いま、夜の街でタクシーがつかまらない「本当の理由」 バブルが来ているわけではなかった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53632
2017.11.29 加谷 珪一 現代ビジネス
最近、都心部を中心に「飲食店の予約が取れない」「タクシーがつかまりにくい」といった話を耳にするようになった。
一部の人は、いよいよバブルが再来したと考えているようだが、本当にそうなのだろうか。飲食店やタクシーなど、身近な体験から景気を判断するのは大事なことだが、いわゆる街角景気には落とし穴もあるので注意が必要だ。
■新橋は満席のお店ばかり!?
このところ繁華街が賑わっているのは確かである。オジサンの聖地と呼ばれる新橋でも、働き方改革で残業が減っているせいか、一部のお店では夕方6時頃から大量のサラリーマンで満席だ。オジサンだけではなく、若い人の姿も結構目立つ。一時期と比較すると街の様子はだいぶ変わってきたといってよい。
タクシーがつかまらないというのもおそらく本当だろう。少なくとも東京都内については、昼間の時間帯こそ空車が目立つものの、夕方を過ぎると極端に実車の割合が増える。昼間でも雨が降ると、空車のタクシーを探すのに苦労することが増えてきた。
飲食店やタクシーは景気の動向に敏感な業種といわれており、これらの業界がどのくらい繁盛しているのかを見れば景気の動向をかなり正確に把握できる。経済分析というと無味乾燥な数字とにらめっこするというイメージが強いが、有能なエコノミストなら各種指標に加えて、現場での皮膚感覚も必ず分析に取り入れているはずだ。
実はこうした手法は、政府の正式な経済統計にも用いられている。
内閣府では、毎月、景気ウォッチャー調査という統計を取りまとめているが、これは、タクシー運転手やコンビニの店長、レストランのスタッフなどから聞き取り調査を行って、その結果を指数化したものである。新聞などで「街角景気」として報道されるのはこの調査のことを指している。
街角景気の調査結果を見ると、2016年前半に景気が底入れし、2017年の後半になってからは数字がかなり上昇している。商売の最前線にいる人たちも、景気はよくなっているとの印象を持っているようだ。
しかしながら、こうした街角景気は、敏感で有益な指標であるがゆえに落とし穴もある。タクシーや飲食店の動向だけに頼って景気を判断しない方がよい。
■飲食店は繁盛しないとすぐつぶれる
飲食店やタクシーから景気を判断する方法の弱点は、どれだけの数のサービスが提供されているのか判断がつかないことである。
仮に過疎地域であっても、そこに1店舗しかお店がなければ、そのお店は繁盛することになる。一方、景気が良くなっていても過当競争で店舗数が多すぎる場合には、閑古鳥が鳴く店も出てくる。
特に飲食店がそうなのだが、ビジネス・モデルの性質上、継続して商売を行うためには、かなりの繁盛店になっている必要がある。ウラをかえせば、まともに商売ができている飲食店の多くは繁盛店なのだ。
例えば、席数が10席程度の小さなラーメン店を例にとって考えてみよう。
ラーメン店に限らず飲食店の多くは原価率が30%程度である。つまり一杯900円のラーメンを提供すると630円の利益が得られる計算になる。
ラーメン店は他の飲食に比べていつでもお客さんが来る業種だが、それでもランチの時間帯と夜間に来客は集中する。この店は10席しかないので、この10席が何回、入れ替わるのかで最終的な売上高と利益が決まる。
ランチの時間に3回転、夜の時間に4回転すると全部で7回転となり、合計すると70杯のラーメンが出る。この場合、1日の売上高は6万3000円、粗利益は4万4100円、月25日営業と仮定すると月間の利益は約110万円である。
ここから店員の人件費、店舗の家賃、光熱費、販促費(POP、チラシなど)を捻出しなければならない。この規模でも最低2名のスタッフは必要なので人件費を60万円、家賃は10坪と仮定して約15万円(場所にもよるが)、光熱費を10万円、販促費用を3万円とした場合、最終的な利益は22万円に減ってしまう。
しかも費用はこれだけではない。店舗は数年に1度、設備の更新が必要となるため、その資金を準備する必要がある。しかも開店資金を銀行から借り入れた場合には銀行への返済も必要となってくる。
例えば開店に800万円かかり、これを5年で償却すると毎月の減価償却費は13万円となり、利益はさらに減ってしまう。
