攻撃すれば勝てる、という楽観論が米軍にあるとしても、その後がどうなるか、出口まで考えがあるのか。そこを誤ったイラクではイスラム国との更なる戦争が発生したが。
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米朝開戦の瀬戸際で、32ヵ国の陸軍トップを前に僕が話したこと
日本メディアの喧騒から遠く離れて
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54018
伊勢崎 賢治 (東京外国語大学教授 紛争屋)
◆アメリカ陸軍から届いた講演依頼
アメリカは一枚岩ではない。
それは、小泉政権の時に日本政府代表として、アメリカがタリバン政権を倒した後のアフガニスタンの占領統治に参加し「武装解除」を担当した時に強く感じたことだ。
現場では、国防総省、国務省、そしてCIAの“協働”は最大の課題であったし、せっかく協働できても、ホワイトハウスの突然の意向(つまりアメリカ自身の選挙戦の都合)に翻弄されたり。
そのアメリカから2017年9月末、北朝鮮開戦が心配されていた最中、僕に依頼が来た。国防総省。その中でも「アメリカ陸軍」である。
アメリカ陸軍は、2年に一度、太平洋地域諸国の陸軍の参謀総長を集め信頼醸成を行なっている。PACC : Pacific Armies Chiefs Conferenceである。その第10回目が韓国ソウルで開催されることになり、アメリカ陸軍太平洋総司令官ロバート・ブラウン大将からの招聘である。
太平洋地域オーストラリア、ニュージーランド、インドネシア、フィリピンはもちろんのこと、イギリス、フランス、インド、そして特記すべきは中国を含む、全32ヵ国の陸軍のトップだけが参加する。日本からは、陸上自衛隊幕僚長が出席した。
*PACC 2017〔撮影〕筆者 http://gendai.ismcdn.jp/mwimgs/d/8/640m/img_d811335a4ba53b296970d8d4a8ae2aec47587.jpg
会議のテーマは、Unity in effort(共に闘う): Building Civil-Military Partnerships in Land Force Response to Non-traditional Security Threats (非通常戦脅威に対する陸軍戦略における軍民連携)。
僕は講演者として招かれ、講演内容は在日米軍司令部と韓国の安全保障専門のシンクタンクが僕と調整した。
講演テーマは、僕がアメリカのアフガニスタン戦や国連PKOの現場で経験した国際部隊による「占領統治」と敵対行為が進行中の国家建設、ということで落ち着いた。
本当の戦争は敵政権を倒した後に始まる
戦争は敵政権を倒しただけでは終わりではない。それからが本当の戦争なのだ。
特に厄介なのは、敵政権とその指揮命令系統を、講和なしに完全に軍事的に破壊させてしまった場合だ。
政権崩壊を受け入れないもの、政権時の圧政の復讐を恐れるもの、占領統治が始まってもそれ失望し不満を募らせ暴力的抵抗に訴えるもの。非通常戦脅威、インサージェント(insurgent)など、色々な言葉で言い表される非対称な脅威との戦争が始まる。
現代の戦争とはここに勝利することを言うのだ。敗戦を受け入れ整然と自らを武装解除し統治された日本人には、安保・軍事専門家を名乗る者たちにも、感覚的に、ここが、判らない。
僕に課せられたテーマは、戦争の勝ち方、つまり、占領統治の困難と教訓である。アメリカは、日本以外で、ことごとく、これに失敗している。
近年のアフガニスタン、イラクにて、米軍が苦悩を重ねてきた占領統治、すなわち軍政において、民政との協働、とりわけ、「ソフトパワー」の戦略的重要性が認識されて久しい。
敵国政権を倒しただけでは戦争は到底完了しないことを、いやそれ如何によっては、開戦自体が失策であると米国民に思わせてしまうことをアメリカ軍は経験している。
2006年に、アフガニスタン、イラクでの占領統治の教訓から米陸軍ペトレイアス将軍によって20年ぶりに書き換えられた米陸軍・海兵隊の Counter-Insurgency: COINドクトリンに代表されるように、それを失策にさせない努力は試行錯誤されている。
その一環として占領統治を「国際化」、つまり米軍単独ではなく、多国籍軍としてそれを行う試みは当然の帰着であるように思える。アメリカへの悪意を国際化によって中和させるために。
それが Unity in effort であり、それを醸し出すべきなのがソフトパワーであるが、これは単に駐留軍が”やさしく”振舞うことではない。
