イラク戦争の過ちを繰り返す米国と安倍政権 トランプ騒乱の時代と中東、日本
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2019/07/11 日刊ゲンダイ イランの最高指導者ハメネイ師との会談後、取材に応じる安倍首相(左)=13日、テヘラン(C)共同通信社 米国のペンス副大統領は8日、首都ワシントンで開かれたキリスト教右派の集会で、イランのウラン濃縮度の引き上げや無人偵察機撃墜に対抗措置をとる姿勢を見せ、米軍は中東地域での国益や米国人を保護するための態勢を整えつつあると語り、イランに対する軍事力の行使も辞さない姿勢を見せた。 ペルシア湾での緊張は高まりつつあるが、イランは米軍が戦争でてこずったイラクよりも国土は3.8倍広く、人口もイラクの2倍以上である(世銀の2017年の統計でイラクは3827万人、イランは8116万人)。米英軍はラムズフェルド米国防長官の構想もあって15万人余りの兵力でイラク戦争を始めたが、それが極めて不十分であったことはイラク戦争後の混乱を見れば明らかである。 2003年2月、イラク開戦の直前にエリック・シンセキ陸軍参謀総長(日系人)は上院軍事委員会の公聴会で、旧ユーゴの紛争などの経験からイラクの戦後処理には80万人の米軍兵力が必要だと証言した。この証言によってシンセキ参謀総長はラムズフェルド国防長官によって更迭されてしまったが、シンセキ氏の見通しが正しかったことはISの誕生をもたらすなど戦後イラクの無秩序状態を見れば明白だろう。イランとイラクの面積比と、シンセキ氏の見積もりなどから単純計算で米軍のイラン占領には300万人以上の兵力が必要ということになるが、米軍の総兵力は150万人余りだ。米軍がイラク戦争以上の犠牲を強いられることは明らかで、アフガン戦争の北部同盟、イラク戦争のクルド人民兵組織のように、地上で米軍に協力する武装勢力もない。 ■ISとの戦闘に従事してきた精鋭部隊「イラン革命防衛隊」 地上兵力を送ることが困難な米軍の対イラン攻撃は空爆やミサイル攻撃に限定されるかもしれないが、しかし戦争になれば、戦場はイランだけにとどまらない。イランは精鋭部隊である革命防衛隊をイラクやシリアに送り、ISなど過激な武装集団との戦闘に従事してきた。革命防衛隊はイラクでシーア派の武装集団を組織し、2015年に北部の要衝ティクリートの奪還作戦に貢献した。米軍がイランを攻撃すれば、イラクやシリアに駐留する米軍や、これらの国の米国関連施設や米国人が攻撃を受ける可能性は否定できない。また、シリアでアサド政権を支えるためにイランとともに戦ってきたレバノンのヒズボラ(神の党)の武装部門も米軍やイスラエルに対して攻撃をしかける可能性がある。ヒズボラは、イスラエル北部にロケット弾を撃ち込んだり、イスラエル兵を拉致したりイスラエルの安全保障にとって重大な懸念要因となってきた。 仮に米軍がイランに進駐することになるとしたら、米軍の攻撃によってイラン・イスラム共和国が大きく動揺して崩壊し、米国と協調するような勢力が政権を掌握した場合だろうが、目下のところ、イラン国内ではそのような勢力は見当たらない。イランは親米的な王政を打倒することによってイスラム共和国が成立したので、「反米」は革命のシンボルになってきて、親米を口にすることすらできない状態であり続けている。米国はイラク戦争の際にもその傀儡であるアフマド・チャラビ(1944〜2015年)をフセイン後の政府の首班にしようとしたが、イラク国内からの支持をまるで得られなかった。イランに「自由」「民主主義」をもたらそうとして米軍が進駐しても、イランには根強くある反米的潮流から米軍に対するテロが頻発するに違いない。イランにはイラン・イラク戦争でも見られたように自爆攻撃を「殉教」と見なす傾向が強くある。 ■軍産複合体に莫大な利益をもたらそうとする米ネオコン勢力 現在、イラン戦争を提唱するボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官などネオコン勢力は、イランのシーア派の「神権政治」を打倒することで国民の生活を改善できると主張する。イランが影響力を行使しているのはシーア派世界だけでなく、シリアでは世俗的、社会主義的性格をもつアサド政権と連帯してきた。アルメニアとアゼルバイジャンの紛争では、クリスチャンのアルメニアを支援した。ネオコンが主張するように、イランが「神権政治」の中心として冷戦時代のモスクワのような役割を果たすというのはまったくの虚構である。 米国のネオコンはイラク戦争の時のように、イランとの戦争によって軍産複合体に莫大な利益を与えることを考え、エネルギーなどイランの資源を米国企業によって民営化することを望んでいるのだろう。まさに米国による、米国のための戦争ということになるが、すでに述べてきたように、イラン戦争は決して容易ではなく、かりに空爆やミサイル攻撃だけで終われば、ネオコンの目標は達成することができない。 トランプ大統領は、「日本には米国を防衛する義務がなく、日米安保は一方的な条約で不公平だ」と主張しているが、イラン戦争はイラク戦争と同様に国連決議を得られず、米国は同盟国の日本に協力を求めてくることだろう。日本はイラク戦争を真っ先に支持し、自衛隊をイラクに派遣した。今回、安保法制で集団的自衛権が認められた日本にはそれ以上の協力を求めてくるかもしれない。安倍政権は16年前の重大な日本の過ちを繰り返そうとしているように映る。 トランプ大統領との親密な関係を重視する安倍首相は、イラン戦争という事態になったらイランの親日感情を見捨てて米国に協力してしまいそうで恐ろしい。 宮田律 現代イスラム研究センター理事長 1955年、山梨県甲府市生まれ。83年、慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程修了。専門は現代イスラム政治、イラン政治史。「イラン〜世界の火薬庫」(光文社新書)、「物語 イランの歴史」(中公新書)、「イラン革命防衛隊」(武田ランダムハウスジャパン)などの著書がある。
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