世界の飢餓問題解決に貢献する日本生まれの「麹菌」
シリーズ「商いの原点」〜河内源一郎商店グループ(鹿児島県)
2019.2.4(月) 嶋田 淑之
「麹リキッドフィード」を製造する河内源一郎商店のプラント
酒づくりは、伝統産業と位置付けられており、我々が日頃飲み慣れている芋焼酎も数百年を越える伝統があるように思いがちだ。ところが実際は、明治期以降、とりわけ戦後になってから広く流通するようになったことを知る人は意外に少ない。しかも、それが鹿児島県の一企業の努力によって成し遂げられたことは、なおのこと知られていない。
そこで今回は、日本の焼酎文化の基礎を築き、さらには畜産業の変革とそれを通じた世界の食糧問題解決にも大きく貢献しようとしている河内源一郎商店グループの山元紀子氏にお話を伺うことにした。
日本の焼酎文化の父、河内源一郎
河内源一郎商店グループは、鹿児島県霧島市に拠点を置き、河内源一郎商店、錦灘酒造、霧島高原ビール、バレルバレー・プラハ&GEN、源麹研究所など多くの企業群からなる。創業家の山元正博氏・山元紀子氏がグループを牽引しており、紀子氏は、自ら数社の代表取締役を務めつつ、鹿児島県経済界のリーダーの一人として、県の創生にも尽力している。
河内源一郎商店グループとは、そもそも、どういう存在なのだろうか?
河内源一郎氏
「始まりは明治時代です。当時、鹿児島県では清酒用の黄麹で芋焼酎を製造していました。しかし黄麹で製造すると、焼酎の味が悪く、腐敗しやすいなど品質も安定せず、商品としての流通は困難でした。大蔵省に勤務していた祖父の河内源一郎は、この問題を解決するために研究を重ねました。そして、まず黒麹菌の分離に成功し、さらに、その突然変異でできた白麹菌を発見しました。『河内白麹菌』です。
この河内白麹菌の発見によって、現代へと続くまろやかで薫り高い焼酎の製造が可能になったと言われています。やがてこの麹菌を本格的に普及するために源一郎は退官します。そして設立したのが河内屋(今の河内源一郎商店)だったのです。
ただし、祖父が発見した河内白麹菌は、杜氏の力量に左右されやすく、品質にバラツキが出る欠点がありました。そこで、源一郎の娘と結婚した山元政明(2代目会長)は研究を重ね、1961年に自動製麹装置の開発に成功します。これによって焼酎の品質の安定がもたらされ、その後の焼酎ブームのベースとなったのです」
現在では、全国の焼酎の8割以上が河内白麹菌でつくられ、九州の焼酎の8割が、この河内式自動製麹装置によって製造されている。
焼酎廃液が畜産業を変革
山元紀子氏
1990年代、日本の焼酎製造業は、大きな環境変化に見舞われる。
「焼酎を1本つくるに際して“焼酎廃液”が2本出ます。廃液の95%は水分で、従来、海中に投棄していました。ところが、『ロンドン条約』(1972)にもとづく『ロンドン議定書』(1996)によって海洋投棄が禁止されてしまったのです」
多くの企業が焼酎廃液の堆肥化を模索する中、3代目の正博氏は家畜の餌にする研究を開始する。
「主人は種麹菌から麹をつくるときに多量の水が必要であることに着目し、水の代わりに焼酎廃液を用い、繰り返し発酵乾燥させることで麹飼料を開発しました。それが『TOMOKO』です」
麹飼料の「TOMOKO」
TOMOKOは添加剤であり、鶏(や牛)の餌に添加されている。
開発に当たったグループ企業「源麹研究所」が実証研究を行ったが、効果は顕著だった。まず、それまで家畜の体重を1kg増やすには通常4kgの餌が必要だったが、TOMOKOを使うと、2〜3kgで済むことがわかった。また、鶏の卵の品質の向上に加え、1回当たり産卵数の増加、産卵可能な期間の長期化、牛の乳の品質向上と搾乳量の増加が認められたのである。
こうした成果を踏まえ、山元氏は飼料会社と連携して全国への普及を推進している。また、世界各国からも引き合いがあり、現在は、チェコ共和国の首都プラハに現地法人を置いて、ヨーロッパ各地での販売を計画しているところである。
食料廃棄物問題解決に貢献
