首相演説、謎の黒服に阻まれたプラカード
首相、もう潮時です。40年越しに「真の女性活躍」を進めた首相になってください
井田奈穂 「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局長
論座 2019年07月28日
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安倍首相の参院選ラスト演説。このときはプラカードを邪魔されずに掲げることができた=2019年7月20日、東京・秋葉原
■プラカードでかき消された「困っている人の姿」
2019年の七夕の日。降りしきる雨の中、私たちはJR中野駅前で選挙演説に訪れるという安倍晋三首相を待っていました。
昨年11月、私がTwitterで出会った仲間と立ち上げた「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」https://chinjyo-action.com/のメンバーも6人、一緒にいました。
首相から見える場所を探したものの、すでに人でいっぱい。ひしめき合う傘の間は、むんむんと暑いほどの熱気でした。テレビ局のカメラの前のわずかなスペースしかなく、私たちはそこで待つことにしました。
政治家の演説にプラカードを持って行ったのは初めてでした。
きっかけは7月3日の日本記者クラブの党首討論会。「選択的夫婦別姓を認めるか」について、安倍首相は1人だけ手を上げなかったのです。
実際に結婚できなくて困っている人、改姓して苦しむ人を、その目で見てほしいと思いました。
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2019年7月7日、JR中野駅前
この日集まった7人のうち2人は「妻と夫の対等な関係性のまま結婚したいから」と、35年も前から事実婚を続けているご夫婦でした。そして「生まれ持った氏名で、この人と結婚させて」という思いを首相に伝えるために、わざわざ群馬県から来た20代のカップルもその場にいました。
安倍首相の演説が始まった時、群馬県のカップルの20代女性が、傘の合間から「選択的夫婦別姓の実現を」というプラカードを掲げました。
すると驚いたことに、スラックスの上に黒のパーカーを着た背の高い男性が傘の波をかき分け近づいてきて、手に持った「がんばれ自民党」「安倍総理を支持します」というプラカードをその上に覆い被せてきたのです。
何も声をかけられず、突然の行為だったので、私たちはびっくりしました。
「すみません、ちょっと見えなくなるので」と声を出したものの、無言で、この女性が右に行けば男性も右、左に行けば左と、しばらく攻防が続きました。
静かで怖かった。視線すら合わせないのです。背の小さい私たちは威圧感を感じ、プラカードを下げました。
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この位置から安倍首相の演説を聞いた。プラカードの件で一層遠くに感じた=2019年7月7日、東京・中野駅前。著者提供
私たちは安倍首相を批判しに来たのではありません。「結婚できず困っている人たちがここにいる。選択的夫婦別姓を実現してほしい」。自分の国のリーダーにそう訴えにきただけでした。
「安倍帰れ」とコールした人たちもいましたが、私たちはただプラカードを掲げていただけです。はぐれてしまった夫婦2人のメンバーも、やはり同じ目に遭っていたことを、後で合流して聞きました。
「当事者の存在をかき消すような行為を受けたのはショック」「安倍さんはこんなの、喜んでいるのかな」
20代のメンバーたちも驚いた様子でした。プラカードを隠した男性は誰だかわかりません。しかし自民党支持者の方でも、多様な意見に首相が触れる機会は奪わないでいただきたかったと感じました
■「経済成長と関わりがない」という発言の衝撃
再婚後、あまりに大変な改姓手続きと自己喪失感で苦しんでいた私がTwitterを始めたのは、2018年1月のこと。投稿を始めると、同じ思いを持つ人たちと、面白いようにつながっていきました。
姓を変えずに結婚したい。でも、法律を変えるにはどうすればいいかわからない。政治活動経験はゼロ。「とりあえず、国会議員に相談じゃない?」と、数人で地元選出の自民党・松本文明衆議院議員に会いに行くことになりました。
「いろいろなところから本人が声を上げるといい。地元の人が望んでいるのがわかれば議員も動く。党本部にも行くといい」
そんなアドバイスをもらい、中野区議会に陳情を出したところ、たくさんの議員が応援してくれ、選択的夫婦別姓の法制化を求める意見書を国に送ることができました。
これに背中を押された私は、11月に「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」のサイトを開設。Twitterで参加を呼びかけると、北海道から沖縄までメンバーが集まってきました。
現在の登録者数は約120人。それぞれ地元の議会から国会を動かしてもらえるよう、議員に働きかけています。
