去らずは、明朝我汝を越えて跳ばむ、生きたるもの、死せるものを越えて跳ばむ。』 斯く言ひて道化者《ちやり》の姿は消えぬ。ツァラトゥストラはなほも暗き小路を辿りぬ。
市《まち》の門にて彼は塋穴掘《あなほり》と出で會ひぬ。彼等は炬火《たいまつ》をもて彼の面《おもて》を照し、 そのツァラトゥストラなるを認めて、太《いた》く嘲りぬ。『ツァラトゥストラは死したる犬を運び去る。 彼自ら塋穴掘《あなほり》となるこそよけれ。彼等の手は此燔肉に對して餘りに清ければなり。 思ふにツァラトゥストラは、惡魔の餌食を盜まむとするものか。亦可なり。 その晩餐の羔なかれかし。但だ恐る、かの惡魔がツァラトゥストラにも優れる盜人なることを、 -- 惡魔は、二者何れをも盜み、何れをも食ふ。』かく言ひて彼等は、笑み交はしながら頭を寄せぬ。
ツァラトゥストラは之に答へずして、其道を行けり。森林沼澤の間を行くこと二時《ふたとき》餘りにして、 餓ゑたる狼の頻りに咆ゆるを聞き、彼自らも餓を覺えぬ。乃ち彼は或る寂しき家に足を止《とど》めぬ。 家の中には燈《ともしび》燃えたりき。
ツァラトゥストラは言へり、『空腹は盜賊の如く我を襲ひぬ。森林沼澤の間に、夜深うして我が空腹は我を襲ひぬ。
我が空腹に竒異なる習癖あり。屡々食事の後始めて我に來る。而して此日は終日來ることなかりき。 何處《いづこ》に在りしや。』
かく言ひて、ツァラトゥストラは其家の戸を叩きぬ。間もなく一人の翁現はれぬ。 燈《ともしび》を携へ來りて問ふ、『我と我が惡しき眠とに來るものは誰ぞや』。
ツァラトゥストラは言へり、『生きたるものと、死したるものと。食ふべき物、飮むべき物を我に與へよ。 我は之を晝の間に忘れたり。飢ゑたる者に食はしむるは、自らの靈《たましひ》を養ふなり。 斯く智慧は言ふ。』
翁は一旦《ひとたび》去りて、復《また》歸り、麺包《パン》と葡萄酒とをツァラトゥストラに與へぬ。 而して言ふ、『飢ゑたる人々にとりては惡しき處なり。此故に我は留まるなり。禽獸と人間と、 隱遁者なる我に來る。されど汝の伴侶にも飮み且つ食はしめよ。彼は汝よりも勞れたり』。 ツァラトゥストラは答へぬ。『我が伴侶は死したり。彼をして飮み且つ食はしめむこと難し』。 『何の關《かゝは》るところぞ』と、不興氣に翁は言ふ、『我が家を訪るる者は、我が與ふる物を受けざるべからず。 之を食ひて行け。』
是《こゝ》に於てツァラトゥストラ更に行くこと二時間、道路と星辰の光とに信頼せり。 彼は夜行することに慣れければなり、眠れる者の面を見ることを好みければなり。されど夜の明けしとき、 ツァラトゥストラは深き森林の中に在り、已に行くべき道なかりき。乃ち空洞《うつろ》なる樹の内に、 己《おの》が頭に近く、死したる者を横へ、 -- 死したる者の狼に襲はれざらむ爲め、 -- さて自らも土と苔との上に横はりぬ。間もなく彼は、勞れたる體をもて、泰然たる魂をもて眠に就きぬ。
九
ツァラトゥストラは長く眠りぬ。ただに黎明のみならず、午前もまた其面上を過ぎ行きぬ。 されど遂に其眼は開きぬ。ツァラトゥストラは森林と靜寂を見て驚き、自らを省みて愕けり。 其時彼はかの、忽ち陸を見る水夫の如く、蹶起して歡呼しぬ。 彼は新しき眞理を見たればなり。され彼は斯く其心に語りき。
『我は一道の光明に接したり。我は伴侶を要す、我が行かむと慾するところに携ふる、 -- 死したる伴侶と死體とに非ざる、 -- 生きたる伴侶を我は要す。
我は我に從ひ行く、生きたる伴侶を要す。彼等は自ら、我が行かむと慾する處に從ひ行かむと慾すればなり。
我は一道の光明に接したり。ツァラトゥストラは民衆に説くべからず。寧ろ伴侶に説くべきなり。 ツァラトゥストラは群畜の牧人となり犬となること能はず。
群畜より多くのものを誘惑し去ること、 -- その爲めに我は來れり。民衆と群畜とは我を怒るべし。 ツァラトゥストラは牧人によりて盜賊と呼ばるるならむ。
我は彼等自らは善き人?`《たゞ》しき人と呼ぶ。我は彼等を牧人と呼べど、 彼等自らは正しき信仰に忠なる人と呼ぶ。
善き人義しき人を見よ。彼等の最も憎むところのものは何ぞや。彼等が價値の卓子を粉碎し去るもの、 破壞者、犯罪者是なり。されど此破壞者、犯罪者ことは眞《まこと》の創造者なれ。
總ての信仰に忠なる人を見よ。彼等の最も憎むところのものは何ぞや。彼等が價値の卓子を粉碎し去るもの、 破壞者、犯罪者是なり。されど此破壞者、犯罪者ことは眞《まこと》の創造者なれ。
創造者は伴侶を求めて、死體を求めず、また郡畜並びに信仰ある人をも求めず。 創造者と共に創造するもの、新しき卓子の上に新しき價値を創造するものを求む。
創造者は伴侶を求め、彼と共に收穫すべきものを求む。彼にありては一切の物成熟して收穫せらるるを待てばなり。 されど彼に百挺の刈鎌缺げたり。乃ち彼は穀物の穗を毟《むし》りて怒る。
創造者は伴侶を求め、その刈鎌を研《と》ぐことを知れるものを求む。 彼等は斷滅者と呼ばれ、善惡の侮蔑者と呼ばるべし。されど彼等は收穫者にしてまた祝賀者なり。
ツァラトゥストラは彼と共に創造するものを求む。ツァラトゥストラは彼と共に祝賀するものを求む。 郡畜と牧人と死體とによりて、彼はた何うぃか爲さむ。
さて汝、我が第一の伴侶よ、いざさらば。我は汝が空洞《うつろ》なる樹の内に、好く汝を葬りぬ。 我は狼を防ぎて、好く汝を隱したり。
然《され》ど我汝に別を告ぐ。時已に到れり。黎明と黎明との間に、新しき眞理は我に現はれぬ。 我は牧人たるべからず、塋穴掘《あなほり》たるべからず。我はまた再び民衆と語らざるべし。 之れ我が死したる者に語りし最終なり。
我は創造するもの、收穫するもの、祝賀するものと相交らむ。我は彼等に虹を示し、 超人のあらゆる階級を彼等に示さむ。
我は隱遁者に我が歌を歌はむ。而して未聞の事物に耳あるものの胸を、我は我が幸福をもて重くせむ。
我が標木に我は志す。我自らの道を我は行く。我は遷延遲滯するものを超えて躍進す。 かく我が進行をして彼等の沒落たらしめよ。』
十
ツァラトゥストラ斯く其心に言ひし時、日は正に午なりき。彼は怪みて天《そら》を見上げぬ。 鋭き鳥の[口|斗]を聞きければなり。而して見よ。鷲あり、大圓を書きて空中に翔べり。 纒《まつ》はるところの蛇は、餌食の如くならずして朋友の如し。其體を鷲の頸に卷きたればなり。
『彼等こそ我が動物《いきもの》なれ』と言ひて、ツァラトゥストラは心より悦びぬ。
『日の下にありて最も尊大なるもの、日の下にありて最も聰明なるもの、 -- 彼等は偵察の爲めに出でたるなり。
彼等は、ツァラトゥストラの尚ほ生きたるや否やを知らむことを慾《ねが》ふ。 實《げ》に、我は尚ほ生きたるか。
我が人間にあるは、動物の中にあるよりも危かりき。危き道をツァラトゥストラは行く。 我が動物よ、我を導け。』
ツァラトゥストラは斯く言ひし時、森林に見し聖徒の言葉を思出《おもひい》で、嘆息して其心に言ふ。
『更に聰明ならましかば。嗚呼若し、根本より、我が蛇の如く聰明ならましかば。
されど我は不可能の事を願ふなり。我は我が自負の、常に我が智慧と並行せむことを願ふなり。
乃ち、若し我が智慧の我を去ることあらば、 -- 動もすれば我を棄てて去らむとす、 -- 希くは、我が自負も亦、我が愚昧と共に我を棄てて去らむことを。』
斯く、ツァラトゥストラの沒落は始まりき。
