トランプが陰謀論にこだわる理由
2019/10/25
海野素央 (明治大学教授、心理学博士)
今回のテーマは「トランプが陰謀論にこだわる理由」です。ドナルド・トランプ米大統領は自己に対する否定的なイメージを変えて、来年の大統領選挙で有利に戦うために、ある「陰謀論」に固執しています。そこで本稿では、トランプ大統領が陰謀論にこだわる理由を中心に述べます。
23日、ペンシルベニア州ピッツバーグで行われたシェールガス、オイル産業のカンファレンスに参加したトランプ大統領(AP/AFLO)
トランプの2つの矛盾点
トランプ大統領がウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に圧力をかけて野党民主党の有力候補ジョー・バイデン前副大統領と次男ハンター氏に関する汚職捜査を要請した疑惑、いわゆる「ウクライナ疑惑」に関して、トランプ氏には少なくとも2つの矛盾点があります。
まず1つ目の矛盾点です。トランプ大統領はウクライナへの軍事支援を一旦保留した理由として同国における汚職問題を挙げました。ウクライナでは汚職が蔓延しているので、3億9100万ドル(約424億円)の軍事支援を「浪費したくなかった」と言うのです。それにもかかわらず、トランプ氏は汚職撲滅の立場をとっていたヨバノビッチ駐ウクライナ大使を5月に突然解任しました。
次に2つ目の矛盾点です。ミック・マルバニー米大統領首席補佐官代行は17日、ホワイトハウス記者団に対して、ウクライナにあると噂されている民主党全国委員会(DNC)のコンピューター・サーバーの調査を要請するために、同国に対する軍事支援を保留したと述べました。ウクライナ政府が民主党全国委員会のサーバーに関する調査を実施すれば、見返りとして軍事支援を行うという意味になります。
マルバニー氏はこれについて「外交政策ではよくあることだ」と語り、軍事支援を見返りとしたことを正当化しました。確かに、外交交渉では当事国間で交換条件としての見返りの提示があるのかもしれません。
しかし、トランプ大統領はこれまでゼレンスキー大統領との間に見返りはなかったと断言してきました。トランプ・マルバニー両氏の主張は明らかに矛盾しています。
マルバニーの本音
いずれにしても、トランプ大統領は米議会が承認したウクライナへの軍事支援をレバリッジ(てこの力)にして、民主党全国委員会のサーバーに関する調査の実施を要請をしました。もちろん、軍事支援は米国民の税金です。
トランプ大統領は民主党に打撃を与える情報収集の目的で、ウクライナに交換条件を出したとみるのが自然です。仮にそうであるならば、再選を狙うトランプ氏は個人の利益を、国益に優先させたといえます。
さて、マルバニー大統領首席補佐官代行は、見返りを認めた発言を即座に撤回してダメージコントロールをしました。バイデン前副大統領は、息子のハンター氏を調査していたウクライナの検事総長を解任しないと、同国への軍事支援を削減すると迫ったと反論しました。その上で、「これこそ見返りだ」と語気を強めて語りました。この検事総長を解任すれば、その見返りとしてウクライナへの軍事支援を削らないと圧力をかけたと解釈できるからです。
これに関してバイデン氏は、汚職問題を抱えている検事総長を解任しようとしたのであって、息子とは無関係だと主張しています。
マルバニー大統領首席補佐官代行は、トランプ大統領の本音を漏らしました。保守系の米FOX ニュースのキャスターが、番組の中でマルバニー氏に対して、トランプ大統領が解任を命じなかったのかと質問しました。マルバニー氏は否定しましたが、このキャスターも同氏がトランプ氏の本音を明かしてしまったとみていたのでしょう。
なぜトランプはサーバーを探すのか?
