https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50931370S9A011C1ENI000/?n_cid=SPTMG053
米中休戦、年末高に賭ける株式市場
(NY特急便)
NQNニューヨーク 張間正義
トランプ政権 貿易摩擦 北米
2019/10/12 6:22
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年末の株高を見込む声が増えた=ロイター
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年末の株高を見込む声が増えた=ロイター
米中貿易協議に揺れた米株式相場は今週末に大きく動いた。11日の米株式市場でダウ工業株30種平均は3日続伸し、上げ幅は一時、500ドルを超えた。週間では4週ぶりに上昇した。農産物と通貨分野に限った「部分合意」で「休戦」となり、米経済の後退懸念が和らぐとみた投資家が一斉に買い上げた。12月にかけ相場が急落した昨年と異なる年末高シナリオへの期待がにわかに高まってきた。
中国による農産物の輸入拡大と引き換えに、米国が15日に実施予定だった対中関税第1〜3弾の関税率引き上げを見送るという部分合意でさえも株価の押し上げ要因になると市場は捉えた。追加関税の応酬による米中の実体経済の悪化が一段と進む最悪のケースが避けられたためだ。
制裁関税の引き上げの見送りが実現し、株式相場の先高観は一段と強まった。中国での売上比率が高いアップルが1年ぶりに上場来高値を更新したほか、建機のキャタピラーや工業製品・事務用品のスリーエム(3M)など中国関連とされる銘柄に買いが集まった。
米中休戦で市場の関心は米経済が景気後退に向かうのか減速で済むのかどうかに移る。一般的な景気後退の定義は「2四半期連続のマイナス成長」だ。生産関連統計の悪化などから「失速の初期段階に入った」(バークレイズのマイケル・ゲイペン米国チーフエコノミスト)との指摘もある一方、足元で2%程度の成長率を維持し雇用者数の増加も続く米国では、経済の「エンジン」の個人消費が引き続き堅調なままだ。
今年の米連邦公開市場委員会(FOMC)で投票権を持つボストン連銀のローゼングレン総裁は4日、年後半の米経済の成長見通しについて「私が潜在成長率とみている1.7%前後になる」と話した。生産関連の統計が弱含むなか、米経済は「巡航速度」だといえる潜在成長率を維持するという見立てだ。
ウォール街で弱気の「ハウスビュー」(会社の公的見解)を出すモルガン・スタンレーは、関税引き上げが続くことを前提に米国の景気後退入りを予想してきた。FTNフィナンシャルのクリス・ロウ氏は「制裁関税の引き上げ見送りで、景気後退に陥る可能性は低下した」と指摘する。
株式の需給要因も株価を下支えしそうだ。来週から本格化する7〜9月期決算発表で米主要500社の純利益は4%減少する見込みだが、シティグループの株式ストラテジスト、トビアス・レフコビッチ氏は「株式減少」に注目する。旺盛な企業の自社株買いが進む米国では18年以降、発行済み株式数が2%以上減少した。株価をみる上で重要な1株利益(EPS)を算出する際の分子に当たる純利益が減っても、分母の発行済み株式数が減少していることから、EPSの大幅な低下は生じにくいとの見方だ。
決算シーズンは米株の最大の買い手とされる企業の自社株買いが自粛される「ブラックアウト」期間に入るため、一時的に相場が調整する可能性は残る。ただ、米中休戦で先高観を強めた市場では「決算期間中に下がったところが年内最後の買い場になる」とトレーダーの鼻息も荒い。
(NQNニューヨーク=張間正義)
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トランプ氏「中国と第1段階の合意に達した」 (2019/10/12 11:17更新)
[FT]米中協議、トランプ氏の通商チームは結束保てるか (2019/10/11 15:33) [有料会員限定]
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ニューヨーク市場の動き
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NY商品、原油が続伸 イランのタンカー爆発の報道で 金は続落 (2019/10/12 5:03)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50947240S9A011C1EA2000/
米中貿易、景気懸念で一時休戦、構造問題先送り
トランプ政権 貿易摩擦 中国・台湾 北米
2019/10/12 20:19
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11日、ホワイトハウスで習近平中国国家主席からの手紙を披露するトランプ米大統領=ロイター
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11日、ホワイトハウスで習近平中国国家主席からの手紙を披露するトランプ米大統領=ロイター