2001年5月、『食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律』(通称「食品リサイクル法」)が完全施行された。河内源一郎商店グループとしても、同法に対応することとなったが、そこから生み出されたのが、主として養豚の餌として用いる「麹リキッドフィード」である。
麹リキッドフィード
政府広報によれば、日本では年間1900万トンの食品廃棄物が出ており、これは世界の7000万人が1年間食べていける量だという。一方、2018年版「世界の食料安全保障と栄養の現状」報告書(国連食糧農業機関発行)によれば、世界の飢餓人口は増加し続けており、2017年には8億2100万人に達したとされている。
麹リキッドフィードは、食品廃棄物に麹菌を加えてつくった「液状化飼料」である。これを投与することで、畜産の生産性を大幅に向上させ、世界の飢餓問題解決に貢献しようとする。TOMOKO同様、源麹研究所で開発した製品であり、早速、実証実験を行ったところ、効果は目覚ましいものだったという。
「肉質の向上に加え、成長率アップで肥育期間が短縮化されましたし、母豚の産子数が通常の8頭から10〜12頭に増えました。また麹菌が大量につくり出す酵素は消化を促進するため、未消化の餌による腐敗臭がなくなり、排泄物の悪臭が軽減しました。糞を用いた堆肥つくりも完熟までの期間が3〜4カ月から3週間へと短縮されました」
麹リキッドフィードで育った豚肉の風味はいったいどうなのか? 筆者は角煮をいただいてみた。すると、豚肉特有の臭みがなく、ふわっとした食感でとても食べやすい。山元氏はそんな筆者の様子を見ながら、笑顔でこう語った。
「脂まで食べることができるのですよ」と。
麹菌は世界の飢餓問題の克服に貢献する
開発当初は配合飼料の製造販売企業の既得権益を損なうことになり軋轢が生じるのではないかと懸念する向きもあったと言われる。
「豚の成育のどの段階で麹リキッドフィードを与えるのが最善かは各養豚農家さんにより判断が異なります。ですので、現在は配合飼料の会社と連携して普及を進めることができています」
養豚業界からの期待は大きく“世界に通じる画期的技術”との声があがる。実際、東南アジア諸国を中心に海外へのプラント輸出は進んでいる。
日本など先進諸国における食料大量廃棄問題、そして途上国における飢餓・食糧問題の解決に貢献することが大いに期待される。山元氏は最後に力強く言い切った。「麹菌が世界を救うのです」
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山手線と新幹線の最新車両で画期的省エネ技術
シリコンでない半導体が電力制御に革命、かつては砥石や耐火材
2019.2.4(月) 渡邊 光太郎
N700S型新幹線確認試験車。SiCで作られたパワー半導体をモーターの制御に使用する。(出所:JR東海)
2018年、JR東海は、新幹線の新世代車両「N700S型」確認試験車の試験走行を始めた。
半導体と言えばシリコンであるが、N700S型を制御する半導体にはシリコンでない物質も使われている。
この新半導体物質は炭化ケイ素(SiC)。
SiCは耐熱性が摂氏1400度と高く、サファイアより硬いという性質のある物質である。これまで、この性質を利用して、研磨剤や耐火材として用いられてきた。
SiCの単結晶を半導体として用いれば、シリコン以上のパフォーマンスを発揮する物性を持っている。鉄道車両では、SiCを使用数十パーセントに及ぶ省エネ実現例もある。
半導体物質としてのSiCは、パソコンやスマホなどの電子機器に搭載されるような微細な半導体を作るに至っていない。
しかし、電力制御を行うパワー半導体の分野では、画期的な省エネを実現するものとして、実用化が進んでいる。
サーバーの電源などの高級な用途での採用が多いが、馴染みのあるところでは、鉄道車両での採用が広がりつつある。将来的には、ハイブリッド車や家電に採用され、圧倒的な省エネを実現することを期待させる。
かつての半分の電気で走る電車をさらに省エネ
SiCが目覚しい成果を上げているのは、鉄道車両である。