6月30日のネット党首討論で安倍首相は「選択的夫婦別姓は、女性の社会参画のために不可欠ではないか?」と問われ、「我々はいわば、経済成長とは関わりがない、という風に考えています」と答えました。
この言葉は、とにかく悲しかった。がっかりしました。
望まない改姓は、個人の尊厳を傷つけ、苦痛を与えます。自分の名前で仕事をしてきた人にとっては死活問題です。でも、どちらか改姓しなければ結婚できない。だから男性優位の日本社会では、96%の男性は妻に譲ってもらい、改姓せずに結婚しているのです。(参照 平成28年度人口動態統計特殊報告「婚姻に関する統計」の概況https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/konin16/dl/gaikyo.pdf)
この点が女性差別にあたるとして、日本は国連から3度にわたり、夫婦別姓を認めるよう勧告されていますが、応じていません。
安倍首相の発言を聞いて、「女性に自分自身が生まれ持った名前を名乗らせたところで、国として儲からない」と言われたように感じました。
「生産性」の話題が頭をよぎったのは、私だけではないでしょう。
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党首討論で選択的夫婦別姓を認めるかとの質問に、ただひとり手を上げない安倍首相=日本記者クラブ提供
■研究実績が改姓で奪われる苦痛。日本の知識流出にも
私たちのメンバーには研究者や医師も数多く登録しています。
「自分の名前で仕事をする」最たるものが、研究論文や特許。「氏名は研究者にとって命」とあるメンバーは言います。
「ネットによる論文検索が主流なので、名字が変わると検索結果から漏れる。過去の業績が評価・参照対象から外される可能性が高い」
つまり、積み上げてきた実績が突然、同一人物のものとみなされなくなるのです。
これでは実績ゼロの新人研究者と同じ。想像を絶する喪失感でしょう。医師検索でも、結婚改姓により本人の証明ができなくなるケースが多いといいます。
法務省は2018年3月20日の国会で、同省が把握する中で、夫婦同氏制を採用している国は日本以外にないと述べました。生まれ持った氏名で結婚できる選択肢を、今やどの国も標準装備しています。そのため国際学会では、研究者としての登録名とパスポートの氏名が異なる理由を説明しなければならない場面も少なくありません。
国際的な研究機関で旧姓のまま仕事を続けるメンバーは、戸籍姓が必須の資格を業務で使うたびに、結婚改姓したと説明せねばならず、「仕事しか関係のない相手にプライベートをさらすのは苦痛。同僚である夫には何の支障もないのに」とストレスを抱えています。
研究者としての氏名を守るため、事実婚で活動していた女性も先日、メンバーになりました。彼女はオーストラリアで研究を続ける夫の元で出産を迎えようとしたものの、事実婚では永住権ビザが取得できず、やむなく法律婚。その後、彼女も現地の大学に所属し、戸籍姓必須の書類以外はすべて、自分が研究実績を積んできた本来の姓で登録しました。
ところが現地で出産し、役所に出生届を出した時のこと。「免許証とパスポートの名字が違う」「これでは2人の人間になりすましていることになる。どちらかに統一を」と指摘されたのです。
日本に一時帰国し、保育園の入園申請をした時も、「ネット検索したが○○大学にあなたの氏名(保護者として申請した戸籍姓)の研究者は見つからない」と指摘され、在職証明に追われたといいます。
4月の選択的夫婦別姓訴訟の法廷でも報告されたこのケースで彼女は、「夫の姓ですべてを統一したら私の研究者生命は死を迎える。日本国籍を捨て、この姓の問題から解放されたいと考えている研究者は私だけではない」と述べています。
■国も自覚する「旧姓の通称使用」による国際的信用トラブル
旧姓併記のパスポートを持ってただ出張するだけでも、海外の入国審査で足止めされることがあります。
発展途上国支援の仕事をしているメンバーは、パスポートにかっこ書きされている旧姓について、何度も説明を求められたことがあったそうです。日本国民として法的に存在しないはずの名前がかっこで書いてある。だがなぜかICチップには記載がない。ビザにもその名前がない(どちらも旧姓不可)。「このパスポートは偽造かも」と不審がられても不思議ではありません。
海外の大学院で学ぶ予定の彼女は、困っている状況をTwitterに投稿しました。これが河野外相の目に止まり、外務省に説明文書を作ってもらえることに。(朝日新聞デジタル『パスポートの旧姓トラブル対策 ツイートが外相動かす』https://digital.asahi.com/articles/ASM6P4WR3M6PUTFK00X.html)
しかしそもそも仕事で実績のある自分の氏名を変えずに結婚できるなら、こんな「説明」は不要です。選択的夫婦別姓を認めてほしいと、彼女も訴えています。
内閣府は「女性活躍加速のための重点方針2019」に盛り込むべき事項について、旧姓の使用拡大を挙げています。
しかし旧姓が法的に認められた戸籍上の氏として機能しない限り、問題は解決しません。実際、各省庁へのヒアリングでは、外務省自身が、国際的な信用トラブルの事例だけでなく、「旅券の旧姓を国内外で悪用(詐欺行為等の犯罪に使用)する者が現れる可能性」まで指摘しています。
