World Energy Watch
中国の再エネ覇権が世界の地政学を変える
2019/01/17
山本隆三 (常葉大学経営学部教授)
中国政府は、昨年5月太陽光発電からの電力に関する固定価格買取制度(FIT)の対象設備量に突然上限を設定し、実質的なFITの打ち切りを行った(『中国太陽光バブルついに終焉へ、世界の太陽光発電市場は曲がり角に』)。このため、太陽光発電設備の導入量は年初の予想量を下回ることとなったが、それでも累積導入量はむろんのこと、新規導入量でも依然世界一の地位を維持している。中国の太陽光と風力発電設備量は世界の約3分の1を占める。
設備生産面でも中国は世界の太陽光モジュールの6割の生産を担っているが、中国が世界一なのは、再エネの発電設備・発電量とモジュール生産だけではない。再生可能エネルギーに関する特許件数でも、中国は米国、日本を抜き世界一になっている。
中国はあらゆる面から再エネ大国になったが、中国が再エネの覇権を握ることにより世界のエネルギー安全保障にも影響が生じる。例えば、大量の天然ガス、原油、石炭の欧州向け輸出を行い、欧州への強い影響力を維持しているロシアは、需要国での再エネの導入により輸出量が減り徐々に力を失う。化石燃料輸出国に代わり台頭するのは、再エネ関連の特許を持ち、EV用電池生産なども行う中国だ。
中国は電力需要増に直面し、大気汚染問題から競争力のある石炭火力の新設ではなく、再エネ導入の道を選択したが、電力需要が大きく伸びない先進国の事情は異なる。温暖化対策として再エネ導入を進める日本は、FITなどの負担増による電力価格上昇に悩まされている。事業用設備のFIT制度を打ち切ったドイツでも、20年間継続するFITの負担金は大きくその額は日本の3倍近くになっている。大市場を持つ中国に覇権を握られるなかで先進国は再エネにどう取り組むべきか考えるべきことは多い。
(123ArtistImages/Gettyimages)
再エネ発電設備量世界一の中国
2018年第1から第3四半期までの中国の太陽光発電設備導入量は、昨年5月末の実質的なFIT打ち切りにより、3450万kW、前年同期の4300万kW比マイナス20%となったが、それでも多くのコンサルタントの予想を上回った。世界2位の米国での2018年の導入量は1100万kWと予想されており、中国は依然として他国を圧倒する規模で世界最大量の導入を行っている。
2017年末での累積設備量では、中国のみが1億kWを超える設置を行っており、世界市場の約3分の1のシェアを保有している(図-1)。中国は風力発電設備量でも世界シェアの3分の1以上を持っている(図‐2)。
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太陽光、風力発電設備共に日照、風量に恵まれ土地に余裕があった西部諸省を中心に導入されたため、地元における電力需要量は大きくなく電力供給量が需要量を上回る事態がしばしば発生した。その結果、風力発電設備を中心に大規模な出力制御が行われている(『世界中で捨てられる再エネからの電気』)。
2018年には風力発電設備からの発電量の約12%が制御された。国家発展改革委員会は、2019年に制御量を10%以下、2020年に5%以下にする目標を発表し余剰電力を沿岸部を中心とした需要地に送る送電網の拡張を急いでいる。その一方、出力制御を避けつつ、中央政府の補助なしで太陽光、風力発電設備を更に建設すべく新しい方針を出している。
中国政府の新再エネ推進政策
中国政府が出力制御を行いながら、一方で再エネ導入を積極的に進めている理由の一つは、大気汚染対策として都市近郊を中心に石炭火力発電所の閉鎖を進めているため、電力需要量が伸びる中で減少する石炭火力の発電分を再エネからの発電量で補うことにある。
国家発展改革委員会は、今年1月9日、中央政府から補助金などの支援を受けなくても石炭火力並みの発電コストになる風力、太陽光発電設備を設置するプロジェクトを推進することを発表した。対象プロジェクトからの発電量については、送電管理者が長期契約の固定価格で買い取ることも可能とされている。将来の収益見通しを確実にし投資を促す意図だ。
1月10日には、国家能源局が発表を行い、発電された全電力を地域内で消費可能、即ち出力制御の対象とならない地域がプロジェクトの対象となること、さらに地方政府が限定された期間補助を行うことは可能であること、金融機関は建設を積極的に支援することが望ましいと追加の説明を行った。その他の再エネ事業については補助金額を削減するため入札制度が望ましいとされているが、詳細については明らかではない。
再エネ技術でも覇権を握る中国
中国が世界一のシェアを持つのは、再エネによる発電だけではない。バッテリー稼働とプラグイン・ハイブリッドの電気自動車(EV)のシェアでも他国を圧倒している。大気汚染対策もありEV導入を推進している結果だ。2018年EVの世界販売台数は210万台に達し、そのうち中国が50%以上、110万台を占め、2位米国の35万台を大きく引き離しているとみられている。