現在、山手線では新型電車「E235系」の導入が進んでいる。この新しい電車は、これまでの電車E231系よりも16%の省エネを実現しているという。
山手線の新型電車E235系。SiCのパワー半導体で制御された電車は、メジャーな路線ですでに実用化されている。(出所:総合車両製作所)
この16%という省エネが目覚しく感じるのは、鉄道車両は、これまでもパワー半導体の利用で大幅な省エネを実現していたからだ。
パワー半導体が使用される以前の電車と比べると、E231系の段階ですでに電力消費は半分以下になっていた。
かつて、パワー半導体がない時代はモーターの制御は容易ではなかった。モーターの制御は具体的には電圧を変化させることで行われている。
しかし、直接電圧を変換する手段は乏しく、電圧を変えるために抵抗器に電気を流して熱として浪費させる非常に効率の悪い方法が長年用いられてきた。
また、減速時はモーターを発電機として回すことにより、発生する機械的抵抗をブレーキとして利用したが、せっかく発生する電力の再利用は難しかった。
しかし、パワー半導体の登場により、こうした抵抗器で電気を浪費させる仕組みをやめることがでた。効果が特に大きかったのが、回生ブレーキである。
発電ブレーキからの電力を、容易に電線より高い電圧にすることができるようになったため、実現した。これで電車は20%程度の省エネを実現した。
その後も、現在まで数十年かけてパワー半導体を進化させたことで、機器の小型化、低価格化、さらなる省エネを実現してきた。
結果、パワー半導体を用いたインバーターで加速・減速を制御する電車が主流になった。
2002年から運転が始められた先代の山手線の電車E231系では、抵抗制御の103系の47%の使用電力で走行できるようになっていた。なお103系はステンレスになる前の全体が緑色の電車である。
E231系を置き換えるE235系では、SiCによってそこからさらに16%の省エネを実現したのである。
シリコンパワー半導体の進化は限界
これまで、鉄道車両はパワー半導体の進化によって、制御の仕組みを進化させ省エネをしてきた。もちろん、パワー半導体の発展の恩恵を受けたのは鉄道車両だけではない。
インバーターが乗用車に載せられるほど小型・低価格になり、ハイブリッド車が実現した。
かつての巨大な抵抗器が電気ストーブのような発熱をしながら制御しているシステムでは、乗用車に載せるなどあり得なかった。
家電もインバーターを搭載したことで、状況に応じて適切な速度でモーターを回転させることができるようになり、エアコンや冷蔵庫など使用電力が大きい家電の省エネが実現した。エアコンの温度調節機能などは、その恩恵である。
しかし、シリコンのパワー半導体はそろそろ進化の限界であると言われるようになってきた。これ以上の高効率化ができなくなってきていたのだ。
シリコンのパワー半導体では、どうしてもロスをなくせない部分があり、まだ発熱は大きな課題であるほどだ。また、スイッチングの高速化も限界がある。
一方、これまで省エネを進めてきたので、もう十分ということにはならない。今まで以上に省エネ・環境対応の要請は大きくなっている。
そこで、シリコンよりも半導体としての特性が高いSiCの登場である。
SiCがもたらす革命的変化
半導体はスイッチであり、ONの時は電流を流しやすく、OFFの時は電流を流さないようになっていなければならない。
シリコンでは電圧に弱いので、素子を厚くすることで電圧に耐えるようにしていた。しかし、それでは電気抵抗が大きくなる。
SiCでは電圧に耐える性質がシリコンの10倍なので、同じ電圧に耐える素子を薄くできる。これで電気抵抗が減るが、さらにシリコンよりも半導体で電気を運ぶ役割を果たす不純物を多くできる。
電気の流れやすいSiCの素子では、電気抵抗が少ないので省エネになる。しかし、それ以上に効果が大きいのは小型化だ。電気抵抗が少ないということは、発熱も少ない。
シリコンのインバーターでは、素子が膨大な発熱をするうえ、動作の限界となる温度も低いので、大がかりな冷却システムが必要であり、余裕をもった構造であることが必要だった。
