データ主義時代の新たな銀行「情報銀行」とはなにか
「個人情報を信託」する情報銀行は受け入れられるのか
松ヶ枝 優佳/2019.3.11
「情報銀行」の登場で企業による個人情報の利活用は進むか?
個人から信託されたパーソナルデータを適切に管理・運用する「情報銀行」。2019年3月、その事業者認定が始まる。現代のデータ主導社会において強大な価値を生む存在になり得るとあって、三菱UFJ信託銀行のようなメガバンクも参入を表明する等、注目を集めている。
官民が一体となって普及を急ぐ情報銀行事業とは、一体どのようなものなのだろうか。
「情報銀行」の概要と登場してきた背景
そもそも、情報銀行とは何だろうか。総務省「平成30年版 情報通信白書」では以下のように定義されている。
・情報銀行(情報利用信用銀行):個人とのデータ活用に関する契約等に基づき、PDS等のシステムを活用して個人のデータを管理するとともに、個人の指示又は予め指定した条件に基づき個人に代わり妥当性を判断の上、データを第三者(他の事業者)に提供する事業。
情報銀行は、個人から購買履歴等、個人情報にひもづく様々なデータを信託され、その管理や、適切な事業者への販売を請け負う仕組みなのだ。データを預けた利用者には直接的、または間接的に何らかの便益が還元される仕組みとなっているため、お金を預けると利息が付いて戻ってくる「銀行」に例えられている。2018年6月26日に総務省と経済産業省が発表した「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」内にある以下の図が分かりやすいだろう。
出典:総務省・経済産業省「情報信託機能の認定に係る指針ver.1.0」より引用
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/a/d/550wm/img_ad8a46717c7eb15e00944411274d8997230630.jpg
なお「PDS」の定義は下記の通り(総務省「平成30年版 情報通信白書」より)。
・PDS(Personal Data Store):他社保有データの集約を含め、個人が自らの意思で自らのデータを蓄積・管理するための仕組み(システム)であって、第三者への提供に係る制御機能(移管を含む)を有するもの。
要するに、PDSは主に個人が自らの意思で自身のパーソナルデータを管理・運用するための仕組みを指す。しかし、もはや日々蓄積されていく膨大なデータを個人で適切に管理・運用することは困難となってきている。そこで注目されているのが、安心してパーソナルデータの管理・販売を委託できる情報銀行の仕組みなのだ。
GoogleやAmazonを例に出すまでもなく、近年「個人情報の利活用」は多方面からの関心を集めている。膨大な量のパーソナルデータを収集して一元管理できる情報銀行事業は、多くの企業にとって魅力的に映るだろう。事実、同事業の審査・認定を行う日本IT団体連盟と総務省が2018年10月19日に行った事業者向けの説明会には、金融・流通・食品・製造・教育・ヘルスケア・通信・放送・コンサル・マーケティング・リサーチ等、様々な業種から約200社、400名以上もの人々が集まったという。
2017年5月に「個人情報」の定義の明確化や匿名加工情報(氏名等の個人を識別できる情報を削除した個人情報)制度の導入、個人情報を第三者へ提供するための手続き(オプトアウト)の厳格化等が義務付けられた「改正個人情報保護法」が全面施行されたことも、少なからず影響しているだろう。
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消費者にとって情報銀行はどのような存在となるのか
では、消費者の立場から見た「情報銀行」はどうだろう。正直、「個人情報を預ける」という響きに抵抗を感じてしまう人も多いのではないだろうか。2017年1月27日にインテージが発表したデータ流通とプライバシーに関する意識調査の結果を見ても、情報銀行を「利用したい(3.6%)」または「どちらかと言えば利用したい(29.9%)」と回答したのは全体の33.5%。PDSに関しては6割以上が利用意向ありと回答しており、多くの消費者が第三者に個人情報を預けることに不安を感じており、「個人情報は自分で管理したい」と考える傾向にあることが分かる。
企業による個人情報の管理の仕方は度々問題視されるが、最近では2018年3月にイギリスのデータ分析会社ケンブリッジ・アナリティカがSNS「Facebook」の利用者の個人情報を不正に収集していたことが発覚。さらにそのデータを使い米大統領選を操作していたという疑惑が持ち上がり、大きな波紋を呼んだ。
現状、情報銀行事業を行えるのは日本IT団体連盟による審査に通過して認定を受けた企業のみとなるが、慎重な消費者は自分の情報を預けるに相応しい企業かどうか、厳しい目で見定めることになるだろう。
一方で情報銀行は、個人に代わりパーソナルデータを渡す事業者を審査する役割を持っている。現状においても消費者は、何か新しいサービスの利用を開始する際は「利用規約」や「個人情報の取扱いについて」といった長々とした文章に「同意」させられている。しかし、その内の何人が提示された規約全てを熟読し、納得した上で「同意」しているのだろうか。2018年12月27日に日本IT団体連盟が発表している、日経クロストレンドのインタビュー記事内で、情報銀行の認定基準制作に携わった崎村夏彦氏は「まず、個人の同意能力を疑ってかかるべき」と発言している。
その点、情報銀行が持つ「情報信託機能」とは、本当にその規約に同意して良いかどうか、その企業に情報を渡して良いのかを個人に代わり判断してくれるものなのだ。もちろん、その情報の取得方法や利用目的は事前に分かりやすく明示するよう「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」でも記されている。