EV製造でも世界一の中国は、EVに使用されている部品製造でもスケールメリットを活かし優位に立っている。バッテリーでは、パナソニック製を使用しているテスラを除けば、中国製が大半を占め、EV製造国に関係なくバッテリーは中国製と言われるほどだ。市場を育てた国は優位に立つことができる。
大きな再エネ市場を持つ中国は、再エネ技術でも世界の覇権を握り始めた。既に全特許出願件数で世界一になっている中国だが、再エネ関連特許出願数でも世界一だ。2007年日本は再エネ関連特許出願数世界一だったが、2009年中国に、翌年米国に抜かれ世界3位に転落した。今、中国は日本の2倍以上の出願件数を持つようになった(図-3)。
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大きな市場と再エネ関連製造業、技術を持つ中国は他国の再エネビジネスにも進出している。中国国家電網がブラジルの送配電会社を傘下にするなど、中国企業は南米で影響力を拡大し中南米諸国で多くの再エネビジネスに取り組んでいると報道されている。ポルトガルなどの送電網も国家電網の影響下にあり、欧州市場でも中国による再エネビジネスが展開される可能性も高い。
中国が大きな再エネ市場を作り技術的優位に立つなか、世界のエネルギー関連地政学にも影響を与えるとの見方も出てきた。
中国が変える地政学
1月11日国際再生可能エネルギー機関(IRENA)のエネルギー転換の地政学に関する委員会の報告書「新しい世界 エネルギー転換の地政学」(“A New World – The Geopolitics of the Energy Transformation”)が発表された。
報告書は、再エネによるエネルギー転換が地政学上重要な影響をもたらし、その結果、国家間の関係が再構築され経済と社会に構造的な変化が生じるとしている。化石燃料輸出国、中東諸国、ロシアなどは、再エネへの転換により難しい局面に向き合うことになる一方、再エネと非内燃機関輸送技術に大きな投資をし、市場を作り出した中国の企業が欧米企業に打ち勝ち、中国は勝者になるとされている。
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現在欧州は化石燃料輸入量の多くをロシアに依存している(図‐4)。再エネ導入により化石燃料輸入依存度を下げるドイツ、中東依存度を下げることが可能な日本はエネルギー転換の結果勝者になるとされているが、化石燃料関連業界、自動車産業などでは混乱が生じ、失業が発生する可能性にも触れている。さらに、送電網が拡張されるなかでサイバー・セキュリティーなどの新しいリスクが登場する可能性もあると報告書は指摘している。
報告書は、困難はあるにせよ、気候変動、大気汚染問題に取り組み、持続可能な発展を目指すことにより世界は正しい方向に向かっていると結論付けているが、日本、ドイツなど化石燃料依存の先進国はエネルギー転換の結果、勝ち組になるのだろうか。
持続可能な発展と世代間負担の問題
ドイツ、日本はエネルギー転換により勝者になるとされているが、それはかなり先の話だ。エネルギー転換、再エネ導入は、化石燃料を温存し、温暖化対策を進めるため行われているが、その恩恵を受けるのは将来世代だ。
例えば、先進国では内燃機関自動車からEVなどへの転換が行われるとしても、途上国の自動車市場では2030年、40年頃でも内燃機関自動車が主体であり、依然として大量の石油が消費されると予想されている。先進国が再エネへの転換を行うことにより、石油などの化石燃料が途上国のため温存されることになる。
温暖化対策も将来の影響を軽減するため行われているが、私たちは温暖化による影響を正確に知ることはできない。国連機関ではシミュレーションにより温暖化の影響を測る試みが行われているが、結果には大きな幅がある。私たちの世代は、再エネ導入のため金銭面で負担を行っているが、その恩恵を将来世代がどの程度受けることになるのか、知ることはない。
私たちの負担額は、日本ではFITにより2018年度1kW時当たり2.9円、家庭用電気料金の10%を超えている。ドイツでは6.79ユーロセント(8.5円)にもなる。再エネ導入比率の高いデンマーク、ドイツの家庭用電気料金は日本の1.5倍に達している(図-5)。日本でもドイツでも再エネ導入支援制度の見直しが続いているが、一度導入された発電設備に対する負担は最長20年間継続する。
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再エネ導入がエネルギー安全保障、温暖化対策に貢献するとしても、私たちの世代が負担する額が将来世代の恩恵と見合うものか、中国が覇権を握るなかで先進国ができることは何なのか、技術の発展を見ながらだが、継続的に考え政策の見直しを図ることが必要だ。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/13080
中国太陽光バブルついに終焉へ、世界の太陽光発電市場は曲がり角に
2018/06/14
