サラリーマン所得増税より本当に効果がある増税策はこれだ!
http://diamond.jp/articles/-/153091
2017.12.15 塚崎公義:久留米大学商学部教授 ダイヤモンド・オンライン
年収850万円超の
サラリーマンが増税に
政府与党は、高額所得者を対象に、所得税を「増税」する方針を固めた。年収850万円超の会社員を対象に増税するというのである。
財政には貧富の格差を是正する役割が期待されているから、富裕層から増税すること自体に反対するつもりはないが、社会保障など全体のバランスを見渡して論じられているのか、甚だ疑問が残る。
極論のように聞こえてしまうかもしれないが、格差は必要である。格差が全くない国では、「頑張ってもサボっても所得が同じなら、サボろう」と全員が考えてしまうため、「全員が等しく貧しい国」になってしまうからだ。
かと言って、格差が大きすぎるのは問題だ。1%の超大金持ちが世界の富の半分を持っているという話も聞くが、それ以上に問題なのは、貧しいために教育が受けられず、貧困から抜け出せない人々が存在してしまうことだろう。そうした人たちに教育を受けてもらうための費用を富裕層から徴求する必要があるのだ。
では、どの程度の格差が「望ましい」のか。本来であれば、まずはそこから議論を始める必要がある。
ただ、それは容易なことではない。下手に国民的な議論を繰り広げると「上位10%の金持ちから思い切り税金を取ろう」という法案が、国民の圧倒的多数の持を集めてしまうかもしれないからだ。それでは、リスクを取って起業しようという人がいなくなってしまうだろう。
一方で、政治家の多くは金持ちだから、しっかり議論をしないと金持ちに甘い税制になってしまう可能性もあるから注意が必要だ。
いずれにしても、所得税、消費税、相続税、社会保険料など、全てを合計した「負担」に対し、年金を始めとする「支給」はどうなっているか、全体像を認識した上でバランスに関する議論を行うべきである。
高所得者だけが
金持ちなのか
今回の税制改正で注目が集まった所得税は、政府からすれば、最も“取りやすい”税金である。というのも、日本人の多くはサラリーマンであるため、その所得は捕捉しやすいからだ。
だから、すぐ「年収1000万円以上の金持ちから増税しよう」などといって高所得者がターゲットになるのだが、果たして彼らは本当の「金持ち」なのだろうか。
確かに、所得というフローベースで見れば、年収1000万円は金持ちではある。しかし、不動産を始めとする多くの資産を保有している人、いわゆる資産家も、ストックベースで見れば金持ちだ。こうした人たちの中には、高齢になって収入がないことを理由に、年金を支給されているケースも少なくない。
「担税力」という意味では、資産家にも十分にその力がある。所得税には、労働意欲をそぎかねないという“難点”がある一方で、資産課税はそれほどでもない。
これまでは、所得の把握に比べて資産の把握が難しかったため、所得への課税が中心だったのかもしれないが、それでは不公平感は否めない。マイナンバー制度を活用すれば、資産の把握も容易になるのだから、資産家に対する増税も検討すべきであろう。
ただ、高齢者への増税には批判も強いだろうから、実際には課税ではなく、資産家には年金を払わないといったところが現実的かもしれない。
最善策は相続税増税
配偶者・親・子なしに高税率を
このように考えていくと、相続税増税が最も適している。
そもそも“痛税感”という意味では、相続税が最も薄い。また、労働意欲も阻害しないし、消費や投資への影響も少ない。公平の観点からいっても、懸命に稼いだ給料に課税するより、“棚からボタ餅”に課税する方が理にかなっている。
そもそも、増税の根拠となっている財政赤字は「世代間不公平」の問題だといわれるが、その見方は視野が狭い。遺産も含めて考えれば、世代間の不公平は存在しないからだ。
一人っ子と一人っ子が結婚して一人っ子を産めば、最終的に日本人は1人になり、1800兆円の遺産を相続する。その子どもが他界すれば政府に1800兆円が入ることになり、財政赤字は消えるのである。要するに世代間不公平ではなく、「世代内不公平」があるだけなのだ。
政府の財政赤字を消すのに数千年も待つか、それとも今から減らしていくのかといった手法は考え方次第であるにしても、相続税だけで政府の借金は返済可能なのである。極論であるが、相続税率を100%にすれば、数十年で完済できるだろう。残された妻の生活を考えて、夫婦間の相続には課税しないとしても、である。