実際にお店に足を運んでお客さんの動きを観察するとよく分かるのだが、昼に3回転、夜に4回転というのはかなりの繁盛店である。それでも1店舗の収支はトントンなのだ。
そうだとすると、飲食店が経営を続けていくには、常にお客さんでいっぱいになっていなければならない。もし経済全体の需要が減ったのなら、その分だけつぶれる店が増え、繁盛店だけが残るように調整されてしまうのだ。
つまり、そこそこ流行っている店というのは、景気が良くても悪くても、お客さんでいっぱいというのが現実なのである。
■実際、店もタクシーも激減している
ちなみに日本全体に存在する飲食店の絶対数は減少傾向にある。厚労省の調べによると2016年度における飲食店の店舗数は142万店だった。
2006年は149万店、2000年は154万件だったので、ここ十数年で店舗数は8%も減っている。同じ期間、人口はほぼ横ばいだったので潜在的な需要は変わっていない。
店舗数だけで供給量が決まるわけではないが、あきらかに店舗の数が少なくなっており、供給が絞られていることが分かる。
こうした状況は、繁華街の様子を詳しく観察すると分かってくる。本当に景気がよい時は、繁華街から少し離れた場所まで広範囲に店舗が存在している。
しかし今の状況はかならずしもそうではない。駅前の超一等地は確かに人であふれているものの、駅から少し遠くに離れるとパタっと人がいなくなる。やはり店舗の数が減っていて、駅前だけに店舗が集中していると考えた方が自然だろう。
タクシーも似たようなものである。東京都内を走るタクシーの数(個人含む)は2008年度には6万台を突破していたが、その後、業界は猛烈な勢いで減車を進めており、2016年度には4万8000台まで減少した。8年間で20%もの供給減である。
タクシーがつかまらないのではなく、むしろあまりにも消費者がタクシーに乗らなくなったので、2割も供給を削減したというのが実態である。ここに来て、ようやく需要と供給のバランスが取れ、タクシーがつかまりにくくなっただけに過ぎない。
加えて都内の場合には、配車アプリの普及という別の要因もある。日本交通など大手タクシー会社は、独自に配車アプリを開発しており、スマホからの呼び出しや予約が可能となっている。
日本ではウーバーのようなライドシェア型のサービスは規制で実現できないため、タクシー会社によるサービスに限定されるが、大手ならかなりの台数が走っているので実質的には不便はない(競争政策上の問題は残っているが)。
こうしたアプリを使っている利用者はタクシーを頻繁に利用しているので、多少のコストは気にしないと思われる。雨が降ることが分かっている時や、会食への移動など、乗客が集中しそうな時間帯での利用が決まっている時には、追加料金を払って事前に予約する人も多い。
したがって雨が降っている時や夕方の時間帯はすでに実車になっていて、空車で流しているタクシーが極端に減ってしまうのだ。
バブルで人があふれているので、タクシーがつかまらないわけではない。
■バブルと思うなかれ
11月15日に発表された7〜9月期のGDP(国内総生産)は、物価変動の影響を除いた実質で0.3%増(年率換算1.4%増)となり、7四半期連続のプラスとなった。各メディアには「いざなぎ景気超え!」といった勇ましいタイトルが並んでいるが、数字の中身をよく見ると状況はだいぶ異なる。
GDPの6割を占める個人消費はマイナス0.5%と実は壊滅的な数字だった。もっとも、前回の個人消費の伸びが著しかったことの反動が大きく、各期を平均すれば基本的に横ばいとみてよいだろう。
このところ米国を中心に海外の景気が堅調で、輸出が増えたことによって全体はプラスとなった。しかし、肝心の国内消費はまったく振るわないというのが実態である。
このところの株高も基本的には海外の景気を反映したものである。輸出産業の受注が増えており、製造業を中心に来期の業績は拡大する可能性が高く、これが株価を押し上げている。
だが、これはあくまで外需要因であって、日本経済そのものが持続的に成長した、あるいは今後も成長すると投資家が判断した結果とは言えない。
外需要因での株高や、供給が絞られた飲食店やタクシーの状況を見て、バブルになっていると判断するのは早計だろう。
バブルを肯定的にとらえている人は少し慎重になった方がよいし、バブルを否定的にとらえている人は、景気加熱による弊害よりも、むしろ今後の景気低迷の方を心配した方がよさそうだ。