http://web.archive.org/web/20040506045015/www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/zarathustra/zarathustra-0.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/335.html#c4
『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』
著者:適菜 収
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4062727560/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&tag=asyuracom-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4062727560
ニーチェは一八四四年にプロイセン(今のドイツ)で生まれました。
幼少期から才覚を示したニーチェは名門のプフォルタ学院に進み、ボン大学で古典文献学の権威フリードリヒ・ヴィルヘルム・リッチュル(一八〇六〜一八七六年)に師事します。その後、リッチュルの推薦により、二五歳の若さでスイスのバーゼル大学の古典文献学教授になりました。当時のニーチェは博士号も教員資格も取得しておらず、異例中の異例の抜擢でした。つまりニーチェは、世の中から天才として扱われていた。その後、体調を壊したこともあり、大学の教員を辞め、スイスやイタリアを周遊しながら執筆活動を進めていきます。
一八八九年に発狂。一九〇〇年八月に肺炎で亡くなります。
『ツァラトゥストラ』は、この周遊生活の中で書きあげられました。
「ツァラトゥストラ」は、ゾロアスター教の開祖ザラスシュトラ(紀元前一一世紀〜紀元前一〇世紀頃)のドイツ語読みです。英語で読むと「ゾロアスター」になります。
しかし、ゾロアスターの思想とニーチェの哲学は関係ありません。
ゾロアスターと『ツァラトゥストラ』の主人公であるツァラトゥストラは別人です。
では、ツァラトゥストラとはなにか?
ニーチェは著書『バイロイトにおけるヴァーグナー』について次のように述べます。
「読者はあの本にヴァーグナーという語が出て来たら、それをかまわず私の名前か、あるいは『ツァラトゥストラ』という語かに読みかえてしまってよろしい」(『この人を見よ』)
つまり、ニーチェはツァラトゥストラに自らの哲学を語らせたのです。
『ツァラトゥストラ』の冒頭は物語になっています。後半になるにつれ、物語の要素は薄くなり、ツァラトゥストラが一方的に自分の哲学を語るようになります。
この冒頭の物語は、近代大衆社会およびB層の問題を考えるうえで非常に重要です。
そこでは《終末の人間》が描かれているからです。
《終末の人間》は典型的なB層です。
私なりの抄訳ですが、しばらく『ツァラトゥストラ』の世界にお付き合いください。
〈 ツァラトゥストラは三〇歳になると、故郷を捨てて山に入った。
そして自分の精神と孤独に向き合った。それが一〇年間も続く。
しかし、ついに、彼の心は変わった。
ある日の朝、彼は夜明けの太陽に向かってこう語りかけた。
「太陽よ。もし、あなたが照らすものを持っていなかったら、あなたは幸福と言えるのか?」
太陽は一〇年間、ツァラトゥストラの住居を照らし続けてきた。しかし、もしそこに誰もいなかったら、太陽だって退屈だろうというわけだ。
「わたしもまた自分の知恵に飽きてしまった。まるで蜜を集めすぎたミツバチのように。この能力を人間に贈り与えなければならない」
というわけで、ツァラトゥストラは山を下りることにした。
「わたしは人間たちのところへ、下界へ下りていく」
山を下りる途中で森に入ると、突然、老人の聖者が現れ話しかけてきた。
「いまさら山から下りて、眠っている者どもに対してなにをしようというのか?」
ツァラトゥストラは答えた。
「わたしは人間を愛しています」
老人の聖者が反論する。
「わしは神を愛している。人間を愛することはない。なぜなら、人間は不完全なものだからだ」
ツァラトゥストラは一人になってから、つぶやいた。
「あの聖者は森の中に長年暮らしていたから、《神が死んだ》ことを知らないんだな」 〉
大衆はサル以下である
ツァラトゥストラは久しぶりに会った町の人々に悪態をつきます。
〈 ツァラトゥストラは森からもっとも近い町に到着した。
広場には大勢の人がいた。これから綱渡り師の公演が始まるようだ。
ツァラトゥストラは、さっそく人々に語りかけた。
「あなたたちに《超人》について教えましょう。《超人》から見れば、人間なんてサル以下の存在なんですよ。昔、あなたたちはサルでしたが、今ではサル以下です」
ツァラトゥストラはさらに語る。
「《超人》は大地そのものです。大地から離れた希望を信じてはいけません。そして、大地から離れた人の言うことを信じてはいけません。そこには毒があります。大地から離れた人間は、さっさと死ねばいいんです」
「あなたたちも似たようなものです。だから、わたしはあなたたちに《超人》について教える。それにより、あなたたちは《幸福》《理性》《徳》《正義》《同情》といったものを徹底的に軽蔑するようになるのです」
すると、群集の中の一人が叫んだ。
「そんな綱渡りみたいな話、もう聞き飽きたよ!」
群集は、ツァラトゥストラのことをあざ笑いました。
それを聞いていた綱渡り師は、自分のことを言われたのかと勘違いし曲芸にとりかかった。 〉
ツァラトゥストラは、人間を一本の綱に喩えます。
人間は動物と《超人》の間に張られた危険な綱を渡るべき存在であると。
《超人》とは自らの高貴な感情と意志により行動する人間、健康で力強い人間です。
ツァラトゥストラが愛するのは、今の世の中から離れていく者=没落していく者です。
くだらないものを、くだらないと拒絶する者です。
人間はもっと高いところを目指さなければならない。
ツァラトゥストラは《綱を渡るべき人間》について具体的に挙げていきます。
〈 今の世の中が肌に合わない人。
今の世の中を軽蔑している人。
空想の世界より大地に身をささげる人。
大地が《超人》のものになるように認識する人。
《超人》のために家を建てる人。
自分の徳を愛する人。
自分から徳の精神になりきろうとする人。
自分の徳を宿命とする人。
あまりに多くの徳をもとうとしない人。
気前がいい人。
博打で儲けたときに恥じる人。
自分に約束したことを、それ以上に果たす人。
未来の人たちを認め、過去の人たちを救う人。
自分の神を愛するがゆえに、自分の神を責める人。
ささやかな体験によって滅びることのできる人。
魂が豊かな人。
自由な精神をもつ人。
雷を告げる人。
「見なさい。わたしは雷、そして《超人》を告げ知らすものです」 〉
ツァラトゥストラが《高みを目指すべき人間》についてたくさん並べてみたものの、群集にはなんのことやらさっぱりわからない。まあ、当然のような気もしますが・・・。
そこでツァラトゥストラは、今度は反吐が出そうな《終末の人間》を例に挙げてみることにしました。
〈 民衆はものごとを理解しない。
彼らに聞く耳をもたせるにはどうしたらいいのだろうか?