【ワシントン=河浪武史、北京=原田逸策】米中両国は中国が米国産農産品の輸入を拡大する一方、米国が制裁関税の引き上げを見送ることで合意した。関税合戦の悪化は回避したが、実態は農業や通貨など切りやすいカードだけを切った「小粒合意」だ。中国の産業補助金の見直しなど構造問題は棚上げしたままで、制裁関税を完全撤廃する貿易戦争の終結はみえない。
「中国による農畜産品の購入は過去最大だ。米国の農家はすぐに大きなトラクターを手に入れた方がいいぞ」。トランプ米大統領は11日、中国の劉鶴(リュウ・ハァ)副首相とライトハイザー米通商代表部(USTR)代表らをホワイトハウスに招き、口早に合意内容を記者団に説明した。
舞い上がるトランプ氏と対照的に中国は非常に冷静だ。中国側の声明は「農業などで実質的な進展があった」としただけで「合意」の表現はない。国営テレビの昼のニュース番組でも3番手の扱いにとどまった。中国には昨年5月に制裁回避で合意しながら、すぐにトランプ氏がちゃぶ台返しをした苦い記憶が残る。
米国は中国が400億〜500億ドル分の米農産品を購入すると明らかにした。これは過去最高だった12年(260億ドル)を5〜9割も上回る。
中国の報復関税の影響で、農産品の対中輸出は18年に90億ドル程度まで急減していた。穀物産地はトランプ氏の支持基盤である激戦州の中西部が多い。米国側が主張する400億〜500億ドルの対中輸出が実現すれば、苦境に立たされている米農家が受ける恩恵は大きい。
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中国も豚肉などが高騰し、庶民の不満がくすぶる。習指導部にも安い米国の農畜産品の輸入拡大は渡りに船だ。もっとも中国がこれだけの規模の米農産品を買い付けるのかどうかは不透明な面も残る。
通貨政策も米中双方の利害が一致しやすい分野だった。トランプ政権は8月、中国を追加制裁に道を開く「為替操作国」に指定し、人民元安を批判してきた。今回の交渉で中国は為替介入の実績など通貨政策の透明化を米国に提案し、米財務省は「為替操作国」の指定解除の検討に入った。
両国の部分合意を演出したのは、景気失速への懸念という共通項だ。米国は製造業の景況感指数が10年ぶりの水準に悪化した。設備投資も輸出もマイナス基調が続く。
一方の中国も貿易戦争の長期化で、7〜9月期の成長率は6%割れもささやかれる。これ以上の経済への打撃を避けようと米中が歩み寄れたのは一定の成果ともいえる。
もっとも中国のハイテク産業への産業補助金など構造問題は素通りした。米国が狙う本丸は、先端産業を育てて米国を追い越そうとする「中国製造2025」政策を潰すことにあった。
トランプ氏は「今回の第1段階が終われば、すぐに第2、第3段階に取りかかる」と、構造問題に切り込む考えを強調する。ペンス副大統領ら対中強硬派も部分合意に不満を隠さない。
中国は「(国家の)原則にかかわる問題は決して取引しない」(人民日報)との立場を堅持する。産業補助金や国有企業での譲歩には慎重で、今後の交渉は難航必至だ。
中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)への禁輸措置についても合意を先送りした。トランプ氏は「貿易戦争の終結は間近だ」とするが、米中問題は世界経済の最大のリスクであり続ける。
タリフマン動かすチャイナ・ショック論
Global Economics Trends 編集委員 小竹洋之
トランプ政権
米中衝突
貿易摩擦
小竹 洋之
Global Economics Trends
2019/9/29 2:00
Global Economics Trends
世界的な関心を集める経済学の最前線の動きやトピックを紹介します。
トランプ米大統領は「タリフマン(関税男)」と名乗ってはばからない。「私は関税のプラットフォームに立つタリフマンだ」。筋金入りの保護主義者として知られた第25代大統領マッキンリー(在任1897〜1901年)の発言に倣ったらしい。
トランプ米大統領(左)は高関税政策を繰り出し、中国の習近平国家主席に構造改革を迫る=ロイター
そんなトランプ氏が中国に仕掛けた貿易戦争の出口は見えず、内外からの批判が絶えない。しかし「米国は中国のせいで多くの雇用を失った」という主張には、認めざるを得ない面もある。これを裏付ける経済学界の実証研究が相次いでいるからだ。
■中国からの輸入増、米国の弱者に痛み
「チャイナ・ショック論」――。中国からの輸入拡大と米国の雇用減少との間に相関関係を見いだす研究は、こう総称される。英経済学者デビッド・リカードらの伝統的な貿易理論では、各国が比較優位な産業に特化し、国境を越えて生産物を売買することで、最適な資源配分を達成できるはずだった。だが現実には衰退産業から成長産業への労働移動などが円滑に進まず、低学歴や低スキルの労働者が予想以上の痛みを被っていると説く。
この分野の権威は米マサチューセッツ工科大学(MIT)のデビッド・オーター教授、スイス・チューリヒ大学のデビッド・ドーン教授、米カリフォルニア大学サンディエゴ校のゴードン・ハンソン教授だ。2013年の論文「チャイナ・シンドローム」(The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States)や16年の論文「チャイナ・ショック」(The China Shock: Learning from Labor Market Adjustment to Large Changes in Trade)は、世界の経済学界に広く影響を与えた。