主に女性がいわれのない疑いをかけられ、国際的な活躍を妨げられていることを、国も認識しているのです。(参照「男女共同参画会議 重点方針専門調査会(第19回)」http://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/jyuuten_houshin/sidai/jyu19-s.html)
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2019年4月、外務省が内閣府に示した説明資料。旧姓使用の拡大でトラブルが広がる可能性が列挙されている=内閣府男女共同参画局ホームページより
こうした制約がなければ、改姓せず結婚している96%の既婚男性と同じように、女性たちも実績や在職の証明に困らず、海外で難なく仕事ができ、プライバシーの侵害もなくなります。
経済成長につながるような活躍がもっとできるはずです。
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人気ロックバンド・SEKAI NO OWARIのメンバー、Saoriさんが7月、望まない改姓とそれに伴うコストへの違和感をTwitterでつぶやくと、20万近いいいねという爆発的な反響を記録した。
■半数以上が非正規雇用、男女賃金格差ワースト3の「女性活躍」とは?
次に安倍首相が党首討論で述べた数字も調べてみました。
「この6年間で250万人の女性が働き始め、25歳以上のすべての世代で女性の就業率は、あのアメリカを、上回っている」という点です。
たしかに「女性就業率が7割を超えた」という統計は2018年秋、ニュースになりました。
しかし労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2018」によれば、日本人女性の就業者のうち短時間労働者(労働時間が週30時間未満の者)の割合は37.1%と高く、アメリカ人女性17.6%の2倍以上(こちら参照https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/03/p117-118_t3-7.pdf)。
管理職に占める女性の割合でも、アメリカは43.8%に対し、日本はわずか12.9%です(こちら参照https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/03/p089_3-3.pdf)。
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労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2018」より
政府の2018年の労働力調査https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/index1.pdfによれば、非正規雇用は、男性の場合は4人に1人以下(22.2%)であるのに対し、女性は半数以上(56%)。さらに「非正規の仕事についた主な理由」http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/4hanki/dt/pdf/2019_1.pdfを見ていくと、男女ともに「自分の都合のよい時間帯に働きたいから」が1位ですが、女性の2位、3位は、「家計の補助・学費などを得たいから」、「家事・育児・介護等と両立しやすいから」。家庭の事情で、非正規を選ぶ女性が多い状況が表れています。
安倍首相は先のネット党首討論で、「男女間の収入の格差も、一番短く、小さくなってきている」とも発言されました。たしかに東京オリンピック開催年の1964年に女性の給与が男性の半分程度だったことを考えると、2017年は約7割。徐々に差は縮まってきています。(参照 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0406.html)
ただ世界的には誇れる成果ではなく、日本の男女賃金格差はOECD加盟国ワースト3(OECD加盟国は現在36カ国)。これはOECD東京センターが国際女性デーに寄せて、Twitterでも紹介していますhttps://twitter.com/OECDTokyo/status/1103769889519661064?s=20。
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ほかにも医師、国会議員、裁判官に占める女性割合はOECD加盟国中ワースト1位。民間企業の管理職、上場企業役員における女性割合はワースト2位です。
これが安倍首相の言う「すべての女性が輝く社会」につながっているでしょうか。現実が伴っていないように感じます。