太鼓をたたいたり、懺悔を迫る説教師みたいに、がなり立てればいいのか?
それとも、もっともらしくドモリながら話せばいいのか?
いや、違う。
彼らは自分たちの《教養》を誇りにしている。
それなら、彼らの誇りに向けて話しかけよう。
彼らは軽蔑されることを嫌がっている。
それなら、もっとも軽蔑されるべき《終末の人間》について話そう。 〉
こうしてツァラトゥストラは、民衆に向かって再び語り始めます。
民衆が選んだもの
〈 皆さん、まず自分の目標を定めてください。まだ間に合います。
しかし、いつの日か人間は可能性を失ってしまう。
そして、軽蔑すべき《終末の人間》の時代がやってきます。
「愛とはなにか。創造とはなにか。あこがれとはなにか」などと生ぬるいことを言いだす。
そのとき、大地は小さくなります。
《終末の人間》は虫けら同然です。
《終末の人間》は、ぬくぬくとした場所に逃げ込み、隣人を愛し、からだをこすりつけて生活している。
やたらと用心深くなり、適度に働き、貧しくも豊かにもならない。
支配も服従も望まない。そういうのは、わずらわしいと思っている。
みんなが平等だと信じている。誰もが同じものをほしがり、周囲の人間の感覚と異なると思えば、自分から進んで精神病院に入ろうとする。
ケンカもするけど、すぐに仲直りする。そうしなければ、胃が痛くなるからだ。
一日中、健康に注意しながら、ささやかな快楽で満足する。
これが《終末の人間》です。
ツァラトゥストラがここまで話すと、民衆がニヤニヤしながら叫んだ。
舌打ちをする者もいた。
「オレたちは、そういう《終末の人間》になりたい。オレたちを、そういう《終末の人間》にさせておくれよ! 《超人》はあんたに任せるからさ」
ツァラトゥストラは悲しくなった。
民衆はわたしをバカにして笑っている。笑いながら、わたしを憎んでいる。彼らの笑いの中には氷がある。
わたしは、山の中であまりにも長く暮らしすぎたのだ。
だから、彼らにはわたしの言葉が届かない。
ツァラトゥストラの意図に反して、民衆は《終末の人間》を選んでしまったのです。
ニーチェは自分の言葉が民衆に届かないということを、物語で描いているわけですね。
『ツァラトゥストラ』は一八八三〜八五年に刊行されましたが、そこで描かれた人々はB層そのものです。
民主主義や平等が大好きで、グローバリズムと隣人愛を唱え、健康に注意しながらささやかな快楽で満足する。
自分たちが《合理的》《理性的》《客観的》であることに深く満足している。
こうした軽蔑すべき《終末の人間》の時代を、われわれは生きているのです。
ひとりで生きる人たちのために
〈 ツァラトゥストラは考え込みます。
「わたしはまだ、民衆の心に語りかけることができない・・・」
ツァラトゥストラは星の光を頼りにして夜道を歩き始めます。
空が白みかけたころ、ツァラトゥストラは深い森の中にいることを知った。
もはや道は見つからなかった。
ツァラトゥストラは森の中で眠り込む。
ツァラトゥストラは長い時間眠った。
朝が過ぎ、そして昼になった。
彼はようやく目を覚まし、立ち上がった。
そして喜びの声をあげた。
一つの新しい真理を発見したからだ。
わたしは悟った。
わたしには道連れが必要なのだ。
自分自身に忠実になった結果、わたしに従うようになる人。
そして、わたしの目的に向かって一緒に進む道連れが必要なんだ。
だから、民衆に話しかけても仕方がない。
わたしは、道連れに向かって語るべきなのだ!
わたしは、畜群の牧人や番犬となるべきではない!
それよりも、わたしは民衆や畜群から盗賊と呼ばれたい。
奴らは自分たちを善人だと思っている。自分たちを正しい信仰の持ち主と呼ぶ。
そして、奴らは、奴らの諸価値を破壊する者を憎むのだ。
しかし、それこそが《新しい価値を創造する者》なのである。
彼は道連れを求める。
畜群も信者も求めない。
共に創造し、新しい価値をつくりあげる人を求める。
共に創造し、共に収穫し、共に祝う人をツァラトゥストラは求める。
それ以外は、いらない。
わたしは二度と民衆とは話すまい。
そして仲間に対して語りかけよう。
ひとりで生きる人たちのために、語りかけよう。
これまで聞いたことのないことに対して聞く耳をもつ人たちのために。
わたしは彼らに《超人》への階段のすべてを示す。 〉
バカを論破するのは不可能
要するにバカになにを言っても無駄なのです。
「非学者論に負けず」ということわざがあるように、バカは論破できません。
貝に権利を認め、誠実に語りかけても意味がない。なぜなら、彼らは自分の殻に閉じこもっているからです。
ニーチェもツァラトゥストラと同様、民衆に語りかけることを諦めます。
「私は多年人々と交際してきて、私が心にかけている事柄についてはけっして語らないというほどにまで、諦めるにいたり、慇懃となった。いや、私はそういう仕方でかろうじて人々とともに生きてきたのだ」(『生成の無垢』)
そしてニーチェは、自分の言葉が届くところに向けて語りかけようとします。
しかし、聞く耳をもった人間はごく少数です。
ニーチェもそれを知っています。
「今日誰もが私の説くことに耳をかさず、誰も私から教えを受けるすべを知らないということは、無理もないというだけでなく、むしろ至極当然のことだと私自身にも思える。(中略)私の著書を読んでもかいもくわからない純なる愚者となると、これは多すぎる!」(『この人を見よ』)
「ああ! 私のツァラトゥストラはまだまだ長い間、読者を捜さねばならないことであろう!」(『この人を見よ』)
今の世の中が肌に合わない人。
今の世の中のどこかがおかしいと感じている人。
今の世の中を深く軽蔑している人。
そういう人はニーチェの言葉に耳を傾けてみるべきでしょう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/32408
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/335.html#c5
東京五輪延期含めた検討開始 4週間以内に結論 IOC
— NHK生活・防災 (@nhk_seikatsu) March 22, 2020
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けて東京オリンピック・パラリンピックの開催に懸念が広がるなか、IOC国際オリンピック委員会は、延期を含めた具体的検討を始め、4週間以内に結論を出すと発表しました。https://t.co/v9VOfcKpk3
勘繰れば検査結果、治療、医療組織の対応いかんで、
特定のターゲットの命を奪うことも容易に可能と言える
箱コネマン𓁷
@HAKOCONNEMAN
【速報】南米ブラジルのボルソナロ大統領、トランプ大統領(陰性)も同席した会議で側近の報道官が #新型コロナウイルス 陽性だった後から咳が止まらず2度検査するも陰性 国内感染者数は日本を超える
Quote Tweet
Glenn Greenwald
@ggreenwald
· Mar 21
http://www.asyura2.com/20/cult25/msg/608.html#c2
ニーチェ全集〈11〉善悪の彼岸 道徳の系譜 (ちくま学芸文庫) – 1993/8/1
https://www.amazon.co.jp/dp/4480080813/ref=as_li_ss_il?ie=UTF8&linkCode=li3&tag=asyuracom-22&linkId=69210c63691be6bbe991350f0c4e78d2&language=ja_JP
▲△▽▼
ニーチェ『道徳の系譜』を解読する
https://www.philosophyguides.org/decoding/decoding-of-nietzsche-genealogie/
「人間は何も欲しないよりは、いっそむしろ虚無を欲する」
「この生」「この世界」をどう肯定できるか?