01年に世界貿易機関(WTO)に加入した中国の経済発展には、目覚ましいものがあった。米国の輸入増の衝撃はかつてないほど大きく、労働市場の調整にも多くの時間やコストがかかる。だから中国との産業競争や価格競争が厳しい地域で、失業者の増加、賃金の低下、労働参加率(働く意思のある人の割合)の落ち込みが目立つと3氏はいう。
■全産業で200万〜240万人の雇用が減少
MITのダロン・アセモグル教授やカリフォルニア大学デービス校のブレンダン・プライス助教授も執筆陣に加わった論文「輸入競争と2000年代の米国の大幅な雇用の減少」(Import Competition and The Great U.S. Employment Sag of The 2000s)は、より詳細な定量分析の結果を示した。中国からの輸入増によって、1999〜11年の米国の雇用が製造業で98.5万人、全産業では200万〜240万人減ったと試算している。
トランプ氏もチャイナ・ショック論を意識しているフシがある。「トランプ経済プランの評価」(Scoring the Trump Economic Plan: Trade, Regulatory, & Energy Policy Impacts)――。現在のナバロ大統領補佐官(通商担当)とロス商務長官が16年11月の米大統領選前にまとめ、トランプ氏が掲げる経済政策(トランポノミクス)の理論武装を試みた文書には、オーター、ドーン、ハンソン各氏の研究が引用されている。
■トランポノミクスの理論武装に活用
それだけではない。ナバロ・ロス文書は米連邦準備理事会(FRB)のプリンシパル・エコノミスト、ジャスティン・ピアース氏と米エール大学のピーター・ショット教授の研究も併せて紹介している。両氏は16年の論文「米国の製造業の驚くほど急速な雇用の減少」(The Surprisingly Swift Decline of US Manufacturing Employment)で、中国のWTO加入を機に米国が最恵国関税の適用を恒久化したため、中国からの輸入や投資などが増えて、米国の製造業の雇用が減ったと分析した。オーター氏らと歩調を合わせる主張である。
17年1月に発足したトランプ政権は、ナバロ・ロス文書をなぞるように動いてきた。高関税政策を繰り出し、中国に構造改革を迫るのも筋書き通りだ。こわもてのタリフマンを「異端児」と切って捨てるのはたやすいが、その念頭にある経済学的な知見を軽視するわけにはいかない。
■消費者や輸出増の恩恵を説く研究も
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中国からの輸入増と米国の雇用減を関連づける研究が続く(米ペンシルベニア州)=ロイター
チャイナ・ショック論の研究はいまも続く。米調査機関エコノミック・ポリシー・インスティテュートのロバート・スコット氏とザーン・モックハイバー氏は18年、「中国による深刻な損失」(The China toll deepens)と題するリポートをまとめた。中国に対する貿易赤字が01〜17年に拡大した結果、米国が340万人の雇用を喪失したと指摘している。01〜11年に限ってみると、労働者の所得を年平均370億ドル押し下げたという。
しかし一連の研究が国際貿易のマイナス面を強調しすぎているとの批判もある。エール大学のロレンゾ・カリエンド教授、米セントルイス連銀エコノミストのマキシミリアーノ・ドボルキン氏、米ジョンズ・ホプキンス大学のフェルナンド・パーロ助教授による19年の論文「貿易と労働市場の力学」(Trade and Labor Market Dynamics: General Equilibrium Analysis of The China Trade Shock)が一例だ。
3氏は中国からの輸入増が響き、米国が00〜07年に製造業の雇用を55万人失ったと試算した。一方で安価な輸入品を購入できる消費者などの恩恵に注目し、米国全体の厚生(経済的満足度)が0.2%増大したと分析している。
カリフォルニア大学デービス校のロバート・フィーンストラ特任教授と米アイダホ大学の笹原彰助教授は、中国からの輸入増だけでなく、米国の世界に対する輸出増も加味すべきだという。17年の論文「チャイナ・ショック、輸出、そして米国の雇用」(The "China Shock", Exports and U.S.Employment: A Global Input-Output Analysis)では、95〜11年にモノの輸出入で差し引き170万人の雇用を生む効果があったと結論づけた。
■新規産業の育成や安全網の強化を
チャイナ・ショック論を代表するオーター氏らも、国際貿易の拡大が米国全体にもたらすプラス面を否定しているわけではない。労働市場の調整力が鈍いために、弱者に強い負荷がかかるのが問題で、それが排外的なポピュリズム(大衆迎合主義)の温床にもなっていることを訴えたいのだ。だからこそ新規産業の育成や安全網の強化などを処方箋に挙げる。
こうした研究をトランプ政権が都合良く利用し、異様な高関税政策を正当化するのは、あまりにも危険ではないか。たとえ民意の後押しがあろうと、米経済の底上げに資するとは思えない。