そのため、素子は手のひらのようなサイズでもインバーターは本棚やベッドのようなサイズになっていた。
これに対し、SiCを用いたインバーターは冷却装置を大幅に省くことができ、小型化が可能となる。
例えば、新幹線でSiCを初めて使用したN700S型の試験列車では、走行用モーターを制御するインバーターのサイズをこれまでの半分以下にできた。
シリコンとSiCのインバーターサイズ比較(出所:日立製作所)
鉄道車両では、走行用の機器の他にエアコンや室内照明の電源、エアブレーキのコンプレッサーなど、様々な機器を搭載し、床下は混んでいる。
さらに新幹線では、高圧の交流電流を取り込んで走行するため、変圧器も加わり、インバーターには整流器もセットになる。
そのため、スペースの関係で複数の車両で分担して機器を搭載する必要があり、現行の新幹線では先頭車を除いても6種類の車両が必要であった。
それが、SiCを用いたため、1両に搭載できる機器が増え、2種類の車両にまとめることができた。予備車両の種類が減るし、編成の組み換えもしやすくなる。運用上のメリットは大きい。
なお、この新型新幹線のインバーターは、トランジスタとダイオードの双方をSiCにしたものと、ダイオードだけSiCにしたものが混在している。サイズはダイオードだけをSiCにしたものに合わせざるを得ない。
それでもサイズが半分以下なので、双方をSiCにすればさらに小型化できることになる。
さらに、インバーターそのものが省エネできること以上に、SiCを使うとモーターや回生ブレーキの効率アップを実現できる。
パワー半導体は、電気のON・OFFのスイッチングを繰り返すことにより、電力を制御している。このスピードが速い方がよりきめ細かい制御を実現できる。
インバーターは三相交流を出力して、モーターを制御するが、交流の波形がきれいな方がムダな部分が減る。ON・OFFの切り替えを細かくすればするほど、波形をなめらかにできるからだ。
シリコンでは、鉄道車両に使用する場合、IGBTという高電圧に耐えるが動作が遅い種類のトランジスタを使用する必要があった。
一方、SiCでは半導体材料そのものが高い電圧に耐えるため、MOSFETという高速で動作するものを用いることができる。
また、トランジスタとセットで使用するダイオードもより高速で動作するSBDを用いることができる。その結果、SiCはシリコンよりも高速でスイッチングができる。
なめらかな波形の三相交流を作り、モーターの消費電力の低下に繋がる。
回生ブレーキを作動させる場合、電流を高く取るように設計すると高速でも制動力を維持できるが、シリコンではそれが難しかった。そのため、高速時は機械的なブレーキで補助した。
SiCでは高速でスイッチングする際の電流の限界が高いため、高速時でも高い制動力を発揮させることができる。機械的なブレーキの補助を少なくできるうえ、回生の効率も良くなった。
こうしたことの積み重ねで、山手線の新型電車E235系は、既に十分に進化してきた現行車両との比較においても16%もの省エネを実現した。
比較の対象が1980年代末の初期のインバーター制御車の場合では、SiC化により40%もの省エネになった実例がある。
ハイブリッド車にSiCを用いた試算も行われているが、素子をSiCにするだけで10%の省エネは実現できるとのことだ。
制御に用いるインバーターの中のパワー半導体を、シリコン製のものからSiC製のものに置き換えるだけで、鉄道車両も、ハイブリッド車も、家電も、デジタル機器も一足飛びの省エネが実現できるのだ。
SiCは普及するか
インバーターをこれまでの半分以下のサイズにでき、鉄道車両で16〜40%に、ハイブリッド車で10%に達するSiCパワー半導体。
鉄道車両では採用が進んでいるように見えるが、ハイブリッド車に搭載されるのはしばらく先であるようだ。問題はSiCパワー半導体のコストがまだ高いことだ。
半導体の材料は、ウエハと呼ばれる円盤状の板で、半導体物質の結晶を輪切りにして作る。
シリコンでは大口径の結晶を、シリコンを溶融して作ることができ、比較的短時間に低コストで製造できる。