『道徳の系譜』(1887年)は、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844年〜1900年)による著作だ。時代的には中期から後期の作品に分類される。
本書は『善悪の彼岸』が自分の思ったように受け取られず、ニーチェが自分の思想を解説する必要にせまられて発表したものだとされている。ここでニーチェは十八番のアフォリズムを封印し、論文形式で議論を展開している。なので読むのに多少の手間は掛かるが、言いたいポイントは分かりやすくなっている。
本書のテーマは道徳だ。冒頭でニーチェは次のように述べている。
(解読)
私は本書で、人びとがそもそも善悪の価値判断を考えだした理由は何か、そしてこの価値判断それ自体にどんな価値があるかを明らかにするつもりだ。
そのために私は、道徳の価値がなぜ、そしていかにして生まれ、発展してきたかについて見ていくことで、道徳的な価値それ自体がもつ価値を批判的に考察しようと思う。
(引用)
われわれは道徳的諸価値の批判を必要とする、これら諸価値の価値そのものがまずもって問われねばならぬ、—そのためには、これら諸価値を生ぜしめ、発展させ、推移させてきたもろもろの条件と事情についての知識が必要である(結果としての、徴候としての、仮面としての、偽善としての、病気としての、誤解としての道徳。が一方また原因としての、薬剤としての、興奮剤としての、抑制剤としての、毒物としての道徳など)。
かくしてニーチェは道徳が発展してきた過程をさかのぼり、それが成立するために必要だった条件を見て取ろうとする。本書が『道徳の系譜』と名付けられているゆえんだ。
気をつけておくべきは、ニーチェは史実にもとづいて道徳の起源を取り出そうとしているわけではなく、ひとつの仮説を置こうとしているにすぎないということだ。何らかの起源を想定すること自体、ニーチェの思想の構えに反する。「ニーチェの主張する事実は歴史上存在したことがない」と反論することは、ニーチェの議論に正面から答えることにならない。
本書は3つの論文から構成されている。それぞれのタイトルは次の通りだ。
•第1論文:「善と悪」、「よい(優良)とわるい(劣悪)」
•第2論文:〈負い目〉、〈良心の疚しさ〉、およびその類いのことども
•第3論文:禁欲主義的理想は何を意味するか?
まずは第1論文について見ていく。
第1論文 … 自己肯定の道徳とルサンチマンの道徳
ニーチェの道徳論のひとつの重心は、私たちは何が道徳であるかをしばしば「ルサンチマン」によって規定してしまう、という点に置かれている。
ルサンチマンは一般に「怨恨」という訳語が当てられているが、これでは意味がよく分からない。
なので言い換えてみると、ルサンチマンとは「ちぇっ!なんだよあいつ…」と舌打ちするときの心の感じを思い浮かべると分かりやすいかもしれない。アイツばかりモテやがって…とか、アイツばかり昇進しやがって…などの「ちぇっ!」が、ニーチェのいうルサンチマンの内実だ。
ルサンチマンが私たちの道徳の根本にあると言われると、私たちはドキリとする。「これこれすることはいいことだ」という確信が、自分より優れているヤツに対する「ちぇっ!」によって支えられているならば、私たちの道徳は実はまったくの偽善であることになってしまうからだ。
ニーチェいわく、「よい」という判断のおこりは、「よい人」たち自身が彼らより劣った人たちと比べて自分の行為を「よい」と評価したことにある。つまり「よい」の判断は自己肯定の表現として現れたのだ。そうニーチェは言う。
(解読)
「よい」とは語源学的にいって、もともとどのような意味をもっていたのだろうか?
私が見るに、どの言語においても、身分的な意味での「貴族」とか「高貴」が基本概念であり、そこから派生して、貴族的とか卓越性としての「よい」が発展してきた。
しかしそれと並行してもうひとつの発展があった。つまり野暮とか低級といった概念が「わるい」schlechtの意味を持つようになってしまった。初めそれは単に素朴さ(schlechtwegsは「率直に」という意味をもつ)を指していたにすぎない。しかし次第にそれは現在の意味、つまり善と対置される「悪」das Böseへと意味を変化させていった。
(引用)
どの言語にあっても、身分上の意味での〈高貴〉・〈貴族的〉というのが基本概念であって、そこから精神的に〈高貴〉・〈貴族的〉とか、また〈精神的に高潔の資性をもつ〉・〈精神的に特権を有する〉とかいう意味での〈よい〉(優良)の概念が必然的に発展してくる。この発展とつねに平行してすすむ例のもう一つの発展があって、これは〈野卑〉とか〈賤民的〉とか〈低級〉とかいうのをついには〈わるい〉(劣悪)という概念に変えてしまう。
(解読)
身分的な意味でしか使われていなかった「よい」と「わるい」が次第にその意味を変化させる際には、「僧侶階級」が大きな役割を果たした。彼らは最初は政治的に最も高位にある階級にすぎなかった。しかし次第に精神的な面でも、最も優越していると考えられるようになった。
僧侶階級と対照的なのが「戦士階級」だ。僧侶階級が沈鬱的であり行動忌避的なのに対して、戦士階級は健康、力強さ、自由で快活であることを前提としている。
僧侶的民族であるユダヤ人は、敵対者である戦士階級に対して仕返しをするために、一切の価値の価値転換、すなわちルサンチマンによる価値創造を行った。ただし彼らは、これを現実の行為としてではなく、想像上の復讐として行ったのだ。
(引用)
道徳における奴隷一揆は、ルサンチマンそのものが創造的となり、価値を生みだすようになったときにはじめて起こる。すなわちこれは、真の反応つまり行為による反応が拒まれているために、もっぱら想像上の復讐によってだけその埋め合わせをつけるような者どものルサンチマンである。
「よい」のが悪い、「悪い」のがよい
ニーチェによれば、この過程で生み出されたのがルサンチマンの道徳だ。ニーチェはこれを奴隷道徳と呼び、それに対して、戦士階級の道徳、自己肯定の表現としての道徳を貴族道徳と呼ぶ。
(解読)
いっさいの貴族道徳は肯定から生まれてくる。これに対して奴隷道徳は否定から生まれてくる。なぜなら奴隷道徳の基礎にあるルサンチマンをもつ人間にとっては、否定そのものが価値を生む行為だからだ。自己肯定ではなく他者否定こそが、奴隷道徳の本質的な条件なのだ。
(引用)
すべての貴族道徳は自己自身にたいする勝ち誇れる肯定から生まれでるのに反し、奴隷道徳は初めからして〈外のもの〉・〈他のもの〉・〈自己ならぬもの〉にたいし否と言う。つまりこの否定こそが、それの創造的行為なのだ。価値を定める眼差しのこの逆転—自己自身に立ち戻るのでなしに外へと向かうこの必然的な方向—こそが、まさにルサンチマン特有のものである。
(解読)
ルサンチマンの人間は「悪人」を思い描き、それと対比して弱い自分を「善人」と見なす。それゆえ「善人」とはルサンチマンをもとに生み出された反動形成にすぎない。 ではルサンチマン道徳の「悪人」とは一体誰だろうか?これこそまさに貴族道徳での「よい者」、すなわち高貴な者、力強い者だ。
(引用)
ルサンチマンの人間が思い描くような〈敵〉を想像してみるがよい、—そこにこそは彼の行為があり、彼の創造がある。彼はまず〈悪い敵〉、つまり〈悪人〉を心に思い描く。しかもこれを基本概念となし、さてそこからしてさらにそれの模像かつ対照像として〈善人〉なるものを考えだす、—これこそが彼自身というわけだ!・・・