トランプ大統領は「(民主党全国委員会のコンピューター)サーバーはどこにあるんだ。サーバーをみたい」とホワイトハウス記者団に繰り返し語りました。サーバーがウクライナに隠されているというのです。では、なぜトランプ氏は民主党全国委員会のサーバーを探しているのでしょうか。
2016年米大統領選挙において民主党はカリフォルニア州に拠点を置くサイバーセキュリティテクノロジー企業「クラウドストライク」に調査を依頼しました。クラウドストライクは、ロシアが民主党全国委員会のコンピューターに侵入し、大統領選挙に介入したと報告しています。米情報機関も前回の大統領選挙でロシアの干渉があったと断定しています。
率直に言ってしまえば、トランプ大統領は上記の事実が気に入らないのです。周知の通り、16年米大統領選挙の期間中ロシアは、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で、ヒラリー・クリントン元国務長官に関する不利な情報を拡散しました。
トランプ氏は前回の大統領選挙で勝利を収めましたが、米国民の中にはロシアの選挙介入によって勝ったかもしれないと考えている米国民がいます。つまり、合法的な勝利ではなかったと捉えている国民がいるのです。
そこで、トランプ大統領はウクライナが民主党全国委員会と共謀して16年米大統領選挙に干渉したという「陰謀論」に固執しています。 選挙介入をしたのは実はロシアではなく、民主党と手を組んだウクライナであったということを是が非でも証明したい訳です。
仮に証明できれば、様々なメリットが存在するからです。例えば、トランプ大統領が不正直なやり方で選挙に勝利したと信じている有権者の認識を変えることができます。ロシアの手助けなしに実力でクリントン氏を破ったと強調することも可能です。
加えて、「2016年米大統領選挙の被害者はヒラリーではなく自分だ」と主張できます。「ロシアの選挙介入があったと断定した米情報機関の調査結果はでっちあげだ」とアピールすることもできます。「クラウドストライクの調査結果もフェイク(偽り)であり、民主党こそ腐敗している」という結論を下したいのでしょう。結局、来年の大統領選挙を有利な方向へ展開できるからです。トランプ氏はここまで狙っています。
すべての道はロシアへ
それにしてもトランプ大統領は敵国ロシアに好意的です。繰り返しになりますが、16年米大統領選挙における介入はロシアではなく、ウクライナであったと証明しようとしています。来年の主要7カ国首脳会議(G7サミット)の議長役であるトランプ氏はロシアのG7復帰を強く支持しています。今回のシリアからの米軍撤退により、中東におけるロシアの影響力拡大を許しました。
ナンシー・ペロシ下院議長及び他の民主党議員はトランプ大統領の言動に関して、「すべての道がロシアに通じている」と指摘します。一歩踏み込んで言えば、「すべてプーチン(露大統領)に行きつく」といえます。トランプ氏がプーチン大統領に弱みを握られているという噂の現実味が増してきました。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17720
世界秩序は「競争的多極化」へ――日本が採るべき進路とは(後編)
ポスト冷戦の世界史ーー激動の国際情勢を見通す
2019/10/25
中西輝政 (京都大学名誉教授)
世界史の劇的な転換点である「ベルリンの壁崩壊」から11月9日で満30年になる。この間の世界情勢をそれぞれ様相が異なる10年(デケッド)ごとに区切って振り返ってみる。冷戦の終焉直後は「協調型・多極世界」に移行していくと思われていたが、湾岸戦争を機に世界秩序の潮流は、表面的な一極構造の底に潜在的な対立を含んだ「競争型・多極世界」への流れへと変わった。
『世界秩序は「競争的多極化」へ――日本が採るべき進路とは(前編)』
「大いなる挫折」を味わう米国