山本隆三 (常葉大学経営学部教授)
中国の発電量は、2011年に米国を抜き世界一になり、その後も経済成長に合わせ増加を続けている。2016年の発電量は米国の1.4倍、日本の6倍の6兆kW時を超えている。都市部の大気汚染対策として石炭火力発電を削減する必要もあり、増加する発電量を支えるため中国政府は原子力、水力、風力、太陽光発電設備の増設に力を入れた。
(Jeff_Hu/iStock)
現在約20基が同時に建設されている原子力発電所は、2020年には日本の設備量を抜き去り、2020年台半ばには米国も抜き世界一の設備量になるとみられている。水力発電所では2250万kWの世界最大の三峡ダムが建設された。風力、太陽光発電設備導入を促すため固定価格買い取り制度(FIT)などの支援策が導入された。この政策支援により風力発電設備は1億8800万kWまで拡大し世界の3分の1以上を占めるようになった。太陽光発電設備も1億3000万kWを超え、世界の太陽光発電設備の3分の1を占め世界最大になった。風力、太陽光発電設備量の合計だけで、日本の全発電設備量を超えるほどの規模だ。
しかし、増加する風力、太陽光発電設備は問題を引き起こすようになってきた。一つはFITの買い取り負担額の問題であり、もうひとつは、風力、太陽光などの天候次第の不安定な再エネの発電量が増えた国が、必ず直面する送電能力の問題だ。この問題に対処するため、中国政府は太陽光発電設備に関する支援策の見直しを5月31日発表した。結果、中国版太陽光バブルが崩壊することになりそうだ。今年の太陽光発電設備導入量はコンサルタントなどの当初予想から40%程度減少し、3000万kW前後に留まり、来年以降の導入予想量も大きく下方修正されている。
日本での太陽光バブルの発生
菅直人政権が2012年7月に導入したFITにより、太陽光発電設備の導入量が急増し、太陽光バブルと呼ばれるようになった。バブルが発生した原因は高い収益性にあった。1年の日照時間は地域により異なるものの年による差はない。日照時間が分かれば、太陽光の発電量もその収入も予想できる。導入当初FITによる太陽光発電からの買い取り価格は1kW時当たり事業用40円に定められた。しかも、設備を経済産業省に認定してもらえば、その後いつ建設しても一度認められた買い取り価格が適用される制度だった。
この制度の下では、土地代が安く、日照時間が長い地域に太陽光発電設備を建設すれば確実に儲けることができる。建設を先送りすれば、太陽光パネルの価格が下落するため収益額はもっと膨らむ。そのため、日照と土地の条件に該当する北海道東部、東北地方太平洋岸、九州南部などで太陽光発電設備建設ラッシュが起こり、認可された案件を小分けにして売り出す業者まで登場した。投資用ワンルーム・マンション販売と同じようなものだが、入居者が不要なのでワンルーム・マンション投資よりも収益は確実な投資だ。
予想以上の導入量により、FITによる買い取り額は国の予想を超えて膨らみ、電力消費者が負担する賦課金額も電気料金に大きな影響を与えるようになった。家庭用電気料金の10%以上、産業用電気料金の15%以上はFITの負担額になり、2018年度の標準家庭の負担額は年額1万円を超えている(図−1)。
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経済産業省は制度の運用を厳格化する一方、大規模太陽光発電については入札制度を導入し、さらに買い取り額を引き下げ、導入量と電気料金への影響抑制に努めているが、2000kW未満の太陽光発電事業からの2018年度の買い取り額は18円であり、依然として有利な投資案件の一つになっている。
世界の太陽光発電バブル
FITの導入により日本での太陽光発電設備の導入量は、それまでの年間100万kWから年間1000万kWまで一挙に膨らんだ。太陽光バブルと呼ばれる事象だが、他の国でも有利な投資を生むFITを中心とする制度により太陽光バブルは発生していた。
FITを導入したスペインでは2008年に一挙に約300万kWが導入されたが、2013年の制度変更によりそれ以降導入量はほぼゼロになった。イタリアでは2011年導入量が約1000万kWになったが、買い取り価格の減額と新制度、税導入により12年に導入量は3分の1に落ち込み、それ以降は年数十万kWになっている。ドイツでは2010年から導入量が年間700万から800万kWに達したため政府は買い取り額の減額とFITの廃止を行い、導入量は一挙に数分の一に落ち込んだ。
電気料金上昇に悩み相次いで制度変更を行った欧州諸国を横目に眺めながらFITを2011年に導入したのが中国だった。当初の買い取り価格は太陽光発電1kW時当たり1元から1.15元(17円から20円)に設定されたが、全国同一の買い取り価格が適用されたため日照時間が長く、土地に余裕がある青海省、甘粛省などの西部に設備が集中した。