そもそもルサンチマン道徳の意味で〈悪い〉とされるのは一体誰であるか、ということが問われねばならない。これにたいし、いとも峻厳な答えをするなら、こうだ、—ほかならぬあの貴族道徳での〈よい者〉、つまり高貴な者・強力な者・支配者が、ルサンチマンの毒々しい眼差しによって変色され、意味を変えられ、逆な見方をされたにすぎないものこそが、まさにそれなのだ。
かつて「よい」は自然な自己肯定の表現だった。しかしルサンチマンは、「よい」のが悪く、「悪い」のが実はよいのだというように、価値基準をいつのまにか逆転させ、反動的に「善人」のイメージを思い描く。
「善人」は「悪人」の鏡として思い描かれたものだ。それは自然な自己肯定の現われではなく、「よい」人たちの価値基準を前提とすることで初めて成立するにすぎない。そうニーチェは言う。
ルサンチマンの人間は自分固有の価値基準をもっていない
ニーチェのいう貴族的人間とルサンチマンの人間の大きな違いは、ルサンチマンの人間が価値の基準をみずからの外部に求めるのに対して、貴族的人間はみずからのうちからそれを創りだすという点にある。
ルサンチマンの人間は、何がよく何が悪いかを判断するために、まず自分の外側へと向かっていく。その一方で貴族的人間は、自分の内面に価値尺度を備えている。彼は何がよいかを自分のうちで了解しており、他者の価値基準にビクつくことがない。こうした貴族的人間を、ニーチェは自由な人間と呼んでいる。
以上が第1論文だ。
第2論文 … 約束のできる人間に「良心」は宿る
次に第2論文について見ていく。
ニーチェによれば、「自由な人間」が登場した背景には「習俗の論理」の存在がある。習俗の論理は人間を一様に数え上げられるようにするが、最終的には、習俗の論理から再び解き放たれた個人、つまり「主権者的な個体」が現れるにいたるという。
「主権者的な個体」と言われると、王様や偉人のような人たちを思い描くかもしれないが、ニーチェのいう主権者とは、自分の意志をもち、約束をきちんと守り、相手も自分も裏切らないようなひとのことを指している。
(解読)
「主権者的な個体」は自律的で自己固有の意志をもつ人間だ。彼は自由の意識、自己と運命を支配する権力の意識に満ちあふれている。
そして大事なのは、彼は約束できる人間であることだ。 彼は責任についての強い自覚をもち、自分がしっかりと約束を守ることのできる能力があることを知っている。こうした能力がいわゆる**良心**のことだ。
(引用)
責任という格外の特権についての誇らかな自覚、この稀有な自由の意識、自己と命運とを支配するこの権力の意識は、彼の心の至深の奥底まで降り沈んでしまって、本能とまで、支配的な本能とまでなっているのだ。—もし彼にしてこれを、この支配的な本能を、一つの言葉で名づける必要に迫られるとすれば、これを彼は何と呼ぶであろうか?疑いの余地もなく、この主権者的な人間はこれを自己の良心と呼ぶ・・・
たとえば、友達と「明日10時にここで」と約束して、やっぱり面倒だなーと行きたくなくなったとき、「本当にそれでいいのか?」と引き止める感じが自分のうちからふつふつとわいてくることがあるだろう。
約束をした相手を裏切らず、しっかりと約束を守ろうとする自己確信、それがニーチェのいう良心の中身だ。この言い方は確かに納得感を与えてくれる。
ニーチェがいう権力感情とは、他人を制圧するための権力を求める欲求ではなく、むしろ相手を裏切らないだけの責任をもてるだけの自己コントロール(支配)能力のことを指している。権力感情と聞くと何だかアヤシク思えるが、その内実は「自分は責任をもってきちんと・・・ができる!」という「自負心」だと考えるとわかりやすい。
「負い目」に由来する疚しい良心
一方、ニーチェによれば、約束する能力に由来するのではない良心もある。それが疚しい(やましい)良心だ。
自負心による良心ではなく、後ろめたさや「罪障感」に支えられている良心、これがニーチェのいう疚しい良心だ。
では疚しい良心はどのようにして現れてくるのだろうか?ここで重要な役割を果たすのが「負い目」だ。なぜなら負い目をみずからの内面へと向け変えることによって疚しい良心が現れてくるからだ。そうニーチェは言う。
(解読)
「負い目」(Schuld)は物質的な意味での負債(Schulden)に由来して現れてきた。
(引用)
これら在来の道徳系譜学者らは、たとえば〈負い目〉(Schuld)というあの道徳上の主要概念が、はなはだもって物質的な概念である〈負債〉(Schulden)から由来したものだということを、おぼろげなりと夢想したことがあるだろうか?
(解読)
その一方で、刑罰が報復に由来して現れてきた。
これまでしばしば、刑罰は負い目の感情や良心のやましさ、良心の呵責を呼び起こすための道具だと見なされてきた。しかしそれはまったくの誤りだ。むしろ事実としては、刑罰によって負い目の感情が発達しないように抑制されてきたのだ。
刑罰の本来の効果は次のところにある。つまり刑罰は自己批判を改善させる効果をもつ。それは恐怖と用心深さを増し、欲望を制御させることで、ひとを馴致させる。
ここで私はひとつの仮説を提示したい。それは、ひとは社会と平和によって束縛されていることを悟ったときに良心の疚しさにとらえられたという仮説だ。疚しい良心は、社会や国家がひとびとの自由の意識、つまり自律的に約束する能力から防御するために用意した刑罰によって、私たち人間の本能が内向したこと(人間の内面化)で生まれたのだ、と。
以上が第2論文だ。
第3論文 … 禁欲主義的理想で生を肯定する
最後に、第3論文について見ていく。
ここでニーチェは、禁欲主義的理想が生まれてきた背景について論じている。
ニーチェいわく、これまでの哲学者は概して官能を拒否し、禁欲主義的理想に対して愛着を見せてきた。禁欲主義的理想は哲学者が存在するための前提であり、哲学それ自体が存続するための条件でもあったとさえいう。
(引用)
哲学者らに特有の世界否定的な、生敵視的な、官能不信の、官能棄却的な厭離的態度は、つい最近にいたるまで固持されてきたものであり、かくてこれがほとんど哲学者の態度そのものと見なされるほどになっているが、—しかし、こうした態度は何よりもまず、哲学が一般に成立し存続するための不可欠な諸条件から生じた結果なのである。つまり、禁欲主義的な外被と被服がなく、禁欲主義的な自己誤解がなかったら、いとも長きにわたって哲学がこの地上に存在することなど到底できなかったであろう。
(解読)
禁欲主義者は、この生を「あの世」までの仮の生と見なす。彼はそれを否定されるべきもの、誤り、もしくは反駁されるべきものと見なす。これは人類の歴史上どこでも見られる事実のひとつだ。
しかし、ニーチェによれば、禁欲主義的な生はそれ自体が矛盾している。そこでは生の条件を抑圧しようとするルサンチマンが支配的であり、生きんとする力を押さえ込もうとするからだ、と。
(引用)
そもそも禁欲主義的な生というのは、一つの自己矛盾である。そこには比類のないルサンチマンが支配しているが、これは生のある部分をではなく生そのものを、生の最深かつ最強のもっとも基底的な諸条件を制圧しようとする飽くなき本能と権力意志とルサンチマンである。ここでは、力の源泉を閉塞するために力を利用するという読みがなされるのである。ここでは、生理的な発達そのものにたいし、とくにその表現や美や悦びにたいして嫉妬ぶかい陰険な眼差しがそそがれる。
「禁欲主義的僧侶」が弱者の味方となる
ここでニーチェは、いわゆる「禁欲主義的僧侶」がルサンチマンの方向転換を施し、疚しい良心を生み出したという説を立てる。
禁欲主義的僧侶?
