戦後最長の景気拡大が「低成長」のまま終わりそうな理由
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2019.2.28 野口悠紀雄:早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 ダイヤモンド・オンライン
写真はイメージです Photo:PIXTA
アベノミクスの期間に、企業の利益は65.8%増えた。それは、世界経済の拡大に伴って輸出が増えて企業の売り上げが増える中で、賃金の伸びを抑制したからだ。
自律的な好循環が生じたわけではないので、輸出が落ち込めば、経済全体が落ち込む。
そして、いま輸出が急速に落ち込みつつある。
世界経済の拡大に立ち後れる
実質成長率は年平均1.2%
政府は2月21日に、2月の月例経済報告を発表し、景気は「緩やかに回復している」との判断を14ヵ月連続で踏襲した。
今回の景気拡大は2012年12月に始まり、拡大期間が6年4ヵ月となった。これは、08年まで6年1ヵ続いた「いざなみ景気」を抜いて、戦後最長となった可能性が強い。
しかし、その中身を見ると、大いに問題だ。
まず、この期間の実質成長率は、年平均で1.2%にすぎない。
ところがこの間に、世界の実質GDPは3.5%伸びた。だから、世界経済における日本の相対的比重は下がったことになる。
名目GDP(ドル表示)について、12年から18年の期間で米中と比較すると、図表1のとおりだ。米中が成長する半面で、日本が停滞ないし低下している。
年平均成長率は、中国が9.5%、日本がマイナス2.0%(マイナスになったのは円安のため)、アメリカが4.0%だった。
この結果、日本のドル表示GDPは減少したが、中国は約9割増、アメリカは約3割増となった。
輸出が牽引
消費は増えず
GDP統計(国民経済計算)で、2017年と12年を比べると、実質GDPは6.6%増加した(図表2)。
需要項目別に見ると、実質輸出が23.0%増え、実質企業設備は17.0%増えた。
輸出が伸びたことは、国際収支統計でも確かめられる(図表3)
輸出額は12年まで60兆円台の前半だったが、13年から増加した。16年には落ち込んだが、その後70兆円から80兆円程度に増加している。18年の輸出は、12年に比べて31%増となった。
つまり、世界経済の拡大によって、日本の輸出が増え、それが企業設備を増やし、GDPを増やしたのだ。外需主導という点で「いざなみ景気」と同じだ。
しかし、その利益は家計には及んでいない。
実質家計消費支出は2.3%しか増えていない。「除く持ち家の帰属家賃」で見ると、この間に1.3%しか増えていない。要するに、「この6年間でほとんど変らなかった」ということだ。
賃金を抑えたので、
企業の利益が増加した
なぜ消費が増えなかったかといえば、賃金が伸びなかったからだ。
実質賃金の推移を毎月勤労統計で見ると、実質賃金指数は2012年1月の89.9から18年1月の 85.3まで、5.1%低下している(図表4)。
ところで、18年の有効求人倍率は年平均で1.61倍、失業率は2.4%だった。このような人手不足にもかかわらず、賃金が上昇しないことが問題である。
これは非正規労働者が増えているからだ。
賃金抑制は、企業の利益を増加させる要因になっている。これを法人企業統計で見ると、つぎのとおりだ(図表5)。
18年7〜9月期と12年7〜9月期を比べると、売り上げは13.5%、従業員数は3.2%、従業員1人当たり給与は1.4%、従業員給与は4.6%、人件費は7.4%、それぞれ増加した。
そして、利益の増加率が65.8%だった。
つまり、売り上げが拡大する中で人件費を抑えたので、利益が増えたのだ。
利益の増加率が売上高増加率に比べて非常に高い値になるのは、つぎのようなメカニズムによる。
営業利益の売上高に対する比率は、4%程度でしかない。このために、売上高が「原価と販売費及び一般管理費」(以下「売上原価等」という)を少しでも上回る率で増加すると、利益は非常に高い伸びを示すのである。
そして、人件費は、原価や販売費及び一般管理費の中で重要な比重を占めている(注)。
前記の期間について具体的な数字で言えば、つぎのとおりだ。
売上原価等は売上高の95.8%であり、増加率は11.9%である。前述した売上高の増加率との差はわずか1.6%ポイントだが、それでも営業利益の増加率は前述のように65.8%にもなるのだ。