北海道東部、九州南部などに設備が集中した日本と同じことが起こったが、土地に余裕があり、土地価格が安いということは、人があまり住んでおらずエネルギー需要は小さく送電線能力も十分にはない地域だ。中国政府は、2013年に全国を3地区に分け、0.9元から1.0元の異なる買い取り価格の適用に制度を変更した。その後も、毎年買い取り価格の減額が続いているが、過当競争による太陽光パネル価格の下落が投資を促したこともあり、中国がドイツ、日本を抜き世界一の太陽光パネル導入国になった。
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図−2が示す通り、FIT制度と地方政府の支援を受けた中国の太陽光発電設備導入量は急増する。2017年の導入量は5300万kWに達するが、需要量に合わせて発電できない太陽光発電量の増加は、送電に問題を引き起こすことになった。更に、FITによる買い取り額の負担も問題になってきた。
送ることができない電気と増える負担
中国の発電設備合計16憶2500万kW(2016年)の内訳は図−3の通りであり、石炭が約60%、水力が20%を占めている。2016年時点での太陽光、風力発電設備量は、それぞれ5%、9%だが、発電量では、665憶kW時、2410憶kW時と1%、4%を占めるに過ぎない。
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しかし、太陽光、風力発電設備が多い新疆ウイグル自治区、内モンゴル自治区などにおいて送電能力が不足し、発電した電気を送れない事態が発生するようになった。2017年には再エネ発電量の内562憶kW時の送電ができなかった。太陽光、風力からの発電量に対し20%近い電気が送電できなかったことになる。送電能力の不足は、今後湖南省など南部に拡大すると見込まれており、送電を行う国家電網は2020年までに89000キロメートルの超高圧送電線の整備を行う予定だ。
太陽光発電の導入量増は負担増も引き起こしている。2016年FITの買い取り額は、大規模太陽光発電については、1kW時当たり0.8元、0.88元、0.92元、2000kW以下の分散型電源には0.42元だった。2017年には、それぞれ0.65元、0.75元、0.85元、0.42元となり、2018年1月には、さらに減額され、0.55元、0.65元、0.75元、0.37元と引き下げられた。
それでも、2017年の導入量が5300万kWと業界の予想を上回ったため、同年の中国政府ファンドの買い取り総額は1000億元(1兆7000億円)を超え、中国政府も無視できない金額になってきた。5月31日、国家発展改革委員会、財政部、国家エネルギー局は、連名で太陽光発電に関する通知を行い、太陽光発電設備導入抑制に舵を切った。
太陽光バブル終焉へ
通知は、2018年大規模太陽光発電設備導入目標量を放棄し、買い取り対象となる大規模設備導入を直ちに禁止するとした。さらに、分散型電源に2018年導入量1000万kWの上限量を設定し、5月31日現在送電網に接続されている設備については上限量に含まれるとした。
分散型電源の導入量は急増しており、今年の第1四半期の設備導入量965万kWの内768 万kWは分散型だった。既に、5月末の時点では上限値の1000万kWに達しているとみられることから、今後の導入は不可能になる。FITの買い取り額も 1kW時当たり更に0.05元減額され直ちに適用された。
中央政府は、今後の太陽光発電設備導入については、省、地方政府が支援を行うようにとの意向だが、具体的には何も明らかになっておらず、太陽光発電設備導入量が大きく落ち込むのは間違いない。今年の導入量は昨年の5300万kWから大きく落ち込み3000万kW前後、2020年までの第13次5か年計画の残りの期間については年間2000万から2500万kWとの予測が出されている。
トリナ、ジンコソーラー、CSIなど中国の太陽光発電設備関連企業53社は、連名で「制度変更が突然で対処が困難であり猶予期間を設けて欲しい」との要望書を政府に提出したが、政府の譲歩はほとんどなく、6月末までに送電網に接続される2017年認可済み案件については、固定価格が認められることになっただけだった。
世界の太陽光モジュールの70%以上を製造している中国企業には大きなダメージをもたらす政策の変更であり、3000万kW以上の供給過剰と言われる太陽光モジュール価格が一段と値下がりすることになりそうだ。また、「自給率90%でも米国が電源の多様化を図る理由」で触れた通り、太陽光発電関連の雇用の大半は、パネル販売と設置に関する仕事であることから、設備導入量の急減速は多くの失業を生むことになる。
太陽光パネル価格の下落がさらに進むと予想されることから、太陽光発電設備の導入コストも下がり、発電コストも下がることになる。日本もFITの買い取り価格を適宜見直さなければ、消費者の負担により事業者が過剰な収益を得ることになりかねない。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/13080
http://www.asyura2.com/19/kokusai25/msg/248.html