冷戦終結から2番目の10年間である2000年代を振り返ると、前述のように湾岸戦争の余波としての「米国同時多発テロ」が01年9月11日に起き、21世紀はじめの世界情勢に大きな影響を及ぼした。同年の1月に発足していたブッシュ(子)政権は「テロとの戦い」を掲げ、アフガン戦争、イラク戦争へと突き進んでいった。しかし、いずれも所期の目的を達成できず、「大いなる挫折」の戦争となり、約20年経った今も尾を引いている。
01年には9・11のほかに二つ重要な出来事があった。一つは中国のWTO加盟である。これこそが、今日の経済大国・中国の基礎を築き、「世界の工場」として凄(すさ)まじい勢いで中国が経済超大国に躍り出る大きな契機となった。そしてもう一つの重要な出来事は、ロシアにプーチン大統領が登場したことだ。冷戦後のNATOの「東方拡大」や西側のミサイル防衛網強化などに対して、ロシア人には米国や西側に「裏切られた」という感情がさらに強くなり、今もその怨念がプーチン体制を支えている。
そして08年という年は、3番目の10年間である10年代の問題が、予めすべて出尽くした年である。まずリーマンショックに端を発した金融危機で世界経済が大きく動揺し、「パックス・アメリカーナ」もいよいよ閉幕かといった議論も出た。中国はこの危機に対して4兆元(約57兆円)もの景気対策を打って世界経済の急場を凌ぐことに大きく貢献し、経済超大国の座を不動のものにした。もっとも、この時の莫大な不動産投資や不健全な融資などが今日の世界経済の秩序を脅かすリスクになっており、今後を見ないと結論的評価はできないが、リーマンショックこそは中国が確実に米国の「背中を捉えた出来事」として後世の歴史家は評価するかもしれない。
中国は高速鉄道建設など4兆元の景気対策を打ち、金融危機で冷え込む世界経済を下支えした(2011年5月、北京−上海間における試験運転)
(写真・VCG/GETTYIMAGES)
また、08年には北京五輪が開催されたが、その成功を機に自信をつけた中国は、外交政策を大きく転換していく。ケ小平以来の、力をつけるまでは国際社会で対立を惹起(じゃっき)しないという、あの「韜光養晦(とうこうようかい)」路線への決別は、13年以後の習近平政権の登場によって始まったのではなく、すでに前任の胡錦濤政権の時に始まっていたのである。
10年の尖閣諸島沖での漁船衝突事件では、中国は自らの領土主張を日本に強く押し付けて、対日制裁としてレアアースの輸出を禁止するという外交手段を用いた。今日、世界情勢の潮流になっている「ジオ・エコノミクス」(経済手段を政治目的で用いること)をまさに先取りしていたといえる。東アジアの秩序と日米同盟への挑戦、米中関係の今日の緊張はこの頃から萌芽し始めた。
ロシアが仕掛ける「ハイブリッド戦争」
さらに08年はプーチンが国際秩序に対して正面から挑戦をしてきた年である。まさに北京五輪の開会式のその日に、国際法を無視して軍事力を発動し、グルジア(現・ジョージア)戦争を引き起こした。国際社会はロシアを厳しく非難をしたが、原状回復には至らず、この出来事が14年のクリミア併合へとつながっていった。
また、ロシアはグルジア戦争に際して、軍事力の行使に情報戦も組み合わせる「ハイブリッド戦争」を仕掛けている。これは後の英国のEU離脱を決める国民投票や、16年の米国大統領選挙でも用いられた手法で、敵対する勢力の情報空間を操作し、人々の認識を歪めることで政治・軍事目的を達することとされている。
実際、08年に起こったこれら三つの出来事が、10年代の世界情勢に大きな影響を及ぼしている。12年には尖閣諸島の国有化により日中関係は戦後かつてない緊張状態に陥り、同年に発足した習近平政権による南シナ海などでの米国に対する挑戦は年々エスカレートしていった。
欧州では金融危機、ギリシャ危機に直面して、EU統合にブレーキがかかった。さらに15年にシリア難民が押し寄せると極右ポピュリズムが広まり、EU統合の理想像がかき消されていく流れになってゆく。そして英国のEU離脱の行方が、今まさに欧州の未来を、ひいては21世紀の世界情勢を大きく左右しようとしている。