アメリカのヒラリー・クリントン氏が2011年、ゴールドマンサックスの調査をスピーチで紹介した記録も、内閣府経済社会総合研究所サイトに掲載されています。(こちら参照http://www.esri.go.jp/jp/workshop/forum/140305/data/140305_siryo04a.pdf)
「日本の女性労働力が男性並みに上昇すれば、GDPは16%上昇する」
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経済における女性の活躍に関する共同セミナー「女性活躍推進の経済効果」(慶應義塾大学・経済産業研究所 樋口美雄)より
女性が真に働きやすい環境を整えれば「経済成長につながる」という指摘です。
■法律婚できないことは、少子化に直結している
「経済的成長」といえば、少子化と切り離すことのできない議題です。「子どもが増えれば将来の労働人口、消費者が増える」のですから当然、経済成長につながります。
しかし今は出産以前に、結婚しようと思うカップルが結婚できない現状があります。
初婚年齢は現在、30歳前後。男女ともに個人名で信用・実績・資産を積んできたにもかかわらず、いざ結婚するとなると必ず片方が「社会的に一度死に、以後別人として生きる」ことを強いられるのが今の日本。膨大な手続きに追われた結果、仕事の実績を継続できず、人によっては自己喪失感を抱きます。
改姓を望まない人にとって、これは罰ゲームでしかありません。
少子化により一人っ子が増えている昨今、カップルの双方とも生まれ持った氏名を変えたくなく、破談に至る。このことが非婚率の上昇を底上げする要因の一つであるといわれています(もちろん、仕事と家庭の両立が難しい日本型長時間労働、男女格差が改善されないことなども大きな要因です)。
別れるまではいかなくとも、次なる選択肢は婚姻届を提出しない=法的保障のない「事実婚」です。政府は事実婚の実数を調べない形で国勢調査を行っていますが、総務省の2010年調査によれば「非親族の男女同居の者(20歳以上)」は61万人ほど。そのうち未婚は4分の3以上。直近5 年間で2割以上増加したとのことです。(こちら参照https://www.stat.go.jp/training/2kenkyu/pdf/zuhyou/doukyo3.pdf)
また国民生活白書http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9990748/www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/honpenzuhyo/honpen1.htmlによれば、女性の「事実婚を選んだ理由1位」は「夫婦別姓を通すため」。事実婚女性の実に89.3%がそう答えています。
法律婚できないことは、日本の場合、少子化に直結します。なぜなら日本の子どもの出生数における婚外子割合はわずか2.3%。OECD加盟で2番目に少ない国だからです。(こちら参照https://www.oecd.org/els/family/SF_2_4_Share_births_outside_marriage.pdf)
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OECDが調査した出生数における婚外子の割合。日本は婚外子の相続差別が数年前に撤廃されたばかり。未婚での出産には風当たりが強い。
改姓の不利益を避けるため、結婚したいカップルが法律婚できないままでいると、少子化は今後も“スムーズに”進むことでしょう。
■「公私ともに1つの氏名で活躍できる」選択肢を
結婚にあたり、名字を変えるか、変えないか。選べるようになったところで、だれに迷惑をかけるのでしょうか。
シンプルに変えたい人だけ変え、「公私ともに1人1つの氏名で生きられる国」を実現すれば、困っているカップルが結婚でき、少子化解消の一助となり、経済成長に結びつくと私は思います。
望まない改姓手続きで本人、経理担当、あらゆる顧客窓口が手間とコストを負う必要がなくなります。
女性も男性と同じく、実績を積んだ自分の名前で、法人代表や役員として登記ができます。不動産や株、NISA、確定拠出年金なども難なく運用できます。
もちろん論文や資格、表彰、商標、特許など、大事な実績を自分が自分のままで引き継げます。
夫婦別姓は「子どもがかわいそうだ」「国が崩壊する」という反対論もありますが、名字のある国で夫婦別姓が選べない国は、日本以外にありません。どこかの国で別姓が理由の「子どもがかわいそう」な社会問題や国家崩壊現象でも起きていたら、教えていただきたいと思います。
あるベテラン自民党議員は私に言いました。
「伝統守って国滅びたらどうするんだと僕は思っている。選択的夫婦別姓は必要だ」
安倍首相、潮時です。議論が始まって40年。どうか選択的夫婦別姓を認め、女性参政権に次ぐ「真の女性活躍」を進めた首相として、歴史に名を残してください。
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019072500006.html
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