屈強な兵士がチョコレートを配ったって、民衆は、それを、見透かす。当時のイラクやアフガニスタンで米軍の日々のスローガンになったように、ソフトパワーとは民衆のココロをつかむ人心掌握。戦争を民衆”で”勝つ Winning the People であり、具体的には、優良な「傀儡政権」をつくる以外の何物でもない。
それを通して民衆を把握すること。これが占領統治の極意であることを、アメリカ、そして同盟国NATO諸国によるCOINは経験値としている。
◆なぜ傀儡政権づくりに失敗するか
一方で、COINがドクトリン化されて久しい今でも、COINは未だに、全く、成功していないこと、いや、その兆しさえないことも、COINの実務家たちは、共通認識としているのだ。
なぜ、傀儡政権づくりに失敗するか。
相手のあることだから、それも独立した「主権」を扱うことだから、不確定要素が支配するのはわかる。
しかし、その不確定要素を失敗の直接要因にさせない最大限の工夫と努力は、確定的な戦略として協議されてしかるべきであり、ここに、この会議に僕が呼ばれた理由がある。
軍事占領は時間がかかる。
本来インサージェントへの作戦は、その当事者国領域の局地的なものだが、日本の戦後統治開始直後に始まった冷戦のように、領域を超える新たな脅威の展開がしばしば起こり、駐留継続の必要性が生まれる。
それは現代においても同じで、局地的な脅威であったアフガニスタンのタリバンは「レジェンド化」し、共謀者アルカイダを経て国外に分散し、IS、その他のグループのように止めどもなくアメリカへの脅威として増殖してゆく。
それは回り回ってアフガニスタンにも帰還し、現地の紛争構造(例えばタリバン vs ISのように)を複雑化させ、ついに米建国史上最長の戦争となり今日に至る。
駐留の長期化の一方で、傀儡政権の「主権度」はどんどん増してゆく。なのに人心掌握に負けるのはなぜか。敵のそれが上回るのはなぜか。
なぜ民衆は我々を、我々が作る傀儡政権を嫌うのか。そして、民衆の嫌悪に慄いた傀儡政権自身までもが、我々に敵意を向け始めるのはなぜか。
◆失敗を最小限にするための戦略
最悪の例は、アフガニスタンのタリバン政権打倒後、最良の傀儡とアメリカが見込んだカルザイ大統領(当時)だ。その政権末期には、反米キャンペーンの急先鋒となり、政権の保身に走ったのだ。
それでも、こんな針の筵のなかでも、我々は、アメリカは、NATOは、そしてその戦略であるCOINは、この道を進むしかない。
なぜなら、国際部隊が主力戦力として圧倒し、インサージェントに軍事的に勝利するのは、米・NATO関係者の中でも不可能であると認識されているからだ。
僕の講演は、そうした針の筵の中で足掻くのが占領政策の現実だとしたら、失敗を最小限にするための戦略とは何か。国際部隊の統合司令部として、特に常に民衆の憎悪の引き金となる、駐留軍による過失・事故を包括する法体制とは何か。これを論じた。
pacc2017〔撮影〕筆者*http://gendai.ismcdn.jp/mwimgs/6/a/640m/img_6acea9c7eff979e744c13211f84b2d1857209.jpg
傀儡政権の「主権度」が時間とともに高まれば高まるほど、現地法と駐留軍の法の「競合」が、占領統治の死活問題になるからだ。これは「地位協定」の問題に集約されてゆく。
そういった駐留軍のあるべき法体制の議論は、未だ発展途上であり、多国籍の駐留軍の法体制も各国様々であるから、その統合も大きな課題である。
軍事組織として「法の空白」を抱える日本の自衛隊という問題もある(拙稿参照:南スーダン自衛隊撤退ではっきりした日本の安保の「超重大な欠陥」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51311 )。
果たして、国際社会に、以上のような試練と挑戦をクリアして、新たな占領をつくる余裕が、あるかどうか。これが僕の講演の問いかけであり、同時に米陸軍の依頼であった。
◆北朝鮮占領は国際社会のキャパを超えている
この太平洋陸軍参謀総長会議は、チャッタムハウスルールで、誰が何を言ったかは口外しない紳士協定だから、内容を詳述できない。
*pacc2017〔撮影〕筆者 http://gendai.ismcdn.jp/mwimgs/f/2/640m/img_f2d830dbe046dc883a7d725c54db85aa56458.jpg
しかし、僕の講演を受けてのフロアでの質疑応答、そして公式・非公式のクローズドな32ヵ国の陸軍トップとの交流で得られた知見として言えることは、以下のように要約される。