国際通貨基金(IMF)によると、米中貿易戦争の激化は20年の世界の国内総生産(GDP)を0.8%押し下げる恐れがある。FRBは最近のリポート「通商政策を巡る不確実性の経済的影響」(The Economic Effects of Trade Policy Uncertainty)で、17〜18年に通商政策の不確実性が高まった結果、米国の総投資が1〜2%低下するかもしれないと予測した。
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アダム・ポーゼン米ピーターソン国際経済研究所長は成長基盤の劣化を心配する
長い目で見た成長基盤の劣化を懸念するのは、米ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長だ。貿易戦争の広がりなどによる対米直接投資の減少を嘆き、「経済ナショナリズムのせいで、長期的なビジネスの場を提供してきた米国の魅力が低下した。ポストアメリカの世界経済体制が出現しつつある」と話す。
晩年のマッキンリーは、タリフマンの軌道修正を図ったという。トランプ氏が改心する日は果たして来るのだろうか。
【記事中の参照URL】
■The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States
(https://pubs.aeaweb.org/doi/pdfplus/10.1257/aer.103.6.2121)
■The China Shock: Learning from Labor Market Adjustment to Large Changes in Trade
(https://www.nber.org/papers/w21906.pdf)
■Import Competition and The Great U.S. Employment Sag of The 2000s
(https://www.nber.org/papers/w20395.pdf)
■Scoring the Trump Economic Plan: Trade, Regulatory, & Energy Policy Impacts
(https://assets.donaldjtrump.com/Trump_Economic_Plan.pdf)
■The Surprisingly Swift Decline of US Manufacturing Employment
(http://faculty.som.yale.edu/peterschott/files/research/papers/pierce_schott_pntr_2016.pdf)
■The China toll deepens
(https://www.epi.org/files/pdf/156645.pdf)
■Trade and Labor Market Dynamics: General Equilibrium Analysis of The China Trade Shock
(http://faculty.som.yale.edu/lorenzocaliendo/CDP.pdf)
■The ‘China Shock', Exports and U.S. Employment: A Global Input-Output Analysis
(https://www.nber.org/papers/w24022.pdf)
■The Economic Effects of Trade Policy Uncertainty
(https://www2.bc.edu/matteo-iacoviello/research_files/TPU_PAPER.pdf)
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「日本化」恐れるFRB 金融政策の枠組み巡り論争[有料会員限定]
2019/9/1 2:00
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50177050V20C19A9I00000/?n_cid=SPTMG053
「日本化」恐れるFRB 金融政策の枠組み巡り論争
Global Economics Trends 編集委員 太田康夫
太田 康夫 Global Economics Trends
2019/9/1 2:00
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米国の金融政策の枠組みを巡る論争が活発になっている。その背景には、中央銀行である米連邦準備理事会(FRB)が金融政策の将来に不安を強めていることがある。目標としてきた物価水準に達していないにもかかわらず、米中貿易摩擦の影響などで景気悪化の兆しが出てきたからだ。インターネット経済の拡大など革新的な技術発達の影響で、物価は失業率や需給ギャップによって左右されるという伝統的な理論が揺らいでいることも影響している。
かじ取りを誤ると、政策金利がゼロ近くに張り付き、金融政策が効かなくなる日本のような状況に陥る恐れが強まっている。FRBはこうした「日本化」を回避するため、2020年前半をめどに金融政策の枠組みの見直しを進めている。新しい枠組みとして物価目標策の手直しなど複数案が浮上している。
会場近くで話すパウエルFRB議長(右)とイングランド銀行のカーニー総裁(8月23日、米ジャクソンホール)
