「トランプ劇場『グローバリスト』はなぜ眠ったか」(時論公論)
2018年03月21日 (水)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/292813.html
橋 祐介 解説委員
“アメリカファースト”の名のもとに前へ前へと突き進むトランプ政権にも、周囲を広く長い眼で見渡して国際協調を重んじる人たちはいます。政権内で“グローバリスト”と呼ばれた人たちがそうでした。ところが、そんな“グローバリスト”が今、政権から相次いで姿を消しています。“経済政策の司令塔”は辞任。外交トップは電撃的に解任。ほかの政権幹部らも半ば公然と更迭が取り沙汰されているのです。いったい何が起きているのか?その背景と今後を考えてみます。
ポイントは3つあります。
まず、国務長官の交代劇はどんな影響を生むでしょうか?
次に、トランプ政権の通商政策の行方は?
そして、秋の中間選挙には、どんな対策を取るのでしょうか?
最重要閣僚の交代を突如ツイッターで明らかにしたトランプ大統領。ティラーソン国務長官は外遊先のアフリカで自分が職を解かれることを報されました。実は尾籠な話で恐縮ですが、そのときトイレにいたそうです。
巨大なエネルギー企業から“三顧の礼”で迎えた人物も、大統領の意に沿わなければ面子をつぶして“使い捨て”。ほかの政権幹部らに走った衝撃は想像に難くありません。「次はいったい誰なのか?」
そうした周囲の疑心暗鬼を察してか、大統領はこんなアメリカンジョークを飛ばしたこともありました。「次に去るのはファーストレディのメラニアか?」
無論ご本人が冗談で言うからには冗談なのでしょう。しかし、そんな冗談も笑えないほど、いまのホワイトハウスは戦々恐々としているのかも知れません。
大統領の“笑えないジョーク”には、最近こんなものもありました。「北朝鮮のキム委員長と直接会っても良い。常軌を逸したマッドマンに対処するのは、彼の方だ」。そう言い放った数日後、大統領は実際に米朝首脳会談に“即断即決”で応じたのですから何とも意味深です。
何を仕出かすかわからないマッドマンを敢えて装うことで、相手を疑心暗鬼にさせ、みずからが主導権を握る。こうした交渉手法は「マッドマン理論」と呼ばれ、かつてニクソン大統領がベトナム戦争を終わらせる際に駆使したことがありました。
みずからを「交渉の達人」と称するトランプ大統領。きっと国務長官の交代も、北朝鮮との交渉に向けた態勢固めが狙いにあったのでしょう。現に“グローバリスト”のティラーソン長官は、北朝鮮の問題も含めて、重要な外交政策をめぐって悉く、大統領との意見の違いが表面化していたからです。
後任に抜擢されたCIAのポンペイオ長官は、大統領が「きわめて波長があう」と公言してきた人物です。退役軍人でビジネスでも成功を収め、下院議員を3期務めた当時は名うての保守強硬派でした。
親イスラエルの立場から、アメリカ大使館のエルサレム移転を支持し、イランとの核合意を破棄するよう主張したこともありました。
来月にも新しい国務長官の指名が議会で承認されますと、トランプ外交は北朝鮮とイランふたつの核問題を最優先課題とするのでしょう。
ただ、国務省は今、予算を大幅にカットされ、人材流出も止まりません。政治任用と呼ばれる主なポストは、およそ4割が空席のままです。ポンペイオ長官が外交の力を十分に発揮するためには、組織の立て直しが急務となるでしょう。
一方、国家経済会議のゲイリー・コーン委員長は、みずから政権に見切りをつけたかたちです。
大手投資銀行ゴールドマンサックスで社長を務めたコーン氏は、政権内の“グローバリスト”の中核と目され、“経済政策の司令塔”の役割を果たしてきました。法人税率の引き下げを柱とするトランプ減税の実現の立て役者でもありました。大統領が、NAFTA=北米自由貿易協定から離脱も辞さないと言えば、経済に悪い影響が出かねないとして慎重な対応を求め、またTPP=環太平洋パートナーシップ協定についても、復帰に前向きな発言を促したこともありました。
そんなコーン氏が辞任を決断したのは、トランプ大統領が打ち出した鉄鋼やアルミ製品に対する一方的な輸入制限措置に強く反対したからです。高い関税を課す措置は、今週末から発動する予定です。
後任の委員長となるのは、大統領と親しい経済評論家ラリー・クドロー氏です。自由貿易の推進論者ですが、“経済ナショナリスト”と呼ばれたほかの政権幹部らと同様に、対中国では強硬派で知られています。
トランプ政権は今、中国による知的財産権の侵害についても、制裁措置の発動を検討しています。米中の貿易摩擦が激しくなることは、避けられそうにありません。仮に報復が報復を呼ぶ事態となれば、世界の自由な貿易は深刻な危機に陥ることになるでしょう。
では、なぜ今トランプ政権は、自由な貿易を妨げかねない一方的な措置を打ち出したのでしょうか?それは輸出がふるわず輸入に苦しむ特定の産業、特定の地域、そして特定の支持層に絞った中間選挙対策です。
先週、ペンシルベニア州で行われた連邦下院の補欠選挙が、中間選挙の“前哨戦”として全米から注目を集めました。
この選挙区は、鉄鋼とその関連産業の労働者が多い“鉄鋼の街”。しかも、おととしの大統領選挙でトランプ候補が大差で勝利を収めたところです。ここで大統領は、みずからの支持基盤を固めるため、敢えてこのタイミングで鉄鋼の輸入制限措置を導入したのでしょう。
ところが、開票の結果は、あまりの僅差でまだ確定していないのですが、民主党の候補は“勝利”を宣言し、共和党の候補は事実上の“敗北”を喫してしまったのです。
民主党のラム候補は、リベラルな民主党指導部と一線を画し、保守的な土地柄にあわせた巧みな選挙戦を展開したことが、勝因に挙げられています。トランプ大統領にとっては、白人労働者層の一部に離反の兆しが見えたことは、大きな打撃となりました。このままでは11月の中間選挙で共和党は大敗を喫しかねない。そうした危機感を高めているのです。
では、どうすれば中間選挙を勝ち抜くことが出来るのか?トランプ大統領は、前回の大統領選挙でも、ちょうど似たような岐路に立ったことがありました。「まるで暴走列車だ」と批判を浴びた自分流を貫くか?それとも大統領候補らしく慎重に振舞うか?当時のトランプ陣営が出した答えは「トランプはトランプらしく」。
これは、かつてレーガン大統領が政権運営に苦しんだ時、コアな支持者たちが盛んに口にした「レーガンはレーガンらしく」という言葉に倣ったものでした。しかし、レーガンには、大統領就任前から、カリフォルニア州知事など長年の政治活動で培った“素朴な保守のイデオロギー”という原点がありました。
いまのトランプ大統領にとって、立ち戻る原点とはいったい何でしょうか?もしかすると「アメリカを再び偉大にする」そうした耳に心地よくても空疎なフレーズで、ナショナリズムを煽ることしかないのかも知れません。そうだとすると、政権内でも“ナショナリスト”と呼ばれた人たちが、再び台頭していくことになるのでしょう
トランプ政権から“グローバリスト”が姿を消すことは、この大統領の歯止め役がいなくなることを意味します。大統領が周囲から助言を聞いて政権の舵取りを決めていくと言うよりは、大統領の意向に沿って周囲は助言し、意に沿わない者は排除されるのが、この政権の特質だからです。筋書きの見えないトランプ劇場は、まだまだ波乱の展開が続きそうです。
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