禁欲主義的僧侶と聞くと、実際にそういう人たちがいたようなイメージをもつかもしれない。しかしこれは初期キリスト教の指導者、という程度に捉えるべきだ。誰か具体的に特定の人物を指しているわけではない。
(引用)
われわれは、禁欲主義的僧侶がいかに規則的に、いかに普遍的に、いかにほとんどあらゆる時代に出現するものかを、とくと考えてみるとしよう。禁欲主義的僧侶なるものは、個々の種族のいずれにも属するものではない。彼はいたるところに生えしげり、あらゆる階級から生えでる。
いずれにしても、ここでニーチェは、キリスト教は弱者のルサンチマンに呼応して現れ、これを助長することで、内面の価値尺度で良し悪しを判断する道徳のあり方を組織的に否定しようとしている、と言おうとしているのだ。
禁欲主義的僧侶は生を肯定する
(解読)
弱者たちは自分の苦痛の原因を外部に求めようとする。「私が苦しいのは誰かのせいだ」など。しかし僧侶は弱者たちに次のように告げる。「確かにそうだ。しかしそれはお前自身だ。お前自身が自分の苦痛の原因なのだ」、と。
(引用)
もしわれわれが僧侶的実存の価値をもっとも簡単な一句に言い表わそうとするなら、端的にこう言ってよかろう、僧侶とはルサンチマンの方向転換者である、と。
「私は苦しい、これは誰かのせいにちがいないのだ」—こうすべての病める羊は考える。ところが彼の牧者である禁欲主義的僧侶は、彼にむかって言う、「そのとおりだ、私の羊よ!それは誰かのせいにちがいないのだ。が、この誰かというのは、じつはお前自身なのだ。それはただお前だけのせいなのだ、—お前がこうなっているのに責めがあるのはお前自身だけだ!」
(解読)
このように見ると、禁欲主義的僧侶は生を否定しているかのように思えるかもしれない。
外見的にはそうだ。しかし実は禁欲主義的僧侶は、生を肯定する勢力のひとつだ。なぜなら禁欲主義的僧侶は「こうではなく別にありたい」とする願望、つまり禁欲主義的理想を思い描くことで、倦怠感や「死への願望」と闘う力を得ているからだ。
(引用)
事実を簡潔に述べれば、次のごとくである、—禁欲主義的理想は頽廃しつつある生の防御本能と救治本能とから生ずる、と。かかる生は、あらゆる手段をもって自己を保持しようと努め、自己の生存のために闘う。
じつは生は、この理想において、この理想を通じて、死と格闘し、死に抗して闘っているのである。禁欲主義的理想は、生の保持をはかる一つの策略なのである。
ただし、禁欲主義的僧侶は、苦悩を治癒しても、苦悩を生み出す原因については治癒することがない。禁欲主義は慰めでこそあれ、不快のもとを取り除くことはない。ニーチェいわく、ここに宗教の本質がある。それはつまり、生理的な抑圧感、沈鬱や不快を、ただ心理的・道徳的にのみ取り除くことにあったのだ、と。
(引用)
流行病とまでなるにいたった一種の疲労と重苦しさとに打ち克つことが、すべての大宗教にとっての主要問題だったからである。地上の特定の場所で時折りほとんど必然的にある生理的抑圧感が広範囲の大衆を支配するようになるにちがいないということは、はじめからありそうなこととして推定されうるところである。しかし、この抑圧感は、生理上の知識を欠いていることからして、そうしたものとしては意識されることがなく、したがってその〈原因〉も、それの治療も、ただ心理的・道徳的にだけ求められ試みられるにすぎない(—これこそがすなわち、通例〈宗教〉と呼ばれるものにたいする私のもっとも一般的な定式なのだ)。
(解読)
ここで宗教が取る方法は、機械的な活動に従事させること、隣人愛という「小さな喜び」を処方することだ。
機械的な活動によって苦悩を打ち消すことを、ひとは「勤労の祝福」と呼んでいる。たえず同じ行為を繰り返すので、苦悩に対する余地がほとんどなくなってしまうのだ。
隣人愛は、慈善や施しを通じて、共同体、畜群生活への意志を育む。それは弱者同士の相互扶助を促進する。禁欲主義的僧侶は弱者のそうした本能を見抜き、さらにこれを助長するのだ。
そこで禁欲主義的僧侶は負い目の感情を利用した。彼は悩める人間に対して、苦悩の原因を次のように説いた。
(引用)
「おまえは、その苦悩の原因を、おまえ自身のうちに、負い目のうちに、過去の一事情のうちに求めるがよい、おまえの苦悩そのものを一つの刑罰状態と心得るがよい」、と。
(解読)
こうして彼は、罪障感に支えられた疚しい良心を抱くようになるのだ。
「人間は何も欲しないよりは、いっそむしろ虚無を欲する」
では、なぜ人びとは禁欲主義的理想を受け入れ、禁欲主義的僧侶に従うのだろうか?なぜ彼を拒否しなかったのだろうか?
これについて、ニーチェは次のように言う。
(解読)
それは、これまで唯一禁欲主義的理想のみが人間に生の意味を与えることができたからだ。
彼が禁欲主義的理想を抱くようになった理由、それは人間が本質的にいって生の意味を求める存在だからだ。彼にとっては苦悩それ自体が問題なのではない。むしろ苦悩に意味が欠けていること、これこそが問題なのだ。
禁欲主義的理想は、人びとに苦悩の意味、目的を与えた。それによって人びとは何かを意欲することができるようになったのだ。
(引用)
人間、このもっとも勇敢で苦悩に慣れた動物は、苦悩そのものを否みなどはしない。いな、苦悩の意味、苦悩の目的(Dazu)が示されたとなれば、人間は苦悩を欲し、苦悩を探し求めさえする。これまで人類の頭上に広がっていた呪いは、苦悩の無意味ということであって、苦悩そのものではなかった。—しかるに禁欲主義的理想は人類に一つの意味を供与したのだ!それがこれまで唯一の意味であった。何であれ一つの意味があるということは、何も意味がないよりはましである。
人間は一つの意味をもつにいたった。それ以来人間はもはや風にもてあそばれる一枚の木の葉のごときものではなくなった、もはや無意味の、〈没意味〉の手まりではなくなった。いまや人間は何かを意欲することができるようになった、—何処へむかって、何のために、何をもって意欲したかは、さしあたりどうでもよいことだ。要するに、意志そのものが救われたのである。
(解読)
しかし禁欲主義的理想は、人間に苦悩の意味を与えると同時に、新たな苦悩をもたらした。「虚無への意志」がそれだ。動物的なものに対する憎悪、官能に対する、また理性に対する嫌悪、美に対する恐怖—そうしたものすべてが禁欲主義的理想によって生み出されたのだ。
(引用)
さて、最初に言ったことを締めくくりにもう一度言うならば、—人間は何も欲しないよりは、いっそむしろ虚無を欲する・・・。
「この生」「この世界」をどう肯定できるか?