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会場近くで話すパウエルFRB議長(右)とイングランド銀行のカーニー総裁(8月23日、米ジャクソンホール)
8月22日から24日まで地区連銀のひとつであるカンザスシティー連銀が、米ワイオミング州のジャクソンホールで「中央銀行の課題」をテーマにシンポジウムを開いた。例年は気軽な雰囲気で構造問題を話し合うが、今年はトランプ大統領が利下げを求めるなかで異様な雰囲気の会議となった。
冒頭講演したパウエルFRB議長は、7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)以降の米中貿易摩擦や、香港情勢の緊迫化など地政学リスクの高まりをあげ、情勢変化が及ぼす影響を評価し、適切に行動すると述べた。
本来の長期的な課題として「政策金利がゼロ近傍から抜け出せない状況が続くリスクに直面している。そうしたニュー・ノーマル(新常態)に対処するため、われわれは金融政策の戦略、手段、コミュニケーションなどの見直しに着手し、政策手法をさらに追加する必要があるか精査している」(Speech by Chair Powell on challenges for monetary policy)と強調した。
シンポジウムでは具体論のうちコミュニケーションのあり方について議論し、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のアサナシオス・オルファニデス教授は「金融政策とそのコミュニケーション」のなかで、金融政策リポートの発表を年2回から4回に増やすことや、政策の不確実性に関してリスクシナリオのより精緻な提示などを提案している。
◇ ◇
現在の金融政策の枠組みはFRBが12年に導入した。政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導、将来の金融政策に関するフォワードガイダンス(先行き指針)、国債などの資産購入、透明性の高い情報伝達の4つの手法を用いて、長期インフレ目標値2%の達成を目指すインフレーション・ターゲット(インフレ目標)政策である。それまで内部的にPCE(個人消費支出)コア価格指数で年1〜2%上昇をめざしてきたが、目標を公表して透明性を高めるとともに、目標値をそれまでの上限の2%に設定し、FRBの使命である物価安定と完全雇用に資する適切なインフレ期待を定着させることを狙った。
その後、雇用は回復したものの、物価は目標の2%には届かず、FRBは18年11月に金融政策の戦略や手法の見直しに着手した。19年1月にはニューヨーク連銀のジョン・ウィリアムズ総裁がサンフランシスコ連銀のエコノミスト、トーマス・メルテンス氏と連名で「金融政策の枠組みと低金利制約」(Monetary Policy Frameworks and the Effective Lower Bound on Interest Rates)と題するスタッフリポートを発表した。そのなかで「通常のインフレーション・ターゲティングではインフレ期待がインフレ目標より下で固着し、超低金利の弊害を拡大する」と指摘し、3つの対応策をあげている。
1つ目は物価上昇への対応(利上げ幅)に比べて、物価下落への対応(利下げ幅)を小さくすることによって、インフレ期待が低下することを防ぐマイルドな手法である。銀行破綻などショックが起きた時の利下げ幅を小さめにして、できるだけ金利がゼロに近づくのを避ける考え方だ。
2つ目は平均インフレーション・ターゲティングである。現在のインフレ目標は一時点での目標に対する物価の位置を評価して、目標に近づけようとする。それに対して、平均インフレーション・ターゲティングは5年や一景気サイクルといった一定の期間をとり、期間内の平均値が目標を上回るようにする。例えば金融危機対策で低金利を余儀なくされ、その間は目標が達成できなければ、危機が去った後に目標を上回る水準が続くことを容認して、危機時の目標未達成分を埋め合わせることで、平均で目標を達成する。それによってインフレ期待の醸成をより確実なものにすることができるという。
3つ目は物価水準ターゲティングである。1930年代にスウェーデンが取り入れたことがあるが、戦後は導入例がない。今のインフレ目標は実際の結果に関係なく毎年2%の上昇を目指すのに対し、物価水準ターゲティングの場合は毎年2%ずつ物価が上がっていく水準そのものを目指す。物価水準の指標で考えると、1年目は102、2年目は104強、5年目は110強の達成を目指して、金融政策を運営する。仮に5年間1%ずつしか物価が上がらなければ、5年後には5%の物価上昇を目指すことになり、より踏み込んだ緩和が必要になる。
◇ ◇
金融政策の枠組み見直しについて、より幅広く議論するため、シカゴ連銀で6月に中央銀行論の専門家などを集めて会議を開いた。そのなかで、ストックホルム・スクール・オブ・エコノミクスのラール・スベンソン教授が、「金融政策は従来の(景気と物価の状況に応じて政策金利を変化させる)テーラー・ルールに基づくものより、(インフレーション・ターゲティングなど)予想ターゲティングの方が優れている。そのための手法を比較検討すると、ゼロ金利制約なども考慮したうえでFRBの使命を果たすためには平均インフレーション・ターゲティングが優れている面がある」(Monetary Policy Strategies for the Federal Reserve)と主張している。