こうして冷戦後の30年の国際秩序の歴史を振り返ると、今のところ、さきの五つの世界像のうち、五番目のキッシンジャー的なモデル、すなわち大国が群雄割拠する多極世界、それも協調ではなく対立が基調の「競争型・多極世界」に近づいているといえる。
日本の安全保障にとって、中長期的にみて現状変更勢力である中国やロシアが堂々と振る舞うことは、決して望ましい状況ではない。
米国は依然として超大国であり、今後も早期に凋落(ちょうらく)することはあり得ない。日本は日米同盟をさらに緊密化し、米国の力を利用して、日本の安全保障を担保していくことが当面、最も重要な戦略である。そして情報能力を含む外交力、防衛力の両面において早急に日本の自力をつけることも急がねばならない。これらは日本にとっての至上命題である。
日本が自力をつけるために具体的にやるべきことは、第一に周辺環境に応じた自立した国家となるため、憲法をはじめ法令や制度、とくに情報組織を整備することである。この30年、日本のそうした面での自力の整備は、世界の潮流からも東アジアの安全保障環境の変化からも、2周も3周も遅れてきたが、このような事態を繰り返してはならない。
第二に、当面、北朝鮮の核ミサイルに対する抑止力の向上が安保戦略上不可欠である。すでに小型化、弾頭化された核ミサイルを持ち、矛先をこちらに向けている以上、自衛のための敵基地攻撃能力について議論を急ぎ、政治的な決断が必要になる。
第三に宇宙・サイバー分野におけるテクノロジーに投資をして、独自の防衛技術を高めていくことは待ったなしである。また安全保障と経済が表裏一体の関係になっているため、きめ細かな技術管理、貿易管理を徹底することも重要になる。
第四に日本のシーパワーをインド洋まで展開する「インド太平洋構想」を浸透させることである。普遍的価値観、特に法の支配とルールに基づく国際秩序を広め、ASEAN、インド、豪州とも協力し現状変更を挑む中国を国際政治的に「包囲」する外交が不可欠だ。さらにオイルシーレーンを守るためにも、イランとの外交関係を維持しつつ、自国の船舶を守るために自衛隊として役割を果たすべきである。
また日米同盟をもり立てる観点からも、「グローバル・ブリテン」を掲げる英国との安保協力をインド太平洋で恒常的に進めることは重要な点だ。英国の空母「クイーン・エリザベス」と海上自衛隊が東シナ海で共同訓練をすることで、ホワイトハウスの関心は高まり、米国の「航行の自由作戦」の効果も一層高まるはずだ。さらには、たしかにインドと豪州は必ずしも仲が良くないが、そこに英国が入ることで、英国との協力関係が強固な豪州も旧宗主国の英国に対するプライドがあるインドも積極的にインド太平洋に関与を強めることになろう。
国際秩序が、大国同士の競争的、対立的な多極化世界に移行しようとする時代だからこそ、日本は少しでも「協調的な多極世界」をめざす外交的努力を図りつつ、他方で日米同盟と自力をそれぞれ強化し、現状変更勢力に重層的に対処できる戦略を描き、それらを体系的に実行に移さなければならない。それが日本の生命線になる。
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■ポスト冷戦の世界史 激動の国際情勢を見通す
Part 1 世界秩序は「競争的多極化」へ 日本が採るべき進路とは 中西輝政
Part 2 米中二極型システムの危険性 日本は教育投資で人的資本の強化を
インタビュー ビル・エモット氏 (英『エコノミスト』元編集長)
Part 3 危機を繰り返すEUがしぶとく生き続ける理由 遠藤 乾
Part 4 海洋での権益を拡大させる中国 米軍の接近を阻む「太平洋進出」 飯田将史
Part 5 勢力圏の拡大を目論むロシア 「二重基準」を使い分ける対外戦略 小泉 悠
Part 6 宇宙を巡る米中覇権争い 「見えない攻撃」で増すリスク 村野 将
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17662
http://www.asyura2.com/19/kokusai27/msg/598.html