本書の流れを大まかにおさらいすると、次のような感じだ。
道徳、とりわけキリスト教的道徳が生まれた背景には人びとのルサンチマンがある。ルサンチマンが「よい」と「わるい」の価値秩序を逆転させてしまった。そうした人びとを導いているのが禁欲主義的僧侶だ。彼が人びとを内面化させ、疚しい良心(罪障感の良心)を生みだした。ところで人びとが禁欲主義的僧侶に従ったのは、人びとが生の意味を求めていたからだ。そこで人びとは禁欲主義的理想を手に入れ、みずからの苦悩には確かに意味があることを理解した。しかし同時に彼は「虚無への意志」に見舞われた。
ニーチェはこのように直観し、以後、生と世界を肯定するための価値を創造しようと自ら課題へとみずから取り組んでいく。しかしそれは完全な形では示されず、今日『権力への意志』として知られている草稿群のうちに断片的なアイディアとして残されるにとどまった。
道徳を「鍛え上げる」
部分部分を細かく見ると、確かに、ニーチェの議論には怪しいところもある。たとえばニーチェは国家、社会、文化を否定的に捉えすぎている向きがある。「それらは人間の自由の本能を抑制し、人びとを馴致する」という観点を前面に押し出しすぎているのは否めない。
それでもなお、ニーチェの議論は多くの納得感を与えてくれる。
私たちは油断するとついルサンチマンにやられてしまったり、ルサンチマンの力で生と世界を否定的に解釈してしまったりする。「自分の人生こんなはずじゃなかった…」とか「この世界はこうあるべきではない…」というように。
そこで反動的に「みな道徳的であるべきだ」とか「正しい生があるはずで、そこから外れた者はケシカラン」という感覚をもってしまうことがある。正しいのは自分で、間違っているのは世界の側だ、と。ニーチェを読むと、それがルサンチマンに発するねじ曲がった正義だということをズバリ指摘されたような感じを受ける。
素朴な正義はしばしば「この世界は間違っている!正しい世界を実現させるべきだ!」と主張する。しかしその理想はしっかりと確かめ直されてこそ、本当の意味で正義にかなうと言える。「その理想はルサンチマンに発していないだろうか?もしくは罪障感に支えられていたりしないだろうか?」、と吟味することによって、正義をより深く生かすことができる。ニーチェの議論はそのことを私たちに教えてくれる。
https://www.philosophyguides.org/decoding/decoding-of-nietzsche-genealogie/
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『道徳の系譜』(どうとくのけいふ、Zur Genealogie der Moral)——副題:「一つの論駁書」("Eine Streitschrift")——は、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの著作であり、先に公にされた『善悪の彼岸』の中で略述されたいくつかの新しい見解について詳論するという意図のもとに、1887年に執筆され、公刊された。
ニーチェの著作の中では、最も直接的な叙述がなされており、形式や文体の面でアフォリズム的な要素が最も少ないことから、ニーチェ研究者からは、確固たる明敏さと力強さをそなえた作品であり、ニーチェの代表作であるとみなされている。[1]
序言と三つの論文(Abhandlung)から成り、これら一連の論述を通して、道徳的諸概念の発展に関わる挿話を追っていくことによって、「道徳上の先入見」——とりわけキリスト教の道徳——を転覆することを目指す。
ニーチェの三つの論文の主題をなすのは、「道徳上の先入見の由来」についての彼独自の思想である。この思想は、彼が長期間にわたって作り上げてきたものであり、すでに『人間的な、あまりに人間的な』において簡潔に不完全な形で表現されている。ニーチェが自らの「仮説」を公刊しようと思ったきっかけとなったのは、友人パウル・レーの小著『道徳的感情の起源』(1877年)を読み、その中で「系譜論的仮説」が不十分な仕方で展開されているのを見出したことである。
かくして、ニーチェは、「道徳的諸価値の批判」こそが理に適っており、「これらの諸価値の価値こそそれ自身まずもって問題とされるべきである」と考えるに至る。この目的を果たすためには、レーのような(ニーチェが言うところの)「イギリス流心理学者」式の仮説的な説明よりも、実際の道徳史を提示することこそが必要不可欠である。
第一論文 「善と悪」・「よいとわるい」
この論文では、ニーチェが『人間的な、あまりに人間的な』以来ほのめかしてきた君主道徳と奴隷道徳の間の区別が説明される。これら二つの相異なる道徳様式は、それぞれ一対の対立概念に対応している。
ニーチェによると、特権階級は、自分たち自身の行為を「よい」("gut")と定義した。この場合の「よい」とは、「高貴な」、「貴族の」、「強力な」、「幸福な」等々という意味である。その一方で、彼ら君主たちは、他の卑しい人々の行為を「わるい」("schlecht")とみなした。ただし、この場合の「わるい」とは、「素朴な」("schlicht")、「平凡な」、「貴族でない」という意味であって、ことさらそれらの人々に対する非難のニュアンスが込められているわけではない。
特権階級に従属する卑しく、貧しくて不健康な人々、つまり「奴隷」によって価値の序列が逆転される。彼らの感情は、ルサンチマンに基づいており、彼らはまずもって他者を「悪人」、すなわち「悪しき敵」とみなす。そして、その後ではじめて、彼らはまさしく悪人に対立する者として、自分たち自身を「善人」と定義する。換言すると、彼らは「悪」("böse")でないがゆえに、「善」("gut")である。つまり、貴族にとっての「よい」という概念が能動的であるのに対して、奴隷の「善」概念は反動的なのである。
ニーチェは、二番目の価値様式をユダヤ教とキリスト教の内に見出し、第一の価値様式をローマ帝国、ならびにルネサンスやナポレオンに割り当てる。もっとも、これら二つの道徳様式の対立は、内的葛藤を抱えた一人一人の人間の中でも依然として闘争を繰り広げることになるとされる。今日でも、比較的高邁な精神の持ち主においては、両方の価値評価様式がともに存在し、相争っている。しかしながら、全体としては奴隷道徳のほうが勝利をおさめることとなった。ニーチェ自身は——無条件に、見境なしにというわけではないが——はっきりと「貴族的」な世界観のほうに強い共感を表明しており、自らの哲学によって「賤民的」な道徳に対する闘争が再開されうることを期しているように思われる。
第二論文 「負い目」・「良心のやましさ」・その他
ここで探求の対象となるのは、人間は何かに対して「責任」を負うことができるという考え方の由来、ならびに、人間に特有で動物界ではほとんど見られない記憶力一般である。ニーチェは、「負い目」という道徳的概念は債権者に対する「負債」という物質的な概念に基づいていると考える。彼は、刑罰がさまざまな文化の歴史の中で担ってきた多岐にわたる表向きの目的と真の目的を示唆する。刑罰は、あらゆる事態がそうであるように、支配体制が新しくなる度に、新たな解釈を与えられてきた。ニーチェによると、良心のやましさは、人間の文明化に起源をもつ。人間は、組織的な社会で生きるという重圧の下で、自らの攻撃的な衝動を内向させ、自分自身に向けるようになるのである。
なお、この論文の第12節は、「力への意志」に関する教説を比較的詳しく取り上げているという点で、鋭い示唆を含んでいる。
第三論文 禁欲主義的理想は何を意味するか
この論文は、すでにニーチェが序文で自ら指摘した形式的な特徴をよく表している。というのも、結論となる見解を最初の段落で簡潔なアフォリズムの形式で呈示しておいて——仮構の読者からの抗議に従って——論文本体において、そのアフォリズムを正確に敷延して完全な形で表現しているからである。
ニーチェは、禁欲主義的理想が、歴史の中や今日の社会の中で現れる際にまとってきたさまざまな形態、並びにその多様な目的を検討する(その中には、誤認された目的も実際の目的も含まれる)。ニーチェは、さまざまな人々——芸術家(リヒャルト・ワーグナーの『パルジファル』を例に)、哲学者(とりわけ、ショーペンハウアーの意志否定)、聖職者、ニーチェ自身が評価するところの「善人や義人」、聖人、そして現代において反-理想主義者と見誤られている人々、無神論者、科学者、批判的かつ反形而上学的な哲学者——における禁欲主義的理想の追求を解釈し評価する。そして、彼らの絶対的な「真理への意志」こそが、禁欲主義的理想の最後の純粋な形態であるとされる。そして、現代および将来のヨーロッパにおけるニヒリズムに関する考察に依拠して、ニーチェは、禁欲主義的理想がほとんど唯一の理想として尊崇されてきた究極の理由を示す。それは、つまるところ、より優れた理想がなかったからである。人間は「何も欲しない」ことができない。その結果、今日までの人間はむしろニヒリズムと禁欲において「無を欲し」てきたのである。
