【第86回】 2019年1月19日 情報工場
「1日4時間労働」で現代人より豊かな生活、縄文人の意外な真実
〜『縄文探検隊の記録』(夢枕 獏/岡村 道雄 著)を読む
縄文人の暮らし
兵庫県赤穂市にある東有年・沖田遺跡公園。縄文時代の人々の実際の暮らしは、私たちが想像しているものとは随分違っていたようです Photo:PIXTA
視野を広げるきっかけとなる書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、ダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、経営層・管理層の新たな発想のきっかけになる書籍を、SERENDIP編集部のシニア・エディターである浅羽登志也氏がベンチャー起業やその後の経営者としての経験などからレビューします。
縄文人はどうやって寒い冬を乗り切ったのか
軽井沢に引っ越して今年でもう8年になる。
住み始めて知ったのだが、軽井沢のある長野県には縄文遺跡が多い。
例えば、家から車で20分ほどの隣町の御代田(みよた)町には「浅間縄文ミュージアム」があり、同町周辺から出土した縄文土器などが多数展示されている。
つまり、5000年前には、どうやら私が今いるこの近辺に、縄文人が住んでいたらしいのだ。
しかし軽井沢の冬は寒い。最低気温がマイナス10度を下回る日もある。今と気候が変わらないとするならば、縄文人たちは、どうやってこの寒さを乗り切っていたのだろうか。
現代ならば、寒さ対策として、家の断熱と暖房が欠かせない。
実際、わが家の壁や天井には、分厚い断熱材が埋め込まれている。したがって、しっかり暖房すれば、熱が外に逃げない。
暖房については、床暖房や灯油のファンヒーターも使用しているのだが、私のお気に入りはまきストーブだ。
まきストーブは、ガラス製の扉のついた鋳鉄の箱の中でまきを燃し、その熱で部屋を暖める。家の中で火を燃やしても安全だし、煙突で屋外に排出されるので煙を吸い込まずにすむ。
冬にわが家を訪れる人たちにもまきストーブは大人気だ。気がつくと、まきストーブの周りにみんな集まってきて、まきが燃えるゆらゆらとした炎を眺めながら談笑を始める。
現代のこんな冬の楽しみ方を知ったら、縄文人たちはどう思うだろうか。
縄文探検隊の記録
『縄文探検隊の記録』
夢枕 獏/岡村 道雄 著 かくまつとむ 構成
集英社インターナショナル(インターナショナル新書)
860円(税別)
本書『縄文探検隊の記録』は、縄文人たちが日々どんな暮らしを営み、また、いかに信仰や精神文化を育んできたのかを、遺跡や遺物に関する最新の情報や、研究成果をもとに対談形式で解説している。
対談するのは、夢枕獏氏と岡村道雄氏。夢枕氏は、伝奇小説『魔獣狩り』に始まるサイコダイバーシリーズや、『闇狩り師』『陰陽師』などの人気シリーズ作品で知られるベストセラー作家。岡村氏は考古学者であり、奥松島縄文村歴史資料館名誉館長を務める。
2人は「縄文探検隊」と称し、いくつかのテーマを持って国内各地の縄文時代の遺跡や文化財の調査に向かう。本書の対談はその結果をもとにしたものだ。夢枕氏による小説家としての想像力からの疑問や仮説を、岡村氏、あるいはゲストに迎えた専門家が事実をベースに検証し、議論を深めるやりとりが面白い。
さて、一般的な縄文人のイメージといえば、小集団で竪穴式住居に定住した、原始的な狩猟採集民だろう。
しかし岡村氏によると、縄文人の文化や生活は私たちの想像以上に進化していたことが、最近の研究でわかってきているという。食料となる実をつける樹木の栽培や、分業による道具の生産、集団や地域を超えた流通や交易まで行われていたというから驚きだ。
さらに夢枕氏は、縄文人による自然の力への信仰心が、日本仏教の底流にある「草木国土悉皆成仏(草木や国土のような非情なものも、仏性を具有して成仏する)」や、古事記や日本書紀のような建国神話にもつながった可能性があると指摘する。
これだけでも、大いに縄文時代へのロマンがかき立てられる。縄文人とは、いったいどのような人たちだったのか。
クリの木を育て、品種改良までしていた縄文人
縄文人の竪穴式住居といえば、かやぶき屋根を思い浮かべる人が多いに違いない。
私も、本書を読むまではずっとそう思っていた。だが、実際は「土屋根」が主流だったらしい。
では、各地の遺跡で復元された住居の多くがかやぶき屋根なのはなぜか。それは、最初の竪穴式住居復元の際に、当時残っていた最古の民家である江戸時代に作られた農家の草屋根を参考にしたからだという。
最近の研究によると、竪穴式住居の屋根は、床に立てられた何本かの木柱の上に枠組みを乗せ、その上に土を盛って作られたそうだ。
かやぶき屋根よりも、ずいぶんと作るのが面倒そうだ。あえて土屋根にしたのは、土の「保温」効果のためだと、岡村氏は考える。