●正規軍だけで200万を超すとも言われる北朝鮮軍が政権崩壊後、整然と武装解除するとは、特に先進国の米同盟国の陸軍参謀総長たちは、韓国陸軍の一部を除いて、誰も考えていない。
●金正恩斬首作戦は、技術的な可能性はどうあれ、北朝鮮の指揮命令系統を崩壊させることは、占領統治の観点からは、見合わないリスクを伴う。
●戦端が開かれたら短時間で首都ソウルを壊滅できると言われている国境線上に配備された北朝鮮の通常兵器への対応は「デジタル的」に可能とする一部の韓国軍幹部の発言には、米陸軍、その他先進同盟国の幹部からは困惑の表情が読み取れた。
●政権崩壊後、アメリカ軍が北朝鮮に進駐することは、この会議に参加した中国にとって許せる事態か。
アメリカの仮想敵イランと接するアフガニスタンでタリバン政権崩壊後の占領統治の例があるので、「国際部隊」としての体裁と、意思疎通と、願わくば安保理決議があれば、なんとか乗り切れるのではないか(中国代表がそう明言したわけではなく、関心はもっぱら米軍による韓国のTHAAD配備であった)。
●一般論として、混乱期の軍政に必要な兵力は人口1000人に対して20名のような計算値がある。それからすると当時のアフガニスタンでも兵力70万、イラクでは50万だが、あれほど同盟国に呼びかけ、安保理決議を引き出して全国連加盟国に呼びかけても、両者共にピーク時に20万以下。もちろん占領統治は失敗し続け現在に至る。
人口2500万の北朝鮮では50万以上の兵力が理論上必要となるが、アフガニスタン、イラクの経験からも、国際社会のキャパを超えている。
たとえこの兵力が投入されても成功の保証はないのだ。なぜならCOINの成功例として語られるインド、カシミールでのISを含む対イスラム過激派対策では、人口700万に対しインド軍75万の投入、つまり前述の計算値でいうと人口1000人に対して兵力100の投入を常態化して、やっと安定させているからである。
●金正恩政権崩壊後の安定化に理論上必要な兵力においては、60万の正規兵力を誇る韓国軍が主力になることに、言語、文化の理解、そして兵力ローテーションのロジの面で圧倒的な優位性があるが、反面、近親憎悪による被支配感の倍増が占領統治の負荷になる可能性は看過できない。最大限の「国際化」を図ることは必要。
●いずれにせよ、イラク、シリアに代表される中東情勢、北アフリカ、アフガニスタン、パキスタンからフィリッピン、ミンダナオまで、国際部隊のコミットが常態化している現在、北朝鮮占領は、国際社会のキャパを超えている。
◆緩衝国家・日本の命運
以上、北朝鮮の”挑発“とトランプ大統領の好戦的な発言が続いていた中、日本社会メディアの喧騒が極致にあった時の「アメリカ」である。
なぜこの時期に? それもソウルで?
アメリカ陸軍には二つの意思があったと思う。
一つは、北朝鮮への最終的な示威行為。つまり、金正恩に対して、お前を倒した後のことも考えているぞ、という。それも、アメリカ統一司令の国際部隊で。
もう一つは、アメリカ陸軍だからこそ、である。空軍であれば爆弾を落として基地に帰ってくればいい。しかし占領統治で、非対称な敵と血みどろで戦わなければらないのは陸軍(含海兵隊)なのである。一行政組織として、大統領に占領統治のコストとリスクを勘案して戦争の政治決断をさせたい、という。
どちらかは判らない。でも、どちらかだけではないと思う。
しかし、国名は明かせないが、アメリカの主力同盟国の陸軍参謀長数名の僕の講演への明確な反応は、後者を示唆するものであった。
日本は他のアメリカの同盟国にはない特性が、韓国と共にある。それは「緩衝国家」としてのそれである(拙稿参照:知らなければよかった「緩衝国家」日本の悲劇。主権がないなんて… http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53472 )。
アメリカの開戦によって「本土」への被害を被る同盟国は韓国と日本だけである。その両者でも、直接の被害国は韓国であり、日本は少なくとも開戦の結果を見通す余裕が韓国よりあるはずだ。
繰り返す。アメリカは一枚岩ではない。どのアメリカを見るか。緩衝国家としての日本の命運がかかっている。
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少なくとも日韓には北朝鮮崩壊戦争では利よりはるかに害が大きい。極端な大統領を止める方策があるだろうか。
http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/501.html