影響
「道徳の系譜」に影響を受けた人は、オスヴァルト・シュペングラー、ジャン=ポール・サルトル、ジークムント・フロイト、フランツ・カフカなどである。
また、ミシェル・フーコーは、この作品に影響を受け、狂気・性・懲罰について研究していた。
河出書房新社からは、この作品の標題を冠した叢書として「シリーズ・道徳の系譜」(1997年-)が刊行されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E5%BE%B3%E3%81%AE%E7%B3%BB%E8%AD%9C
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/335.html#c6
延期にしても中止にしても、早く判断した方がいい。
— 鎌田さゆり (@sayu4018) March 22, 2020
東京五輪・パラ 延期含めた検討開始 4週間以内に結論 IOC | NHKニュース https://t.co/lU2df6yaSz
ソクラテス以前も含むギリシア哲学やスピノザやショーペンハウアーなどから強く影響を受け、その幅広い読書に支えられた鋭い批評眼で西洋文明を革新的に解釈した。実存主義の先駆者、または生の哲学の哲学者とされる。近代の終焉を告げる思想家ともされる。
神、真理、理性、価値、権力、自我などの既存の概念を逆説とも思える強靭な論理で解釈しなおし、デカダンス、ニヒリズム、ルサンチマン、超人、永劫回帰などの独自の概念によって新たな思想を生みだした。
そのなかには、有名な永劫回帰(永遠回帰)説がある。古代ギリシアの回帰的時間概念を借用して、世界は何か目標に向かって動くことはなく、現在と同じ世界を何度も繰り返すという世界観をさす。これは、生存することの不快や苦悩を来世の解決に委ねてしまうクリスチャニズムの悪癖を否定し、無限に繰り返し、意味のない、どのような人生であっても無限に繰り返し生き抜くという超人思想につながる概念である。
「神は死んだ」と宣し、西洋文明が始まって以来、哲学・道徳・科学を背後で支え続けた思想の死を告げた。
それまで世界や理性を探求するだけであった哲学を改革し、現にここで生きている人間それ自身の探求に切り替えた。自己との社会・世界・超越者との関係について考察し、人間は理性的生物でなく、恨みという負の感情ルサンチマンによって突き動かされていること、そのルサンチマンこそが苦悩や矮小化の原因であり、それを超越した超人をめざすことによって解決されるべきとした。
その思想は、ナチスのイデオロギーに利用されたが、多くのニーチェ主義者が喝破していたように、それはニーチェ哲学の曲解、通俗化でしかなかった。そもそもニーチェは、反ユダヤ主義に対しては強い嫌悪感を示しており、妹のエリーザベトが反ユダヤ主義者として知られていたベルンハルト・フェルスターと結婚したのち、1887年には次のような手紙を書いて叱責している。
お前はなんという途方もない愚行を犯したのか――おまえ自身に対しても、私に対してもだ! お前とあの反ユダヤ主義者グループのリーダーとの交際は、私を怒りと憂鬱に沈み込ませて止まない、私の生き方とは一切相容れない異質なものだ。……反ユダヤ主義に関して完全に潔白かつ明晰であるということ、つまりそれに反対であるということは私の名誉に関わる問題であるし、著書の中でもそうであるつもりだ。『letters and Anti-Semitic Correspondence Sheets』(引用者注:ニーチェの思想を歪曲して利用した反ユダヤ主義文書らしい)は最近の私の悩みの種だが、私の名前を利用したいだけのこの党に対する嫌悪感だけは可能な限り決然と示しておきたい。
また、1889年1月6日ヤーコプ・ブルクハルト宛てのおよそ気が確かだと思われる最後の書簡は、「ヴィルヘルムとビスマルク、全ての反ユダヤ主義者は罷免されよ!」で結んである。主著『善悪の彼岸』では「ドイツ的なもの」とその喧伝者への批判に一章を割き、死後に刊行された草稿ではドイツ人のいう「偉大な伝統」なるものを揶揄して「ユダヤ人こそがヨーロッパで最も長い伝統をもつ、最も高貴な民族である」と、さらには「反ユダヤ主義にも効能はある。民族主義国家の熱に浮かされることの愚劣さをユダヤ人に知らしめ、彼らをさらなる高みへと駆り立てられることだ」とまで書いており、ヒトラーはおろかナチス高官の誰一人としてニーチェをまともに読んですらいなかったことは自明である。
にもかかわらずナチスに悪用されたことには、ナチスへ取り入ろうとした妹エリーザベトが、自分に都合のよい兄の虚像を広めるために非事実に基づいた伝記の執筆や書簡の偽造をしたり、遺稿『力への意志』が(ニーチェが標題に用いた「力」とは違う意味で)政治権力志向を肯定する著書であるかのような改竄をおこなって刊行したことなどが大きく影響している。しかし、たとえこれほどの悪意的な操作がなかったとしても、〈善悪の彼岸〉〈超人〉〈力への意志〉など、文字面だけを見れば強権に迎合するものとも見えかねないキーワードをニーチェ自身が多用していたことも問題を紛糾させた一因である。
ニーチェの思想がナチズムや反ユダヤ主義と相容れないものであるという主張は、第二次世界大戦前からすでになされており、比較的早いものとしてはジョルジュ・バタイユをはじめピエール・クロソウスキー、アンドレ・マッソン、ロジェ・カイヨワらによる同人誌『無頭人(アセファル)』(1936年 - 1939年)などが有名である。
https://blog.goo.ne.jp/journal008/e/c774a8819e1f564fac5d9c5324a64aaf
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/335.html#c7
新型コロナウイルス肺炎の感染拡大で
— ひらたん@😋時事ネタつぶやき&オモロネタ拡散隊😋 (@hiratan_japan) March 22, 2020
東京オリ・パラの大会延期検討が
具体化してきました😅
当初は5月迄に判断と言ってましたが
世界の危機感が半端ないんでしょう
来月中には結論出そうですね😅
東京五輪・パラ 延期含めた検討開始 4週間以内に結論 IOChttps://t.co/uHv2pKkxWl
>>120 さま
同感です。
>>117 >>118 さま
“常連で盛り上がるのはつまりません”・・・というご指摘もあったことですし、
ここでのこれ以上の発言は控えさせていただきます・・・にゃハハ♪
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/723.html#c121
息苦しさや咳や悪寒や節々の痛みなどもあるだろう、寝ても魘されるし。
特に一人暮らしのお年寄りなどに対応しきれるか甚だ疑問。
本当に厚労省は何も考えてないんじゃないか。
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/759.html#c47
https://t.co/9HWmZtDX4E
— 叢雲 楓 (@zgmfx00ba) March 22, 2020
【武漢コロナウィルス】IOC、東京五輪の延期も視野に
4週間以内に延期も含めた検討の結論を出すとのことで、中止は考えていないとのこと。
流石に中止になろうものなら日本経済も致命傷クラスの大打撃を喰らう危険性が非常に高いので「最悪でも延期」の姿勢は有難いです。
安倍無能総理以下 霞ヶ関無能組織
どこの家でも 精神分裂がいる家庭は隠そうとする
日本のメディアは 安倍の精神異常を隠そうとするから 行政が崩壊する
それが日本の実態 次は経済崩壊の番
そして中国軍に日本は占領される
そこまで 無能政権には 危機意識を持つべき
だが 小沢の小選挙区制度は 国家まで壊した
http://www.asyura2.com/20/senkyo270/msg/774.html#c33
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