一方、SiCでは気体から結晶を成長させるため時間がかかる。また、結晶の品質管理も難しい。
半導体製造ではウエハ1枚を処理するごとにコストがかかるため、ウエハから何個取れるかによってコストが決まる。
ウエハ大型化することと、不良になるチップを減らすことが低価格化に必須となる。しかし、ここでも課題がある。
シリコンでは直径30センチのウエハが主流だが、SiCでは直径15センチのものが最新である。
SiCのウエハに作り込まれたパワー半導体。ハイブリッド車への搭載を目指し試作されたもの。シリコンでは銀色であるのに対し、緑色を帯びた褐色をしている。
さらに、SiCは結晶に欠陥が多く、SiCからトランジスタを作った際、その欠陥のある場所のトランジスタは不良になってしまう。
また、SiCに素子を作りこんでいく工程は、シリコンよりも高温になる。原理上、SiCの半導体はシリコンよりも高コストにならざるを得ない。
現状、採用例はある程度コストをかけられるもの、SiC採用のメリットが大きいものに限られる。
一方で、SiCは同じ面積でシリコンよりも大電流を流せるため、同じ性能の半導体を小さく作れる。
そうすると1枚のウエハからより多くのチップを作れる。そこで、高コストを取り戻せる可能性がある。
低コスト化を進めていけば、単位面積当たりの価格でシリコンに追いつくに至らなくても、チップ1個の値段においては、シリコンに追いついていく可能性もないわけではないのだ。
そうなれば、鉄道車両や高級品向けであったSiCは、ハイブリッド車や身近な製品にも広がることになり、電気の世界の省エネは一気にに加速していくことになる。
SiCウエハでは米国のクリーが、SiC素子ではドイツのインフィニオン・テクノロジーズの勢力も強い。そのため、日本が圧倒的強者であるわけではない。
また、海外ではコストが高くてもSiC適用に積極的であるようだ。
しかし、日本でも昭和電工がSiCウエハで有力であり、ローム、三菱電機、東芝などがSiCデバイスを作る。鉄道車両では述べてきたとおり実用化が進んでいるし、ハイブリッドカーなど自動車への適用の研究も進む。
SiCによる省エネの拡大では、日本の産業界も活躍していくだろう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55381
労働者と競合するか? RPAがもたらすものとは
RPAは仕事を奪うのか、新しい仕事を生むのか
2019.2.4(月) 松ヶ枝 優佳
RPAの導入によるメリットとは
政府主導で働き方改革が進められる中、多くの企業が自社の生産性を向上させるため、ICT分野への投資を強化している。中でも、ホワイトカラーの定型業務を自動化する「RPA」は、IoTやAIといった他のICT技術よりも導入の目的や成果が分かりやすいこともあり、急速に普及が進んでいる。
今回はこのRPAについて、具体的に何をできるようにするものなのか、各業界の導入事例を中心に見ていこう。
いま話題の「RPA」とは
RPAとは「Robotic Process Automation」の略語で、一言でいえばロボットにホワイトカラーのデスクワーク業務を代行させる取り組みを指す。ロボットといっても産業用ロボットとは異なり、基本的にはソフトウェアとしてパソコン等に導入される。「仮想知的労働者」を意味する「デジタルレイバー(Digital Labor)」という言葉で呼ばれることもあり、様々な業務プロセスの自動化を行っている。
従来の「自動化」へのアプローチと違い、高度なITスキルや専門知識を持たない従業員でも直感的に使用できるのも特徴の一つ。具体的には顧客データの管理やデータ入力、伝票作成やダイレクトメールの発送といったごく一般的な業務に適用できるため、実用度が高い。
また、RPAは機能や作業レベルの難度に応じて、以下の3段階のクラスに分けられる。
●クラス1「RPA(Robotic Process Automation)」
入力作業や検証作業など、定型的な作業の自動化が可能。
●クラス2「EPA(Enhanced Process Automation)」