特に筆者が強く推すのは、「配偶者も子も親もいない被相続人」の財産には高率の相続税を課すことである。配偶者も子も親もいない場合には、兄弟姉妹が相続することになるが、その必要性は高くないであろう。
「子どもたちのために遺産を残したい」と考える親は多いが、「兄弟姉妹のために遺産を残したい」と思う人は少ないだろうし、受け取る側にとっても文字通りの“棚ボタ”で、国が大半を没収してもいいほどである。
もう一つ、実質的な理由がある。
年金制度は、現役世代が高齢者を支える仕組みになっている。つまり、子どものいない高齢者が老後に受け取っていた年金は、他人の子どもが払った年金保険料が原資なのだ。年金を受け取っていたがゆえに老後の蓄えを使い残すことができたのだとすれば、その分は国庫に収納して子どもたちの世代のために活用するのが “本筋”というものであろう。
最近は、結婚しない人や、結婚しても子どもがいない夫婦も増えているので、数十年のうちには巨額の相続税収が見込まれることも魅力的である。
東京一極集中を解消するため
固定資産税も増税すべし
これまでのような公平感や痛税感とは全く別の理由で、固定資産税も増税すべきだと考える。
というのも、固定資産税を引き上げれば、地価が高い東京は住みにくくなって、企業や住人が地方へ引っ越し、それによって東京一極集中による弊害を緩和することができるからだ。
過密と過疎の問題は広く認識されているが、一向に解消に向かわないどころか、地方の高齢化と東京への人口流入の持続により、一層ひどくなっている。その理由は、東京に住む個々人(オフィスを構える法人や、住居を構える個人)にとっては、東京が快適であることにある。
ただ、東京に住むことで、東京の渋滞を悪化させているし、東京の空気を汚しているのだが、そのコストは負担せず、東京の楽しさや仕事の多さだけを享受しているのである。これは、「外部不経済」という、ある意味の「公害」をお互いがまき散らし合っている状態である。だとすれば、固定資産税によって東京に住むコストを引き上げ、自分が周囲にかけている迷惑分だけの費用を負担してもらおうという考えだ。
「それなら、もう東京には住まない。それによって他人に迷惑もかけない」という人が増えれば、政策として一つの選択肢と言えるだろう。
日々の通勤ラッシュも十分な公害であるが、東日本大震災の際の帰宅時の混雑を思い出してほしい。首都直下型地震や南海トラフ大地震が発生した場合には、あれに火災が加わるかもしれないのだ。東京に暮らす人は、自分が逃げようとすることで他人の障害物となりかねないのである。災害時の被害をできるだけ抑えるためにも、東京一極集中は早期に是正しておく必要がある。
東京に住みにくくした場合、人々がどこへ引っ越すのか、今度は各地方の誘致競争となる。各自治体が知恵を出し合って競争を繰り広げることを期待したい。
NHKの受信料は
いっそのこと税金に
少し話はそれるが、NHKの受信料制度にも様々な問題があるようだ。
今般出された最高裁の判断によれば、契約を拒む人から受信料を徴収するためには、今後も個別に裁判を起こさなければならないのだが、これでは手間がかかって仕方ない。また、コスト割れを恐れて訴訟をしないと契約を拒む人が増えるので、NHKはコスト割れ覚悟で訴訟する必要があり、巨額の徴収費用がかかってしまう。
逆進性の問題もある。所得税は高額所得者ほど税率が高い累進課税であるのに対し、消費税は10倍使う人が10倍払うのに、それでも逆進的だと言われ、優遇税率が導入されようとしている。
それに対し、金持ちも貧乏人も同額の受信料を徴求されるのでは、筋が通らない。かといって、「高額所得者は受信料を高くする」ためにはNHKに所得のデータを渡す必要があるので、それも無理である。
ならば、いっそのこと受信料制度を廃止して、NHKの運営費用を税金で賄えばいいのではないだろうか。「税金で賄うとNHKが政府の言いなりになってしまう」と考える人もいるであろうが、その心配は無用だろう。
今でも政府がやろうと思えばできるので、税金で賄ったからNHKが政府の言いなりになる、ということはない。「既に」政府の言いなりになっているのか否かは知らないが(笑)。
さらに言えば、国立大学は税金で運営されているが、政府に批判的な国立大学教授は大勢いる。彼らが政府の言いなりになっていないのであれば、NHKも大丈夫なはずであろう。
(久留米大学商学部教授 塚崎公義)