議論は広がりを見せている。米大手金融機関のJPモルガン・チェースのエコノミストであるデイビッド・マッキー氏、ブラス・カスマン氏などは「インフレーション・ターゲット後の世界」と題する論文の中で、「FRBの動きは最初の一歩にすぎず、金融政策のあり方が大きく見直される」と指摘。具体的には目標は物価だけでなく複数設定される、物価目標については2%よりも高い水準にする、政策手法をより多様化する、財政や規制政策との協調を強める、などの方向性が志向されるとの見通しを示している。
目標については、名目国内総生産(GDP)の伸び率を採用するいわゆる「GDPターゲティング」の考え方がある。セントルイス連銀のジェームズ・ブラード総裁は19年4月に公表したワーキングペーパー(Optimal Monetary Policy for the Masses)のなかで「GDPターゲティングは最適な金融政策手法」だと分析している。GDPは財政政策や貿易政策の影響も受けるため、中央銀行の目標になじむかは議論が分かれている。
オリビエ・ブランシャール氏
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オリビエ・ブランシャール氏
物価目標自体を引き上げる考えは、10年に国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストだったオリビエ・ブランシャール氏が提起した論点で、14年にIMFのエコノミスト、ローレンス・ボール氏が「4%のインフレ目標はゼロ金利制約を回避し、導入に伴う経済の下押し圧力もそれほど厳しくない。最小のコストで、便益が得られるのではないか」(The Case for a Long-Run Inflation Target of Four Percent)と支持している。これに関しては、2%でも期待の醸成が難しいなかで、4%にしたからといって効果は不透明との見方も根強く、FRBは目標自体の見直しには慎重だ。
また日欧は、景気対策としてはマイナス金利政策を導入している。これも対応策の一つではあるが、金融機関経営などに対する副作用が大きいためFRBは消極的で、そうした状況に陥らないような枠組み作りに全力を挙げる方向だ。
◇ ◇
08年のリーマン・ショック前までは、金融政策に関しては足元のインフレ率と経済の強さをベースに金利水準を決めるテーラー・ルールが重視されていた。同ルールの提唱者である元米財務次官のジョン・テーラー氏はFRBが示している危機後の政策枠組みは一定の効果があったとする分析に対して、「(イールドカーブに働きかける)スロープ政策の成功の証拠は薄い」と指摘。物価目標を引き上げたり、日和見主義的なリフレ政策を受け入れたりするのではなく、ルールに基づいた正常化に取り組むべきだとしている。
シカゴ、ジャクソンホールなどで議論は熱を帯びたものの、内容は拡散気味だ。ゼロ金利制約は避けるべき現象という点は多くの学者が認めており、改革は平均インフレターゲットを軸に展開される見通しだが、実際にFRBがめざす20年前半にまとまるかどうか不透明な面もある。
【記事中の参照URL】
■Speech by Chair Powell on challenges for monetary policy
(https://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/powell20190823a.htm)
■Monetary Policy Frameworks and the Effective Lower Bound on Interest Rates
(https://www.newyorkfed.org/research/staff_reports/sr877)
■Monetary Policy Strategies for the Federal Reserve(ダウンロード)
(https://www.chicagofed.org/~/media/others/events/2019/monetary-policy-conference/1-svensson-strategies-pdf.pdf)
■Optimal Monetary Policy for the Masses
(https://doi.org/10.20955/wp.2019.009)
■The Case for a Long-Run Inflation Target of Four Percent
(http://www.imf.org/external/pubs/ft/wp/2014/wp1492.pdf)
Global Economics Trends
「グローバル・エコノミクス・トレンズ」というタイトルで、世界的な関心を集める経済学の最前線の動きやトピックを紹介します。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49044390X20C19A8I00000/?n_cid=SPTMG053
http://www.asyura2.com/19/hasan133/msg/368.html