竪穴式住居の中心には、石造りの炉がある。そこで火をたけば、土屋根の保温効果で室温を摂氏25度ぐらいに保てるという。
そう、これは原理的に、現代の断熱を施した家でまきストーブをたくのと同じだ。縄文人は、現代の私とほぼ同じやり方で寒さをしのいでいたことになる。
5000年前に生きた彼らも、暖かい家の炉の周りで談笑していたに違いない。
縄文人の、自然を活用した、より良く生きるための知恵や工夫はこれだけではない。
例えば彼らは、住居の柱材にクリの木を使っていた。
その時に、ただ単にその辺に生えている木を切ってきたわけではないようだ。柱にするのにちょうどいい真っすぐな木を得るために、余分な枝を落としたり、成長を妨げないよう他の木を伐採したり、日照を調整するなどの工夫をしていた形跡があるそうだ。つまり「林業」のルーツが縄文時代にあったということだ。
縄文時代の「柱」といえば、青森県の三内(さんない)丸山遺跡で発掘された大型掘立柱建物跡が有名だ。直径約2メートルの柱穴が6個あり、それぞれに直径約1メートルのクリの柱が立っていたと推測される。
復元された3層構造の建物の高さは14.7メートル。圧巻の大きさだ。
これほどの巨大な柱にする木を育てるには、相当の技術が必要だったはずだ。
また、クリの実を縄文人が主食にしていた証拠が、たくさん見つかっている。
驚いたことに、各地の縄文遺跡から出土したクリの実が、時代が進むにつれて大きくなっていくそうだ。これは、縄文時代に食用のクリが「品種改良」されていたことを示唆する。
さらに彼らは、自分たちの移動に合わせて、各地にクリを移植している。縄文人の活動範囲とクリの分布の広がりが一致するのがその証拠だ。
縄文時代に交易や協働のネットワークが存在した
縄文遺跡は、かの時代に、現代に通じる独自のイノベーションがあったことも教えてくれる。
特筆すべきは「アスファルト」だ。原油を精製する過程で残る黒い粘着性の物質で、現在は道路の舗装などに使われるアスファルトが、なんと縄文時代に使われていたのだ。
今でも原油の産地に天然アスファルトは存在するそうだが、縄文人はそれを、7000年も前に鏃(やじり)と矢柄の接着剤として活用していた。
鏃と矢柄の接着が不十分で途中ではがれてしまうようでは、獲物を射留めるのは難しい。しっかりと固定するには、熱を加えると溶け、常温では硬く固まるアスファルトが最適だったのだろう。
漆塗りの技術も、その始まりは縄文時代だ。
最近になって、北海道函館市の遺跡から、9000年前と推定される漆製品が出土した。これは、中国大陸で見つかっていた8000年前とされるものより前に存在した、世界最古の漆製品だ。
国内の縄文遺跡から発掘される漆製品には、繊維を漆で固める、見えないところにも漆を塗る、重ね塗りをするなど、現在の日本の工芸につながる技法が確認されたそうだ。
クリの移植と同様、これらの技術や工夫、便利な道具は、縄文人の活動範囲の拡大に応じて広がっていった。
例えば、アスファルト関連の遺物が出た遺跡を地図上に記していくと、原油の産地から実に100キロを超える範囲にまで広がっている。
彼らは単に移動していただけでなく、交易を行っていたこともわかってきている。交易に携わる縄文人たちはネットワークを形成し、各地の生産物や発明品、それらを使いこなすための情報も含めて他の地域に伝搬し、シェアしていたと考えられる。
ところで、先に触れた三内丸山遺跡の大型掘立柱建物だが、住居にしては大きすぎる。なぜ、あれほどの巨大な建造物が必要だったのだろうか。
岡村氏は、住人たちの統合のシンボルだったのではないかと考えている。
そのシンボル的な巨大建物を造るのにも、住人たちが結束しなければならない。その建築プロセスも、統治者が人々を団結させ、一つにまとめるための「祭り」だったのではないか、とのことだ。
こうした祭りは時代を経るにつれ宗教性を帯びていき、諏訪大社などで有名な御柱祭のように、現代にも受け継がれているのだそうだ。
高度な知識と文明で、豊かな生活を送っていた縄文人
私はこれまで、縄文人の狩猟採集生活に、食料の確保が不安定なために貧しく、限られた食料を奪い合っていたイメージがあった。
しかし本書を読むと、縄文人が高度な知識だけではなく、文明といえるものさえ持っていたことがわかる。
彼らは、自然の中で効率よく生活するために知恵を絞り、イノベーションを重ね、そして協力しながら豊かな社会を築いていたようだ。
ちなみに本書によると、縄文人の1日の労働時間はたったの4時間。これも、縄文人が私が考えていたよりもずっと豊かな生活を送っていた一つの証拠といえる。
本書で、創意工夫と協力のネットワークを活用して効率的に暮らしていた縄文人の生き方に思いをはせてみてはいかがだろうか。
(文/情報工場シニアエディター 浅羽登志也)
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