AI技術との連携により、画像解析や機械学習等ができるようになる。ビッグデータの解析等、一部非定型作業の自動化に対応。
●クラス3「CA(Cognitive Automation)」
情報の整理や分析の自動化に加え、意思決定まで行うことが可能。
指示された作業を忠実にこなすのがクラス1。クラス2・クラス3は導入コストや運用コストこそ増加するものの、AIとの組み合わせによってより高度かつ複雑な作業を自動化できるようになる。現在のRPAツールは大半がクラス1に相当するが、普及の背景を鑑みると徐々にクラス2・クラス3が主流になっていくだろう。
次に、実際にRPAツールを導入している企業の割合や市場規模について見ていこう。2017年10月12日に発表されたガートナー ジャパンのRPAに関する調査結果によると、国内では14.1%の企業が既に導入済み、6.3%が導入中、19.1%が導入予定・導入を検討中。これだけ見ると、まだ「大半の企業が使っている」とは言えないだろう。
しかし、2018年10月25日にアイ・ティ・アールが発表した「国内のRPA市場規模推移および予測」によれば、2017年度のRPA市場は売上金額35億円で、前年度比約4.4倍。2018年度も同2.5倍の高い伸びが期待されている。さらに、導入単価の下落が進みつつあるものの市場参入ベンダーが拡大していることから、2022年度には400億円市場に成長すると予測されている。同発表によると、2017年度は「それまで金融・保険業など一部の業種で先行していたRPAツール導入の動きが、他業種へも広がった年」であり、2018年度は「試行段階にある企業での本格稼働が進むことから、市場規模は大きく拡大し、この高い成長率は2020年度まで続く」とされている。数年後には、何らかのRPAツールが導入されているのが企業にとって「当たり前」になっていくはずだ。
国内でRPA市場の拡大が予測されている背景には、冒頭で触れた「働き方改革」や少子高齢化による労働力の減少がある。また、工場のラインなどに積極的に自動化の仕組みを取り入れることで一定の成果を収めている製造業での知見を、今度はデスクワークに活かせないか、という機運が高まっていることも理由に挙げられるだろう。
RPAがもたらすビジネス現場の変化とは
では、実際にRPAツールを導入することで生じるメリットとは何だろうか。各業界の事例を見ていこう。
●日本生命保険
2014年12月、RPAテクノロジーズが提供するソフトウェアロボット「BizRobo!」を導入。同ロボットは「日生ロボ美ちゃん」と名付けられ、日本生命保険銀行窓販事業部門に配属された。請求書データのシステム入力作業にRPAを導入することで、1件あたり数分かかっていた処理が20秒ほどに短縮され、集中力の欠如による単純ミスも無くなった。また、単純作業を自動化することでより柔軟性が求められる業務に充分なマンパワーを割けるようになった。
●三菱東京UFJ銀行
煩雑な定型業務が多いことから、他業界に先駆けてRPAの導入が進んでいた金融業界。中でも同行は、国内においていち早くRPA導入に向けて動いていたメガバンクとして知られている。前出の「BizRobo!」を試験導入し、2年間の先行運用期間中に20種類の事務作業におけるパイロット運用を実施。年間で8000時間分の事務処理作業削減に成功という結果を受け、2015年11月から本格適用へ。これまで人が行っていた「1時間おきに社内システムにアクセスしてデータを取得。チェックしたデータをエクセルにコピーする」といった煩雑な作業を自動化することで、担当者の負担を大きく軽減することができた。
●サッポロビール
ユーザックシステムの「Autoブラウザ名人」を導入。日々の営業活動や製品開発に活用するために必要な、大手小売業グループが開示しているPOSデータのダウンロード業務を自動化した。ダウンロードすべきデータが大量にあるため、かつては担当者が毎日、あるいは毎週数時間、この作業に付きっきりになってしまっていた。RPAを導入することでミスなく、手作業の頃は取得を諦めていた範囲のデータまで自動でダウンロードできるようになった。