なお、原価や販売費及び一般管理費の中での人件費の比率は、13.4%だ。
人件費以外の売上原価等について、上記期間の増加率を計算してみると、12.7%になり、売上原価の増加率12.3%よりは高い。
つまり、人件費の抑制が、売上原価の抑制にかなり寄与しているわけだ。
結局のところ、輸出の拡大によって売り上げが増え、人件費を抑えることによって利益が大幅に増えたのだ。
(注)営業利益=売上高−売上原価−販売費及び一般管理費。
人件費は、「売上原価」に含まれているものと、「販売費及び一般管理費」に含まれるものがある。
また、それが株価を上昇させた。この間に、平均株価は2倍以上の上昇を示している。利益の増加率と比較すると、過大な値上がりと言えよう(ダウ平均株価の値上がりは、約2倍なので、それを上回っている)。
この背後には、日銀によるETFの買い上げや、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による株式の買い上げがある。
中国の成長減速で輸出が落ち込む
ターニングポイントに近づく
上で見たことで重要なのは、ここ数年の営業利益の増加が、金融緩和によって生じたのではなく、世界経済の拡張によって、受動的に起こったということだ。
内需中心の自律的な好循環が生じたわけではないので、輸出が落ち込めば、経済全体が落ち込む危険がある。
そして、実際に、いま輸出が急速に落ち込みつつある。
財務省が2月20日に発表した1月の貿易統計(速報)によると、中国向けの輸出が、前年同月比で17.4%減と、2ヵ月続けて減少した。減少率は2018年12月の7.0%減よりも大きく拡大した。
17年では、20%を超える増加率が続いていたことと比べると、大きな変化だ(図表6)。
この背景には、米中貿易戦争の影響を受けた中国経済の減速がある。
中国国家統計局の発表によると、18年の年間成長率は6.6%と、天安門事件直後の1990年に記録した3.9%成長以来、28年ぶりの低水準となった。
世界貿易機関(WTO)が2月19日に発表した19年1〜3月期の世界貿易予測指数は96.3と、10年3月以来、約9年ぶりの低水準となった。
米中貿易戦争などの影響で、自動車、電子部品、農業原材料など、大半の項目で急激な落ち込みが見られた。
米中は18年12月の首脳会談で、19年3月1日を最終期限として貿易問題を集中協議すると決めた。1日までに妥結できない場合には、2000億ドル相当の中国製品を対象に関税率を25%に引き上げる意向をトランプ政権は示している。
21日から24日までライトハイザー米通商代表部(USTR)代表らと中国の劉鶴副首相らが詰めの協議を続け、トランプ大統領は「重要な構造問題で相当な進展があった」と、交渉期限を延期、3月2日からの関税引き上げも見送られることになった。
だが、最終的にどのような合意が得られるのかは、まだ見えていない。
内閣府の1月の月例経済報告では、輸出の判断が下方修正された。
これを受けて、2月の月例経済報告では、企業収益と生産が下方修正された。
生産は、前月の「緩やかに増加している」との判断に、「一部に弱さがみられるものの」との文言を加えた。「生産」の下方修正は、40ヵ月ぶりだ。
企業収益は、「改善している」を「改善に足踏みがみられる」と修正した。
このように、日本経済は大きなターニングポイントに近づきつつある。
(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)
#戦後最長の景気回復 で、企業は賃金を引上げなかった。#輸出 が牽引して企業 #売り上げ が13.5%増加しただけなのに、#利益 が65.8%も増加したのは、このためだ。https://t.co/MdCfBtLTnl
— 野口悠紀雄 (@yukionoguchi10) 2019年2月27日
GDPは依然として低迷。輸出企業は大儲けしても賃金上がらず。いま輸出に翳り。https://t.co/nmkYsajYJG
— 森のキョロン@柴犬党かつ立憲民主主義 (@morikyoro) 2019年2月27日
世界標準では日本は景気後退が続いているが日本標準では景気拡大か続いている事になるらしい。未だ戦争に勝ち続けていると言っているに等しい
— bird on a roc (@pirodaikan) 2019年2月27日
戦後最長の景気拡大が「低成長」のまま終わりそうな理由(ダイヤモンド・オンライン) https://t.co/N0iUi3P2ic