西日本の縄文時代人は縄文人ではないんだよ
2019年6月19日に遺伝子系譜学国際協会(ISOGG)がY染色体ハプログループ(YHg)Dの分類を改訂しました。
YHg-Dは世界でも珍しく、日本人の「特異性」の遺伝的根拠として、「愛国的な」人々がよく言及しているように思います。
そのため、現代日本社会ではYHg-Dへの注目度が高いようで、このYHg-Dの改訂も
「愛国的な」人々の一部の間では割と早くから知られていたようです。
具体的な改訂点ですが、現代日本人で多数派の YHg- D1b1 が D1a2a に変更されています。
「縄文人」で確認されている D1b2 は D1a2b に変更されています。
なお「縄文人」では、現代日本人で多数派の D1a2a(旧D1b1)はまだ確認されていません(関連記事)
これは、現代日本人の D1a2a が弥生時代以降にアジア東部大陸部から到来した可能性を示唆します(関連記事)。
現時点では、現代日本人の D1a2aが「縄文人」ではなく弥生時代以降にアジア東部大陸部から到来した集団に由来する、
という想定も有力な仮説の一つとして扱われるべきだと思います。
なお、チベットで多数派のD1a2はD1a1bに、フィリピンで見られるD2はD1bに変更されています。
https://sicambre.at.webry.info/201909/article_24.html
307名無しさん@お腹いっぱい。 (ワッチョイ 929d-u9zD [221.52.219.121])2020/03/18(水) 07:51:39.84ID:TJuIf9T/0
西日本の縄文時代人は縄文人ではないんだよ 2
縄文人直系でなかった西北九州弥生人 ゲノム解析で判明 米山正寛 2019年7月23日
下本山岩陰遺跡から出土した人骨の一つ。臼歯を用いてDNAを抽出した(国立科学博物館提供)
弥生時代に現在の長崎県周辺にいた「西北九州弥生人」は、縄文人直系と考えられていたが、
実は渡来系弥生人との間でかなり混血が進んでいたことを、国立科学博物館などのグループが
人骨に残された遺伝情報(核ゲノム)を解析して明らかにした。
日本人類学会の機関誌Anthropological Science(日本語版)に発表した。
九州の弥生人は三つに大別される。大陸から北部九州にやって来た渡来系弥生人、
鹿児島県付近に住んでいた、頭の前後が極度に短いなどの特徴を持つ南九州弥生人、そして、西北九州弥生人だ。
渡来系弥生人が在来の縄文人と交じり合う形で、現代の日本人につながる人々が生じていったとされるが、
西北九州弥生人は影響をほとんど受けず、顔の彫りの深さや腕の太さなどに縄文人と共通する特徴を残していた
と考えられてきた。
今回、下本山岩陰遺跡(長崎県佐世保市)から1970年に発掘された
約2千年前の西北九州弥生人の男女各1体の人骨を対象に、
核ゲノムを構成するDNAの変異に注目して遺伝的特徴を解析した。
2体はともに縄文人と現代日本人との中間に位置付けられた。
縄文人直系と考えられてきた西北九州弥生人も、渡来系弥生人との間で混血が進行していた可能性が高まった。
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/550.html