●日本ファシリティ
ソフトバンクのRPAソリューション「SynchRoid」を導入。多店舗展開する企業の施設管理業務を請け負う同社で発生する、年間約6万件もの事務作業の自動化に成功した。主に自動化したのは、報告書を基幹システムへ登録する作業。人が行うと1回約2〜3分かかり、年間で約2000時間かかっていた作業を自動化することで、1回にかかる時間は20秒程度に短縮され、ミスも無くなった。削減された業務時間で顧客サービスの向上を目指すほか、RPAの技術を活かした新規事業領域の開拓も視野に入れている。
●富士運輸
2018年7月3日から2018年12月21日まで、ドコマップジャパン、NTTドコモと共にNTTドコモのRPAサービス「WinActor」と「AIインフォテイメントサービス」を活用し、ドライバーの日報作成から事務員の確認業務、請求データ発行業務といった、運送業界で生じる一連のルーティン業務を効率化・自動化する実証実験を実施した。これまで事務員はドライバーが手書きで作成した日報と、事前に提出された運行計画書の内容が一致しているかどうか目視で確認していたが、RPAを活用することでクラウド上の日報データと運行計画書の内容を自動で照合し、請求データ確定までの業務を自動化することが可能に。これにより、事務員の事務処理にかかる稼働時間を約50%削減することを目指すと発表された。業界内において深刻化する、人手不足や労働時間の長時間化といった課題をRPAで解決しようという動きが広がっている。
このように様々な業界でRPAが導入され、業務の改善が図られている。担当者を単純業務から解放し、その分の時間をより重要な仕事に充てられるだけでなく、数をこなさなくてはならない単純作業において発生しがちな人的ミスを防止することができる。作業工数の削減によって時間外労働を削減できれば人的コストも削減できる。業界を問わず、ぜひ導入したいという企業は多いはずだ。
AIとの連携でさらなる発展が見込める
現在のRPAツールのほとんどは「クラス1」だと述べたが、AIと連携させることでより高度な自動化を可能にする取り組みも行われてる。
例えば、前項で取り上げた富士運輸の実証実験ではドライバー向けに、運転中に音声エージェント(AI)の問いかけに答えるだけで日々の日報作成や業務の記録ができる仕組みを提供している。作成された日報データは自動でクラウド上にアップロードされるため、事業所に戻ってきた後に改めて日報を作成・提出する必要が無くなるのだ。そして先述の通り、その日報を事務員が確認する作業は自動化されている。
また、2018年11月20日にNTTコミュニケーションズが、対話型AIエンジンとRPAを組み合わせてコンタクトセンターの応対から事務処理までのプロセス全体を自動化する「コンタクトセンターDXソリューション」の提供開始を発表している。AIとRPAをメインにコンタクトセンターの業務を完結させることで、電話オペレーターや店舗従業員はより顧客体験の質を向上させるための業務に注力できるようになる。
汎用型AI(AGI)の完成や「シンギュラリティ」の到達にはもう少しかかるだろうが、ツールと特化型AIの組み合わせよる単純作業の自動化は急速に進んでいきそうだ。
労働力の減少が避けられない以上「自動化」の流れは止められない。ツールやAIの進化によって自動化できる業務も増えていくだろう。RPAを導入しさえすれば業績が上がるわけではないが、「この業務を自動化したい」という明確な目的があるのなら、該当するツールや先行事例を探してみると良いだろう。
RPA導入を成功させるには、どの部署のどの業務をどう改善したいのかという目的を明確にすること。そしてPoCの段階で、実際にツールを使うことになる現場の意見をしっかりと汲み取ることが必須条件となる。今後ますます貴重なものになっていく「人」材に、より価値の高い業務を任せるためにもRPAを有効活用して欲しい。
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