加えて、万が一情報銀行から情報が漏えいした場合について同指針を見ると、「提供先第三者に帰責理由があり個人に損害が発生した場合は、情報銀行が個人に対し損害賠償責任を負う」とされており、事業参入には相応のハードルが存在することを示している。
様々な個人情報を預ける代わりに、より便利で快適な生活を実現する情報銀行。それだけでなく、個人情報を守るための「盾」の一種として捉えると、消費者側にとってもメリットは少なくないのではないだろうか。
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どのようなプレイヤーが参入を考えているのか
現在は認定事業者の発表を待っている段階だが、既に以下のような大手企業が参入に名乗りを上げている。各社の動きを見てみよう。
●三菱UFJ信託銀行
2019年度中のサービス開始を目指し、2018年11月19日より情報信託銀行サービス「DPRIME(仮称)」の実証実験を開始。参加者のスマートフォンにダウンロードされたβ版アプリを利用することで、参加者が「行動データ」「歩行データ」「金融データ」をどの程度自分の判断でアプリへ集約するのかを検証した。加えて、データ提供オファーに対する応諾の可否や、希望対価水準等の検証を行った。
同実験にはアシックス、NTTデータ、Japan Digital Design、テックファーム、東京海上日動火災保険、no new folk studio、マネーツリー、三菱UFJ銀行、三菱UFJフィナンシャル・グループ、レイ・フロンティアの全10社、合計1000名が参加しており、各社の関心の高さが伺える。
●電通グループ
2018年9月に電通テックの子会社として「マイデータ・インテリジェンス」を設立。2019年春に情報銀行サービス「MEY」を開始させるために準備を進めている。データの暗号化や管理は電通が請け負う。
消費者は一度MEYに個人情報を登録しておけば、様々なキャンペーンに参加できる仕組み。また、個人の判断で企業ごとに提供する範囲を変更することも可能だ。既に2018年11月19日から企業向けに個人情報を管理・運用するためのプラットフォーム「MEY ベネフィット」の提供を開始し、プロモーションを行っている。
●日立製作所
2018年9月10日、日立コンサルティング、インフォメティス、東京海上日動火災保険、日本郵便、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアムと共に実証実験の開始を発表。その成果を基に2019年度中の事業化を目指すと報じられている。
家庭での電力使用量や、歩数等の活動量のデータを収集。収集されたデータは家電向けの保険商品や、在宅率に応じた最適な宅配ルートの構築等に活用される。総務省の「平成30年度予算 情報信託機能活用促進事業」の一環として2019年3月末まで実施される予定。
日立製作所他5社による実証実験のイメージ(画像はプレスリリースより引用)
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/6/6/550wm/img_66d150d5802a0c17c29e601a4db72a79139137.jpg
●富士通
2017年8月中旬から約2ヵ月間、イオンフィナンシャルサービスと共に実証実験を実施。自社の従業員500名を対象に、情報銀行が個人向けに行う「一次サービス(情報の預託)」に対して消費者が感じる抵抗感や課題感の把握や、一次サービスで得たデータを活用・販売する「二次サービス(情報の開示)」に関する消費者の関心事項の抽出を行った。
さらに2019年1月29日には大日本印刷と共同で、情報銀行事業普及のためのプラットフォームを開発・提供することを発表している。
このように様々な企業が実証実験を行い、本格参入に向けた準備を詰めている段階だ。
次ページ情報銀行がもたらすビジネスの変化と
情報銀行がもたらすビジネスの変化とは
政府によって推進され、日本企業がGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に立ち向かうための手段としても期待がかかる「情報銀行」。今はまだ黎明期にあたるが、今後参入に意欲的な多くの企業や政府によって、ビジネスモデルや制度が整えられていくはずだ。
消費者の中には個人情報を第三者に委ねることへの抵抗感を持つ者も少なくないが、2018年12月11日に情報処理推進機構が発表した「2018年度情報セキュリティに対する意識調査」の個人情報の取り扱いについての項目を見ると、健康状態などの個人を特定できない情報に関しては漏えいした場合も「補償不要」と答えている人の割合が高い。取得するデータや活用先によっては、改正個人情報保護法によって導入された匿名加工情報制度が普及の一助となるかもしれない。
また、2018年11月29日に中部電力は契約者データを活用した「地域特化型」の情報銀行事業への参入・実証実験の開始を発表したが、このように事業者によって異なる色を持つ情報銀行が多数登場していくだろう。
しかし、収集したいデータが個人に近いものであればあるほど、同意を得ることは難しくなる。また、前述した通り情報銀行サービスを提供する事業者は高い信頼性と共に、消費者や情報を提供する側の事業者にとってどれだけ魅力的なメリットを提示できるかを迫られることになる。
実際の運用によって、活用に適した分野やそうでない分野もはっきりしていくだろう。まずは認定企業第一号の発表が待たれるところだ。
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